Black Coffee in Bed Take Me I'm Yours Annie get you gun Loving you tonight When hangover strikes Hope Fell down It's so dirty Good bye girl ここでなんと5人のダンス。楽しかったですよ。 Slaughtered, Gutted & Heartbroken(イェイ!) Is this love? Up the junction The Knack Model Labelled with love Someone else's heart Is that love? Hourglass Tempted メンバー紹介
アンコール Slap and tickle (グレン、キーボードを演奏) Cool for cats Another Nail Pulling Mussels from the shell
ジョンったら、駅前のこんなすてきなホールでやるんですよ。地元とはいえ、すごい!! 今日こそ美味しいものを食べたかったのに、時間がなくってビュッフェ式チャイニーズ。でも美味しかった。しかも安い! こういうのを食べ放題でグラスワインとスパークリングのミネラルウォーターたのんで、12ポンド弱。なんて安いんだ! 外観もすてきだけどロビーもすてき。この置物(笑)、コローナズの日本盤のCDのカバーになった作品と同じアーティストじゃない? ジョン、かっこよかった。最高にかっこよかった。本当にかっこよかった。ベーシストと二人での演奏。2010年は、このあとよっぽどルナサやラウーが頑張らない限り、ベストライブは、ジョン・スミス(ポルカドッツ公演)、Person of the yearは、アルト・ヤルヴェラに決定かな。
今日はエジンバラからStoke on Trentという駅まで南下の旅。1度マンチェスターで乗り換えて、約5時間、電車に乗ってましたが、あきませんでしたね〜。景色もきれいでした。それにしても晴れ女だよなぁ〜私。エジンバラのぬけるような青空!
英国は電車の旅が良いのです。バス(というかコーチと呼びますよね、こっちでは)も安くて良いのですが、やっぱりロビン・ヒッチコックファンは電車だろ!(I often dream of trains参照)紅茶やコーヒーの車内販売も良い。椅子もラッキーだと大きなテーブル付きの4人シートにすわれます。電源もあって仕事するのにも最適!
ライブのことはあまり書くと日本ツアーのネタばれになるので、書きませんが、どの曲もすごい進化をとげ、ものすごいことになっていたという事はご報告しておきます。特に「The Lang set」いったー。飛ばされたー。爆発だったー。はっきりいって、もんんんんんのすごい事になってますよ、ラウーは。以前とはまた全然違うラウー。楽しみにしていてください。これは期待ですよ!!
何故レーベルをスタートしたのかというと、当時メアリー・ブラックがキングを離れてメルダックと契約したのがきっかけだ。当然のことながらメルダックは「ノー・フロンティアーズ」などの旧作の権利もほしがった。でもここでメアリーのマネジメントと話し合ったのは、日本のレコード会社って契約して最初の3ケ月は、まぁ面倒みてくれるけど、品切れしたら切れっぱなしで、権利だけ押さえ込んだりして、ろくな結果にならないのよね、という事だった。なので私たちは自分たちで旧譜の配給をスタートさせようとこころみた。ある日突然、アイルランドからCDが数千枚送られてきて「これ売ってよ、支払いはいつでもいいから」と連絡が来た。これがTHE MUSIC PLANTの始まりである。だから今だに私はメアリーとマネージャーのジョーには頭があがらない。当時、私はCDをどうやって配給するかなんて知識は、まったくなかったが、おかげさまでいろいろな人に助けられ、半年後にアイルランドに第一回目の支払いをしたときは本当に嬉しかったことを覚えている。
一方の来日について。最初のルナサの来日はオーストラリアの帰りに日本による、というものだった。すでにジョンとマイケルが抜け、ショーンとドナ、トレヴァー、ケヴィンというラインアップになっていた。このヘンのラインアップについても、私は当時特にどうとも思っていなかったが、今考えても分るのは、あのマイケル・ゴールディの性格で長期的なバンド活動ができるわけがない。(だから今だにマイケルのバンドは続かない。フルックから抜けたのも非常によく分る)ジョン・マクシェリーも詳しくは書けないけど、また別の理由でツアーが出来る性格じゃない。4人になったルナサとベッキーに私はとりあえず小さなプロモーション滞在みたいなのなら作れるよ、と言った。そしてインストアをブッキングしようとしていたのだが、なにぜプロモじゃ経費がまったく出ない。当時、私はケンソーのライブや、クライブやブーのライブは作ったことがあったが、バンドの来日を自分が作れるとは思っていなかったし、自分でチケットが売れるとも思っていなかった。そうこうしているうちに、ベッキーからの「ファミリープロブラムで」と最初の日本来日は断念された。そして、結果的に、実際、彼らは日本にちらっと寄った。単なるトランジットとして。私はあんなに模索したのに、あんまりだなぁ、と思った。だからバンドに会いに成田にも行かなかった。でもあとでベッキーに電話したら「実はドナが帰ってこなくなっちゃったのよ、He is in love!」ということだった。これがバンドの最初の危機? ちなみにこのときの彼女にあてて書いたドナの曲が「Good bye Ms Goodvich」(はい、実名です。会ったこともありますが、綺麗な人でしたよ)セカンドの1曲めの曲である。名曲。
最初に彼らに出会ったのは、光田泰典さんのレコーディングでダブリンを訪れたときのこと。おそらく1998年の1月。ハーコートホテル(当時はライブをたくさんやっていた)の1Fに、その前年にドーナル・ラニーのバンドで来日していたジョン・マクシェリーが、出ているというので、興味本位で訪ねていった時。当時はバンド名もルナサとしておらず、Sean Smyth Trio featuring John McSherry and Michael McGoldrick。とはいえマイクはこの日予定していたフライトだか電車だかを逃し、4人での演奏だった。