一昨日くらいからはずっとこのアルバムを聴いている。ホントにパワフルな作品だと思う。そのくせリラックスしている感じもとっても出ている。80年代のシャイニーな作品も素晴らしいが、円熟味ってやつですかね。とにかく曲がすべて良い。
そしてポールにしては珍しいカバー「You Won't See Me」は、以前『Rubber Folk』という『ラバー・ソウル』のトリビュートアルバムのために作られた作品だ。フォーク界の人気者たちがこのアルバムをそれぞれカバーするという企画なのだが、ジム・モレイが“Drive My Car”、カーラ・ディロンが“Wait”、そしてブーとエディが“What goes on”をやっていて、BBCのフォーク看板DJ、マイク・ハーディグがライナーノーツを書いている。素晴らしい作品だが、まぁ、死ぬほど良いというわけではなく、やっぱりもうポールのトラックだけが突出して素晴らしいと思う。そもそも企画ものだから、とってもチープに作られていて、そこがめちゃくちゃ良い。ポールのレイドバックした空気が伝わってくる。リズムセクション以外はポールがすべて演奏しているが、それもなんだかとっても楽しそうなのだ。後半ポールの声が何層も重なってくる所など鳥肌ものだ。このトラックいいなと思ってたから、ポールがアルバムに正式に入れられて、これである程広く聞いてもらえるから良かったと本当に思う。
さて! そんなわけで、いよいよ明日からポールが来日します。チケットのお取置きも本日の夜で受付終了。あとは当日券がありますので、当日券をご利用ください。皆さん、ぜひご来場ください。
ほんとうにすごいヴォーカル。ほんとうにすごいギター。これが我がTHE MUSIC PLANTがお届け出来る、最高の音楽です! ぜひぜひ皆さん、ご来場ください。私はもう自分の音楽人生のすべてを、この最高の音楽にささげたいと思います。ぜひご来場ください。絶対に後悔はさせません。これが本当の「アイルランドの魂」だと思います。ま、これが分かんない人も「いいよ、もう」と思いますし、実際それでいいんです。
とにかく1曲目がいい。“Smile” あと好きなのはボーナストラックの“Finally It's a right time”かしら。しかし今聴いていても、このアルバムは他の作品とサウンドがまったく違うね。リラックスしているというか、全体に優しい空気に溢れている。まぁ、上手いミュージシャン揃えてるから当然なんだけど、なんかとっても余裕が感じられるんだわ。
この日のホテルはニューヨークで普通に取ると500ドル以上の部屋だったが、ロックシュターレートで250ドルくらい。それでもかなり高い。部屋はかなり広くベットも大きかった。ベットに靴はいたまま寝転んで、まったくポールってほんとにひどい奴だと私はちょっと怒っていた。何もあんな言い方することないのに。なにも自分を私のレベルに落とさなくてもいいだろうよ、温厚な(笑)私もかなりムっとしていた。ジョンの電話はなかなかかかってこない。結構時間がかかったので、私はもう自分のフライトで明日日本に帰るし、いやな別れ方だけど、わざわざサヨナラ言うためだけにポールの部屋をノックするのもなぁ、もういいや、メールでも後から入れておけば…と思っていたら、ジョンから電話が来てバーに出るという。バーは本当にホテルから1ブロックみたいな場所で、ポールにとっては行きつけの場所らしかった。3人で窓際のテーブル&スツールに座って飲み初めると、ポールは自分のニューヨークでの思い出を語り始めた。ジョンストンズ時代うんぬんもそうだけど、『Trick or Treat』のプロモーションのときもこの街に結構長く滞在していたんだって。
75年のバンドの解散のあと、アンディ・アーヴァインとポールはプランクシティの元メンバーたちと録音し、それはとても高く評価された。そして『Welcome
Here Kind Stranger』は最近になってCDとしてリイシューされている。
ポールの次なる動きは顕著だった。フォークシーンを離れ、ロック&ポップスの世界へと進んだのだ。ボブ・ディランがエレクトリック・サウンドになったのと同じような世間のリアクションだった。
ローナン・キーティングと一緒に書いた“The Long Good Bye”も名曲だ。二人はまたポールの最新作『Hooba Dooba』の“The Price of Fame”という歌で共作している。このボーイゾーンのシンガーと、ダンサーのFancine
Cornellについて。「本当に可哀想に思っている。でもそういう世界に生きているって事なんだよね。ローナンは有名人だから。僕は僕自身のことを有名だとは思っていないけど。でもこういう名声というのはパパラッチの名声なんだよ」
確か1回目の放送は、私がポールのコンサートをみにベルファーストに行った時で、バンドのみんなとベルファーストのホテルで放送だか、数日前に放送された映像だかを見た記憶がある。“Dancers in the fire”をポールが演奏するのを見て「まだこの曲やるんだ!」と思ったのが記憶にあるので第1回目だとはっきり分かるのだけど。
そして、なんといっても、最高に良いのがメアリー・ブラックとのデュエット。“I will be there”は必見です。あと、やっぱりなんといってもインタビューがいいね。ポールの話がすごくいい。インタビュー映像も、ポールがすごくリラックスしている感じがする。なんか、こう、いいんだよね〜。ポールの素顔が、満喫できるファン必見のDVDと言えるでしょう。うん。絶対に見るべし。
そういえば“The
Long Goodbye”には、こんな素敵なネタがあったのでした。人気音楽コラムニストのBob
Lefsetzさんがポールの事をブログに書いて、それをポールが気付き返事を書いたのです。詳しくはここ。簡単ですが、とりあえず急いで訳しました。間違いなど指摘Welcome。すみません、時間がないので、あまりゆっくり訳してられません(笑)
まずBobさんがポールの“The
Long Good Bye”について、こんな風に書いたことから始まります。このボブさん、アメリカの音楽についての超人気ブロガーで、そのポストは25万人に読まれているんだそうです。すごい。
Bob
Lefsetzさんの投稿
---------------------------------
“The
Long Goodbye”を見つけてからというものの、それを止めることができなくなった。僕の脳みその中にそれは1日中とどまった。僕は人生の動きを通りぬけようとしている時期だった。僕はこの時期、この歌とともに僕のとても個人的な宇宙に居たと言っていい。
失恋したときは映画を観ると気分がなごむというのは言えるかもしれないが、こういう時、効果的なのは歌でしかない。それは永遠に変わらないだろう。これらの歌は馬の手綱を引くものではない。それらは孤独と寂しい気持ちを持つものかもしれない。それはまるであなたが宇宙服の内側で聞いているみたいに…“The
Long Good Bye”みたいに共鳴する歌を僕らは絶対に忘れない。
山の間に、僕は自分の作品を歌いたいと主張するマライア・キャリーみたいな女性のシンガーが高らかに“The
Long Goodbye”を歌っているような姿を想像した。彼女の最大のヒットの一つはバッドフィンガーの“Without
You”だ。それはニルソンによって、12年も前に歌われていたヒットでもある。
素晴らしい歌は年をとらない。すべての世代に対してヒットとなりうる。ポールのアレンジも完璧だ。イントロの眠くなるようなピアノの音、ストリングス、それは完璧な青写真だ。この曲は2011年のブルックス&ダンのカントリーチャートのNO1になった。ほら、見ろ。僕はこれがNo1ヒットだと言っただろう! でもリサーチを始める前に気づいた、トップ40はこの曲をラジオでかけない。でもアダルトコンテンポラリーのチャートに半年も留まった。この曲がそれだけ強いということだ。ジャスティン・ビーバーやウィロウ・スミスが理解しないであろう何かに、失恋の意味を見つけるのだが、残りの僕らはよく分かっているのだ。ポール・ブレイディの“The
Long Goodbye”みたいな曲以外に、僕らがこの苦労を乗り越えるのに助けてくれる物はないと。
これについてのポールの返事 -----------------------------
「“The
Long Goodbye”についてはありがとう。レコード/ラジオのビジネスにおいてこの曲がたどったのは奇妙な道のりだった。(大ヒットとなった)ブルックス&ダンにおいても最初のシングルじゃなかった。確か4枚目か5枚目のシングルカットだったよ。レコード会社はそれをリリースするのをいやがった。でもアルバムから本当に頻繁にかけられていたので、ついにシングル・カットすることにしたのさ。そして1位になるのに19週くらいかかった。
というわけで、『The Missing Liberty Tapes』である。このヘンになると私もポールの活動の隅っこに具体的にいさせてもらえるようになった。夢がかなったと言っていいのかも。ポールとの最初のビジネスミーティングは緊張した。今でもすごくよく覚えている。緊張の初ミーティングについては、ここに既に書いた。
ダブリンのミーティングの後、東京に戻ってメールを何度かやりとりしたが、交渉は結構難航した。こういってはなんだが、ポールは初めて自分たちだけでこのアルバムを作ったから輸出とか流通とかの事をよく理解していなかったと思うし、実際ポールは自分でも「I'm still learning」と言っていた。当時はメジャーからインディーズにミュージシャンが流れて行く過渡期でもあった。おそらくポールとポールのマネージャーは経理関係がややこしくなることを恐れて、このアルバムをアイルランドのUniversalから買ってほしいと言った。レーベル(=ポール)直接ではなくディストリビューター(=流通)から買うと、働かない奴に利益を与えねばならず法外な値段になるので、私も「うーん」と思ったが、最終的にポール相手にごちゃごちゃ言いたくないという理由で、間に入るだけで何もしないUniversalにかなり儲けさせてしまう結果にはなるものの、割高でこのアルバムを輸入した。おかげで売っても売っても赤字なのであるが、まぁ、それはいい。とにかくポールの最初のインディーリリース(レーベル名はPee Bee)が手伝えて、私としても、とっても名誉であった。
『The Missing Liberty Tapes』は78年の『Welcome Here Kind Stranger』当時のライブ盤だ。いわゆるレコ発公演。1978年7月21日(金)。場所はリバティホール。ポールはこの時のライブをなんとなく家庭用のオープンリールに録音し、そのまま家に持ち帰っていた。でもそのテープを数ヶ月後に探した時は見つからなかったという。で、家も引っ越したし、ずっとこのテープのことは忘れていたのだという。ところが2000年に屋根裏を引っ掻き回してみると、古いLPの下の箱からこのテープが出てきた。ほんの気まぐれでこのテープをCDに焼いてみようと試みたところ状態も非常にいい。演奏自体にはリハ不足もあり、100%満足いくものでもなかったようだが、それでも素晴らしい音がそこに隠されていた!
リミックスや差し替え、オヴァーダブなどまったくナシの生の、あの日のコンサート!!
この年,2001年のポールの活動で書いておきたいのは、Vicar Streetというダブリンの小屋での連続1ケ月にも渡るライブだ。『PAUL BRADY SONG BOOK』Vicar Streetは、今でこそ改装が入って1300人くらいになったが、当時は700〜800くらいの小屋だ。とはいえ… あそこはダブリンの人口から比例したら東京の武道館クラスの小屋に匹敵する。そこで1ケ月!! 毎日ゲストを変えて、アコースティックだったり、バンドセットだったり、またLiberty Bellsというトラッド巨匠チームのグループだったり、いろんなセットだったが、これだけ動員できるのもポールならではだろう。ゲストにはヴァン・モリソン、ボニー・レイット、ドーナル・ラニー、マーク・ノップラー、シネイド・オコナー、メアリー・ブラックなどが駆けつけた。HOT PRESSはカラーで14ページの特集を組んだ。このときのコンサートの様子は、ポールのホームページのここでも詳細なセットリストとともに紹介されている。最後の日の打ち上げのセッション部長がシャロン・シャノンなのがいいな、と思った(笑)
私もこういうコンサート、東京でやりたいな。Paul Brady Song Bookみたいな。ゲストを呼ぶのは大変だろうけど、いつかグレン・ティルブルックやラウーでやった5夜連みたいなコンサート。小さい会場でいいからさ…っていうか、聞きたい曲が多すぎるんだよねー。2晩、多少セットを変えてもらってやったとしても、まだまだ足りないわ…
ポールはバックカタログを取り戻し、Ryko Discから新しいレコーディングも数曲加えたベスト盤『Nobody Knows - The best of Paul Brady』をリリースする。メジャー時代のトラックは無事収録されたものの、トラッド時代のMulliganのトラックはここには収録されておらず、ポールがまったく同じようにレコーディングしたものが収録されている(このヘン、まるでグレンのスクイーズのトラックみたいだ)。
再びHOT PRESSのインタビューから「Mulliganとはかかわったアーティストみんながトラブルをかかえている。僕はもうこういう人たちと関わることすらイヤだったんだ。だいたい彼等は『Welcome Here Kind Stranger』のマスターテープすら紛失しまったようだし。それに自分が20年前と同じように歌えることはわかっていた。ちょっとしたチャレンジだったが上手く行ったと思う」
それにしても何度聞いてもすごい「Plains of Kildare」ですが、この曲の秘密が知りたい人、アーサー・マクブライドの誕生秘話など…この映像にはネタが満載です。それにしてもポール楽しそう。番組のプレゼンターのフィリップ・キングは、「Bringing it all back home」の制作者であり、元スクーリオンのメンバーでもある人ですが、フィリップも老けたなー(笑)
曲がなんといってもいい。もう私が大好きな“I want you to want me”…なんでこんなにかっこいいだろ(うっとり)。イントロだけで、もう本当に最高。全部最高。
そして最近ボニー・レイットが新作でカバーした“Marriage Made in Hollywood”のベラ・フレックのバンジョーが、もう最高なんだ!! ポールの独特のこのフィーリングの後ろででベラらしく疾走していくバンジョー。かーーーっ。どうしたらこんなのが可能かなぁ! まったく。そして“The Island”の続編といった感の“You're the One”。
Cities are dying
Leaders are lying
Demons dancing in the air
まるで今の日本を歌ったみたいだ…
マーク・E・ネヴィンとの共作“Love made a promise”も最高。
それから“I will be there” これはウチの女王様とのデュエットのヴァージョンが秀逸。しかしポールの声、すごいな…音はメアリー・ブラックのアメリカでラリー・クラインと作ったアルバム「シャイン」からのヴァージョン。
うわ〜、懐かしい。このアルバムも本当によく聞いた。死ぬほど聞いたな。まだ自分がポール・ブレイディと一緒に仕事できるなんて思いもしなかったころ。まだリアルタイムでは購入していない。1987年の作品。それにしても1曲目の“Steal Your Heart Away”なんて、もう狂ったように聞いた。クラナドのモイア・ブレナンが参加していて、バックコーラスを聞かせてくれている。あとマーク・ノップラーのギターが印象的な“Game of love”もいいなぁ! 結構忘れてはいけないのが、“Eat The Peach”。デイヴィー・スピラーンのパイプが、もう超かっこいい。ポールのティン・ホイッスルもすごいけど。
ティナ・ターナーがカバーした“The Paradise is here”も収録されている。ポールがベスト盤『Nobody Knows』によせたコメント(五十嵐正:訳)より。“The Paradise is here”について「80年代半ばのあるとき、どうして人類はお互いの頭をぶつけあうことなく進歩できないのかの答えを見つけようとして、インドの神秘主義者クリシュナムルティの本「暴力を超えて」に取り組んだ。彼の首とする問題には興味を失ったけれど、僕は彼の説くある概念に魅せられた…時間におけるまさにこの瞬間は、実のところ未来の最初の瞬間であるから、理想的な未来を作りだす方法は、常に今この瞬間を徹底的に生きることである、と」
ところでこの頃、というかこのアルバムが出る前、ポールはボブ・ディランに初めて会っている。エージェントから電話があって「ボブ・ディランがヨーロッパツアー中で、お前に会いたいと言っている」と呼び出しをくらい出かけていったポール。実際、めちゃくちゃ興奮したそう。「嘘だろ」と言いながらも、ロンドンに飛び、ウエンブリーの楽屋にボブ・ディランを訪ねていった。ボブの楽屋に行くと「How are you doing?」とかいいながらボブはポールを迎えてくれて「ホラ、お前がやっている“Arthur McBride”と“Lakes of Poncahrtrain”、あれはいったいどうやって弾くんだ」と。「まずはチューニングを変えるんですよ」とポール。「Oh?」みたいな会話があり、気がつくとポールはボブ・ディランの指を取って「そこじゃないよ、ボブ」とか言いながら教えていたのだそう。
『Back to the Centre』これも、もう狂ったように聞いた。何で聞いたかというと、音楽ライターのS石さんがくれたカセットテープ(笑)「Both Side of Paul Brady」(タイトルがさすがS石さん! スコットランドのトラッドBoth Sides of Tweedから取ったのだ)と題されたカセットの、そのトラッドサイドには『Welcome Here Kind Stranger』が、そしてコンテンポラリーサイドにはこのアルバムが入っていて、私はずーーーーっとコンテンポラリーサイドの方ばかり聞いていた。89年とか90年とか、そのくらいの話である。この作品はちなみに85年発表。
当時は日本でも洋楽全盛期といった感じじゃないだろうか。それにしても大傑作だと思う。1曲目の“Walk The White Line”なんてライヴみたいだ。ものすごいヴォーカル。圧倒的。レコーディングにもお金がかかっていそう…
2曲目の“Wheel of Heartbreak”は、デュランデュラン意識して書いたんだよとポールは最近言ってたなぁ。つまりそういう時代だったわけだ。その次の“Deep In Your Heart”とかも、もう大好き。そして“Follow On”はポール・ヤングがカバーした名曲。圧巻は最後の2曲。“The Island”と“Homes of Donegal”。どちらもポールの代表曲で、今でもライブでよく歌われる。
エリック・クラプトンが“Deep In Your Heart”でギターを弾いている他(いかにもそれっぽい演奏!)、U2のラリー・ミューレン、ラウドン・ウェインライトなどが参加。
“The Island”は、ポール版「傘がない」といってもいいかな…「レバノンの空は燃えている。子供が路上で死んで行く。でもこの歌を悲しい歌にしたくないんだ。今は君といるんだし、島へ行って砂の上の足跡をたどって歩こう。夜明けまで愛し合おう」みたいなそんな内容だ。この曲をポールは何年もかけて書いて、スタジオのマイクの前に立っても、まだ書き終わってなかったのだという。最後の行を歌うのを余儀なくされたようで、そういう形で、やっと長年書きおえた。
当時はアイルランドの南北の紛争が激化していて、とてもシリアスな時代だった。ちなみにクリスティ・ムーアが“The Island”に対抗して書いたアンサーソングが“The Other Side”ということらしい。
「Difficult Second Album むずかしい2作目のアルバム」とポールが呼ぶ『True For You』。実は私が最初に買ったポールの最初のアルバムはこれだった。なぜかアナログで買って、穴があくほど聞いた。でも買ったのはたぶん89年くらいだと思う。なぜか都内のレコード屋で見つけたのがこれだったんだよね。83年の作品。
アイルランドから飛び出したポールは、ポールはイギリスに引っ越し、イギリスのマネジメントのもとで仕事を仕事をするようになった。バンドもイギリス人。でもこの時のメンバーが、今でもポールのバンドツアーを支えているところを見ると、もしかするとこれがポールに取ってベストな出会いだったのかもしれない。“Say What You Feel”の頃かな、一時、アイリッシュだけのバックバンドもやっていたけどね。
でもポールは歌詞について自分のことを歌っているかどうかは、あまり関係ないだろ、と言う。「特に“Nothing but the same old story”なんかは僕がロンドンにいたころのことを歌っているんじゃないかとよく言われる。実際題材もそこからひろった部分はある。だけど、結局自分のことではない」
HOT PRESSのインタビューより。インタビュワーの「聴衆は歌の歌詞をあなたの個人的なものだと受け取るべきではないのか?」という質問に答えて。
HOT PRESSのインタビューは、まぁ、よくもこんなに失礼な質問をポールに出来るわいというつっこんだ質問をしているので、またここで紹介していきたいと思います。
「Helpless heart」以外には「Steel Claw」はティナ・ターナーやデイヴ・エドモンズが、「Not The Only One」は、ボニー・レイットがカバーした。特にティナ・ターナーのカバーは彼女の大ヒット作「プライベート・ダンサー」に収録されたから、たいへんな印税だったに違いない(笑)。
“Dancer in the fire”が大好きで、以前リクエストにしたのはここにも書いたことがあるけど、音源が見つけられなかった。まぁ、皆さんCDを手に入れて、ぜひ聞いてください! ポールは日本に来たあと大きなUKツアーをやるのだけど、そのタイトルは“Dancer in the fire”ツアーらしい。うふふ。ポールもこの曲の良さにやっと気づいたか?! 確かこの曲はモデルがいるって聞いたことがある。資料をさぐったけど、どうしても見つけられなかった。
それから公演の日程が近づいてきましたので、皆さんお手元のチケットを今一度ご確認ください。いつも必ずツアーが始まってから「チケットをなくした!」「チケットが届いてない!」などのご連絡をいただきます。THE MUSIC PLANTは私がたった一人で運営している個人オフィス。アーティスト来日後に何か言われても対処できないことが多いです。何かございましたら、今!(笑) 今、言ってください。メールはここ。皆様もご協力をお願いいたします。
実はこのCDをポールが自分のレーベルから出した時、うーん、これはどうしようかと思った。THE MUSIC PLANTでは、最近はもうジョン・スミス以降、新しいものは発売しないようにしようと思っていたのだけど、でもせっかく今回ポールも来てくれることだし、御大に敬意を評して、本作と「フーバドゥーバ」を多少、流通に流しておいた方がよかろう、という結論に至った。
このアルバムの収録曲でもっとも有名な曲が「The Lakes of Ponchartrain」だ。ポールはこの歌はプランクシティ時代にならったという。ルイジアナの混血の女の子にアイルランドの兵士が恋に落ちるという内容だ。歌詞の内容が分からなくても、聴けばすぐにこの曲のもっている旅のセンチメントみたいなものを感じることが出来るだろう。元々クリスティのレパートリーで、アンディとツアー始めたら、お客から結構リクエストが飛ぶので、ポールが歌っていた、と。そうこうしているうちにポールの、自分自身のレパートリーになっていったそうです。今はポールのヴァージョンが一番有名だし、このあとに続くヴァージョンは、すべてポールの影響を感じさせるわけだけど。
のちにこのポールのヴァージョンに影響を受けて、ホットハウス・フラワーズのリアムが歌うようになった。リアムのヴァージョンも素敵です。最初に聞いたのは「Bringing All Back Home」の時だったかな…
再びRTEのラジオインタビューから。「リスナーからメールが来てるわよ」とDJのおばちゃん。「ポールのコンサートに行って、ある時オーディエスンスが“アーサー・マクブライド〜”と叫んだら、ポールはマイクに向かって“Auther McBride is dead”と言って、絶対に歌おうとしなかった」「ポールの目の前でアーサー・マクブライドと言うと殺されるぞ」と。