本物のアイリッシュトラッド?

昨晩のTwitterアンケートは面白かった。アイルランドの伝統音楽でメロディが綺麗なものという題目で、フォロワーの皆様にアンケートを取ったのだ。で、ベタなものは禁止!と書いたのに、かなりベタな伝統音楽があがってきた(笑)。私と一緒で、皆さん、「お涙ちょうだい」ケルト、結構好きでんなっ。

オキャロランが人気なのは、まぁ当然として……(一番人気は「シーベグシーモア(と、カタカナで書いてた人がいて、気に入ったので真似した/笑)」でした。この名演貼っちゃお)

本物のアイリッシュ伝統音楽ってなんだろうと考えてしまう。私も分からないが、自分なりの考え方は持っている。でもそれを人に押し付ける気は毛頭ない。人の考え方はいろいろあるだろうから。だが今夜だけ私の考え方をちょっくらここで演説させていただくと(笑)、やっぱりトーマス・ムーア作品や、ダニー・ボーイは伝統音楽ではないと思うのが私の意見だ。

確かにシネイド・オコナーが、デイヴィー・スピラーンのソロアルバムで歌った「ダニー・ボーイ」は悪くなかったかもしれない。あれは彼女のうちなる哀しみが表現された名トラックだった。だが、私はやっぱり伝統音楽とは、この前の投稿に書いたスカラ・ブレイが歌っていたみたいな音楽だと思うのだ。なんつーことのないメロディが、急にそれを表現してくれる最適なミュージシャンやバンド、シンガーに出会って、急にキラキラと輝きを増す。そんな音楽だ。ルナサやシャロンやマーティンがやっている音楽だって伝統音楽だと思うのだ。まぁ、でもこれもさらに言えば、ルナサやシャロンは伝統音楽じゃない、って言う人も多いわけで…(笑)いったい伝統音楽とそうじゃないもののラインはどこにあるんだろう! (でもルナサはトーマス・ムーア演奏しないでしょ?)

まぁ、それはさておき、このヘンの理由が分からない人は音楽之友社から出た名著「ユーロ・ルーツ・ポップ・サーフィン」(*)に掲載されている、茂木健大先生の名コラム<『リヴァーダンス』とトーマス・ムーア〜“作られた”アイルランド伝統音楽>を読むべし。先生の名著「バラッドの世界」を読むべし。

19世紀の大ヒット作家、トーマス・ムーアのヒット曲はアメリカやイングランドで大ブレイクし、その楽譜は大量に売れた。そのうちの1曲は明治に日本に輸入され「庭の千草」として親しまれた。上流階級向けに作られたアイルランド伝統音楽。それを、本当の伝統音楽(?)を愛する現場の人たちが「これは本物じゃない!」と批判するのは、エンヤの時代も、リバーダンスの時代も同じこと。同じ現象が、トーマス・ムーアの時代にも起こった。だからものすごくヒットしたが、今や、彼の作品をカバーするかっこいい伝統音楽のバンドはいない。営業でもないかぎり…

アイルランドで、生粋の伝統音楽家は、「ダニー・ボーイ」や「サリー・ガーデンズ」みたいな曲を演奏したがらない……という記事が先日朝日新聞にも載っていた。ここで一部が読める。にゃんと天下の朝日が、だよ!

でも他の伝統音楽と比較しても、アイルランド音楽はいつもそういったコマーシャリズムに陥る危険ゾーン、すれすれのところに存在している。それだけ、やっぱり人の心の琴線に触れるメロディなんだな〜、きっと。しかし例えばバーンズがスコットランドでヒーロー扱いされているのと比較しても、トーマス・ムーアのアイルランドにおける扱いはひどい。でもそれは「あまりにキャッチー」で、英語で言うところの「チーズくさい」からだろうとは思う。いわゆる金持ち趣味のトーマス・ムーア作品には、ふつうの伝統音楽には見られない、キャッチーな展開がしばし見られることがあり、そこが伝統音楽にしては非常に不自然に感じられ、聴く者の神経にさわるのだ(笑)

でも本国アイルランドでの評価は最悪だが、全世界的に彼はこの<アイルランド伝統音楽「風」音楽>を広めることに大成功したわけである。

「庭の千草」を大好きな人がいたら、ごめんなさい。でも音楽はあくまで好みの問題だから良いのですよ。トーマス・ムーアも、もしかしたら離れた故郷を思って純粋な気持ちで書いたのかもしれない。それがたまたま異常にヒットし「一人勝ち」を嫌う田舎者アイルランド本国のひんしゅくを買ったのかもしれない。

でも面白いことに、こういったパーラーミュージックを、芸術の域まで高めた、ものすごいバンドがいる。それが「デ・ダナンだ。昨晩この動画をツイートしてきた方がいて、それで気がついた。「Ball Room」「Anthem」「Star Spangled Molly」など数々の名盤は、いつまでたっても色あせない。このダサくも「Celtic Music」と書かれた動画のドロレス・ケーンの歌声に思わず涙。フランキー・ギャヴィンのフィドルに加えキャロライン・ラベルのチェロが良い。まったく泣かせる、デ・ダナンは。コーニーだ、なんだとバカにするな。これもまた一つの文化なのだ。



*この本は本当に超名著だが、ヴェーセンがまったく載っていないのが本当にまずいと思う。この本が出た99年すでにヴェーセンは本国ではそれなりの地位にいたはずだ、と嫌味をちょっと書いておく。私にちらっとでも相談してくれれば良かったのに(笑)。でもそれ以外は素晴らしいガイドブックです!

PS
私がオキャロランの曲で好きなのはこれ。うろ覚えだけど、ふだんはスポンサーのために曲を書いていた彼が、本当の恋に落ちて、その相手のために書いた曲がこれ……って説なかったけか?

PPS
もっと言うとマーティン・ヘイズの好きな名演奏の一つに、グラッペリの「ダニーボーイ」がある。日本でCDを見つけて狂喜乱舞していた。だから結局作品じゃないのかもしれないね。結局、演奏一つ一つをもって判断しないといけないのかもね。

PPPS
こういう投稿すると、伝統音楽ピュアリストの人から反論/ひんしゅく買いそう〜