2021年3月5日金曜日

山陰アイルランド協会『Caideas コージャス(友情)』会報




山陰アイルランド協会さんから会報をお送りいただきました。ありがとうございました。


なんとすごい執筆陣にまぎれてわたしも書かせていただいております。
テーマは「バンドにエイド」について、と言われたので、改めて。
しかし「バンドにエイド」とかもう10年前くらいの感覚かも… 
今となってはすべてが懐かしい。


13日からは、松江ではアイリッシュ・ウィークが始まります。
パレードはないけど、街が緑で彩られるそうです。


ところでこの会報で知ったんですが、巨人のシチューさんが松江にオープンするのですね! わたしはイベント期間中だけのポップアップかと思ってた。素晴らしい。頑張ってください〜!

なおこの会報はまもなくWebでも読めるようになるそうです。そしたらまたお知らせしていきますね。

2021年3月4日木曜日

最近の編み物:オカンアート 引き続き

 


友達夫婦の子供というのは素晴らしい存在である。わたしも自分が子供のころ、すべての大人はカッコよく見えた。大人だというだけで、子供は尊敬の眼差しを向け、話を聞いてくれるのだ。

特に親の友人というのはすごく得な存在だ。そして、子供にとってみれば、どういう大人に囲まれているかということは非常に重要。逆に周りの大人は責任重大。特に女の子にとって働いている母親以外の大人というのは、その後の影響力も大きい。特に「楽しそうに仕事をしている人」というのは、将来の働きウーマンを育てる刺激剤にもなりうるのだ。

うちの姪っ子、甥っ子も小さい頃は可愛かったよなー。例えば「おばちゃん、もう仕事してるから勉強しなくていいんだよ、いいでしょー」と言うと真顔で羨ましがってくれる。「おばちゃん、ウンコしてこようっかなー」と言うと爆笑して「大人はそういうこと言わないんだよー」とか言って受けてくれる。今じゃ、もう大学生と高校生にもなっちゃった二人なので、結婚もしないで一人都内でプラプラしているおばちゃんをどう評価しているのかは現在不明であるが、小さい時は本当に可愛かった。

さてそんな洋子おばちゃんであるが、湘南に住む友人夫婦に子供が生まれた時は張り切ったねー。共働き夫婦なので「子守はまかせて!」と息巻いていたのだが、結局一番大事なときにわたしは病気になってしまい全然役にたてなかった。こんな可愛い絵を書いてくれた(上の写真)そんな彼女も春から小学生になるわけである。あぁ、時間がたつのって早い。特に友達の子供を見てると!(笑)

というわけで、Nちゃんのためのオカンアートです。


最初はとっても可愛いフィンランドから来たピンクの毛糸をユザワヤでみつけて「これ、いいなぁ! Nちゃんにぴったりだなー」と思っていたのだけど、何を編むかは思いつかず…

でも彼女の三つ編み写真をお母さんがfbにあげているのを思い出し、それがめっちゃ賢そうで素敵で、この三つ編みにあうベレー帽がよかろうということで、ニット帽を編みはじめました。あまりベレー帽っぽくないけど、まぁ、いいか、ということで。大きさは大人と一緒だから、ちょっと大きいかな。でも最近の子は大きいもんね… というかしばらく会っていないから、もう洋子おばちゃんと背は一緒かもしれない。いるんだよな、ランドセルしょった、わたしより大きい子(笑)

それでも100g単位で売ってたこのフィンランド毛糸が余りまくったのと、この帽子だけだと面白味がないよなぁということで、何か余り毛糸で作れる小さいものをと思い悩んでいたのでした。で、彼女が仲良くしているというぬいぐるみをパパに測ってもらって、そのぬいぐるみの帽子とマフラーを編んでみました。どうよ!!

このくらいの年齢の女の子は「友達とお揃い」が好き!だと思うのよね。

しかし同じ帽子のミニチュアを編んでも、さらに毛糸があまったので、蝶ネクタイも編んで見た。ぬいぐるみにつけてもいいし、Nちゃんの帽子につけてもいい。

でも本当はこういう立体的な小物はかぎ針編みの方がいいんだよな。今度習ってみようかな… (ちなみにわたしは棒針編み専門なのです)


しかし、ぬいぐるみは実物をみてみないとあれこれ厳しい。しかも編みながらサイズを調整していかないと…  本当に着せられるものができるかは超疑問。うーん、ちゃんとかぶれるのか。かぶれなかったら、この大きさにあう何かお人形を見つけるしかない?? あとこの蝶ネクタイは裏を見るとぐっちゃぐちゃなのです。表から見ると、なんとか形になってるけど…  小学校にあがるから、もう安全ピンは大丈夫かと思いつつ…、果たして。

というわけで、以上おかんアート 洋子おばちゃん編でした。まだまだ編みまっせー。

しかしNちゃん、小学校3年くらいになって反抗期になって、湘南の家を出ててきたら、おばちゃんチに泊まりにおいで〜〜 なんつーか「話を聞いてくれる理解ある親の友達」という立場を洋子おばちゃんは狙っております。


PS

届いた!と湘南ママから連絡あり。サイズもばっちりだったみたいです。よかった…ほっっ。それにしてもこんなので誤魔化されてくれるのも今のうち。っていうか、女の子はあげがいがあるわーーー またピンクの毛糸でいいの見つけたら何か編もうっと。引き続きオカンアートをお楽しみに。

2021年3月3日水曜日

東浩紀『ゲンロン戦記』を読みました。


東さんの本、初めて読破できたかも? といってもこれは東さんが書いた物ではなく所謂「聞き起こし」本。ジャーナリストの石戸論さんが書いた「ゲンロン」という東さんの会社、10年目の裏話満載本。いや〜、すごく興味深かった。

というのも、わたしは東さんの前の会社「コンテクチュアズ」が「ゲンロン」になった頃から、結構リアルタイムで東さんのことはウォッチしてきたから。しかも2年くらいは実際にゲンロンの会員であったこともある。チェルノブイリのツアーにはクラファンで参加もした。ただ時々届くすごいヴォリュームの会報など読む時間がまったくなかったので、年1万円の会費がもったいないと思い解約してしまった。とほほな会員である。

でも今でも時間さえあれば、ゲンロンで取り上げているようなテーマを、哲学よろしく日がな1日考えていたいと思うことは今でもある。はっきりしない答えを考えてあれこれ模索することは、わたしも大好きなのだ。でもとてもじゃないけど、今の仕事をしているうちは無理だな。東さんがいつか言ってたようにわたしも「THE MUSIC PLANT村」の運営で非常に忙しいのだった。まぁ、それは言い訳かも、だけど…

あ、あと「ゲンロン」には、上田洋子さんという一度仕事でご一緒したリアルな知り合い(といってもたぶん向こうは覚えてらっしゃらないだろう)もいて、今、上田さんどうされているのかなという気持ちもあった。だからこの本を読んだ。そしてその上田さんはなんと今、ゲンロンの代表をされているのだというから驚きである。本当に素晴らしいなぁ。

上田さんは、チェルノブイリの東さんのツアーで活躍されているのを見て、あのうるさ型(失礼)の連中ともうまくやっていけるのだからこの方は間違いないだろうということで、某ミュージシャンのロシア語通訳をお願いしたことがある。実際現場ではたくさん助けていただいた。(本当に通訳さんって言葉以上にいろんなことが要求される仕事だと思う)上田さん、あの時はたくさん助けていただいてありがとうございました。

さて、それはともかく、ふむ、この本だ。いやー 実情は見えているよりもバタバタだというのは、ウチも一緒だし、誰の事業においても一緒だろう。だから十分想像していたつもりだったけど、これほどまでとは…と思った。しかもあまり反省されていないのか、同じような間違いが続きすぎだよ、東さん。人間ってこれほどまで変われないのだなとも思った。いやいや、わたしも人のことは言えない。自戒を込めて。

でも本当に東さんって不思議な人で、いつだったかラジオで(しかもそのラジオ番組の本編終了後のトークみたいなボーナス音声で)「俺はもう自分のことしか考えていない。俺の「ゲンロン村」をどうするか。それだけしか考えていない」っていうのを発言してらして、それがすごくわたしは自営業者として心に響いたのだった。わたしも「わたしもそうだ。THE MUSIC PLANT村をどうするか」「それだけなのだ」と志を強くした。

ちなみに、その真意というか、心のウチというか、本音はこんな感じだ。「お前らみたいに自分で事業を起こしていない連中にこの苦労がわかってたまるか」と。つまりはそういうことだ。いまだにわたしも、自分の心の中にある偏見=サラリーマンや、フリーランスでもいわゆる雇われるだけの人に対する自分の偏見と闘っている。自分のリスクをかけて何かしたこともないくせに…と何においてもすぐ思ってしまう。だから編集者や出版社に頼らず、自分でインディーズで本を出して行こうとした東さんの気持ちはすごくわかるのだ。が、現状、今、ゲンロンが会報以外あまり本を出せていないところを見ると、それは失敗だったと評価されてもしかたないわけなのだが。(ちなみに誤解なきよう。ゲンロンは今、プラットフォームとしてカフェやオンライン配信がすごく成功してらっしゃる。素晴らしいことだ)

それにしても、イベントをやる時に、特にコンサートをやる時にミュージシャンはほおっておくと演奏はとてつもなく長くなるのが常だが、それについてもこの本を読んであらためていろいろ考えた。私もコンサートに行き演奏者が「最後の曲です」と言い、残念に思うよりは、ほっとしたという経験が何度あったことか! とにかくミュージシャンに任せると公演は長くなるのだ。お客には「もっと聞きたい」と思うくらいで帰ってもらわないとだめだというのは、わたしがよくアーティストに言うことだ。だいいち2時間も3時間もコンサートをやれば、絶対に「ゆるい」時間帯が出てきてしまう。それよりも70分。真剣に全集中力を動員して演奏しろよ、と。そして人間の集中力は第九からこっち、CD1枚に入る74分と決まっているのだよ、と。

でも東さんは時間について、ここではわたしとはまったく違う意見をのべている。1時間2時間話したあと、そのあとがおもしろいのだ、と。よくゲンロンにも登場する茂木健一郎先生も言っている。あそこは時間を気にせず長くしゃべれるからいい、と。

わたしからしたら主催者目線で「これだからアーティストはダメなんだよ」とバッサリ切ってしまうことは簡単なのだけど、それをよくよく考えてみた。

で、わかった。この人たちは何かこの場で生みだそうとしているんだな、と。新しい考え、新しい哲学、そこに至るまでの道を模索しているんだろうな、と。そして視聴者はそれを目撃したいんだな、と。それを思うとすごいと思う。なんというか、大学とかそういう場だよね、これはね。民間の配信カフェの域をとっくに超えている。

実は今だからバラしてしまうが、わたしは実は2011年の震災直後、この手の論壇系の事務所を手伝ったことがあった。ギャラはもらわなかったので完全なボランティアだが、やりがいは感じていた。でもどうしても好きになれなかったのは、彼らの行動は合理性にとぼしく、彼らの時間の観念が自分にあわなかったから。あの界隈の人たちの「時間にルーズ」なところがどうも好きになれなかった。だらだらと何時間もイベントをやる。長く時間を費やすことで「一生懸命コミットしている」ということを彼らは表現していたのだろうが、それはわたしの価値観とは相容れない。自分の時間はともかく相手側の時間を「いただく」ことに対する主催者の責任…とでも言うのだろうか。

でも、この本を読んで、なんか理解した。そうか、これはイベントではなくトークショーではなく大学なんだな、と思った。長い「仲間」との「会話」の後で、その場の結論的な地平が見えることが結論。それは合理性とはまったく相容れない。

だからビジネスとして成立しないのは当たり前。東さん、経営者としてはわたし以上にダメダメである。(ごめんなさい。でも率直な感想です)

しかしあの当時ゲンロンにいた人たちとか、みんな頭良さそうだった。あの人たちは今、どうしているんだろう。あぁいう感じ。2000年代に夢みたインターネットに、2010年代、わたしたちは失望したわけだけど、まだそれでも2010年代前半に夢はあったと思うんだよね。その夢にわたしたちはすがっていただけだったのかも。

でも東さんって色んな意味ですごく子供っぽい。堀江さんにも同じ空気を感じるんだけど、愛知トリエンナーレで津田さんと揉めた…というかなんというか…のは本当に残念だった。いや、わたしも自分が何を知っているわけではない。ただツイッターや記者会見などで、彼らのことを眺めていただけだった。でも、そこで思ったのは、親友の津田さんが大変な時期なんだろうから、東さん黙って見守ってあげればいいのに、ということだ。親友が大変なとき、べったり一緒にいられないのは悔しい。津田さんがてんてこまいすぎて、東さんは自分が相手にされなくて、きっと寂しかったんだろうなとも思う。でも本当の友達なら黙って待つべきだったよ…。あれは本当に残念だった。

そうやって、東さんからは仲の良かった、頭のいい人たちがどんどん離れていく。そういうのを結構リアルに1読者にすぎないわたしも目撃している。ツイッターで「ゲンロンやめます」とか勝手に宣言しちゃう。いろんなことが本当にもったいないのだが、でもそれでも本人は結局「変われない」。そしてまた新しい仲間と何かを初めていくわけだ。

こういうのって、本当にリアルにわたしの身近にもあって、わたしもなるべく人間関係をリセットしてしまう人には近寄らないようにしている。やっぱり良いのは誰かと何十年も長い関係を続けて行けている人たちだ。知り合いでも「あ、あの人、あっちにいないと思ったら、今度はこっちとつるんでるわ」的な動きをする人がいるのだけど(そういうのって、今やSNSですぐわかってしまう)、そういう人とはやはり距離をおいた方がいい。一方で、長く続いている人間関係を維持している人には、やはりそういう才能がある。いや、わたしも本当に自戒をこめて。

よくわたしも言うんだ。真剣に世の中変えたいって思う人が二人いると、本当にそれが世の中を動かしちゃう時があるんだって。でもその熱量同等の二人ってのが、なかなか揃わない。まぁ、そういう人たちは、わたしも含めそれぞれ一匹狼で、すでに自分の生活がなりたっているのわけだから、誰かとつるむのは、やっぱり難しいわな。ちょっとしたことであれば、人と妥協するよりも、自分でやっちゃえ、ということになるわけだし。

そして個人の怒りや個人のちっぽけなプライドが邪魔して、素晴らしいプロジェクトが頓挫するのは本当にもったいない、って。でも渦中にいると、そういうのわからないんだよね。いやほんとに自分もそうなんだろうけど。

というわけで、いろんな意味で、もったいないなぁと思う東さんの存在なのだけど、この熱量は本当に素晴らしいと思う。そして東さん本人はおそらくわたしが想像できているほど悩んでもおらず、この状態が幸せだと判断しているんじゃないか…と思う。だから、究極的に変われないんだろうなと思う。

それにしてもこういうもったいない人、音楽業界にもすごく多い。頭がいいんだから、もう少し周りを許す気持ちになってみれば、大きくヒットもしくは社会を変える原動力になる…というところまで持っていける可能性を十分に秘めているのに。自分のちっぽけなプライドみたいなものに囚われてる。でも彼らにとっては「ちっぽけなプライド」=「仕事をする意味」なんだろうから、やっぱり変われないのだろう。

現状に不満があるから自分でやろうと立ち上がり独立 → 結果「仲間」だけで吹き溜まる。それで終わるからよくない。妙に同調しちゃう仲間がいるのも、まずい。才能があるだけでは生き残っていけない。そういう世界は、どこも一緒だ。何度も書くが、自戒をこめて言っている。

わたしだってそんなふうに人から見られている可能性大だ。「野崎はバカだな、こうすればもっと成功するのに」って。あと他人から不幸に見えている時こそ、本人幸せマックスってよくある。で、自分がどっちを優先するかは… 当然、どうしたって自分の幸せを優先してしまうのだ。

なんかとりとめなくなってしまった。でもあるんだよなぁ、自分だけの判断ではなく人の話を聞いた方が幸せだって。特にわたしの場合、服とかはその傾向が強い。人にもらった服を着ていると褒めてもらえることが多い。だから着るものとか、どうでもいいことは他人に任せる。仕事とか大事なことでも、身近な人のアドバイスはわたしは結構聞くほうだと思う。特に同業者のアドバイス。同業者のアドバイスは間違いなく重要だ。音楽業界はとくにあれこれ言う外野には事欠かないのだけど(特にネットやSNSで飛んでくるどこの誰ともわからない人のアドバイスは聞かないが、)自分が信頼している人のアドバイスは、とにかく重く受け止めるよう努力はしているつもりだ。そうは見えないかもしれないけどね(笑)

あ、あともうひとつ。大先輩から言われたアドバイス。人に相談してみるのはいい。結局その人から良い助言を得られない可能性の方が大きいんだけど、人に話すことで自分の中から答えが立ち上がってくることがある、というやつ。これ、めっちゃ正しいよね。

ブックレビューからだいぶ離れちゃったけど、いずれにしても自営業の方は読んでおいて損はない一冊だと思う。

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