2021年1月31日日曜日

松山バレエ団『新・白鳥の湖』@ 北とぴあを観てきました


実はコンサートや公演に行ってもあまりここにレポートを書くことはしていない。というのも、だいたい人の作ったコンサートや公演に行く時は何かの調査だったり未来の仕事ネタが多かったりするので、そのネタばれになるといけないからだ。だが、ネタばれにならない、基本的に仕事とはかけ離れた公演のことなら、自由に書ける。

というわけで、久しぶりにバレエの公演に行ってきましたので、そのことを書きます。北とぴあに松山バレエ団が来てなんと森下洋子さんがまだ主役を演じていられるという。森下さんといえば、私が子供のころから「そんな歳でまだ踊っているんだ」と思った。そこから30年くらいたっている。なんと御歳72歳。これは見に行かねば、というわけで行ってきました。実は森下さんを生で見るのは初めて。バレエの公演は、しかし子供のころにはよく行った。本当にひさしぶり。

で、コンサート作っていると忘れちゃうんだけど、お客さんが望んでいるのは「非日常」なんだよね、ということを改めて。いやー これを観ることで、確かに遠く遠くはるか遠くまで連れて行ってもらいましたよ、『白鳥の湖』。まったく別の世界でした。

まずステージを見てびっくりしたのは、人間がおっきい。以前みたバレエ公演は、どうやらどれも相当大きな劇場だったらしく、ステージの横幅奥行に比べて人間はもっとうんと小さかった。今回は北とぴあのさくらホールのステージで、見た目にまず人間でっか!と思ったのでした。つまりはこういう1,000人規模の劇場で『白鳥の湖』が上演されるのは珍しい事なのかもしれない。(よく知らないけど…)

小さいといっても一応大ホールなので「そっかー、こんなに奥行きあったか」というくらいスクリーンが多数使われ、演出、照明がものすごい。いやー、すごいわ。

今回は松山バレエ団による新しい『新・白鳥の湖』。衣装もステージセットもとにかくすごい。悪魔のロットバルトの衣装なんか、腕がジュデイ・オングよろしく巨大で、その長い腕がぐるんぐるんとまわると、それにひっかかかって転ぶ白鳥がいないかとドキドキしてしまう。

さすがに音楽はテープだったが、肝心の森下さんの踊りは素晴らしく、とはいっても黒鳥の32回転は無理なようで、代わりにステージ一周のグランジュッテで技術の見どころを作っており、いやーすごかった。すごい体力。年齢に負けてないわ。森下さん、完璧に踊れている。

会場にはお子さん連れが多く、みんなバレエ少女たちなのかなと思った。私の5列前くらいに座っていた女の子が立ったり歩いたりして視界がそのたびに遮られるのでイライラしたが、一部が終わったら、その女の子はさすがにクレームがついたらしく退場させられていたようだった。(ちなみにチラシによると3歳以上、入場可と表記されていた。確かに3歳をすぎれば座っていられる子は座っていられる)

いずれにしても森下さんの踊りにいたく感動したまま、帰宅してYou Tubeを検索してみたら、過去に流れた森下さんのTVのドキュメンタリー番組がイリーガルながらもアップされていたので、思わず最後まで見てしまう。この番組の時点ですでに20年前。すでに体力とのたたかいで…正直絶句してしまった。 いや、本当にものすごく大変だ。生活のすべてがバレエのため。そして体力温存といって楽屋にベットを持ち込み、踊らない時は横になっている状態。時々ステージ袖でも横になっている。すごい。

大変な生活だ。番組の中で印象的なシーンがあった。取材者に向かって森下さんが「見ていてつらいですか?」とインタビュアーに聞いたのだった。つまり「自分はイタくみえないか」ということを森下さんは確認していた。普段がむしゃらに踊ってらっしゃるんだろうけれど、確かにテレビに横になる自分を映されて、考えることもあったのだろう。松山バレエ団について、ネットでググってみれば、かなり心ない言葉を書き込んでいる人もいる。早く引退しろや、もっとひどい汚い言葉まで…

これだけのものを作るのは本当に大変だろうな、と思った。正直、こんな大掛かりなステージ、スタッフの数もものすごく、その中で自主制作公演を作ることで、いったいどんな利益が出るんだろう。コロナ禍でキャパも半分だ。主役や良い役をめぐって、厳しい争いもあるだろう。そしていまや本当に才能のある子たちはアスリートでも音楽家でもダンサーでも、留学生を積極的に受け入れる海外へと、すぐに出てしまう。森下さん以降の後進が育ってない、という素人のクレームが飛んでいるのだが、その真偽はわからないまでも、いやいや今や才能のある子はみんな海外でしょ、と私も素人なりに考えてしまった。

また松山バレエ団は宗教的だ、みたいなことを言う人もいる。確かに、そういう感じがしなくもない。広報・マーケティング担当の人が大変なんだろうなぁ、とも想像する。チラシはデザイン、文章とも正直いまいちで新しいファンを呼び込むにはかなり無理がある。購入したプログラムの文章もわかりにくい。ま、私も人のことを言えるレベルではない。ウチのチラシも文字が多くすごくわかりにくい。予算があればプロのライターさんと編集者を入れて作りたいのだが、そんな予算が取れるわけでもなくいつもとても下手くそだ。が、そこは、まぁウチの場合、お客さんに甘えている部分があるのだけど、こっちは天下の松山バレエ団だからね。しっかりプロのライター、編集者を入れたほうがいいんじゃないかと…  うーん、なんかいろいろ考えてしまった。森下さんが長く踊ることについて、うまくプロモーションできていない、という感想を持った。偉そうでごめんなさい。でも正直な気持ちです。私が子供のころは森下さんといえば世界的なバレリーナとしてテレビや媒体への露出ももっとあったと思うんだよね。いや、私がテレビとか媒体みてないだけか…

まぁ、あれこれ言う外野が多いのはどんな事業についても同じで税金みたいなもんだから、しょうがない。実際、事は極めてシンプルだ。本人が踊りたいといい、本にが自分の成果に納得し、かつそれにお金を払い観ることを楽しみたいという人がいれば、もうそれだけなのだ。いつもいうように「踊り」という芸術は「バレリーナ」という人間よりも遥かに大きい。本人がいつまでも踊りたいとか、引退したくないとか…  そういう事はすべて重要ではないのだ。

とはいえ、とにかく70歳を超えて踊っていらっしゃる、そのパワーはすごいと思う。



さて、今回は、新アレンジされた新しい『白鳥の湖』だったけど、オーセンティックなこういう普通の『白鳥の湖』も見たいなと思ったり。

例えば新アレンジでは四羽の白鳥(小さい白鳥)が6人で踊られていた。あと好きな曲がいくつか聞けなかったこと。このオディール登場のシーンのキャッチーなダンス曲、ほんとうに好きなんだよなぁ。それが残念。サウンドトラックのCDでも買ってみようかな。それにしても本当に曲がいい。

森下さんのインタビュー記事も見つけました。2015年のもの。


森下さんの本も見つけた。早速ポチっちゃった。読むのが楽しみ。ちなみに私が見たのと同じプログラム『新・白鳥の湖』次は7月にオーチャードで予定されているようです。北とぴあで見れてラッキーでした。

2021年1月29日金曜日

料理下手のための、失敗したときのごまかし料理法

ホットクックは煮物の天才。自分じゃこんなのできないよ〜


料理の写真などをSNSに投稿していると「料理上手」とか言われることが多いんだけど、いやいや、実際、私は料理は下手な方だと思う。というか、ごめんなさい。本気出して時間かければ上手にやれる方だとは思うけど、普段は料理に集中できないし、そもそもレシピ通りに作るのが苦手で、ついついプロセスをサボってしまったり、自己流にアレンジしたりしてしまって失敗する、というわけ。食材のカットの仕方なども、まぁ、ひどいもんだ。包丁とか使っているところは、とてもじゃないけど人に見せられない。

先日も作った野菜スープ(普段は失敗しない)があまりに不味かったので、カレーのルウを投入して無理やりカレーにしたら、普通に美味しかった…というのをTwitterに書いたら、結構受けたので、今日は料理下手のための「料理に失敗したときの私のごまかし料理法」をご紹介します。

料理がうまい人には「こりゃひどい」と目をつむりたくなるような話題かもしれませんが…

1.   カレー味にしてしまう

カレーはいろいろ無敵。私も普段カレーを作る時はスパイスから作るのだけど、それとは別に普通にキューブのルウを常備しておくといいですよ。失敗したスープ、煮物。カレー味にしてしまえば、食べられる。

2.   トマト味にしてしまう

トマト味もいい。トマト缶を安い時に大量に仕入れておいて、トマト味にしてしまえば、なんでもおいしくなることうけあい。

3.   バウルー(ホットサンド)の具にしてしまう

実は肉じゃがみたいな和食でもちょっと余ったらホットサンドの具にしてしまうのがいい。コツは辛子や生姜、ゆず胡椒など、ちょっとしたスパイスを加えること。私の好きなホットサンドはポテトサラダにスライスチーズそして柚子胡椒。美味い!

4.   混ぜご飯にする・パスタソースにする

和食系ではよくやる技。特に味をしょっぱくしてしまった時に使える技。具を細かく切って、炊き立てのご飯にまぜてしまう。あとうまくアレンジして(ツナ缶をいれたり、シラスをまぜたり)パスタソースという手もあり。

5.  グラタンやドリアにする

じゃがいもやマカロニ、もしくはご飯、チキンライスなどを敷き詰めて、失敗した料理をのせ、その上からホワイトソースをかけて焼いてしまう。ホワイトソースではなくトマトソースでもいい。無理やりシェパーズパイ(笑)ともいう。とにかくオーブンで焼けばなんとかなる。

最近は料理系のYou Tubeよく見てまして、りゅうじお兄さんとか大好き。You Tubeだけかと思ったら先日普通に地上波のTVに出てらして、本も出されているようで、そうか〜有名な人なんだと改めて。彼、すごくいいよね。料理下手でも失敗がないレシピだというのが、すごく良い。味もお兄さんのいうとおりにつくれば成功することが多い。ただ料理をする時に飲んでいるお酒の様子がかなり心配。アルコールは日本ではそれほど真剣に語られることはないけれど、マジでやばいことがあるから気をつけた方がいい。余計なお世話か。でも、笑ってられる段階の時はいいのだけれど。お身体お大事に、ね。

レシピはYou Tubeには最高の素材だ。料理する前に、そして以前作ったものでも確認のためもう一度同じ動画を見たりしてしまう。同じ人が同じ動画を何度も見ている可能性はあるよね。

りゅうじお兄さんのレシピは(1)魚料理がほとんどない(2)和食が少なめ、あと(3)味の素大好きというところがイマイチだったんだけど、この投稿を見てなるほど、と思う。

味パンダ、私も導入しちゃいました。果たして…

と言うわけで、皆さんもレッツ・クック! 料理を楽しんでくださいね。この豚汁も美味しかたですよ。


2021年1月28日木曜日

アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』を読みました。これは素晴らしい!



いやー 面白かった。スウェーデンの精神科医が書いた『スマホ脳』。キャッチコピーや書評などから内容は想像していたのだけど、まったくその通り。かつ「どうしてそうなのか」ということが詳細に紹介され、最後にはその対処法まで書いてある。これは必読です。今のところ今年のノンフィクションNo.1かな。

まず訳がよくって、すごく読みやすいです。元がスウェーデン語で書かれたということもあるのかもしれないけど、訳がすごくいい。外国語で書かれたノンフィクションを読んでいるというストレスはまったくありません。これは強調しておきたいです、はい。

内容をちょこっと紹介すると、まず作者は「先進諸国でもっとも多い死因である癌や心臓発作について、心配でたまらない人は多いはずだが、歴史的な視野でみると人間の命をうばってきたのは、地球上にあらわれてから99.9%の時間、飢餓や殺人、干ばつや感染症なのだ」と説く。つまり人間の身体は癌や心臓発作から身を守るようにはできていない。そうではなく、飢餓や干ばつ、感染症から身を守れるように進化してきた。だから脳の得意分野はそこなのだ。その苦難を生き延びてきた人間の子孫が私たちなのだから。ふむ。

有名なスタンフォード大学の先生の言葉も紹介されている。「地球上に存在した時間の99%、動物にとってストレスとは恐怖の3分間のことだった。その3分がすぎれば、自分が死んでいるか敵が死んでいるかだ。で、我々人間はというと? それと同じストレスを30年ローンで組むのだ」もともと人類が進化の過程で乗り越えてきたストレスと、現在のストレスでは質が違いすぎる。だから「うつ病」になる人は現代ではとても多い。今、スウェーデンではおどろくほどのパーセンテージの若者が抗うつ剤を使用しているのだそうだが、その「うつになる」という状態も、詳しく分析してみれば人類の進化においては、実は自らを守るための技の一つだったりもする。

また「火災報知器の原則」も覚えておいた方がいい言葉だ。私たちの脳は何かの時に鳴らないよりも、鳴りすぎる方が良い。そういう原則がそこにあるのだ。それが生き延びる術だったのだから。

また動物として食べ物を探して新しい場所、環境には希望をいだく本能があるらしく、私たちはインターネットを眺めていても、今読んでいるページより次のページに夢中になる特性を備えている。そして脳は「かもしれない」という可能性が大好きなのだ。そしてそれが人間の集中力をそぐ。これは実際にインターネットに接するようになって感じている人も多いと思う。私ももちろんその一人で、間違いなくインターネットに接するようになってから自分の集中力が格段に落ちた。何かを読んでいても、まったく頭に入らない。入ったとしても翌日、前日に何を読んだか思い出せない…など。でもこれは脳の特性からすると当然のこと。なんと脳はスマホが同じ部屋にあっただけでも、集中力をそがれるようにできているのだ。例えば会った人がテーブルの上にスマホを裏返しにしておいただけでも、そして驚くことに文章の中にリンク先があっただけでも敏感に反応してしまう。リンクがあっただけで、私たちの脳はそこをクリックせずにはおれないのだ。…ちょっと怖いよね。でも人類の過去の99.9%の時間、人間は一つのことに集中してしまうと、後ろから象に蹴飛ばされたり(笑)してきたわけだから、これは当然なのだ。気が散って当然…。それは人類史上99.9%の間、生き延びるために必要な能力だったのだから。

他にもブルーライトの威力や電子書籍と紙の本の違いなども興味深かかったし、何より怖いのが子供に与える影響だ。これは子供を持つ親ならすごく気になることではないか。今、私は自分でもそういう傾向が強くなってきている自覚があるから、非常にやばいと思っているのだが「知らない」という状況に不安をいだく機会があまりにも多くなってしまった。だってぐぐればそこに答えが見つかる可能性が高いから。つまり「知らない」を「知らない」まま放置ということが我慢できなくなった。なんでもググって調べないと気がすまない。そしてググった知識は、またググれば良いという判断のもと、あっという間に脳の浅いところを素通りしていく。よく聞く話だと思うけど子供がマシュマロを15分我慢できるかという実験もそうだ。不安な状態に耐えられない。すぐ報酬をもとめてしまう。我慢ができない。それがどんなに恐ろしいことかと思うと…

でも実際、スマホが登場してからの期間があまりにも短いため、こういった研究はまだまだだということも著者は指摘している。それでも多少、これに対抗できる方法があるとすれば、これらだ、ということで最後の具体的なアドバイスのリストにたどり着く。このリストは非常に役に立ちそうだ。詳しくはぜひこの本を読んでみてください。

2021年1月27日水曜日

喫茶MGのごまドレッシング

一昨日に続き、小泉八雲の故郷:松江ネタが続きます(笑)

松江の文化基地といってもいい喫茶店MGさんがなんとゴマドレッシングを発売したということで、早速試食してみました。

カブのサラダ。カブを塩でちょっとしなっとさせて、ドレッシングをかけてみました。おいしい!

パッケージに書いてありましたが、しゃぶしゃぶのごまだれとして使っても良いようです。

このMG。ランチを食べにいったら小泉凡先生とばったりお会いしたり、山本恭二さんや佐野史郎さんが通われたりと、松江の文化的なハブとなっている素敵な場所。こういうケルトの渦巻の中心みたいな場所が自然と存在するところが、松江=アイルランドたる由縁か。本当に不思議ですね。やっぱ山陰って日本のケルト地区なんだよな…

コロナで松江にまたお邪魔できるのは、先になりそうですが、しばらくはこれをいただいて松江の素敵な皆さんに想いを馳せる…



アイルランドで育った八雲とのつながりもあるし、ケルト市に入荷できないものかしら。ちょっと聞いてみよう…


MGにアイルランド大使が来た時の映像(MX TVより)

2021年1月26日火曜日

ミュージシャンの方への具体的なアドバイス

線路は続くよ、どこまでも とある日の都電

ホリエモンのネタ書くと、このブログはアクセスが下がる!! こっちは具体的なアクセス数を数字で見ているので、気づいちゃいるんだ、私も。ウチのお客さんたちは、堀江さんみたいな人を嫌っているってのを。でもこれ、すごくいいので一度見てみてください。この、高校生の質問に答えるシリーズ、すごく良いです。今回は津軽三味線が楽しめるレストランをスウェーデンに作りたい、というご相談。

高校生の「その夢、壮大すぎるだろ」「無理だろ、そんなの」というところを突き放さず、真摯に答える堀江さん。すごくいい。


この動画見て、「JAZZと津軽三味線じゃ、全然違うだろ」とか言っちゃう音楽関係者多いと思うけど、そういう人はメタ認知ができてない。普段音楽聞かない人にしてみたら、JAZZだって、津軽三味線だって、ワールドミュージックだって、ケルト音楽だって、まったく認知度は変わらない。いわゆる「わけわかんない音楽」なのだ。

「コラボしろ」っいうアドバイスもすごくいい。私も同じようなアドバイスはよくミュージシャンにしている。これ基本中の基本だよね。よっぽどの飛び抜けた天才やヒット曲メーカーでない限り、それが活動の基本なんだよ。チーフタンズだって、なんだって多くのアーティストはそうやってやってきたわけで…堀江さんがチーフタンズを知っているはずもないけれど(笑)

成功しているバンドのバイオを見ればわかる通り、お金になる・ならないは別として、まずはバイオグラフィーにきちんと書ける活動をしていかないとダメなのだ。実際、これが一番かけているのが、北欧のバンド。国が手厚く活動を援助しているから、その弊害で、そういうことに対する危機感がまったく欠如している。おかげで彼らのバイオグラフィーを書く時に、こっちは本当に苦労するのだ。「誰々とコラボ」の欄にならんだ、世界レベルではまったく認知されてない名前の数々(笑) ヴェーセンだって、せいぜい普通の音楽ファンがやっと分かるところで、クロノス・カルテッド、パンチ・ブラザーズくらいだろう。それだって音楽聞かない人には「なんじゃ、そりゃ」である。(反対に北欧バンドのバイオの良いところは「どこどこで演奏」が多いこと。国が飛行機代の一部を援助してくれるから、たいていのバンドはアメリカ、アジア、他のヨーロッパにはキャリアの早い段階で演奏経験が構築できる…もっともそこで30人くらいのお客しか相手にしてなかったりもするわけで、それはそれで問題なのだが)

話がそれた。つまり「誰々とコラボ」というのは「受賞歴」「レコードセールス」「年間公演数」「フェスティバルへの参加」「演奏した国数々」などと同様、大きくミュージシャンのプロファイルを構築する要素なのだ。そういう要素を組み立ててこそ、明日はベターな環境で演奏できる。そういうことだ。

そういや某フェスのプロデューサーが「フェスのメインステージじゃないところで演奏させろと無名のミュージシャンが大挙して押しかけてくる。みんな無料でフェスを見たいだけ、そして自分のバイオにここのフェスで演奏しましたよ、と書きたいだけなんだ」と愚痴っていたのが思い出される。

…と、まぁ、それは別の話(笑)

一方で、堀江さんが動画で言ってる「鼓童」や「阿波踊りのチーム」とかとのコラボは一見相当ハードル高そうだけど、無理のない抜け道かもしれない。例えば彼らの世界ツアーについていって、その場でロビー演奏なんてどうだろう。ロビー演奏やらせてくださいってオファーして、断る主催者はほとんどいないだろう。ギャラは当然出ない。でももしかしたら自分のCDくらいは売らせてくれるかもしれない。何よりマーケティングの勉強になる。

ここで、自分たちの演奏にPA(音響設備)がないとダメ、自分たちの楽屋がなきゃダメとか言っていてはダメだ。自分たちの費用で、皆さんのツアーバスの後ろからレンタカー運転してついていきます…くらいの勢いでのぞんでほしい。うまくすれば楽屋へのアクセス(着替える場所やケータリングなど)は許可されることもある。もっとうまくすればツアーバスにも乗せてもらえるかもしれない。

だからまず自分で収入なくてもそんな生活が維持できる予算を作って、期間を区切ってトライしてみたらいいかもしれない。ロビー演奏なら本体のステージのスケジュールに迷惑かけない。ちなみに本体のステージにあがるとなるとステージのプロダクション、タイムテーブルに多いに迷惑をかける羽目になるから、「前座やらしてください」はハードルが高すぎる。っていうか、前座やりたいなら金払え、だ。が、ロビー演奏であれば、主催者にはあまり大きな問題は発生しない。お客さんにも喜んでもらえるのではないか。

いや、ロビーなんて無理っす。PAや照明がないと演奏できないっす… そういう人は例えばまずストリートパフォーマンスから初めてみるといい。最近のストリートの人はみんなPAを持ってきているが、あれはうるさいし、ストリートの鉄則に反すると思う。PAなしの演奏の練習にストリートは最高だ。ヴォーカリストだったら、声が大きく、遠くの人にまで届くように歌えるよう鍛えられると思うよ。ストリートは練習スタジオや自宅で練習するよりも全然効果がある。人前で演奏することは、とにかくミュージシャンを成長させる。いや、PAないと楽器のバランスが悪いんです…そういう人やバンドは小型のPAかを自分で買うか、アンプを用意するしかない。でもアンプが一つあっただけで電源の確保が必要とか、パフォーマンスに制限が加わってしまう。電源1つで足かせ1つだ。足かせは少ないほうがいい。そうして、なるべく身軽になり「これがないと演奏できない」という要素を消していくのがいい。いずれにしてもロビー演奏させてください、PA必要です、じゃ話にならない。ロビー演奏は基本PA、照明なしで。これ鉄則。主催者の負担になってはいけない。主催者の負担にならなければ、ロビー演奏のアイディアはうまく機能する可能性は多いにあると思う。

…とまぁ、やれることはいっぱいある。これ以上は書きません。この先の相談に乗ってほしい人は有料で承ります(爆)

…というわけで、堀江さんのビデオに影響を受けて、このブログを書いてみました。何度も書いているけど、何かというと「野崎さん、勝間さんとか堀江さんとか津田さんとか、大好きですね」と揶揄してくる人がいる。何度も言うが彼らのすべてに共感しているわけではない。ただ全否定してしまって、何も話を聞かないというのはもったいないと思う。同時代にこう言う人が活躍してくれてて、すごく励みになるよね。

堀江さんの本で一番好きなのは、これ。他の本はイマイチ乗れなかったけど、これはなんかあったかい気持ちになれる良い本です。

2021年1月25日月曜日

無印良品 MUJI BOOKS 人と物「小泉八雲」



世界を放浪し、日本に辿り着いた小泉八雲。無印良品からこんな書籍(文庫サイズ)が出ています。ちょっと前に出たんですが、ご紹介するのを忘れていました。

このブログにも何度も書いているので、皆さんご存知でしょうけど、八雲はお父さんがアイリッシュ。日本のゴーストストーリーを収集するなど、ケルトの放浪する魂ですよね。いろんなことが共感できます。

過去書いたブログより

他にも小泉八雲ネタのブログ、結構あれこれ書いてますので、興味を持ってくださった皆さんは、このブログの検索フィールドに「小泉八雲」と入れて検索してみてください。


で、この無印から出た本。お話だけかと思ったら、こういうグラビア関係も充実。先日新宿の展示会で見た虫かごも紹介されています。これ、本当に繊細で可愛い。



 イラストもいいでしょー(笑)



八雲が書いたカタカナが可愛いんですよー

…と、こんな具合に装丁デザインも最高です。ぜひぜひチェックしてみてください。

この本は無印良品のサイト、もしくはMUJI BOOKSで購入できます。税込550円。皆さん、ぜひ! このシリーズには茨木のり子さんや、小津監督、星野道夫さんなどがリリースされているようですね。一部の店舗だけかもしれませんが、この文庫本3冊用の素敵なボックスも販売されているようで。可愛い〜 3,000円かぁ。プレゼントにいいかも。 

PS 
そういやかなり前にMUJI LABOで買った藍色のダウンベスト。大きなポッケがついていてその紹介文に「文庫本が楽にはいります」っていうのがあって、そういうの素敵だわーと思ったことを思い出した。




2021年1月24日日曜日

昔の映画を見ています:音楽映画 MORE

ダブリンの夕暮れ フィルターなし


引き続きこの状況下で、夕飯後に編み物をしながら昔の映画を見る、という習慣が続いております。というわけで、今回は音楽映画の続きを。まだまだあった、大好きな音楽映画。

やっぱり最高なのはこれ!! というわけで、おそらく私が大好きな音楽映画の1位はこれからもしれません。『コミットメンツ』 もう何回見たかわかりません。久しぶりに見て、自分がいかに細部まで記憶しているかびっくりしています。とにかく好き。ロディ・ドイル原作、アラン・パーカー監督。

ボーカルのデコとマネージャーの彼がいいですよね。グレン・ハンザードも、『ONCE』よりもちゃんと自ら演技している感じがする。やっぱアラン・パーカーさすがだわ。そしてて音楽がとにかくいい! やっぱり音楽映画においてこれは最重要ポイント。

それにしても90年代のアイルランドって特別な魅力があったと思うんですよ。この映画のロケ地はダブリンに滞在したことがあるなら、どこも分かる。あの海辺のライブハウスはまだ存在するのだろうか。私もTVの収録を見に何度か訪ねたことがあります。懐かしいなぁ。あと当時路面電車も地下鉄もなかった(今も地下鉄はないけど)ダブリンのをDARTのシーンはいいですね。

それにしても本当に懐かしい。みんな貧しかったけど、パワーがあった。「オレは負け犬じゃない」そういうパワーがあった。

そしてバンドあるある話の連続。絶えない喧嘩、個人的問題を持ち込むメンバー、バンド内でできちゃうカップル……バンドの成功とは反比例で問題は累積。とうとう爆発して終わりを迎える。でもジョーイが言うように「こちらの方が詩的」だ。

そして私ったらこの映画を何度も何度も見たのでした。そしてきたない言葉をいっぱい覚えた。こう言う風に自然にしゃべれたらいいな、っていつも思ってた。「ファッキン・イージット」とか「シャイト」とか「ボロックス」とか。赤毛の人を「ジンジャー」って差別用語で呼んだりとか、テレビのことを「テリー」って呼んだりとか。牛乳をいれた真っ黒な紅茶をマグで飲むところとか… この映画のすべてが愛しい。

そのコミットメンツでギタリスト役をつとめたグレン・ハンザードの「ONCE ダブリンの街角で」もいい。二人に名前がないところとか、ロマンス的に成就しないところとか、そのすべてがロマンチック。っていうか、私はこの物語は「ダブリン」の物語だと思っている。移民を受け入れ変わっていくダブリン。この映画が描いているのはダブリンの街の優しさだ。(余談だが同じくNew York Timesのファッションページで有名なビル・カニンガムのドキュメンタリー映画もビルの映画というよりも「ニューヨーク」という街の懐の深さをよく表している)

そしてこの映画の文春での評価もすごく良かった。評者の誰かが「周辺おやじの優しさ」と評価していたのが心に残っている。マルケタにピアノを触らせてやっている楽器屋の親父、修理を営むグレンのお父さん、最初は乗り気でなかったのにみるみると音楽にのめり込んでいくスタジオのエンジニア、いきなり歌いだす銀行員など… 本当に最高に親父たちが魅力的なのだ。

まさかまだ見たことない人はいないと思うけど、絶対に絶対に見て!

そしてこれは「友情」の物語だと思う。だから「二人が恋におちて、うんぬん」とか映画評で書かれているのをみるとイライラする。違うって、これは友情の物語なんだって! もっとも確かに男側がぐらぐらしているのが見てとれるけど… これは友情なんだ。二人の友情。

超低予算な映画だったこともよかったよね。本当にすべてがいい。ジョン・カーニーはこの作品のあといろいろな音楽がらみの映画を発表したけど、どれもイマイチ。私は、仲間の間でも絶賛されていた『シング・ストリート』ですら、全然乗れなかった。結局彼は『ONCE』を超えられていないと思う。ま、まだまだ先が長い監督だと思うので、これからも彼に期待したいね。

ジョナサン・デミの『幸せをつかむ歌 Ricki and the Flash』は、数日前にやっと見ることができたメリル・ストリープ主演の素敵な音楽映画だ。デミ監督は本当にトム・ペティの「American Girl」が好きだよねぇ。羊たちの沈黙でも誘拐される女の子が誘拐直前に車の中で歌ってたもんね…。そんなわけで冒頭のリッキー役のメリルの歌にすっかりやられてしまう。同じメリルの「音楽映画」の『マンマ・ミーヤ!』が、私的にはイマイチだったのに比べてこっちのメリルは「ロック母ちゃん」という役柄がめっちゃいかしていてとても魅力的。最後のウェディングにすべてを浄化させてしまうところなど(いや、すべてじゃないんだけど、なんとなく浄化されたように思わせてしまうところなど)は、同監督制作、ロビン・ヒッチコックも登場する映画『レイチェルの結婚』をも思わせるが、まぁ、そうね、人生なんて、そんなもんでしょう(笑)そうやってなんとか折り合いをつけていくのだ、冠婚葬祭で(笑)

そしてここでも「パパなら許されることがママだと許されない」…というフェミニズムな視点もしっかり描かれていて素晴らしい。それにしても音楽がいい。ロック母ちゃんのボーイフレンド役のリック・スプリングフィールドも最高にいかしている。このテのアメリカの音楽って、めっちゃ元気になれるんだよなー。本当にすごく元気になれる映画だ。デミ監督はこれが遺作…となるのかしら、とにかく最高でした。ロック母ちゃんの娘の役をメリル・ストリープの本当の娘が演じていて、まぁ、これは可もなく不可もなくって感じだけど、悪くはない。それにしても元旦那の新しいきちんとした奥さんが黒人女性でロック母ちゃんのメリルとは対象敵な落ち着いた人っていう設定の妙も最高!!って感じなのだ。いやー、いいよねぇ。





2021年1月23日土曜日

アイリッシュごはん、再び。次の週末です!

この週末は天気が悪くて寒いみたい… うううう、 早く春が来ないかなぁ! 寒いよぉ。

先週の週末は、8biscotti丸山礼さんによる「アイリッシュごはん」が代々木上原にて開催されました。先週末、私は結局どこにも出かけなかったのだけど、行かれた方はいらっしゃいますか? とても好評だったようです。そういや以前、丸ちゃんがずいぶん前に赤羽やってくれたアイルランド料理教室はも楽しかったよなぁ。アイルランド料理が食べたいよ。

で、来週の週末も開催されるそうですので、その告知です。来週はお出かけ日和になるといいですよね。現状の一週間予測だとまだまだ寒いですが、天気は回復する見込み。ま、とはいえ、こういう時期ですから、皆さんも無理のないところで。

なお聞き伝え情報ですが、シェフは前回イベント時に「次回はシェパーズ・パイ作ります」とお客さんと話していたとか…!? くぅーーーっっ、食べたい。ソーダブレッドなどもあるらしいですよ。はぁ〜、アイルランドに次に行けるのはいつになることやら。

丸山シェフ、ガンばってくださいね〜

以下、先週出た食べ物の写真と告知です。アイリッシュ朝ごはんは1,000円だそうです〜。




アイリッシュごはん by 8biscotti

1/30(sat) /31(sun) 10:00〜15:00頃(なくなり次第終了)
*アイルランドの朝ごはんを体験してみませんか? 
パブ料理人として長く働き、書籍『ヨーロッパのスープ料理』(誠文堂新光社)のアイルランド編にレシピを提供するなど活躍する、8biscotti(オットビスコッティ)の丸山 礼さんによる、アイルランドの朝ごはんと温かな煮込み料理を味わえる2日間。テイクアウトもできます。
メニューは、アイリッシュブレックファスト(卵やソーセージ、マッシュルームなどの盛り合わせ)をはじめ、アイリッシュシチュー、じゃがいものスープなどを予定。煮込みのメニューはその日で異なります。ブラウンブレッドもありますよ。
紅茶はアイルランドの定番「BARRY’S」をご用意しています。ご予約不要。詳細はhako galleryさんにお問い合わせください。場所は代々木上原の駅からすぐです。

2021年1月21日木曜日

昔の映画を見ています:『羊たちの沈黙』からアンソニー・ホプキンスあれこれ


なんだか無性に『羊たちの沈黙』が見たくなり、オンラインではどうやらU-NEXTというやつでしか見られないことがわかったので、一ヶ月だけと思って契約してみた。そこでやっと見れたよ。ちなみにNetFlixも一瞬で解約してしまった私だけど、これも飽きるまでは続けてみようかなぁ、とも思う。

それにしても『羊たちの沈黙』は最高だ。ほんと好きな映画5本と聞かれれば、必ず入れてた名画。ジョナサン・デミってやっぱりすごい監督で、ロビン・ヒッチコックも撮ったりしているからすごく近く感じるんだけど(『ストアフロント・ヒッチコック』はもちろんロビンが出演していえる『レイチェルの結婚』とかもよかった)、いやー 何度見てもこれは傑作だわ。

いつだったか映画評論家の人が(町山さんだったかな…)演出でやたらクラリス役のジョディ・フォスターの小柄さが強調されてる、って評してたのを見かけたけど確かに今、改めて注意深くみてみると、彼女がすごく大きな警官たちに囲まれていたり、エレベーターの中で大柄な男性研修生たちに囲まれる中で一人だけチビだったり、すごく興味深い。確かにフェミニズム的な視点から眺めるのも面白い。デミ監督はその後のメリル・ストリープの母ちゃんロッカー映画とか、『レイチェルの結婚』とか女性が主人公の映画が素晴らしいよね。

しかしジョディ・フォスター、いいよなぁ。なんといっても声がいいし、演技もとても素晴らしい。デミ監督は、それ以前の彼女の役柄がリアルな彼女とあまりにかけ離れたものが多かったため、この映画でリアルな彼女を出そうという意図もあったらしい…というのをどこかで読んだ。うん、それが成功したよね。

こちらは30年後の二人の会話。

それにしても『羊たちの沈黙』におけるアンソニー・ホプキンスも圧巻だ。このあとの『ハンニバル』は明らかな駄作だったし、一方の『レッドドラゴン』はかなり好きだったけど、やっぱりデミ監督の最初のこれにはかなわない。これが一番。あぁ、もうこの映画のすべてが好き! 

アンソニー・ホプキンスは、改めて過去の名作『エレファント・マン』も見たんだけど、これも本当に素晴らしい。とはいえデヴィッド・リンチのこの名作で印象に残ったのはアンソニー・ホプキンスよりも、あのロミオとジュリエットのシーン。そこで涙、涙。いやー、素晴らしい。本当にパワフルな映画です。

ハンニバル・レクターも素晴らしいキャラクターだったけど、アンソニー・ホプキンスが一番しっくりはまったのは、やっぱり『日の名残り』の執事役だろう。これは原作の本も最高に好きな一冊だし、本の中で一番好きだったシーンが映画では表現されてなかったのでイマイチ不満だったけど、映画は何度見てもなかなかの傑作だ。エマ・トンプソンも最高に良い。

そういや、あのミス・ケントン役はメリル・ストリープが狙っていて落ちた数少ないキャスティングの一つだったらしいのだけど、うーん、彼女なら完璧な英国人役を演じれただろうが、やっぱりゴリゴリの英国人女優じゃないとダメだよね。となると、エマ・トンプソンは最高だった。彼女もすごく魅力的な女優さんだし、インタビュー映像とか見てても、ものすごく面白い、楽しい女性だ。素敵。

まぁ、何はともあれこのテの英国ものは私がほんとに弱いのだ。英語の発音を聞いているだけでも映画に二重丸を付けたくなってしまう…。そしてお屋敷はアメリカ人のスーパーマンに買われていくという、あの配役の妙が好き(笑)



2021年1月20日水曜日

失敗は大事


でっかーいアロエの花。散歩途中に見つけた

 


後輩が失敗を怖がっているという相談者に、すごくいいアドバイスをする幡野さん。毎回いかしている、この相談に対する回答。この記事(↑)、めちゃくちゃ良いので、まずはぜひ幡野さんの回答を読んでください。

その上で、以下は私の意見。

そうなんだよね、私も同じだ。後輩や自分のスタッフに自分の失敗をたくさん見てもらうことが一番の後輩教育…というと偉そうだけど…教育なんだよ。というか、野崎さんがやると失敗が多いからと周りが自然と助けてくれるようになるんだよ。そして周りからも「そうか、失敗していいんだ、野崎だってこんなに失敗してるんだし」って思ってもらえる。それは彼らがこの先一歩踏み出す勇気になる。

あれこれ言ってないで、とにかく見本を見せるに限るよな。そして「楽しそうに仕事する」。これにつきる。

みんなが自分の好きなこと、得意なことを発揮してプロジェクトが上手く回る。そういう世界が好きで、私は失敗ばかりしている。周りの年下のスタッフは私なんかよりもよっぽど優秀だ。みんな私の価値観をよく理解してくれて、私が一人も二人もいるようにバッチリ仕切ってくれる。1言えば、2も3も分かってくれる。本当に助かる。

でも本音を言っちゃうと、実はそれは彼らのため、ということではなく、単に自分がサボりたいからなんだ(笑)。そして楽したいだけなんだ(笑)。

最近、仕事の能力のピークって30〜45歳くらいじゃないかな、って思う。30くらいの時は、私も我ながらバリバリと仕事ができた。間違えることなんてほとんどなかった。今はもう体力がもたないし、間違いやミスの連続だ。それをスタッフやお客さんやミュージシャンに助けられて生きている。

だから、本当に思う。音楽業界は特に自分の場所をどかない仕事のできないおじさんばかりが、まだ居座っているから、早くそういう人が現場を退いて、若い連中に仕事をまわしてほしいもんだと思うのだよ。 

幡野さんがRTしてた、他の方の意見もすごく良いので、ぜひ。

話は飛ぶが、この彼女にも失敗する自由は間違いなくあるはずなのだから、国民はそれを認めてあげないとダメだよね。がんばれ、眞子さま!  私はこの二人は結婚してほしいと思っている。自分のこと振り返ってみても、ここまで盛り上がれる恋はそう何回も訪れない。

2021年1月19日火曜日

作品と作者の人格は別物


時々バターをたっぷり塗って、これをちょびっと塗ったトーストが食べたくなる。イギリスの納豆みたいなもんか。臭いし、発酵してるし?!

フィル・スペクターが亡くなった。作品の良さと本人の最悪度の距離があまりに大きな人の典型。いったい何人のミュージシャンが彼のマッド度に悩まされてきただろう。が、出来上がった作品はどれも素晴らしいものだ。特にこういう多重な細部まで行き渡ったサウンドは後に続くミュージシャンに多大な影響を与えた。 

才能って、人格とは別のものだと思うな。何人かのミュージシャンを見ていていつも思うのだけど、その多くが自分の才能を持て余している。持って生まれてしまった才能。自分は普通に生まれたかったのに。

音楽は人間よりも大きいものだ。自分のキャパシティよりも大きなものを背負ってしまった人の人生は、もうそれだけで破綻している。 それを前提に考えないとダメだよね。

なんか近頃では有名俳優が不倫して芸能界から追い出されたり、犯罪ならともかく謝罪会見うんぬんとかありえないよ。迷惑をかけたのは、正規のパートナーと有名俳優の有名な部分にお金を払ったスポンサーだけで、一般の市民はその人に一文も払っちゃいいない。彼らが更生するときに使える唯一の持ち物であるかもしれない才能すら奪っちゃって、いったいこれからどうするのさ…と思うのよね。それって死刑と一緒だと思う。その人の立ち直る権利まで奪ってどうする?

とはいえ、普通の人の視線をもってすれば、才能とその持ち主を切り離すことは難しい。たまーに、自分のミュージシャンが第3者と話しているところを見ていると、その第3者がミュージシャンを人間扱いしていないのがよくわかる時がある。神様だと思ってくれているのは有り難いのだが、それは現実ではない。そういう誤解によってミュージシャンはとても傷つく。でもって、ファンであればあるほど、才能のある人には、人間的にもすばらしくあってほしいと願ってしまう。確かにそういう神業を実現できる人も多い。また音楽業界も広いから、才能がないのに「人がいい」だけで生き残れる…という立場が存在するのも、これまた確かだ。が、少なくない数の稀有な才能の持ち主が、日々その才能のおかげで破滅していく。

こちらもフィル・スペクター作品だった。プロデューサーの存在を意識して聞いたことはなかったけど、とても好きなジョン・レノンの名作「ジョンたま」。「僕はセイウチだった。今はジョンだ」

もっともこの作品の素晴らしさはジョンの心の叫びを引き出した作詞・作曲・歌唱にあって、サウンドということではないと思うし、フィル・スペクターは、この作品についてはほとんど最後の仕上げにしか立ち会わなかったという話だけど。

天国に行けたかどうか知らないけれど、音楽の神様は自分の元に彼がやってきて喜んでいるかもしれない。その世界で彼は好きなスタジオに永遠にこもっていつまでもいつまでも音をいじり続けていることだろう。

ユキさんのラモーンズねた。マッドだ…  マッドすぎる。


こちらはなんと昨年新しいミックスが出たんだね。



冒頭に紹介したマーマイトはアマゾンでも買えるよ! 英国の懐かしい味。最近、海外からの訪問者・帰国者がいないもんだから、紅茶が枯渇した…  紅茶、高いなぁ、日本で買うと…

2021年1月17日日曜日

吃音の王様

 


中川さんがまた素敵なクリップをTwitterで紹介してらした。全然知らなかった。バイデンさん、素晴らしいね。

このBBCのクリップ素敵だね。このナレーションを担当しているBBCの女性プロデューサーも吃音を克服したとある。素晴らしい。  

吃音といえば、この映画を思い出す。映画の中で、エリザベス(今のエリザベス女王のお母さん  Queen's Mother)が、結婚する時に「あら、素敵な吃音。幸せになれそうだわ」と思ったと話すシーンがある。本人にしてみれば、特にこういう職業の場合、本当に致命的なわけで、その心労たるや計り知れない。シンプソン夫人と海外に行ってしまった兄の代わりに王様になったシャイで内気なバーティ。実際、プレッシャーが大きすぎて健康を害して、結構若くして亡くなっている。(その後、エリザベスが女王になった)

こちらが実際の英国王エドワード6世の映像。


実際この映画がどのくらい実際の話をなぞっているかは別として、大好きな映画です。

でもコリン・ファースってパブリック・スクール出ではないんだって。「アナザー・カントリー」や「ブリジット・ジョーンズ」のイメージがあるからかなー。よくインタビューで聞かれるそうですが、確かに英国の育ちのいいおぼっちゃまにぴったり。

映画を見ていない人はぜひ。



PS. NHKのニュースにもなったよ。

2021年1月16日土曜日

走ることについて考える


走ってみた!

久しぶりに走ってみた。足がめちゃくちゃ重い。上半身だけは妙に張り切って「もっと早く走れ」と言う。でもだめだ…  足が全然あがらない。

まだ体力がまったく戻っていない。体力を戻すために運動しなくちゃというわけで、一時は結構歩いていた。歩くことも気持ちが良かったが、それでもやはり「走る」ことにはかなわない。またラジオ体操とかストレッチでは味わえない、やはり「走る」ことは、村上春樹がわざわざエッセイを書くほどのことがある(笑)。

走るというのは他の運動と全然違う。走ったあと身体に感じる3、4時間続くここちよい疲労感。この感覚は走らないと得られない感覚だ。今、夜になってこのブログを書くかなり前に走ったのだが、まだまだ「走った」感覚が身体に残っている。(そして、今朝このブログをアップしました。よく聞かれますが、ブログは数日ためておいてアップするのは結構あとになってからということが多いです)

もちろん歩くのも嫌いじゃないのだが、ここしばらく土手を散歩するのはやめてしまっていた。だってすごく寒いから。走れないと、冬に土手に行く意味はない。一方、走ると、どんなに寒くても汗をじんわりかくくらいまであったまってくる。元気がよかった時、夏は帰宅して水シャワーとかよくやったよなぁ!! あぁいう感覚をまた取り戻したい。1日6kmも7kmも走っていた日々が嘘のようだ。

走ることは本当に気持ちがいい。荒川土手に住んでいることの最大のメリットは走ることだ。歩くだけなら都心でもできる。走るのは、やっぱりこのくらい見通しがいいところじゃないと。この土手を活かさないテはない。明日からまた寒くなっちゃうらしいのだけど、なんとか一週間に一度、二度は走りたいよなぁ。

村上春樹は小説は実はあまり好きではないのだけれど、エッセイについては共感するところがたくさんあって結構好き。この本、妙に気に入った。感想は以前ここに書いた

2021年1月15日金曜日

絲山秋子『妄想書評』を読みました 爆笑につぐ爆笑 絲山さんが振り切れた?!

 


ベランダの姫リンゴの鉢の上に置いてみました(笑)

いっやー 爆笑につぐ爆笑。絲山さんのユーモアが振り切れた一冊です。ここで取り上げられている本や雑誌は一冊も実際に存在していません。タイトルも、作者も、出版社も… すべて架空のもの。しかしそのネーミングに小技が効いていて、一文字一文字が、めちゃくちゃ笑えるのです。これは著者は書いてて楽しかっただろうなぁ。っていうか、結構書くのに手間も時間もかかってるんじゃないかと思います。そう! 冒頭にご本人が書かれているように嘘というのは作るのに時間がかかる(笑)

でも読者側といしては、あっという間に読み終えてしまいました。装丁が可愛く紙も素敵な感じなのでお風呂に持ち込むのは気が引けたのですが、持ち込んだら1風呂+お布団の中の数十分で読み終えちゃった。そのくらいスイスイ読めちゃいます。でもあちこちに笑いの地雷が仕込んであって、一文字たりと読み逃せない、気の抜けない本であることも事実です。

1冊目からして『「舌打ち」の中世興亡史』っていうんですよ。爆笑でしょ? 他にも『写真で「一人おいて」と省略される身にもなってくれ』=キャッチコピーは「この一冊で薄幸ブームのすべてがわかる」とか。なんか出版社を揶揄しているとしか思えない。そういや、出版社名とかありそうでない社名だったり、ほんといちいち小技が聞いてる。ちなみに絲山さんによるとこの(ウソの)「薄幸ブーム」(笑)には、色鉛筆の白、サービスエリアの無料のお茶、レンタカーの不人気車種、パンクバンドのバラード、なますと田作りだけのおせち…などに熱狂する人々もいるそうで、この本で著者はそういった人たちを熱心に取材しているのだそうです。

あ、あと自動翻訳機の最王手WTAXIESの経営者綿串淘汰(わたくしとうた)著『ため息風力発電小屋だより』というほのぼのエッセイとか。もうタイトルと設定からして最高に笑える。ありそうで、ないでしょ? っっていうか、あるわけないでしょ、そんな本(爆)

『月刊ふくよか 年末年始特大号』のリバウンド特集とか…そんな本あるわけない!! そしてその書評なんですから、どんなものか想像するだけでも楽しいと思いませんか。その特集によれば、リバウンドに成功者のすべてに共通しているのは「体重はステイタス」「体の重さが信用の重さ」というぶれない信念だそうで(by 絲山さん)。もう何度も書きますが、いちいち笑えます。

最後の方に登場する犬(著者はジョン・レトリバー、訳者は柴田犬作という・笑)が書いた本『アイコンタクトでらくらく操縦! 飼い主自由自在』もいい。

一方で、自分の基礎知識が足りなくて笑えない(よくわからない)ネタもあったけど。いやー このありそうでないというギリギリのラインを行くところが著者の非凡なところです。いや、これだけ書くのはきっと頭をすごく使うよなぁ!

そして連載が進むにつれ、書評よりも書評が始まる前段の小咄的なネタも充実してきて、思わず爆笑してしまいます。雨の中歩く若者集団@苗場のくだりには爆笑。そして31アイスクリームのピンクのスプーンも。こんな本を読んでお風呂でニタニタしている私は本当にバカだよなぁ、と思いつつ、著者のユーモアに引き摺り込まれてしまうのでした。いやはや、参りました!(笑)

Webで連載されていたエッセイをまとめた自費出版らしく発売になったばかりですが、すでにレア・アイテム。絲山さんのネットショップBASEいとろくで購入できたのですが、すでにソールドアウト。あとは一般の店頭在庫を狙うしかないかな。ここにもしかしたら最後の1冊くらいあるかもしれませんが…。あとここにも。

絲山さんの本は芥川賞もゲットした『沖で待つ』の他にも名作がたくさん。文章に角幡唯介さんみたいにロック・テイストがあるところが好き。なんというか、昔のロックの名盤みたいにゴシゴシ磨かれたすごく完成度の高い文章なんですよね。とはいえ、うちで積読になっちゃってる本もまだある。次はセネガルのエッセイ本を読もっと。

 


 絲山さん、こんな展示もある!! 楽しそう。なんとかコロナ明けにうかがおうっと。

2021年1月14日木曜日

アイリッシュごはん

さてケルト市でもお世話になっている丸山礼さんによるアイリッシュごはんのイベントが、この週末に行われています。感染対策ばっちりで、お迎えしますので、お時間のある皆さんはぜひ。以下、hako galleryさんからの告知。

アイリッシュごはん by 8biscotti

1/16(sat)/17(sun) 10:00〜15:00頃(なくなり次第終了)
*アイルランドの朝ごはんを体験してみませんか? 
パブ料理人として長く働き、書籍『ヨーロッパのスープ料理』(誠文堂新光社)のアイルランド編にレシピを提供するなど活躍する、8biscotti(オットビスコッティ)の丸山 礼さんによる、アイルランドの朝ごはんと温かな煮込み料理を味わえる2日間。1月30日(sat)31日(sun))も開催予定です! テイクアウトもできます。
メニューは、アイリッシュブレックファスト(卵やソーセージ、マッシュルームなどの盛り合わせ)をはじめ、アイリッシュシチュー、じゃがいものスープなどを予定。煮込みのメニューはその日で異なります。ブラウンブレッドもありますよ。
紅茶はアイルランドの定番「BARRY’S」をご用意しています。ご予約不要。詳細はhako galleryさんにお問い合わせください。場所は代々木上原の駅からすぐです。



丸山さんのレシピが載っているスープ本はこちらです。

昔の映画を見ています:音楽映画あれこれ


あいかわらず夕飯のあとは仕事をしないで編み物をしながらネットで映画をみる、というのが徹底されています。どのくらい続くかわからないけど、当面の間はいい感じ。おこもり期間に最高の時間の過ごし方です。セーターもたくさん編めているので、いつかブログにもセーターのことを書きたい。

さて、今日は音楽映画をいくつか。皆さんのALL TIME 音楽映画BESTはなんでしょう? 私が音楽映画で好きなもの。たとえば『あの頃ペニー・レインと Almost Famous』『Hair』なんかは本当に大好き。何度も何度も見ました。

『HAIR』最初に見たのはテレビの深夜枠。確か大学に入る頃、実家で一人で夜更かししてて深夜映画として放送されていた(当時はそういうのがあったんですねぇ)、一度見てすっかり大ファンになってしまった。サントラとかも買ったんじゃないかな。アナログ盤を持ってた記憶がある。ストーリーもいいし、もちろん音楽もパワフルだ。

LET THE SUNSHINE IN....


『Almost Famous あの頃ペニー・レインと』も、ストーリーがいいんだよね、話の流れがねー。ペニー・レイン役の彼女の魅力も最高だけど、いやー とにかく物語がとても素晴らしい。流れている音楽も最高。ロック・スターの彼も、キャメロン・クロウの少年時代と思われる少年もめちゃくちゃ魅力的だし、この世界の虚しさが十分に描かれている。バスの中で大合唱する「Tiny Dancer」をはじめとしてサウンドトラックもとても良い。うーん、また見たくなっちゃったなぁ。



そして「王道」のこれ。ザルツブルグにある子供たちと一緒に駆け抜けたこの橋とか、マリアの修道院とか、最後コンサート会場になった劇場とか、行ったよ、行った。『サウンド・オブ・ミュージック』






最近の作品でとても好きなのは『最後のマイウェイ』。やっぱりこれも音楽がいいんだよなぁ。私はこの映画でクロクロ(クロード・フランソワ)のことを初めて知った。「マイ・ウェイ」がフランスの曲であることは知っていたけど、あらためて感動したわ…。彼の音楽はポップで楽しい。頭を空にして単純に楽しむことができる。フランス語で言葉がわからないのがいい。なんか単純にサウンドとメロディだけで楽しめるんだよなぁ。そのうち自分でも、こういう歌って踊れて、かつ実験的なアイドルものをプロえュースしたいと思う。女のアイドルでも男のアイドルでもいい。そう、アイドルって音楽で冒険できるんだよね。(先日の東洋大学の講座で学んだことのひとつ)それにしてもクロクロはいい。成功にハングリーなところなども。性格がめっちゃ悪いところも。

 

 映画の予告編はこちら。
 
 

『ジャージー・ボーイズ』もよく出来た映画だった。これも音楽が最高。この映画がミュージカル仕立てなのことについて反対意見を述べている人もいたけど、あれはミュージカルのヒットが先にあったわけで、そこをリスペクトしたイーストウッドの信念なんだと思う。私は大好きでした。最後、フランキーがグループをやってて最高の瞬間は?という質問に「4人で声をあわせたあの瞬間」「音楽が生まれる瞬間」って答えてたのが最高に良かった。いつも音楽はバンドメンバーよりもずっと高い場所に存在している。そしてバンドの内側はここでもめちゃくちゃだ。

エルトン・ジョンの『ロケット・マン』の方がクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』より好き…と何度かツイートしてるんだけどあまり同意を得られないところからウチのお客さんはそんな風に思ってないんだろうな、と思う。『ロケット・マン』のあの「Your Song」ができるバーニー・トーピンとの下りは何度見ても震える。どちらも制作にアーティスト本人が関わっているのが興味深いところ。確かにだいぶバイアスが入っているに違いないのだが、私はクイーンのあの映画はフレディ抜きでもバンドを続けるブライアン&ロジャーの免罪符なように思えてならないのだ。考えすぎかな。でもバンドエイドのあの最後のシーンはすべてを持っていくよね。あの凄さは認めないわけにはいかないし、その後に起こった「洋楽他力本願バブル」も音楽業界の片隅にいるものとしては喜ばないわけにはいかない。

数日前に『アリー スター誕生』をやっと今ごろ見た。主演男優のダメ男ぶりが最高。ガガも真面目に演技しててすごくいい。最後の歌のところはディーバ映画の典型で、ちょっと臭い。リメイクだからしょうがないけど、ストーリーが古すぎてまるで新鮮味がない。でもこれは俳優たちのすごさを味わう映画ということで良いのかも。嫌いではない。何度も書くがあのダメ男が最高に最高にはまってる。…と思ったら彼が作った映画なのね、これ。いやー 自分を活かしてるわー(いや、嫌味じゃなく)。

他にも音楽映画というと、ビートルズがまだアイドルだった時代の『やあ、やあ、やあ』も死ぬほど見た。あれで学んだ英単語や言い回しも多い。リンゴが可愛く、ジョンがかっこいい。

そうそう、忘れちゃいけない、この映画も。ジョニーがインタビューに答えてて脇にいる彼女に自分の言っていることに対する客観性を確認しているところが、すごくいいと思った。あのシーンで私もヨーコ・ラモーンになった。(とか、書くと真面目なラモーンズファンの人に怒られそう。でもあのシーンは本当に好きです)

 

この映画はずっと見逃していて、最近やっとネットで見ました。「アイ・ソー・ザ・ライト』ハンク・ウィリアムズって29歳で死んじゃったんだ。死因もちょっとマイケル・ジャクソンっぽいかも。そして女のセレクトが悪すぎる…



ぜひ皆さんがおすすめの音楽映画、教えてください!

2021年1月13日水曜日

英語の端的な表現。こういう時は…

こういう「質問箱」みたいなのをTwttierに設置しているのだけど、こんな質問を受けました。


JRや地下鉄の面倒な表現がうっとおしい。日本語で見てもうっとおしいのだが、英語はさらにその上をいく。この場合の英語、私が好きな表現は「After You!」ってやつ。でもちょっと女っぽい? そしてカジュアルすぎるかな? それともアメリカ人は言わない? でもAfter youって、スマートで、素敵な表現だと思わない? 私が見ると地下鉄の英語サインはどれも無意味に長く、返ってわかりにくい。

この中国語や韓国語の表現はどうなんだろう。詳しい方、教えて。

それにしても日本人って書くのも読むのも好きだよね。私も自分がそうだからあまり言いたくないけど、文字があちこちにあまりに多すぎる。もっと直感的に伝える方法をもっと考えた方がいいと思う。これだって、何もフルの文章じゃなくてもと思う。短く端的に言えるのが英語の素敵なところだ。このサインも…   「かけこまない」はいいとして、「No Rush」 だけでいいんじゃないかな。ダメかな。それか、文字なしのこのロゴだけで伝わらないものか? Doors close soon after the melody endsも間違いじゃないけど、もっとベターな表現が間違いなくあるでしょう。なんかものすごく不自然な英語だ。こういうのってネイティブチェックとか誰かしないのかな…


こういうの、ほんとウチがいつもお願いしている通訳の染谷和美さんに依頼したら絶対にベストなものを教えてくれるはずなんだが…   と思います。

今朝は起きたらもうこの時間。やばい。でも天気良さそうで嬉しい。今日も張り切って行きましょう!


2021年1月12日火曜日

手拍子についての考察


小肌。芸術作品。たまには美味しいものを食べなくちゃ。先日ニューイヤーコンサートというものに初めて行った。マチネ公演だったので、ホールにいく前に、いつものお寿司屋でランチ。贅沢な1日だった。気分はまるで若草物語のメグだ。「今日だけは許して、明日からまたつつましやかに暮らしますから」…そして、夜は納豆ご飯でした。本当に久しぶりに電車に乗ってどっかに行ったよ。楽しかった。

行ったコンサートのプログラッムは、いわゆる「新世界より」とかやっちゃうような新年のクラシック・コンサート。

「新世界」はともかくラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」は、初めて生で聞いたかも。普段聞いているのよりもどっしりと、まるで灰色の水がどっしりと流れる運河を進んでいるような気分になった。

最後はウィーンにならって「ラデツキー行進曲」のアンコール。観客も手拍子する有名なアレだが、自分で初めて現場で体験して今さらながら、なかなか感動した。

これです、これ…


クラシックのホールは響きがいいから観客の拍手も手拍子もブラボーの声も会場全体によく響く。だから全員が思いっきり手拍子なんかしたらオーケストラが聞こえなくなる危険性はあるのだけど、ここだけは手拍子が許される唯一の場所だ。

今さら気づいたんだけど、手拍子を大きくしたり、小さくしたり、指揮者の人が観客も指揮するんだね。これは楽しい!

伝統音楽の公演でもよく言われる「手拍子あり・なし」問題。このブログにも何度か書いている問題だけど、ま、私がアドバイスできることは「音をよく聞いていれば分かる」ということかな。そしてホール、ライブハウス、会場という名のついた場所の空気を自分も作っているのだということを自覚する。とくに手拍子は音を大きく出すものなので、十分に考慮したい。ジャズのコンサートでも手拍子は滅多に起こらない。昔MUSIC LIFEが元気だった時はメディアとして「手拍子禁止運動」という啓蒙作業があったのだが、今やそんなことを読者に言えるメディアもいない。一方で日本のビックプロダクション系にいくと、観客は最初から最後まで手拍子をしているのであった…  悲しい曲も楽しい曲も。あれには驚愕した。

自分で判断できない人は周りの人の空気をよく読むこと。それにつきる。私だって歌舞伎に行けばシオらしくしているし、相撲は見たことないけど国技館に行ったら周りの人に従う。歌舞伎を見に行けば歌舞伎の、大相撲を見に行けば大相撲の、クラシックに行けばクラシックの、ロックのコンサートに行けばロックの流儀というものがある。

2021年1月11日月曜日

木﨑賢治『プロデュースの基本』を読みました

 


はい、めちゃくちゃ読みやすかったです。この本。まぁ、いわゆる著者がお話をしてプロのライターが書く(編集協力)という形を取っているからなんだけど、それにしても読みやすい。すいすい読めちゃった。数時間で読了。そしてあれこれ勉強になるよ。とてもよかったです。

私も偉そうだけど、自分の肩書を聞かれると「プロデューサー」と答えている。でも木崎さんの言うプロデューサーとはだいぶちがうと思う。私は、何かを自分のリスク(予算とも言う・笑)で制作する人はプロデューサーと呼んでいいと思っているんだけど、木崎さんの場合は、もっとアーティストの作品制作の部分に踏み込んだ、さらにクリエイティブな部分、アーティストに近い部分を担うプロデューサーだ。渡辺音楽出版の制作として(今はご自分の会社で)スタジオでディレクションしたりアーティストの制作を手伝ったりしている。

それにしてもアーティストのアーティスティックな部分にこれだけ入っていけるというのは、とても羨ましいと思う。私はとてもじゃないけどメロディがどうとか、サウンドがどうとか、歌詞がどうとか、ミュージシャンに言うことはとてもできない。(というか、そこに言及する時は褒める時以外はありえない)

残念ながら私には音楽の素養はないので出来上がってきたものに自分が好きか嫌いかしか言えないし、一緒に働くミュージシャンの選択は人一倍厳しくいるつもりだけど、いったん自分が一緒にやると決めたら、もう音楽的なことにはほとんど口を出さないようにしている。ミュージシャンの方が音楽的な才能は明らかにあるし、「だったらお前がやってみろ」と言われるようなことには基本的には口を出さない(笑)。

一方でアーティストを海外から招聘している、ということでは「プロモーター」っていう肩書はを検討した時期もあったけど、でも私は現在活躍されている大手のプロモーターさんとは違ってほぼ無名のアーティストとやっているということもあるし、加えて自分のアーティストたちを比較的長期的に日本の市場で独自に育てているという自負もある。

一方で「マネージャー」というのともちがうと思っている。そもそもアーティストから雇われている場合はマネージャーでもいいだろうが、私の場合はあくまで対等だ。もちろんミュージシャンにマネジメントの才能を買われてギャラを支払ってもらった上で対等な関係が築ける人は素晴らしいと思うが、私にはその才能はない。私の場合は、どっちがどっちにお金を払うかもらうかでだいぶ立場が変わってしまう。だからマネージャーとはやっぱり呼ばれたくない。またたくさんのアーティストのリストをかかえて、その中から第3者にリスクをプレゼンしていく形を取るようなエージェントというのとはあきらかに違う。まぁ、でも現場ではそんな細かい事は言っておられず、うちのアーティストの中にも私のことを「オレの日本のマネージャー」「うちのエージェント」みたいに紹介するアーティストもいる。まぁ、その辺はおおらかに受け止めている。

いずれにしても、フリーでやってる場合、肩書には本当に苦労するよね。初めてに会う人に対して分かりやすくなくてはいけないし、ちゃんと自分の仕事や業績をあらわす呼び方にしなくてはいけないからハッタリはもっての他。そして、一番大事なことはそれに自分が納得してないといけない。自分の仕事のどの部分が他人にプロフェッショナリズムを誇れるのか。私が尊敬する探検家さんたち、ジャーナリストの人たち、フリーのライター、DJさんたち…ほぼ全ての皆さんが肩書には苦労されているのはよく見てとれる。だから私がファンでいる5、6年の間でも自分の肩書を変える人は多い。

だいぶ話がそれた。いずれにしても「プロデュース」だ。まずはこの本も、いわゆる音楽業界が華やかだった時代に黄金期を満喫したオヤジの自慢話の本かもと思いつつ、そんな嫌味なところは全然なく、音楽業界に限らずとても話題になっているようだったので一応買って読んでみた。結果いろいろ勉強になった…というところ。

以下、心に残ったところを自分用にメモ。

「自分の感性を信じられる強さとはいったい何なんでしょう? ものを作る人間はみんなどこかゆらぎがあっていつも不安でしょうがないはずなんです」

「うまくいかない人はみんな、自分の感性を疑いながらやるからなんだと思います」

「ストーリーにお金をかける、ストーリーにお金を払う」(ここで木崎さんはディズニーランドを例にあげています。わたしはディズニーはどちらかというとアンチなんだけど、この部分はいろいろ勉強になりました)

(歳をとると)「もう感性が新しいものを必要としていないんですね。まっさらな青春時代に聴いた音楽がいちばんの衝撃で、あとはその思い出とともに生きるというのも、真っ当な生き方なのかもしれない。だけど僕はやっぱりそれに抵抗して、無理やりでも新しいものを求めていきたいですね」

「ルーティンワークは楽だけど、ものづくりの敵」

あと木崎さんのお話でアーティストとコミュニケートする時の注意事項は私もこころがけていることがたくさんあって、いちいちうなづくし勉強になった。例えば「必ず肯定すること」とか「しっかり褒めることを忘れない」とか。欠点を指摘していてはいけない。「欠点があるから売れないんじゃなくて、いいところがあるから売れるんです」

曲はともかく歌詞がうまく書けるようになるには時間がかかる。積み上げてきたものがないと難しい、という話も妙に納得。

クリエイティブな人は威張らない。クリエイティブな人はどんな相手でも平等に扱う。逆にそういうクリエイティブな人を使う側の仕事をしている人にすごくある傾向は名前がある人には媚びた態度をとり、あまり実績のない人にはいばったりする。(これ、あるよー あるあるだよー)

「正論では人は動かない」=これ誰だっけ。「正論は人を幸せにしない」って誰かが言ってたんだよな。それと同じことなんだけど、人を動かそうとしたら正論をかざしても意味なし。

著者は渡辺出版にいたらしく、社長の逸話がたくさん出てくるのも面白い。

歌詞を先に書く(もしくは準備する) 後から歌詞を書くのは確かにレコーディングが難産系になるための最大要因かも、と思う。私も数は多くないがそういう現場に何度も遭遇した。シンガーソングライターの場合、歌詞がかけなくてスタジオでレコーディングが進行しているというのにウンウン唸っているケースが多すぎる。

「音楽業界の経験を最初にどこでやったかで、その後の音楽との関係性や自分の立ち位置が決まってしまう」これも響いた箇所だ。私も自分が最初にレコ社にいたことが大きくその後の自分のキャリアに反映されている。なんだかんだいっても、そして腐ってもレコ社というのは音楽業界の中心にあった。だからこれは正しかったと自分でも思っている。

ギャップがあるからかっこいい。

歌は丸くないと人の心に入っていかない。

「自分が作る音楽を100万人ぐらいの人はいいと思ってくれると信じています」ここが木崎さんのすごいところだよね。でも私も小さなTHE MUSIC PLANT村の村長だ。私の場合は200人。私が紹介する音楽は200人の人には受け入れられる土壌があると思う。そしてそこからどうやって広げていくか。これがこの仕事の面白さだ。

エド・シーラン、そしてビリー・アイリッシュ:アーティストは昔はメロディ、ちょっと前まではサウンド、そして今は世界観

まずはタイトルを。タイトルが決まれば全体がぶれずにやれる。

歌詞は文章でなくていい。

メロディが感情を運ぶ

うまくいっているときほど何も考えない。

褒める時は関節的に褒める。一方で批判は直接。

目標があればイヤなことも辛くはない:愚痴を言っててもダメ。未来を考える人にしか新しいものは作れない。

新しいものには必ず否定する人がいる。

自ら退路を断つ。

人は死ぬまでカッコつけまくって死んでいく。(加藤和彦さんの話)←この辺は男性プロデューサーならではかもとは思った。女性プロデューサーたちはもっと「カッコつけても意味ない」「カッコよりも実態が大事」と思うのではないだろうか。

何はともあれとても勉強になったし、自分が普段考えていることの整理にもなった。音楽業界に限らず何か作りあげる人にとってなら、あらゆる職業の参考になると思う。こちらの木崎さんのインタビュー記事も面白いので、ぜひ。

2021年1月10日日曜日

FLOOK 新着プロモビデオ The Crystal Year / Foxes' Rock

 

フルック、かっこいいなー 2分過ぎくらいからプログレしてくるのがいい。そして3:40くらいからそのリズムが裏返しっぽく展開していくのがいい。はぁ〜 すごいバンドだよな。

「カーテンが上がったら、また一緒になれる」というバンドのメッセージ。辛いのはみんな、一緒。この時代を生きる人はみんなこの苦難をシェアしている。皆さん、一緒に頑張りましょうね!

この曲が入っているCDは、ここで売ってますよ〜


2021年1月9日土曜日

なんで飲食店ばかり?


七草がゆ作ってみましたー まいう。しかも平野レミさんのレシピでニンニクがまるごと、そしてご覧の通り鶏肉も入っている。くっさー(笑) でも、まいう〜

あまり時事ネタはここには書かないようにとも思うのだが、震災の時も後から自分のブログを読むとその時自分が考えていたことが面白かったりもするので、今日は書いてしまおうと思う。ま、未来の私がこれをどう読むか…は別にして。状況はころころ変わるし、こちらもころころ変わるからね。あくまで1月9日時点での私の考えです。

私は津田大介さんのポリタスTVをサブスクしていて、ほぼかかさず見ているのだが、数日前のこの回は非常に面白かった。政府の対策がなんでこんなにトロトロしているのかが、よく分かる素晴らしい内容。今はもう有料ででしか見れないけど、すごく良いので、ぜひご覧ください。
 

まぁ簡単に言っちゃうと、政府の基本的な方針が欠如しているから。出演した田中先生の話によればコロナ対策においては、どの国にも(1)人命優先(2)経済優先(3)スウェーデンしか例がないけど自由優先の3つの方針があり、ここが日本においてはグラグラゆらいでいることに最大の問題があり、その時その時の判断のブレが出てくる原因なのだという説明なのだ。判断に迷ったときにこの基本優先事項が何番になるのか、ここが決められていないからダメダメなのだ。

そしてこの後に及んでいまだ政局重視の与党の政治家たち! 一つ一つ説明を受ければ、その一つ一つが頭にくる。一方がんばる専門家たちは必要以上に矢面にたたされ、自分の仕事以上のきらわれ役をこなさないといけない。原発事故での経験がまるで活かされていない。判断するのは先生方ではなく政治じゃないの? そして番組では、今の政府の対策のどこが悪いのか、公共政策の観点から表を使って非常にわかりやすい説明がなされた。ものすごくわかりやすかった。なんでこれらの効果がでないのかが理解できる。

それにしても飲食店の営業時間を短縮するという対策で、今回のロックダウン効果があるとはとても思えないのが怖い。

あくまで素人な私の体感:フリーランスの私はほぼおこもり生活をしているのだが、今の状況は個人によってだいぶ差があるように思える。ほぼ自分と同じライフスタイルの友人で埋めている自分のツイッターのタイムラインですら、時々複数で外食していることをタイムラインに載せるの事に躊躇がない人が存在する。そして友人の中でも通勤している人は、その多くが普段どおり通勤して満員電車にゆられている。怖すぎる。

そして、引き篭もった私がたま〜に外でランチしたり、近所の温泉施設にいったりすると感じることは、人間は一人でいる時はみんな黙っているのだが複数集まるとぺちゃくちゃぺちゃくちゃしゃべりはじめるのだ、ということ。

日本人って面白い国民性だよ。一人いる時は荒川土手でだって真面目にマスクして歩いているのに、複数になったとたんみんな狭い店内でもお構いなしにマスク外してぺちゃくちゃしゃべりだす。

わたしがよく行く温泉施設の大きな湯船だって、二人連れ客が2組いると、もうダメだね。1組だと「しゃべっているのはウチらだけ」という状況なのでしゃべっていたとしても低い声でしゃべる。これが2組になるととたんに煩さが倍増。煩さは倍ではなく二乗、三乗に増えていく。幸いにもそれほど普段から混まない時間帯に行くので、三組以上が同じ湯船になることはないのだが… それにしても怖い。2名以上の団体客怖い。お風呂の中だから当然マスクしてないし。もっともそれでも露天だからね…  そう言う意味では、まぁ大丈夫なのかな。

先日も寒空の下、窓を大きくあけた寒いタイ料理屋(in 地元赤羽)でランチをしたのだが、店内にはソロの私以外にはタイ人のソロ客と私、そして2人の女子客がいた。この二人の女子客が食べものの上でマスクもせずによくしゃべりまくっている。お店の人はその二人連れが店を出たとたんやっと窓をしめた… なんか違うと思う。

なんとか政治家というか偉い人が「お店の人もイベント主催者も躊躇せず、お客さんに注意をうながしましょう。お客さんも店に入ったり、イベントに行ったら、その店の主人、もしくは主催者の言うことをよく聞いて感染防止に協力しましょう」ということを公に言ってくれないかな。店は私が思うに必死になっている。だって自分の場所がクラスターになって営業停止になったら終わりだから。もしくは必死に防止対策取りたいのに「お客が協力してくれない」「何かと声をかけるとマスク警察に揶揄される」と勝手に諦めムードというのがほとんどだと思う。ここ数年、なんとなく浸透していた「お金を払う方が偉い」「お客と店は平等ではない」というという考え方の悪い面が明らかになったってことなのか…

とはいえ、普通のランチを提供する店や、私がよく行く温泉施設やSPAなどがクラスタ化したという話はあまり聞かない。先日温泉施設のスタッフの方が「池袋の施設で発生したでしょ」という話をされていたのだが、自分でよく調べたら、そこのSPAではスタッフの一人が感染したということだけだった。別にその施設がクラスタになった、ということではない。ただそういう事態になれば経営者としてはお客さんにそれをインフォームといけないし消毒作業が完了するまでは業務を停止することもやむを得ないだろう。つまり、もう感染者はもうどこにでもいる状況だということなのだ。今、私が言っている施設にだってお客の中、スタッフの中に感染者がいないとは限らない。というか、きっといるはずだ。もちろん入り口で検温、消毒は徹底されているのだが。要は自分の現場がクラスタにならないようにしたい。お店の人にとっては、そこに尽きると思う。

一方で、クラスタとなっているのは、本当に限られた医療施設や職場の大人数での会食や会議が行われている場所だったりしているわけなのだから、そこを抑えないとダメなんじゃないかって思うんだよね。日本の対策ってクラスタ潰しに終始するんじゃなかったけ? 最初のこの方針が徹底されていれば、もしかするともっといろんなことが上手くいった可能性はある。これだけ感染者が増えて、いろんな状況のサンプルもはっきりしてきたと思うし、なんかもう少し納得できるような新しいアイディアはないのかな、と思う。10時が8時になったところで、果たして何が変わるのか? 騒ぐ人は騒ぎ続けるんじゃないだろうか。確かに緊急事態宣言で多少人々の意識は変わるだろう。「コロナで大変なんだ」「今、危ないんだ」って。でもそれだけなんじゃないか? それこそこの宣言も冒頭に紹介した津田さんの番組で紹介してらした、意識や情報、教育をうながす公共政策に分類されるだけで、それ以上の効果は何もないのではないだろうか。津田さんが冗談のように言った「では、アベノマスクはどこに分類されるんでしょうかね」というところが心に残った。いや、実際笑っている場合じゃないだけれど…

個人的な意見だけど、なんとなくもう一般の人たちの協力をあおいでいるだけでは、この流れは変えられないように思う。緊急事態宣言を出してもみんな言うことを聞かなくなっている。守っている人はとっくに守っている。それが現状だと思うな。softbankだっけ、ドコモだっけ、時々どこがどのくらい混んでるか、ってビックデータをニュースで提供しているけど…  あれを見ると明らかに必要のないところで人は減り(ビジネスは減り)、必要なところではまるで効果がないという印象を拭えないんだが、皆さんはどう思いますか?

2月のイベント考えていたけど、これはちょっと考えないといけない。ケルト市、春もやるつもりだったけど、こちらも告知のタイミングを考えないと。何にせよ、頭が痛いですわ。…すみません、愚痴でした。皆さんは、どう考えますか? 野崎さん、それは間違っているよ、という方がいればぜひ指摘をしてほしい。

ま、とにかく負けずにがんばろ…

今朝Twitterをのぞいたら、こんな話題も。一人で車の中にいるのにマスクしろって、あまりに合理性がなさすぎる。おもわずレスしてしまった。

昨日の夜は久々に地上波(NHK)をずっと見ていて、首都圏の知事たちが出演しそれぞれの都、県民に呼びかけている様子が映し出され、気の小さい私なんぞはビビリまくり。これで効果がなかったなら、いったいどうなるんだ?

数日前にアップされたカトリオーナのコンサート。いや〜、素敵である。音楽ってやっぱりいいね。

2021年1月8日金曜日

昔の映画を見ています:メリル・ストリープ 続いてます


あいかわらず夕飯のあとは仕事をしないで映画をみるという習慣が根付いています。いいね!しかし一方では昨年末から準備してきた企画が緊急事態宣言のおかげで違う方向に向かったりと、あれこれバタバタなのだが…。

 『ソフィーの選択』いやーーーーー すごい映画だった。初めて見た。っていうか、見ておかなくちゃいけない映画だった。ポーランドだし!!! まず驚愕なのはメリルのポーランドなまりの英語。ポーランド人の女性の友人と同じだ、まったく同じだ。すごすぎる!! そして映画自体もうごすぎた。なんかもう辛い映画だったけど、ものすごくパワフルな作品だ。友人の旦那が「トラウマ映画」と呼んだのもわかる。これは辛い。が、見なくてはいけない作品。私はすごく好きでした。 

 それにしても辛い。生き延びたものも辛いし、恵まれたような環境にいたものも辛い。でも「愛」や「友情」がなかったら本当生きてる意味がないのかも…と思ったり。作家の若い彼がソフィーを救えなかったのかなとも思ったり。そこに人生があり、そこに希望がある…と思えたり。


そして、あのポーリッシュ・アクセントの影にはワイダ監督の影響も!!



同じく友達の推薦で『ディア・ハンター』これって、Dear Hunterだと思ってたよ。鹿のDeerだったのね。デ・ニーロとメリル・ストリープがやっぱりものすごく良い。そしてものすごくパワフルな映画。悲劇だ、これは… 戦争がもたらした悲劇は、ずっしりとずっしりと重かった。

でもこういう映画を見ないとだめだね。78年の映画。アメリカはベトナム戦争をやって、それを反省してこういう気持ちもあって、こういう映画を作ったのだとは思う。でもいつまでたっても戦争は終わらない。なーーんにも変わらないね。人類は本当に学ばない。それでも、こういう映画は見なくちゃいけない。そして今の自分のことを振り返ってみたいと思う。



2021年1月7日木曜日

バンドっていうものは…




 

最近話題のこちらのクリップですが…

以前見せられていた映画「ゲットバック」がくらーーーい雰囲気だったので、このクリップを見て「えっ、みんなこんなに仲良かったの?」とびっくりすると思う。いいや、バンドってのは、本当に良くも悪くもお互いがすごく近いんだよね。

いつだったかうちのバンドの某メンバーが言っていた。「めっちゃ腹立つこともあるんだけど、もうなんだか驚かないんだよね…」って。正直、バンドの中の人間関係ってそういうことなんだと思う。

それに普通、大人になったらもう誰も喧嘩なんかしない。でもバンドは喧嘩する。まぁ、私に言えることといえば「コンサートは一瞬のきらめき。音楽はバンドのメンバーですらコントロールできません。生み出される音楽の一番良い時期を見逃さないように」ということですね。

しかしビートルズの現場に小野ヨーコは何度見ても違和感あるなー。ジョンがのぞんだこととはいえ、これって旦那の職場だからね。いろいろ考えさせられるわ。ビートルズってすごい男社会で男性スタッフが極めてドライでプロフェッショナルなのに対し、女性たちはみんな「私が彼を育てました」的な態度をとる人が多いように思う。いつだったか、あの映画になったファンクラブの会長さんの彼女はいい人だったけど… と、元ビートルズの熱狂的なファンとしては思うのであった(笑)

メンバーこのころみんな30そこそこだったと思う。髭ズラだけど、お肌はつるつる、若いね! 

私がビートルズの映画で一番好きなのは、やっぱりこっちです。アイドル映画(笑)。すごくよくできていると思う。リンゴが主役で、とっても可愛い。特にこの目がまんまるになっちゃうところとか(笑)


いかん、ビートルズは本当にファンだったのだ。この時期の彼らの映像を見ていると、またいつマイ・ブームが復活してしまうかもしれない。危険だ。いったいいくら彼らにつぎこんだかわからない。でももうやめたんだ。自分に関係ないミュージシャンに入れあげてる時間があったら、自分のアーティストのことをもっとよく勉強しなくっちゃ、って反省したのだ。アップルがiTunesたちあげたとき、ビートルズが広告になって、なんかもうあぁいう商戦にはのせられないぞ、って決意したのだ。

2021年1月6日水曜日

ジョージナ・クリーグ『目の見えない私がヘレン・ケラーにつづる怒りと愛をこめた一方的な手紙』


「親愛なるヘレン・ケラー、あなたは本当のことを語っていますか?」というメッセージが帯にかかれた、ただの偉人というわけではないヘレンの姿を鮮やかによみがえらせた最高の一冊。目の見えない著者がヘレン・ケラーに向けて書いた手紙の数々。日記形式をとっており、すごく面白い。こういうのを「クリエイティブ・ノンフィクション」っていうんだって。いや、マジで面白かった。今年もまた本ではラッキーな1年になりそうだ。早くも今年のベスト5はおそらく決定(笑)

訳もすごくよくって、いわゆる裏側に英語がすけてみえるような訳。だから実際は読んで理解するのに時間がかかるけど(英語特有の二重否定とか、ナンセンスな言い回しとか)、でもこういう訳、私はすごく好きなんだよね。直に英語を読んでいるような錯覚におちいるときがあるよ。素晴らしい。訳は中山ゆかりさんという方です。

ヘレン・ケラーって映画での「ウォーーーター」の井戸のシーンやいわゆる子供のころに読んだ偉人の伝記みたいなものでしか知らなかったけど、いや、この本を読んだらいかにそれらの話がディズニーランド化されていたものかよくわかる。いや、もちろん… それでも!! それでも!! 彼女が三重苦の中、成し遂げた功績が、いかに多くの人を励ましたかという功績については否定できない。が、やっぱりそれだけじゃディズニーランドなんだよ!

でも改めてこの本を読んでいかにディズニーランド的なものにしないと人々に浸透しないのだということを改めて感じるのを禁じ得ないのだ。本当の話はそんなに単純なものじゃないのに。いや〜、本当に勉強になった。

W-A-T-E-R ウォーター! この本の著者はこの、今では観光地となっているヘレンの生家:アイヴィー・グリーンでこの名高いポンプの水をボトル詰にして売っていないことにはびっくりだと揶揄する(笑)。(ちなみに井戸が描かれたマグカップや、ポンプの小さなレプリカは本当に販売しているそうです。やっぱディズニー化だ…)

それにしても、これからこの本を読む人は、いったん読む前にヘレン・ケラーのwikiに目を通すのがいいかもしれない。ヘレン・ケラーのことを詳しく知らない人、私のような人間にとっては、このWikiですら既にびっくりの連続だった。いかに自分がものを知らないか、だよなぁ、本当に。そしてすべてがいかに自分が知っているヘレンが、サリヴァン先生がプロデュースした子供のころ読んだ絵本の偉人伝におけるヘレンだったか、ということを考える。

やっぱり物事って詳しく知れば知るほど面白いんだよね…  本来そうでなくちゃいけないと思うよ。

まず意外だったのは実はサリヴァン先生は救貧院で育ったりしたものすごく貧しいアイルランド移民だったということ。ご本人も元盲人で大変な苦労をされたこと。身体虚弱で繊細だったこと。一方のヘレンは超お嬢様。何がなくて苦労したという体験がないというくらい。そして美人で身体も強く、いつもパリッとアイロンの効いたきれいな格好をしていた。こういう「見た目」の要素は実は障害を持つ人にとって非常に重要なことなのだ。(『五体不満足』の乙武さんとかもそうだと思うけど)

この本の冒頭、著者はヘレンが子供のころに書いた物語の盗作疑惑裁判(学校で行われた)について細かく言及する。そして「まずはあなたが知っていることをどのように知り、記憶していることをどのように記憶しているのですか?」という問いかけから始まる。うーん、そうだ、確かにそうだ。目が見えないわけなのだから。しかしその価値観は健常者たちがヘレンのような人たちを見た時に、自分たち自身から強く押しのけているのだ、とバッサリ切りつける。(私もここで深く反省)障害を持つ人たちの脳は刺激を欠いているので、発育が足りておらず欠陥だらけだ、と決めつけている。見たことがないものを想像できないと決めつけているのだ、と。まったくこの辺は言葉もありません。ごめんよ、ヘレン。(そして著者)

そして気になる「性」の話題。ヘレンは一生処女だったのではないかと勝手な夢想を一般の人たちは考えがちなのだけど、実際はどうだったのか? これについてはもちろん著者も自分の想像の域を超えないのだけど、すごく納得がいく考察だ。ヘレンは大人になってからもずっとサリヴァン先生と住んでいたのだけど、特にサリヴァン先生の夫であるジョン・メイシーとの話題には興味をそそられた。Wikiにもあるけど実は3人で同居していたようなのだ。これってちょっといじわるだけどエンヤとニッキー・ライアン夫妻を思い出させる。あそこも3人で同居の形をとっていたはずだが、いったい寝室のレイアウトはどういうことになっているのか。実際メイシーは先生よりうんと年下で、どちらかというとヘレンに歳が近かった…という圧倒的な事実もある。そしてそのあとに起こるヘレンの「駆け落ち未遂」問題も。ヘレンはもしかすると、ものすごく思い込みの強い人だったのではないか? その一方で障害者が子供を持つことにはヘレン自身も反対したという記述が残っており、この辺は本当に深堀りしたいところだ。もう故人だからヘレンの真意は確認できないけれど…

そして大学を出たあとのヘレンのキャリア。物書きとしてやっていきたかったであろうヘレンの才能をハンドルしていたのは、あくまでサリヴァン先生だったわけで、そのパワーの元でヘレンがいかに抑圧されていたかが容易に想像できる、と著者は言う。本当はメイシーの影響もあって急進的な左の思想に走りたいヘレンの手綱をにぎり、サリヴァン先生がプロデュースして作りあげたかったものは「苦労して言葉を覚えたヘレン、そしてそれにものすごい貢献した私」である。そしてそれはある程度の成功をもたらした。それはまぎれもない事実だ。私にような一般の人間のヘレンに対する思考はそこで止まっているし、日本の大多数の人のヘレンに対する印象も似たようなものだったと思う。ちなみに「奇跡の人」の原題「Miracle Worker」はヘレンではなくサリヴァン先生のことだという解釈の方が欧米では浸透している。

そして…いまや有名人となったヘレンはサリヴァン先生、そして先生のアシスタントなどいわゆる同居人を養っている状態だった。そして制作した映画が失敗したりしたこともあって、「チーム・ヘレン・ケラー」もしくは「ヘレン・ケラー・エンタプライズ(笑)」は安定した収入に飢えていた。で、実は生活のために、ちょっとしたヴォードビル(いわゆる興業というか営業のステージ。決して堅苦しい講義ではない)みたいなこともやっていたらしい。ヴォードビルで、いわゆる漫才や手品などと一緒に20分、与えられた時間の中で受ける話をする。それこそチャップリンなどが駆け出し時代に出演していたらしいのだけど、短い20分ほどで先生と一緒にステージに出て、先生がことの経緯を説明し、途中ヘレンがしゃべってみせるという、ちょっと「見せ物小屋」的活動なのだ。一方で、大学などで行うヘレンの通常のレクチャーは1時間から1時間半の長いもの。それがヴォードヴィルでは20分しかステージに立てず、しかもチラシには「驚くべき物語に注目!」とかあおりの言葉が踊り、オーケストラピットのヴァイオリン奏者はソロで先生が話しはじめると同時に哀愁のメロディを奏でるなどお涙演出たっぷりだったのだという…。これは当たるわな…  

それでも! 実はヘレンはそういった営業チックな活動を楽しんでいたらしいというのが、この著者の解釈だ。これが大受けして大成功したことをヘレンは実際に体感できている。観客の歓声は床を伝わって感じられたし、空気があったかく変わるとそれを敏感に彼女は感じとっていた。(すごいね!)

質疑応答などではとても気の利いた回答を見せ、それをヘレンは非常にやりがいがある楽しい仕事だと思っていた節がある、と著者。実際サリヴァン先生の口上のあと、ヘレンが「こんにちは、わたしはヘレン・ケラーです」と語りだすと観客は拍手喝采だった。

思うにヘレンはきっと「芸能人的」な才能があったのではないかと、私もこの本を読んで思った。わかる。人の注目を得て、それを最大の喜びだと捉える生まれながらの「芸能人」だ。

一方のサリヴァン先生は生活のため、と思ってしぶしぶこの仕事を引き受けてはいたものの自分が演出するヘレンと、ヴォードヴィルのヘレンがまるで一致しないのに悩んでいたらしい。目が見えなくても耳が聞こえなくても身体は強靭なヘレンと違ってサリヴァン先生は虚弱体質で、ヘレンより歳も上だし、激しい移動には耐え難かったということもある。だから旅暮らしはとてもキツかった。現にヘレンが遠い遠い日本に初めてやってきたのもサリヴァン先生が亡くなった後だった。

ヴォードヴィルの仕事は受けに受けたけど、そのうちAFB(アメリカ盲人擁護協会)のアイコンとしての仕事が入り、そこから収入を得るようになったチーム・ヘレン・ケラー。でも実はヘレンはヴォードヴィルでの仕事を辞めたくなかったのではないか、と著者は推測する。しかし先生がやめたがっていた。だからそれに従うしかなったのではないか、と。そして同時に著者は、ヴォードヴィルでの出し物についてはヘレンを個性とユーモアを持った完璧な人間であることを示すことはできたけど、それはその一瞬だけで、誰かに長期的な社会行動などをうながすものではなかったと考える、とも。(なかなかするどい指摘)

そしてサリヴァン先生の最後の方はどんどんわがままに気難しくなっていき、ヘレンは彼女をなだめようと必死になっていたらしい…うーん、分かるなぁ!

時々差し込まれる著者のメッセージも力強い。

「人間であるためにはいろいろなあり方があります。それこそが、あなたが世界に語りかけたことでしょう。外面上は、かなり当たり障りのない声明のようですが、実のところ、これはまったく画期的です」

「それは人々に、彼らが正常なものとして、当然のこととして考えているすべてのことを疑うように強いるのです。私たちはそのことを、彼らの関心のなかに、彼らの世界のなかに、押し入っていくことによって主張しているのです」

「私は、彼らの多くについて、私が知っている健常者たちについて、本当にひどく心配しています。もし彼らの誰かがこれから身体障害者になることがあれば(なかには、ただ老化というプロセスでそうなる人もいます)、ひどくやっかいなことになるでしょう」

「彼らがただ恐れを捨て去ることができたなら、と私は考えます」「私にもまた恐れはあります。聴力を失うのが怖いのです。ですが、もしそれが起こったならば、あるいは起こったときには、それで何とかやっていくことができるだろうとわかっています」

「それでなんとかやっていくのは、私にとってさほど馴染みのない概念ではありません。でも健常者にとっては、それで何とかやっていくのは、ただ考えるだけでも恐ろしいことです」

…深い。

また著者はある日、テレビでクイズ番組を見たと言う。テーマは「有名な女性」、それは誰かを指すのかを当てるというクイズで、それを見た著者は答えへ導くためのヒントに三重苦のことではなく「その女性はラドクリフ・カレッジ(今のハーバード大学)を1904年に卒業し、婦人参政権論者、講演者、ヴォードヴィルのパフォーマー、そして作家として活動を続けました」というヒントが出されたのよ、と喜びをヘレンに向けての架空の手紙の中に綴っている。そして、それはすごく嬉しいことだ、とも。

これがまさに現在の世界が記憶し理解しているヘレン・ケラー像であり、三重苦やウォーターの話だけではなく、こんな風に紹介されたことはとても良いと著者は喜びを感じているわけだ。うん、いいね!

そして、著者は学校の先生なのだけど、「もし今の時代にヘレンが生きていたら」という生徒の質問に大してとても有意気がな答えを返しているのもいい。

著者はヘレンは「アクセスポリス」になったらいいんじゃないかと説く。つまり「アクセス警察」。新しい建物を建てる時、これじゃあ障害を持つ人はアクセスしてませんよ、障害を持つ人を排除していますよと指摘するアクセス警察。(マスク警察、着物警察みたいなもんですね)ヘレンがアクセスポリスとして活躍しているのを夢見るのが、とても楽しい、と著者はつづる。(ますますいいねぇ〜)

それにしてもこの著者、素晴らしいわ。ただ単に伝記や、資料を読み、それをアナライズするということだけではない、目が見えない人の繊細な感覚を使った表現には唸るばかりだ。周りの空気、匂い、全てのヴァイブレーションを感じるするどい感覚を自分たちは持っているのだとして、精細に状況を記述していく様子は、この著者の真骨頂だ。そして最後はヘレンが亡くなった時の描写も含まれていて、これもまたとてもリアルだ。ぜひぜひ皆さんもこの本を読んでほしい。

この本がすごくよかったので、このあとヘレン・ケラーの自伝などちゃんと大人用に書かれたものをじっくりと読みあさってみたいのだが、最近積読があまりにひどいのでそれはやめておく。しかしこういう本は、好奇心というか知識欲を刺激されるよなぁー。障害がある人、目が見えない人、耳が聞こえない人を私たちは本当に理解していないのではないかということを改めて感じた。というか、私はまるで理解できてなかった。自分でも気をつけているつもりだったけど、単に「感動ポルノ」を見ていただけだったのだ。反省である。こういう人たちはきっと生きていくのが大変なんだろうな、ということで片付けていただけだった。でもほんとうにこの作者の言うとおり、きちんと想像してきちんと考えれば、本来は世間で言われている通説が嘘か本当かわかってくるはずなのだ。だから面白いんだ、人を知ることは。

そして改めてヘレン・ケラー=奇跡の人。すごい偉人、大変な努力家ということだけではないヘレンの姿が広く知られることは、とても重要なのではないかと思うのであった。

そこで改めて思うのは例えば「愛と平和のジョン・レノン」というジョン・レノンの一つ姿だ。このままだとオノ・ヨーコのプロデュース力でジョンは本当に愛と平和の人だったということになりかねない。歴史は残されたものの都合であれこれと塗り替えられていく。誰かジョンをそこから解放してやってくれ、とも思うのだった。本人生きてたら、何と言っただろうなぁ。少なくともこれはいわゆるステレオタイプのヘレン・ケラー像を打ち破った非常に面白い本だった。必読二重丸。

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