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2018年7月29日日曜日

やりたいことを仕事にしよう…ではなく

ちょっと前に話題になったこの上の記事、すごくいいので、是非読んでない人は読んでみて。多くの人にとって「やりたい事」なんて明確にないし、必要ではないということ。ちょっと目鱗。

本当にやりたいことがある人は何がなんでも実現している、と。でもって「自分はやりたい事を仕事にしてる」と思っている人たちも、実は人生の重要事項はそこにはなく「人生における仕事の充実感や満足度」を上げることこそ大事であり「好きなことを仕事にする」はそのための手段の1つにすぎない、ということ。

これはなるほどな指摘! 私も生きているなら、その時間をつまらない事して、つぶしたくない。やりたい仕事をやることは、自分の人生を楽しくすごすための1つの手段にすぎないのだ。ちょっといろいろ考えたよ。

これから就職する学生さん、転職で悩んでいる人たちには、是非読んでもらいたい記事だと思うので、是非。

さてさて、野崎はと言うと、明日は来年手がける某プロジェクトのためにドキュメンタリー制作の人たちと打ち合わせがある。最近、ドキュメンタリー畑出身の是枝監督マイブームも手伝って、テレビの人(特にドキュメンタリーを制作している人たち)に興味津々。それで、明日打ち合わせで使う企画書を書きながら、あれやこれやと研究中。

で、この方も大尊敬する人の1人。『水曜どうでしょう』は大泉洋さんも素晴らしいけど、あの番組において藤村Dの存在は絶対に外せないと思うんだよね。『どうでしょう』のナレーション、編集すべてをこなすディレクターで、ホント面白い人なんだ。北海道テレビ制作の爆笑ドキュメンタリー『水曜どうでしょう』はホント一時夢中になってDVDもそろえて観た。

で、その藤岡Dのインタビュー音声がYou Tubeに上がっていたのだけど、これに響いちゃったわけ。藤村さんは営業からいきなり制作になり一発目の番組が『どうでしょう』でそれがすっかり当たっちゃったもんだから、会社では治外法権みたいになっちゃってる、という話。で、その藤村さんが、会社に「後継者を育てよ」と言われたという話。ここで藤村Dが言うのは、自分の知っていることを教えろということだたのかもしれないけど、それは無理だ、と。そうではなく、自分が常に前を歩いているところを見せる、と。そして「テレビにはあんなことも出来るんだ」「こんなことも出来るんだ」ということを次々と最前線で実現して行く、 と。そういう大人が居ていいんじゃないか、と。

うーん、良い事言うなぁ! 6:20くらいから。確かにそれはホントで今の時代、現状良しとされている編集のやり方も機材の使い方も、4、5年後にはまったく役にたたないことが多い。それよりも時代の流れに逆らわず、しなやかに変わっていく自分の姿を見せる事の方がうんと大事なのだ。それだけで、若い優秀なやつは、ついてくると。うーん、いいなぁ。みんな、頑張ろうぜ〜




2018年7月28日土曜日

是枝裕和『映画を撮りながら考えたこと』を読みました。響きまくり!

『万引き家族』以降、是枝監督マイブーム続行中。Amazonビデオで『誰も知らない』『海街ダイアリー』『奇跡』まで見てもうた… 1コ300円くらいで見れるんだけど、よく考えたらプライム・ビデオに1ケ月登録して、すぐ解約という方法もあったな。そもそも秋になれば忙しくなって映画とか見る時間ないんだし。

それはともかく映画をみつつ監督のインタビューやら記者会見の映像もかなり見て、あれこれ響きまくって当然のことながらこの本に行き着いた。装丁に使われている監督が書く絵コンテ、なんだか可愛い(笑)

丁寧に手間をかけて信念を持って仕事をするということ。そのすべてがここに書いてあった。この監督あっての作品たちだな、と思った。ホントにすごい。本を買って、それがミシマ社から出てるってのも良かった。いつも愛情のこもった編集と装丁。プロのライターが監督の話を聞きながら書籍にしていったものだと思うのだけど、監督の語り口そのままの優しい文体。是枝監督の現場では誰も大きな声を出さないのだそうである。(音声さんたちは、そんな監督の現場用に一時レシーバーまで用意していたとか…/笑)みんなが自然体でのびのびと仕事し、最大限にプロジェクトに貢献する。そんな是枝組の感動がここに詰まっていた。いや〜、いい本だったわ。

あとでブログにまとめる用に、と思い、響いた箇所を折ってったら、すごい量になっちゃった(右の写真)。

映画だけじゃなくドキュメンタリーの話もでて来ているのが非常に興味深いし、出来る事なら監督の作品、全部見てみたいなぁ… フジテレビのNONFIXでいろんな番組作ってたのね。是枝さんも指摘しているとおり、テレビの深夜番組というのは面白い。ふと出会ったり,偶然見ていたりするから… もっとも私もテレビを捨ててしまってから、そういう偶然の出会いも今ではなくなってしまったけど。

特に興味をもったのは『しかし…〜福祉切り捨ての時代に〜』という番組。エリート官僚、生涯福祉に真摯にあたってこられた山内豊徳さんの自殺。それを番組にするにあたり奥様の協力を得る下りには涙が出ました。そしてこうやって心を込めて事にあたれば通じるんだなぁ、と。そして人の死を番組にするからには「パーソナルな死」ではなく「パブリックな死」を明確に分けることが重要だろう、という監督の言葉にうなずく。まさに映像が社会に対して何ができるか、そういうことが重要だというのを気づかされる… そして深夜枠に自由がなくなった時代。あくまでゴールデンタイムとのバータになってしまった時代など…

そしてハッとしたのがドキュメンタリーの定義。「ドキュメンタリーは事実を済み重ねて、真実を描くものだ」という話。これ是枝監督自身は、疑問を投げかけている言葉なんだけど、テレビの現場ではよく言われ続けている言葉だそうで、これ角幡さんが高野さんとの対談本で言ってた「ノンフィクションは事実を積み上げて真実を描く、フィクションはいきなり真実を描く」というのにもちょっと通じる。そして「やらせ」問題の話題。是枝監督は「自己のイメージ(フィクション)を現実に優先させてしまう閉じた態度のものはやらせだ」とこの本で語る。

そして映画『Distance』では犯罪は犯罪者個人の問題ではなく、私たちが生きる社会の膿みたいなものが犯罪として出て来るのであって、それは決して自分たちとつながりがないわけではない」というのを伝えるのがメデイアの役割だと話す。法的に制裁を加える前提のひとに、さらに重ねて社会的な制裁を加えるのがテレビの仕事ではない、と。オウム真理教についても「私たちの社会から生まれた」ということを忘れてはいけない、と

しかし是枝映画の子役エピソードについては、ほんとに読んでいてあきない。例えば『誰も知らない』では、女の子たちが役と自分の切り替えが上手なのに、男の子はいつも引きずっていた、という話には笑った(笑) 顕著だったのが、兄弟喧嘩のシーンでお兄ちゃんが、弟のラジコンを怒って蹴り飛ばすシーン。弟役の子には、このあと何が起きるか説明していなかった。で「ラジコンで遊んでていいよ」とだけ伝える。お兄ちゃんにはラジコンを怒って蹴ってほしい、と頼んだ監督。弟くんはホントにむかついて「モノに八つ当たりするんじゃねえよ」と普段は自分が現実のお母さんに言われている言葉そのまま、お兄ちゃんに言い返す。カットをかけて監督が弟くんに「遠くからこのシーンを撮ってたんだ、お兄ちゃんにはわざと怒ってもらったんだ」と説明しても、二人は半日、口をきかなかったそうで、同じ車に乗って帰るのにふたりとも反対側を向いて座っているので,お姉ちゃん役の子が「ふたりともバカじゃないの? お芝居よ、お芝居」と言ってたそうだ。もう爆笑というか… 子供ってすごいね!!! そして女の子、さすが(笑)



子供に対する演出については、世界の監督によっていろいろ違いあがるようで、ほんとに子供をだまして不安にさせ、涙を撮影するという監督もいるんだそう。でもそれはその監督には許されても僕には許されていないと是枝監督は言います。そういう方法はやらないと決めた、と。で、どうしてこのラジコンのシーンで弟くんを騙したかというと、それはケン・ローチ監督から教わったこと。一時的に信頼が崩れても、あとで取り返せる自信があればと、ケン・ローチ監督が話していたのだそう。ここで語られるケン・ローチ監督の『ケス』の話がいい。是非、これはこの本を買って,皆さんも読んでみて!

あと監督の国際的な視野にもうなった。自分は映画という大きな流れの中の一滴だ、と監督は言う。(これ分る。私なんぞも【伝統音楽】の流れの一滴だといつも思う。それを思うと寂しくないし力がもらえるんだ…)憲法についても「もし日本社会が本当の意味で成熟した時に自ら日本人の手で書き直し、国民投票によって選択し直すべき」「理想を言えば,もう一度第9条をある意思と誇りと覚悟をもって選び直す」と話していますが、私もこれにはホントにホントに大賛成。加害を忘却しがちな日本人ということについても指摘しています。憲法ということについては、両論並記ということにメディアは逃げがちだ、ということも監督は指摘しています。これ、めっちゃ分る。また「(過去に起こったことを)検証しないというのは結局歴史がないということ」など

東洋と西洋の考え方の根本的な違いや、あのひとならどうするかな、と考えられる先輩の存在の話も、なんかめっちゃ響いた。そして東京国際映画祭へのするどい指摘(これめっちゃ共感した)、海外の映画祭のふところの深さ。映画祭はニッポンアピールの場ではない。海外の映画祭とは「映画の豊かさとは何か? そのために私たちには何ができるのか?」を考える場。東京では、経産省や代理店がアイディアを出すからダメ。釜山の映画祭に学ぶべきことは多い等々。

そしてビックスターほど謙虚だという話も。樹木希林さんのエピソードはどれもすごいし、福山雅治さんのエピソードにも感動した。なんと『そして父になる』は福島さん自身からのコンタクトで生まれたんだって。共通の知人の映画関係者を通して「一緒に何かやる前提ではなく、お互いに会ってよい空気がうまれたらそのあとのことを考える、という気楽な感じで」会ったのだそう。そして「作家性の強い監督の世界の住人になってみたい」「主役じゃなくてもいいんです。もちろん主役でもかまいませんけど」とまで彼は言ったそうで、私は特に福山雅治とか言って、どうとも思ってなかったけど、やっぱり長く一線にいる人はすごいなぁ、と思った。実際、この映画もカンヌにまで行ってるしね。福山さんは「黙っている顔がいちばん雄弁」って監督が言うのがこれまたいい。追いつめられて言葉がでてこないという状況に置かれた時にいちばん感情が見える、とも。うーん、さすがである。



そしてスタッフのすごさね。たとえば照明さん。自然光にも人工の光を足してバランスを撮る。というのも、そうしないとセット撮影との組み合わせが自然にいかなくなるから…とか。やっぱり職人さんたちには唸らされるよなぁ。ライブの現場もそうだけど。ライブの現場でもホントにすごい人は自己主張なんかしないし「やってます感」なんか微塵も出さない。でもみんなスゴいんだよね… 

『空気人形』のペ・ドゥナさんにたいして「そういう能力の高さにはなかなか出会えるものではありません。現場にいるスタッフはみな感動して、彼女のために何かしてあげたいと思っていたと思います。ひとりずば抜けたプロフェッショナルがいると、相乗効果で周りも自分のプロフェッショナルな部分を引き出される」こんなところも、ライブ制作との共通点を見いだしたりして… いや、ホントに勉強になる。

あと三谷さんとの対談エピソードは笑えるので、これもメモ。是枝監督の連続テレビドラマは数字は取れなかったようで、三谷幸喜さんとの対談では、三谷さんが「是枝さんは連ドラでやりたいこと全部やったでしょう。僕は連ドラでやりたいことをやったことは一度もありません。映画もそうです」と話していたそう。やりたいことは芝居でやる、と。
「やりたいことを全部やったのですが、視聴率が低くて」と話すと「あれで視聴率が撮れると思ているんですか」としかられたそう。でも三谷さんみたいな人に言われると、これまた清々しい、と監督は言っているんですよね。分るなぁ。そして、また三谷さんはいつも取材をしないで想像で書くそうで、唯一取材をして書いたドラマに「リアリティがない」という批評が来て「いかにリアリティというものがいい加減かということをつくづく感じた」そう。うーん、勉強になるなぁ!!

あと、ニュースもドラマも社会の財産になるべきっていう話も、良かった。

あと監督は「もう映画は休もう」と思った時期があるそうで、映画『空気人形』完成前に金銭面/精神面で支えてくれた安田プロデューサーが亡くなった時、「いままでのオリジナル脚本を書いて作家としてふるまっていると、周りに迷惑がかかるかもしれない」「ひとのお金で撮って、興行的に成立しないのでは、みんな幸せにならない」と考えて休業宣言(2010年1月)をしたそうで、そこに偶然新幹線/企画ものの話が来たんだって。

『歩いても歩いても』や『空気人形』が興行的に成功していれば「企画ものはイヤ」と断っていただろう。でも安田Pが生きていたらきっと「是ちゃん、こいうのもたまにはやってごらん」と言ってくれるだおろうと。「作家」というプライドや思い込みで大事にしているものなんてどうでもよいと気付き、この仕事を引受けたんだって。なんといっても「電車撮り放題ですよ」というのに惹かれたというのもあったらしい(笑)。(そうね、普通こちらの撮影に協力してください、って言っても許可取るのホント大変だもんね…)

そしてその映画『奇跡』の話。JR九州からのタイアップ企画。まえだまえだ兄弟との出会い。話が出来て行く過程も面白かった。ひとから意見を言われて「それは違う」と心の中で思いながら自分の中でストーリーが固まって行く感じや、「コスモス畑の視点」「子供を大人として撮るプール帰りの長男と、髪をすかれている女の子の絵」など、とにかくこの本を読んでいて、思わず我慢できなくなって『奇跡』もネットで見ました。これが感動。この映画がいちばん泣けたかも!



あと『海街ダイアリー』のエピソードも良かった。あの家の持ち主の方には撮影中不自由をかけてしまったけれど、撮影隊が植えた梅の木が花をつけたそうで、それを監督がインタビュー取材で訪れたとき中庭に案内されて見せてもらったり、あとから梅酒をつけて送ってもらったりしたそうで、原作の漫画を見てないのでなんとも言えないけど、映画はとても感動的に見ることが出来た。



他にも映画を黒字化するために、日本の厳しい助成金事情など…この辺も非常におもしろかった。そして最後は「法廷モノにチャレンジしてみようとおもっています」で終っている。

そして、このあと監督は『三度目の殺人』そして『万引き家族』に進むわけだ。

他にも
「意味のある死より、意味のない豊かな生を発見する」
「空虚は可能性である」
「自分が世界とであるためにカメラを使う それがドキュメンタリーの基本」
「自分の映画に死者と子供が重要なモチーフとしてよく出てくるのは、社会を外から批判する目を両者に感じているからでしょう」
 「かけがいのない大切なものは非日常の側にあるのではなく、日常の側のささやかなもののなかに存在している」
など、とくにかく響く言葉がたくさんこの本の中にはあった。詳しくはぜひ本を買って読んでみて。ちょっと高いけど、響きまくること請け合い。丁寧に仕事をすることの美学がここにはある。時には不器用に… でも最短距離行く必要なんてないんだな、と思う。っていうか、最短距離行く人にあんな映画は撮れないよね。

 『奇跡』の音楽を担当したくるりに改めて感動。エレキギター担当の方、めっちゃいいね。



2018年7月26日木曜日

田中泯さん出演『サワコの朝』を観ました。

さて、ライコー・フェリックスと田中泯さんの公演が決まったのは、去年の夏ごろの話だったんですが、ちょうど泯さんの事務所に初めて連絡を取った時、この放送があったので、勉強のためにも書き起してみました。 

とてもいい番組だったので、ご紹介します。私の方でお二人の会話に対する理解が足りなかったり、内容が間違っている箇所などあるかもしれません。その場合は申し訳ございません。あくまで野崎が聞き取った内容となっております。
 
素敵なアロハの泯さん登場。
佐和子さん「今日は素敵なアロハで…」
泯さん「好きなんです、アロハはね。暑くなると、これか裸です」 (会場笑い)
佐和子さん「良かった、着てて…」(笑)

ナレーション「今日のゲストはダンサーの田中泯さん。田中さんの本業は俳優ではなくダンサー。72歳の今も現役です。 日本はもとより世界各地で活躍。これまで50ケ国以上に招待され踊りを披露。高い評価を受けてきました。 その踊りは一般的なダンスの概念からかけ離れた、まったく独自のもの。衣装も音楽も劇場も必要とせず感じるがままに身体を動かすのです」「今日は人の歩かない道を歩き、新たな表現を模索してきた田中泯さんの世界に佐和子が飛びこみます」

佐和子さん「57歳の時に初めて役者業というか、『たそがれ清兵衛』で演じるという仕事を始めて引受けたんですよね」
泯さん「踊りと演劇との境目みたいなもの… いったいどこらへんから踊りになり、どこらへんから演技になるんだろうか…ってのは、ずっと興味持っていたんです。ただ僕が言葉が苦手なものですから演劇っていってもセリフなんかしゃべれるわけないじゃない、と思っていた。でも山田洋次さんのお話があって」「実は真田さんさえ知らなかったんです。で、ビデオで一生懸命勉強して、お会いした時に“あっ、真田さんだ”って思って。いてもたってもいられなくなって、自分の撮影がないのに早くから京都に行ったり、真田さんの終るのを待って練習したり…とか」
佐和子さん「その経験はいかがだったんですか?」
泯さん「踊りを考える上では… あるいは自分の踊りを続けて行く意味では…大変なヒントがいっぱいあったかと思います」

佐和子さん「でも『たそがれ清兵衛』の後に“あの人おもしろい”、“あの人素敵”ってことで、いくつかオファーが来るようになったわけですよね? NHKの『まれ』はもう何年か前になりますけど、塩まきおじちゃんとか…」
泯さん「あれはね、本当に塩をまいてらっしゃる方… モデルがいるんですよ。その方のお父さんって人は戦争中に、みんな赤紙で戦争に行く中、仲間がみんなあいつだけは戦争に行かしちゃいけない、って。あいつだけが伝える力を持っているから…と陳情するんですよ。それで生き残った、という方なんです。ですから戦争が終ってから一心不乱に仕事をしてきた。その人の息子さんに僕は習ったんですね。塩まきを習うことが出来るんだったらやります、という引き受け方をしたんです」
佐和子さん「(笑)こっちの方が面白かったわけですね…」
泯さん「はい。そういう人たちの凄さを身にしみて感じたんです」

佐和子さん「そのあとはキムタクさんのお父さんの役とか、次々オファーがあって…」
泯さん「でも僕は何でもできるわけじゃない、ってのは分っているんです」
佐和子さん「どんな役でも、というわけではないんですね」
泯さん「もしね、別の人生を生きてたら,こういう人になってたかもしれない…そういう役をやっているんです。これはオレとは関係ないよ、という役は出来ないと思います。本をまず読ませてもらって、“分かる!”っていう人しかやらないですね」
佐和子さん「納得できないとやらない、と」
泯さん「本当に不器用ですから」

と、ここで番組内いつもやる2曲の選曲のうちの1つをご紹介。

佐和子さん「1曲目… 今でも煌めいている1曲、ということで…」
泯さん「1番と問われるのが一番苦手で… 1番好きな場所はどこかとか…」
佐和子さん「私も人にふっておきながら、苦手ですね」
泯さん「僕は生きているんだから、これが1番なんて決めたら損でしょう、と」
佐和子さん「どうもすみません」
泯さん「いえいえ」
(会場笑い)
泯さん「東海林太郎の『名月赤城山』です。父が好きな曲でした」



佐和子さん「お父様の!? お父様は警察官でらしゃったとうかがっていますが」
泯さん「その父が酔っぱらうと歌ってましたね。歌の上手な人で声は大きいし、テレビは小さいモニターのものでしたから、東海林太郎さんよりも親父の方が歌が上手い、と思った」
 (会場笑い)
佐和子「時代が感じられるけれども… お父様の方が上手かったですか?」
泯さん「はい、酔っぱらって聞いている人にもたれかかるようにして歌ってましたけれども…」
佐和子さん「お酒を飲んで浪々と歌われるそうですが、お父様はどんな方でした?」
泯さん「何も語らない人でしたから…」
佐和子さん「無口な?」

泯さん「それと、一般のウチのようにいつも家にいるわけではないので、なかなか顔をあわせなかったですね。地元に例えば自殺があったとか、台風のあとに死体があがったとか、そういう時はなんか父親が家にいるんですよね…。で、連れていかれて…」
佐和子さん「えっ、その現場に?」
泯さん「昔は今みたいに警察にブルーシートで隠して見せないなんてことはしないで、大人も子供もブワーーーッッと見てましたから。死んだ人を…」

佐和子さん「でもわざわざ子供を連れて行く、っていうのは…。お父様の考えはなんだったんですか?」
泯さん「一切しゃべらなかったですね…。ただ台風で堤防が切れそうだとなると地域の半鐘がジャーンと鳴って、みんなが堤防に集まって共同でなんとかしよう、とかいう事をやってた時代ですから。担当者とかじゃなくて、住民全部がそこに集まる。子供の僕なんか行っても何もできない。土のうを積んだりとか出来ないんで、自転車こいで電気つけるとか… それで、なんとか役に立ちましたよ」
佐和子「はぁ〜」
泯さん「そういう時代だったですね」
佐和子さん「人間が…なんて言うか必死で生きること…、そしてそこに抗えず死んじゃうことというのを両方目の当たりにした…ってことですね」

泯さん「そうですね、有り難かったですよね。大人になってから… 自分も死んだらこうなるんだということは早くに分っていたし、この身体の中に“私”はいるんだな、ということを間違いなく確かめられるわけですよね。今(死んでいる)この人の中には,この人はいないんだ、と。この人はどっかに行っちゃったんだ…ということを考えました」
佐和子さん「でもお父様はそれを説明はなさらないわけですね」
泯さん「とうとう死ぬまで何にも説明してくれませんでしたね」
佐和子さん「強いお父さんだったんだなぁ、ある意味で」
泯さん「強かったと思います」
 
佐和子さん「で、今,踊りの方でいえば、『場踊り』というのを始められている、という…。『場踊り』ということは、まず場所を決める、ということですか?」
泯さん「はい、踊る場所をね…」
佐和子さん「これは日本だけにかぎらず外国あちこちでやられているそうです。VTRがあるそうなので…」

ナレーション「田中さんが編み出した『場踊り』とは。その場所で感じた空気や歴史を思いのままに表現する踊り。インドネシアの島々では通りすがりの男性と即興で踊ったり,水牛を相手に踊ったことも…」「舞台を選ばず、その場で感じた自然の息吹や空気の流れを体内に吸収し一気に放射していくのが、この場踊りなのです」

佐和子「そのときの振りは、即興なわけですか?」
泯さん「そこに行くまで“最初どうしよう…”と思いながら行くわけです」「とにかく絶えず動きまくっていますから、その中で、もう<私>のことなんか関係ないんですよね。もう夢中でその中に生きていく。で、踊る時ってのは、普段の自分とはまるで違います。熱中しているなんてもんじゃない。もっと熱中している…。で、あえて言えば,それが僕にとってはもっと生きるという快感に近いです。あぁ、踊りやってる、っていう感じ」
佐和子「田中さんの踊りの原点は? なんで踊りだ、と思われたんでしょうか?」
泯さん「中学校を卒業するまでは、学校でも前の方の…」
佐和子さん「小ちゃかったんですか?」
泯さん「もう本当に小ちゃかった。で、まぁ、僕は何も自身もない。象徴的ななのは僕は友達をみんな覚えているのに、友達たちは僕のことをまったく覚えていないんですよね。誰だっけ?みたいな」

佐和子さん「そんなに存在感の薄い、端っこにいるような子だったんですか! いじめられたりもしました?」
泯さん「…うん、しました… かなり」
佐和子さん「うーん」
泯さん「友達というか、仲間とは遊ばない子だった。1人で野山にもぐりこんでいた、というか…。で、その過程で盆踊りへ… 大人の輪の中にむしろ逃げ込むような感じで入っていったんです」
佐和子さん「その方が心地よかった、ということですか?」
泯さん「ですね」

佐和子さん「男の子って恥ずかしがって踊らないという印象が私は子供のころはありましたけど…」
泯さん「そうでしょうね。男の子は踊ってなかったですね」
佐和子さん「踊る方の勇気はあったわけですね? じゃあ?」
泯さん「それよりも逃げる… 大人の間で隠れるようにして踊っていた…というのが正解かなぁ。夢中でしたね。とっても良かったです。で、大学の1年くらいかな… 芸術… 踊りっていう芸術がある、っていうことで…」
 佐和子さん「クラッシック・バレエでしたっけ?」
泯さん「クラシック・バレエと町の舞踊団というかダンス教室に所属して、そこで所謂“内弟子”っていうんですけど、その家の掃除とかいろいろしながら…」
佐和子さん「そんなことを!」
泯さん「そんなことをしながら踊りを習った」
佐和子さん「でもアン・ドゥ・トロワの世界だから、型が決まっているわけですよね? そんな中で旧来の日本の踊りとか、欧米のものじゃないものにどんどん興味を惹かれていくわけですよね?」

泯さん「踊りっていったいどこからやってきたんだろう、というのが興味の対象にどんどんなっていくんです。例えばね、文字文化を持たない人たちの踊りは本当にすごいです。で,文字を持ってからの踊りって、どこかで文字の翻訳のような踊りになっていくわけです」
佐和子さん「あぁ、はい」
泯さん「これは、あの…決して失礼なことを言っているわけではないのだけれども、日本舞踊にしても歌舞伎にしても言葉があるから、振りがあるわけです…」
佐和子さん「あぁ、言葉があるから…例えば私は、心が悲しいの…みたいな振りになるわけですね」
泯さん「そうですね、それで先生たちは、あなたの心、感情…言葉以前のことを、表現すればいいのよ、みたいにして教わるわけですよ。でも… はて… そんなのオレにあるのかな?と(笑)どこに?って思っちゃうんですよ。割と軽く“あなたの奥深くから表現してください”って言うんだけれども、奥深くーってどこーーーっっ?!って(笑)。それって先生、言葉じゃないですか?、と」

泯さん「でもね、絶対に大事なコミュニケーションの1つとして踊りは絶対にあったと思うんですよね。今でもそうだと思うんですけれども、美味しいものを食べた時、“これ美味しい”っていう代わりに身体で表現することがあるじゃないですか? あれ、デタラメですよね? それぞれ多くの人がデタラメに“うーーっっ”とか、やったりする。でもそれはほとんど“踊り”って呼んでいいような、それだけ取り出したら意味のない事じゃないですか? そうですよね?」
佐和子さん「悔しい時とかもそうですよね」
泯さん「それはでも幸せなことに皆が共同の体験をしているから、そういうまったく抽象的なことをやっても“あっ、きっと美味しいんだ”って思えるわけなんです。踊りってそういう意味では共同の場に起きていることを伝えていく大事な役割があったと思うんですよね」

佐和子さん「田中さんはある時、裸ん坊でずっと踊っていた時期がありましたね」
泯さん「踊りをやっていこうと思ったと時に言葉に走らずに、言葉をはね除ける裸体を選んだという… この身体の中にたぶん踊りの動きの全部がそなわってある、と思ったんですね…。例えばなんにもしなくても“暗いね,今日は”って言われちゃったりするわけですよ。“なんかあったの?”みたいな。それは後ろ姿でも言われちゃうわけですよ。だから動きを追究する前に、私の身体の中で本当に感じることをもっとキャッチしたいんです。服を着る意味、音楽をかけて踊る意味、あるいは客席を準備してお客さんを呼ぶ意味。なんにも分らなくなっちゃった。必要としてないんじゃないかと…。まずそこから始めるべきだろうと思ったんですよね」

佐和子さん「素の自分と戦っている時に、土方師匠と出会ったわけですか?」
泯さん「裸で踊りはじめた頃から存在は知っていました。ずっっっと吸い寄せられて,この人に踊りを習うということよりは、この人からは遠くにいって自分を磨くしかないな、と思った。全部飲み込まれちゃうと思いました」
佐和子さん「それは喜びですか? 悲しみですか?」
泯さん「いや… どっちとも言えないですね。僕ね、あんまりね喜びとか悲しみとか怒りとかなんとかっていう言葉のレベルをぴしっと決めるのが好きじゃないんですよ。混ざっている方が好きなんです」
佐和子さん「あぁ、混ざっている…」
泯さん「そうだなぁ、これは怒りだけど、快感かなぁ…とか。嬉しい事と悲しい事の間には間がずっとあるじゃないですか。嬉しい事があって、悲しい事があって、それがつながっていないわけでは決してない。ずっとつながっている。それが好きなんです」

佐和子さん「今,ダンスの公演というのは?」
泯さん「それはもういろんな形で踊っています。いわゆるダンス・ビジネスに乗って踊るのはほんの一部です」
佐和子さん「じゃあ,今度のギャラは幾らだ…みたいなことも…」
泯さん「そんなこと関係なく… ここで踊りたいんだから踊るっていう… 例えば日本の田んぼの中で踊ったりすることもあります。そうするとたまたまそこに居る人が見てくださってもいいし、ウルサいねーと声かけてくれてもいいし、たいたいそこに住んでいる人には気になるので不思議に見てくださることが多い。終って気がつくといっぱい人だかりが出来てたりもします。周辺で働いていた人が集まったり… だまって見てたりしてね。“ごくろうでしたね”なんて言ってくれたりした日には“やったー!”って(笑)それが何より嬉しいです。名前なんか聞かれるよりもね」

佐和子さん「わざわざ東京からいらした世界的なダンサーですーっっってのはむしろいらない」
泯さん「だから最高の僕にたいする踊りの褒め言葉は“ちょっと元気になった”とか言われるのがホントに嬉しいですね」
佐和子さん「でも生活もあるわけですよね?」
泯さん「死ぬわけじゃないし…。正直言って金よりもオレの方が偉いです」(きっぱり) 佐和子さん「失礼しました(笑)」
泯さん「はい(笑)」

泯さんが選んだ2曲目は井上陽水さんの『決められたリズム』 
泯さん「裸体のころから、折りにふれ聞いてきたんです」
佐和子さん「陽水さんの歌で踊ったことは?」
泯さん「一度ね、プロポーズしたら… 断られちゃった! 今はやりたくない、って」
佐和子さん「陽水さん、どうかしら! コラボレーションというのは…」
佐和子さん「いつか踊りましょう、陽水さんと」
泯さん「はいぃ〜(と重厚な感じの返事)」
 (会場、佐和子さん、笑い)



泯さん「さっきね、怒りとか喜びとか言ったけど、それの間にずっと(いろんな感情が)あるんだっていう。彼の歌はまさにそういうことなんですよね…。ひと言で表現できるようなことがあるか?!って言っているような気がしてしょうがない。だから1つの何かをほしくて僕は生きているんじゃないんです。あらゆる感情を知りたい。今、僕、72でしょ?でも歳上の人たちにね“歳取るとね〜”とか“人生はね〜”とか言われるんですよ。頭にきますよ。だって、オレ知らないんだから! まだやってないんだよ、と(笑) 明日何が起きるかドキドキしているんだからいいじゃないか、ってね」
佐和子さん「指し示しすぎですよね、今はね…」
泯さん「何かね、“この道を行く”なんて総理大臣のポスターに書いてあったけど… 冗談じゃない! オレ、道なんかいらないよ、と。この道をいこうなんて、よしてくださいよ、と」
(佐和子さん、会場笑い)
佐和子さん「怒りの感情が増えてきたようです…」
泯さん「だんだん増えてきちゃった!」
佐和子さん「そろそろこのヘンで… ありがとうございました」
泯さん「ありがとうございました」
(会場、拍手)

泯さん、佐和子さん、素敵なお話をありがとうございました。田中泯さんとライコー・フェリックスとの共演はこちらになります。

詳細はこちら。

2018年7月22日日曜日

村上春樹『約束された場所で』を読みました

絶好なタイミングで、この本が手元にあった。松元死刑囚を始めとするオウムの信者7名が死刑になったその日。私はこの本を手にしていた。仕事仲間が偶然「面白いよ」と紹介してくれて、アマゾンでポチったのが届いたのだ。

いや〜、実は私はオウム信者へのインタビュー本だとは知らなかったよ。どうやら友人はまったくのフィクション派でノン・フィクションはあんまり読まないのだが、私が「ノン・フィクションの面白いやつを紹介してくれ」と言ったら、村上春樹のこれ、と紹介してくれたわけ。

でもすごいね、村上春樹。この本は「Underground 2」というタイトルもついているのだけど、1の方は地下鉄サリンの被害者家族にインタビューした本なのだそうだ(こちらは未読)。人気作家で、何を書いても売れるだろうに… こういう時代の記録を自ら引受けるところが、さすがである。(最近ようやく村上春樹の良さがわかりつつあるオレ/笑)もっとも大先生のことだから、ご本人の興味がそこにあったのだろうが…。

で、当然のことながら文章が上手いので、スイスイ読めてしまう。そしてゾッとするのだ。信者たちと自分とのあまりの「違いのなさ」に。それこそ自分の「ノン・フィクション好き」もそうだけど、「小説が読めない」という信者にドキッとした。

とある信者の独白中に村上春樹が「あの、あなたは小説って読めないでしょう」と言葉を挟む。信者は「3ページであきちゃうんですよね」と言う。彼は何でも黒しろ付けたがる性格であり、物語を読んでもそこに共感できない。彼の中で他人の話が自分の感情として立ち上がってこない。

で、怖いのは、私も実は小説、物語ものの本は苦手というほどではないが、読むのは好きではないのだ。それより自分に何かの啓示を与えてくれる良質のノン・フィクションを常に探している、と言っていい。それでも、そのフィクションがSFとかだと割り切れるから良いのだけど、村上春樹みたいにすぐ意味もなく人が死んだり、まったくの他人が偶然お母さんだったりするような展開にはまったく付いていけない人間なのだ。そこを当の村上氏にグサッと指摘されたような気がして、その1行で、めちゃくちゃドッキリしてしまったのだ。「あっ、バレた?」と。そして終末思想に裏付けられた「リセット」という感覚。

私も確かに何にでも黒白付けたがる、そういう傾向があるかもしれない…。その信者は「判定できないものが苦手」みたいな言い方をしていたが、そして村上春樹は、判定できないものを書くのが小説なのだと、この信者に話したりするのだ。もっとも会話の部分は最小限で、基本、元信者達の独白でこの本は綴られている。

ある信者の話によれば、オウムでは男は東大、女では美女が優遇されるという。そして私から見たオウムの女達は確かに美人であるが、どうも不自然に髪が長い。いつだったか、佐村河内の映画を見た感想で、出て来た奥さんの印象を「オウム信者みたい」などと思った自分であるのだが… あぁいうタイプの女の人は、従順で洗脳を受けやすいのか…。一時の雅子さまと同じへアースタイルをしていた愛子さまにも、ちょっとゾッとしてしまったのだが…。女の生き様は実は髪にあらわれる…と私は思う。そして、そうやって病んでいる部分は誰にでもある。私に何が言えたことか。

最後、村上春樹と精神科医の河井隼雄との対談がついているのだが、そこで出て来た村上の言葉「計数化できるファクトと、真実との違い」の話が、適格に事情を説明していると思った。例えば夜道で男が襲ってきたとして、本当は160cmくらいの小柄な男がヘナヘナな木の枝を振り上げただけなのに、襲われた方は180cmくらいに見えた、こん棒で殴り掛かってきたと感じるだろう、と。で、村上さんとしては後者の方が真実を説明しているのではないか、と言うのである。もちろん報道や裁判などになれば、両方を並記して考えていくことが重要なわけだけど、と。うーん、さすがである。それにしてもいろいろ考える。麻原も本当は最後の方は「もう辞めたい」と思っていたのに違いない、と河井先生は分析している。ヒットラーなんかもそうだけど、自分の作った物語の犠牲に自分がなってしまう、という悲劇。

で、以前こんな番組を見たのだ。サイコパスの専門家であるケヴィン・ダットン氏の、確かNHK白熱教室だったと思う。(番組のまとめ作っている人を見つけた!)印象深かったのは、先生も実は時分もサイコパス的要素がある、ということを自分で告白していたこと。実はビジネスで成功したり、CEOみたいなことやっている人にはサイコパス的要素が多い。CEOは大げさだけど、私も自分の中にはものすごく冷酷な部分があることもなんとなく自覚している。そうでないと自分でビジネスなんか回していくことは出来ない。オウム信者はサイコパスというのともまた違うとは思うけれども、なんとなく思い出して書いた。

言いたいのは、自分にもこういう思想に落ちてしまうという危険性がある、というだ。今、日本の国はボロボロで、政治とか見れば見るだけイヤになっちゃうし、 すべてをリセットしたい…と思う日々ではあるのだけれど、そんな時こそ、グレイなままでいる勇気を持たないといけないんだわ…と。そしてそれは非常に大変なことでもある。両足で踏ん張っていてもグラグラ揺れている自分が分かる。先日のオバマ大統領の言葉じゃないけど、人生を生きて行くことはとても「面倒くさい」のだ。が、その面倒くささを引受けていかなければ、と思う。 単純にしてしまうことは誰も幸せにはしない。

そしてオウムの信者たちが口を揃えて言う「一般の人には分らないでしょうが…」という表現。どこか自分は他の人よりも頭がいいのだ、と信じている彼らがそこに間違いなくいるわけで、そんな要素が自分にもないか、常に常に自分を厳しく見て行かないといけないよな、と思う。ホントにすべてはあやうい。自分が立っている地面がグラグラとするような感覚に襲われる。が、それに自覚的でなければならないよな、と思う。



PS
こんな記事が。


2018年7月21日土曜日

今さらながら是枝監督『誰も知らない』を観ました。すごすぎる!!


いやーーーーー すごすぎる! すごすぎる! すごすぎる! やっと観ましたよ。『万引き家族』に感動して、是枝監督の代表作『誰も知らない』を。ホント邦画はよほどのことがなければ観ない私。今ごろになって、やっと…という感じです。

なんというか、子役すごすぎる。長男すごすぎる。監督のメッセージ… じゃなかった… 監督はまたもや何も言ってない。なーーーーんにも言ってない。ただひたすら子供たちをリアルに描くだけ。それなのに、この映画の「観る者に考えさせる度」圧倒的にすごすぎる! これはすごすぎる映画です。いや〜 またもや是枝監督にやられた。

またもや監督は何も言ってない。何も言ってないけど、これを観て考えない人はいないでしょう? いや、自分だったらこの子供たちに介入できたか? 勇気を持って話しかけることが出来たか? でも話しかけても本人にはぐらかされたら、おそらくそれ以上は突っ込めないでしょうよ、マジで。巣鴨のこの事件が題材になっているそうだけど… すごすぎる。 あぁ、でも、ごめんなさい。そう、私も弱い大人なんです…。



しかし、この長男、存在感、目の力、すごすぎるでしょ。もうやばいわー すごすぎるわー。表情が…もうやばすぎるでしょ! 映画は1年かけて撮影したそうだけど、最後の方、長男成長してるし、背が高くなって声代わりまでしてる。どうやらwikiによると身長が146cmから163cmまで延びたんだって。すごいよね! カンヌで最優秀主演男優賞を最年少で受賞したの、超わかる! 審査委員長のタランティーノが、この映画が受賞に不利だといわれる2日目の上映だったのにもかかわらず、大きな賞をゲットしたことについて「毎日すごい本数の映画を見たが,最後まで印象に残ったのは彼の顔だった」と話していたそうだけど、分かる! いや、すごいもの。

友達が貸してくれたメイキング映像のDVD見たら、クランクアップの時、長男くん、花束渡されて、みんなに労わられて、こらえきれずに泣いてるのよ。もう、それ見て、号泣っ! 号泣っっ!   映画みては泣かなかったんだけど… 子供なりに必死で責任感感じてたんだね。大人の期待に答えようとしてくれてたんだね…(涙)

そして陽気な次男… この子、すごい!! だって全然演じてないでしょ?(ちなみにカップ麺の汁にご飯を入れるのは、子役くん本人のアイディアだったとか…) 。ちなみに次男は小学校卒業と同時に俳優業はやめたらしい。

監督が「いかにも育児放棄しそうなキャラクター」と抜擢したYOUさんの母親役も自然で良かったわ。だって、まったく悪びれてないんだもの。特に子供たちと遊ぶシーンは、すごくナチュラル。母親は母親なりに子供たちのことを考えていたのだとは思う。そしてこれが最後だと知るよしもなく別れる駅のシーン。あぁ…(YOUさんはあれが別れのシーンだとは知らないで演じていたそう)
 
それにしても、すごいよね。この子役たち。ほとんど後半というか、終わり2/3は子供たちの演技だけで映画は進行していく。すごすぎるでしょ、この子供への演出は! で、監督のホームページのこのコーナーにある「春」「夏」「秋」「冬」の写真集と監督のコメントがいいんだわ! そこに監督の子供演出の秘密があるような気がした。監督が子役たちのことが大好きなのがよくわかる。特に「冬」にあるカップラーメンの裏蓋をなめる次男の写真に「お母さん、すみません、でもこの写真とても好きなんです」ってのがいい(笑)

監督は子供を愛しているし尊敬しているね。リスペクトがある。だからこそ、こんな風に撮れるんだと思う。ホントすごいわ。で、同じページにある、子供たちが書いた夏の思い出やカンヌの思い出もいいから、是非読んでみて。映画では泣かなかったけど、長男のコメント読んで、泣けた。やばいわ、子供達! そして次男、まったくあの映画で見た次男どおりだから!(笑)

どっかの横柄なコメディアンがYOUだけ浮いてる、とか言ったそうだけど、監督の制作ノートを読んだら、それがいかに考えなしのコメントなのかが良く分る。監督との打ち合わせに来たYOUさんは、最初この仕事を断ったそうである。演じるという経験もないし、セリフ覚えて準備するのが自分はとても苦手。自分はバラエティなどで臨機応変にやる方が向いてる、と。そこで監督はYOUさんに子供と同じ演出方法を仕掛けた。セリフは覚えてこなくていいですから、と。なので、一応脚本は事前に用意し渡したものの、YOUさんが事前に読んで来た形跡はなかったそうだ。

でも彼女はすごい。冒頭の食卓のシーンでの撮影時、まだ撮影になれてない子供たちの会話があれこれ脱線してしまう中、それを叱るでもなく訂正するでもなく、編集ポイントで自然に子供たちの役名を呼びながら臨機応変に軌道修正し対応したんだそう。これって「万引き家族」のリリーさんや樹木希林さんと一緒。大人の役者が子供に対する演出家みたいなことを引受けている。まさにバラエティで鍛えられたスポンテニアスな彼女の本当の凄さ!    すごいと思うよ、ほんと! っていうか、是枝組、またしてもすごい! またもや是枝監督のキャスティングそして、その人の才能を最大限に引き出す力に唸る。唸る。唸る!!!

アマゾン、標準画質なら300円で観れるから、是非。見てないひとはいないだろうけど。



そしてYOUと長男くんはその後、車のCMで共演してるとか…(笑)



さて実際の巣鴨事件の犠牲者だった子供たち。その子たちはこの映画を見たのだろうか。二人の娘は母親と結婚した父親にひきとられ、長男は施設に入った…とのこと。どうか… どうか彼らが幸せでありますように。弱い大人たちを許してください… これは社会の問題だ。そして、いつも犠牲になるのは子供たちである。

今日、たまたまマンションのエレベーターの中でそれ違った、男の子二人(9歳と7歳くらい)、女の子(4歳くらい)の兄妹が、子供だけでマンションのゴミ捨て場にゴミを捨てにきていて、次男が両手にゴミをいっぱいかかえ「(ゴミ捨て場の)扉があけられなーい」とか言っているのを聞いて扉を押さえて開けてあげた。すれ違い様に「ありがとうございます」と言った長男に萌えてしもた…。子供は社会の宝だ。

PS
ところで子役というと,この子を思い出す。野村芳太郎監督の『砂の器』の秀夫役の子。この子も不思議な運命を辿ったみたいね。(こちら)子供の目力、やばい。すごい。こちらはセリフが「とうちゃん!」しかなかった…というのもあるけど、この子もすごかった。

世界の大統領

フィンランドの大統領とアメリカの大統領の違いはこれ…



そして彼らもフィンランドでは、リラックス(笑)そうよ、世界中のほとんどの人は、いい人なのよ。必要以上に警備したりする必要はないの。

政治的権力はなく、どちらかといえば象徴的な存在のアイルランドの大統領。だから許されるのかもしれないけど、いつも正義の味方で支持率90%以上。ウチのミュージシャンたちもヒギンズ大統領が大好きです。その大統領の議員時代の正義あふれる発言。「必要以上に人を怖がらせてコントロールしようとするんじゃない、このオ○○ー野郎!」(笑)



ATMに並ぶ,同じくアイルランドの大統領の写真はこちら。可愛い!


アメリカの元大統領。「希望を忘れずに」「移民は力になる。サッカーのフランス代表を見てみるといい」「民主主義は雑然としているが、独裁の効率の良さは偽りの期待」

ホントに日本も終ってる…と思うこと多数ですが、皆さん、希望を忘れずに。今日も暑いですが、頑張って行きましょう。

2018年7月19日木曜日

DVDで、映画『さよなら、人類』を観ました

さてこの夏の間に、買いだめておいて観れてなかったDVDを観て感想を書くシリーズ第2弾(笑)

ずいぶん前に映画関係の友人に勧められて買ってあった『さよなら、人類』

スウェーデンの巨匠ロイ・アンダーソンの2014年の作品。面白グッズを販売するセールスマンの二人が、人生のいろんな場面に出くわし人間の悲しさを切り取っていくという、なんというかモンティ・パイソン的な部分もあるし、シュールでなんとも味わい深い作品。
スウェーデン人の監督だが、フィンランドっぽくもある。何というか北欧のドライなユーモアに溢れている。

実は観終わった後は「なるほど〜」と思いつつも、あまりすごいとは思えなかった。ある意味、コメディって理解するのが難しいのかもしれない。あの『ファーザー・テッド』だって私は理解するまでにすごく時間がかかったんだし。でもDVDについてた特典映像(メイキング)を観たら、いっぺんでファンになっちゃった(笑) 

(ちなみに『ファーザー・テッド』はアイルランドの架空の島を舞台とした有名なシチュエーション・コメディで、私は大ファンで各エピソードの解説ブログを作ってしまったくらいファンなのだ)

確かにCG全盛のこの時代にまったくのアナログで全部をスタジオのセットで表現してしまう監督のこだわりはすごい。そして完成画面をモニターで観ながら撮っていくんだなーってのも、すごいと思ったし、監督、撮影しながら楽しくなっちゃったのか、上手くいくと笑ってんのよ! それがめっちゃいい(笑)

メイキング映像、ネットにもあがってたので紹介しておきます。







すごいでしょ!?  あとベネチアでの映像もいいんだ。監督がホントに可愛いくって(笑)「有名人じゃなくてゴメン」とかタクシーの運ちゃんに言ったり。ホント謙虚で可愛い感じ! 映画監督って、どうしてこういうチャーミングな人が多いんだろう… いつだったか会ったヤスミン・ハムダンの旦那さんも素敵だったけど。でも確かにそういう人じゃないと個性的な俳優たちや職人気質のスタッフをまとめられないよねー わかるわー。

そして、こんな地味な映画を売る配給会社さんの手腕に感動する。映画の人たちってホント宣伝とか、ものすごい。音楽業界は見習った方がいいかもね。この地味な映画に、こんなのにもポップなトレイラー! キャッチコピーとかも、ホントに上手い。ありえないよ。すごいよ。(マジで、ホントに褒めています!)



あなたも観たくなったかな? DVD/ブルーレイでどうぞ〜

2018年7月16日月曜日

田中泯/松岡正剛『意身伝心 コトバとカラダのお作法』を読みました


さて、この秋、ライコー・フェリックスの公演で、お世話になる田中泯さん。まったくもって勉強不足な私は田中泯さんのことを必死で勉強中。知れば知るほど深みにハマる…(笑)

で、この本ですよ。うーん、なんというかこの本は読むの時間がかかった。でもそれは良い意味でのことで、お二人の話すことを1つ1つじっくりかみしめないと、先に読み進められないからだ。だからなんだか、とってもじっくり読みました。そして、それは、とても有意義な時間だった。

対談本だから、分かりやすい面もあり、いや対談本だから響き合っている2人が共鳴しあってる事が、読者であるこちらでは簡単には掴めなかったり…等々、いろいろあるんだけど、この化学反応はこのスゴイお2人でないと不可能なことなので、やっぱりスゴイと思ったのでした。(ホント語彙がなさすぎる駄目な自分、反省/笑)

それにしても私はこういう文化というか、いろんなことを知らなすぎる。泯さんは、そんなわけで今、とっても勉強中なんだけど、松岡さんの名前は初めて知った…という、このバカものぶり(笑) でも知らないことを知ったかぶりする人が多い音楽/芸術業界はキラいなんだよね… なので知らない事ははっきり知らないって言う事にしてるんだ。じゃないと、返って失礼だと思うし。それにしても泯さんの世界は哲学的とでもいうのかな… いろいろ響きまくりました。この本の中にとにかく響く箇所が何カ所もあるんだけど、たとえば数カ所紹介すると…

例えば松岡さんから「土方さん(泯さんの師匠)からは戦争の話は一度も聞いた事がなかった」とふられると、泯さんが「なかった。僕は『地を這う前衛』の中で「土方巽に風景を見なかった」ということを繰り返し書いたんです。「風景を見た」と思ってしまったら、時代論や世代論のワナにはまるとおもってた」(これ、めっちゃ深い!! そして響いた)

「こういうことだと思うんです。私は「時代」に生まれてきたんだろうか、「私」として生まれてきたんだろうか。時代がこうだったから私はこうなったといってしまうのは、ぼくにとっては風景なんですね。それは絶対に言いたくない」(響く、響く、響く!)

(観客の感想について)「質問というより“私はこう思いました”“あなたの踊りをこう見ました”と主張したいという人がすごく多いなと思った」「ぼくはその意見のすべてに“あなたは正しい”って言ってやりましたよ

(足の裏から得られる感覚について)「ぼくたちの足というものは、そういう場所でかつて踊っていたという古代からの感覚のなかに相変わらず生きているんじゃないかと思いましたね」「クラシックバレエで、トウシューズというものを履きますね。あれについてぼくはこれからじっくり考えてみたいなと思っている」「美の方に先走って、何かの試みではあったのだろうけど、“踊り”という点から考えると、決定的に捨てたものがあるはずじゃないかと思いますね。あれを“踊り”と呼ぶかどうかということから、ぼくにはなんか引っかかっていますね」

(アニー・リーボヴィッツの撮影について)「シャッター音そのものは好きですよ」「たいていは“遅いな”と思う」(こいつは「早いな」と思った人います?という質問に)「アニー・リーボヴィッツとか」「アニーが撮る前に、スーザン・ソンタグがアドバイスしていたらしいんだね。田中泯にポーズをつけてはいけない」(←くーーー、すごい女芸術家同志のかっこよすぎる会話!)

「カラダってのはやっぱりすごいんですよ。ぼくは細胞たちのギルドの結束力によってささえられているというのかな、そういうカラダのなかにたまたま居候させてもらっているというかな。そういう私の居場所のようなものとしてカラダのことを捉えているところはありますね。それによって“命”というものを自覚する」(これって、自分の身体や健康を大自然とする私の考え方にも似てる)

…ね、読むのに時間がかかるでしょう?(笑)なんていうか、文字ずらは読めてなんとなく理解してても、じっくり噛み締めたくなるのよ。これはそういう本だった。

私たちはとにかく日々、周りの事に振り回されている。でもふとこんな風に思考を飛ばしてみたら,その振り回すいろんな事が本当は小さい事だってことに気づくだろう…。なんというか、こんな風に考えながら生きていたら、一体どんな風に世界は私たちの目に映るようになるんだろうか。泯さんの観ている世界を私たちも観てみたい。そう思って、私たちは泯さんの踊りを観るんだと思う… いや、泯さんの世界は観る…っていうより、体験する、って言った方が近いわけなのだけど…。

「勉強」と思って何度か観客としてうかがったplan-Bでの泯さん、そして石原淋さんのダンスは圧倒的だった。こんなに自分の普段みてる世界と切り離されるなんて… ちょっと思考が飛ぶ感じ? 上手く言えないけど、とにかく自分の身体の中の細胞が元気になる感じ。こんなすごい泯さんの世界を教えてくれたフェリックスに感謝。

うーん、この本、もう1度読まないと、これだけの世界観を自分のものにすることは出来ないかもしれない… いや、自分のものにするなんて偉すぎるな。ちょっとだけ実感するというか、なんというか。自分の中に入れて行くというか、なんというか。とにかく2回目に読む時は、じっくり温泉に1週間つかって、日々の面倒から解放されながら、じっくり読みたい…と思った。なーんて、こんな事言っているうちはダメか(笑)

いずれにしても、ホントにこの仕事は面白い。こういう新しい世界を知ることが本当に楽しく、どんどん深みにはまっていく。泯さんとフェリックスのステージが本当に楽しみだ。今でも信じられない。ウチがこういうすごい公演を主催する、ということに!

ライコー・フェリックスと田中泯さんの公演、11月8日(木)です。詳細はこちら。もちろん、このちらしの「地を這う前衛」は泯さんの言葉からいただきました。泯さんの本はもう1冊読んだので、そちらもまたご紹介していきたいと思います。



2018年7月14日土曜日

『ダニー・ボーイ』はダサいのか…『ダニー・ボーイ』祭。

ちょっと調べものをしてて、いわゆるまとな伝統音楽家からは嫌われている、しかしアイルランドに郷愁を求める人にとっては超・愛されている『ダニー・ボーイ』について、あれこれ聞いておりました。

同じ曲をあれこれいろんなヴァージョンで聞く事を、このブログでは「祭り」と言う。こちらもどうぞ。
LONG GOOD-BYE祭り
PRESSED FOR TIME祭り 
Lakes of Pontchartrain祭り 
Lord Franklin祭り
Fionnghuala祭り
Raglan Road祭り 

で、『ダニー・ボーイ』。不自然にキャッチーなメロディと、伝統音楽にはありえない展開、そしてイングランド人によって付けられた歌詞がいけないんでしょうか。トマス・ムーアの『庭の千草(The Last Rose of Summer』とならび、アイルランドの全うな伝統音楽家からは嫌われている楽曲。 もともとは『Londonderry Air』と呼ばれていた。ロンドンデリーというのが、またいけないのかもしれない。まぁ、この辺の評価はあと150年くらいたたないと、分らないのかもしれません。

たとえば10月に来日するフルックやルナサ、アルタンやシャロン・シャノンあたりに『ダニー・ボーイ』を演奏してよ…と言ったら、私はその場で即刻口もきいてもらえなくなる事でしょう。でも曲自体に罪はありません。探せば良い演奏だってあります。というか,この曲ほど演奏家を選ぶ曲はないのかもしれません。不思議な曲だよなぁ…

例えばこれ。かっこいいねぇ。



伝統音楽ファンにも評価が高いシネイド・オコナーのヴァージョン。



若くして亡くなって、すっかり伝説の人となっちゃったアメリカ人のエヴァ・キャシディ。まぁ,彼女の場合、なにを歌ってもソウルフルで、すごい説得力ではあるのですが…



そして圧巻なのが、これ。マーティン・ヘイズが大絶賛してたグラッペリの『ダニー・ボーイ』。このユーモラスなニュアンスにあふれる演奏が最高ですなぁ。それが返って泣けるというか…。やばいわー。 やばいわー。



しかしホントに『You Raise Me Up』に似てるよなぁ。まぁトラッドだから誰も文句言わないんだろうけどさ…

DVDでやっと『オー・ブラザー』を見ました! これは最高中の最高!




うわー やっと観たよ、この映画。観なくちゃいけないのは分ってて、かなり前にDVDを買ってたんだけど、それを観ないでずっと持ってた。すみません。で、今ごろ見た。

めっちゃくちゃよかった。コーエン兄弟って、他にも『ノー・カントリー』と『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』とか観たけど、どれもピンとこなかったのよねー。でもこれは最高だわー。ヒットしただけあるわー。いいわー。楽しいわー。もう何度でも何度でも観たいわー。めっちゃ楽しい!

音楽に溢れている、ってのは、もちろん前から知ってたけど、それ以上にジョージ・クルーニー、めっちゃいい! この時の感じもそうだったけど。ジョージって、きっと本人もあのまんまのキャラなのよね〜(と勝手に想像)。ジョージっていうか、ジョーヂみたいな(笑)このジョージを含むキャラのたった3人、とにかく最高。

音楽に溢れる楽しい映画。でもジョーヂは「歌は自信がないので吹き替えにしてもらった、一応ヒットする曲、という設定だし」とインタビューに答えて言ってた。

そういやこれで歌ってるジョーヂもあんまり歌が上手くない様子(笑) グウェン・ステファニとコーデン、いつものCarpool Karaokeを楽しんでいたのだけど、車に4人いないと通過できないエリアを通過ということで、コーデンが「こいつはいつも暇してる奴なんだ」とか言いつつジョーヂを呼び出す。



しかし三枚目の男の人って、いいよねぇ。女性に対してもいつも「負けてあげてる」感がいい。久しぶりに惚れたわー。

 ストーリーは割と単純。37年のアメリカ南部ミシシッピ州。3人の脱走兵が、某所に隠してあるという120万ドルを目指してドタバタ移動していく。一応ホメロスの『オデュッセイヤ(ユリシーズ)』がベースになっているらしく、結局のところ賞金ではなく別の男に奪われた妻を取り返しに行くというものなんだけど、途中、道が交差しているところで出会う悪魔に魂を売り渡したという黒人のギタリストの青年をひろったり、とにかくイチイチ小ネタがキいているのだ。クロスロードで魂を売り出す、というのは、もちろんロバート・ジョンソンのエピソード。彼らは逃走しながらも、音楽を吹き込み小銭を稼ぐのだが、このある意味いい加減に録られた音楽が知らない間にヒットしていた…という設定。そしてKKKにやられそうになったり、洗濯女たちに騙されたり、とにかく南部の乾いた空気と、細かいエピソードが最高。音楽が楽しくまるでミュージカルみたいで、ジョーヂの魅力も炸裂なのだ。

これいいでしょう? 最初おっかなびっくりで歌ってるのがいい感じよねぇ〜



そしてアリソン・クラウスのこれも…



この映画がアメリカのアコースティック・ルーツ・ミュージックの盛り上げに一役かったことは間違いないわけだけど、いや〜 わかるわー こんなに楽しいんじゃ当然よね。まだ観てない人なんて、このブログを読んでくれている人の中にはもういないと思うんだけど、まだの人は速攻で見た方がいい。こりゃ、生涯の好きな映画ベスト10に入っちゃったかも。



PS
ところでWhere Art Thouてどういう意味なのかな、と思ったら古語。Art=Are Thou=You YouをTheeとか言うシェイクスピアみたいな、あれですね。訳すとしたら「兄弟よ、汝はどこに?」って感じか?

2018年7月12日木曜日

『霧の彫刻』中谷芙二子さん、世界文化賞、おめでとうございます!

今朝、こんなニュースが。人口の霧を使った『霧の彫刻』で知られる中谷芙二子さんが「世界文化賞」を受賞しました。



中谷さんのお名前は「グリーンランド」という作品で拝見したのと…、あとこちら!


すごいですよね…!!



そして、ウチもこういう公演をこの秋、作ります。田中泯さんとハンガリーのライコー・フェリックスの公演。ドキドキ… 詳細はここ。


こんな映像みつけた。トリオでやってる… すごい。

映画『レディ・バード』を観ました。いや〜 最高!!!! 


映画『レディ・バード』を観ました。もう最高、最高、最高!です。

サクラメントに住む自称レディ・バードことクリスティンは高校生。東海岸のかっこいい大学に受かって、なんとかこのイケてない町を逃げ出したいと思っています。この「自称」ってのが、まず痛い。自分を本名ではなく「レディ・バード」と呼べ、と(笑)。もう肥大しまくっちゃってる自我。町山さんが子供のころって誰に頼まれるわけでもなくサインの練習をしちゃう、って言ってたけど、まさにそれ。自分は何か特別な物を持っているんじゃないか、と信じてる。でも大人たちは分ってくれない、と。そんな女の子の映画です。

でもこの映画では回りの大人は悪い人は誰もいない。ママも不器用ながら、間違いなく彼女を愛しているし、パパにいたってはホントに献身的に彼女の味方をしてくれています。車にいたずらされちゃうシスターも大らかな対応で、ホントに素晴らしい。確かに「イェールは絶対に無理」と断言しちゃう進路指導の先生にはムッと来たけど、基本みんな、レディ・バードを温かく見守っているわけです。

このイェールはあんたには無理!と言われた時のシアーシャの表情がホントにナイス!


また一方で、新しいボーイフレンドと付き合った事からクラスの中の「オシャレかっこいチーム」に引き寄せられ、本当の友情を見失いかけたり…

このちょっぴりおデブなお友達もめっちゃいいでしょ? いいんですよ、二人の関係も。

なんというか、これは、もう本当に脚本の勝利だと思います。確かにアメリカの高校生ならではのエグい会話は多々ありますが、言葉というよりテンポや気持ちの流れ、話の展開、そのすべてが本当にトップクラス。90分ちょいという長さもベスト。最近の映画はホントに長過ぎるからね!

もちろん、私はこれが今一番注目されるアイリッシュであるシアーシャ・ローナンが主演だから、この映画を観に行ったわけですが、彼女ももちろん最高でした。監督と長い時間をかけて一緒に脚本を練っていったそうで、ホントにハマり役だと思います。ちょっと、がに股で怒鳴りちらしたりする立ち姿は、まるで本物の高校生です。ピンクの髪もめっちゃ似合ってる(笑)

この素晴らしい作品を手がけた監督・脚本は自身も女優(コメディアン)であるグレタ・ガーウィグ。アカデミーの数少ない女性監督のノミネートだったそうで、おしくも受賞は逃しましたが、そういう点でも注目です。彼女はドイツ系だけど、やっぱりカソリックの教育下のもとに育ったようで、そういった意味でも自伝的な話なのかもしれません。



音楽が最高。特にこれ。モンキーズ、大好きだったなぁ。モンキーズの映画『ヘッド』のこの曲を選んでくるあたりがいいよねぇ… 監督の趣味かな。

2018年7月10日火曜日

映画『明日にかける橋 1989年の思い出』を観ました!


なんと友人が太田隆文監督のファンでエキストラ出演しているというので、観てきました。『明日にかける橋 1989年の思い出』。正直、普段はあんまり日本の映画は積極的に観ないのですが、いや〜、これが心あたたまる作品で、とっても良かった。

太田監督版『Back to the future』と言われているこの映画ですが、私は実は『Back to the future』は観ていないので(ひどいね)、結末が想像できなくて、結構ハラハラドキドキさせられました。脚本に多少細かくつっこみたい箇所はあったけど、なんというか、きちんと気持ちが描かれているので、それで一気に物語入りこむことができます。うーん、いいねぇ。こういう映画も久しぶりだなぁ。

主人公のみゆき(鈴木杏)の家族は20年前に弟をなくしてから崩壊状態。お父さんはアルコールにおぼれ亡くなり、お母さんは精神を病んでしまう。 夏のある日、全力で走れば願いがかなうという橋を渡り、ふざけるみゆきと友人二人。なんと、辿り着いた場所は20年前、花火の日の前日だったのでした。そこから未来を変えるべく、みゆきたちの奮闘が始まるのです。

さて偶然にも日曜日の最終回に行ったら、前の回の上映後に監督&出演者たちの舞台挨拶があったらしく、次の回を目指して行った私たちも監督や出演者の皆さんのお話を聞くことが出来ました。呼ばれて駆け上がった(そして階段でドタンとこけた/可愛い)弟役の田崎伶弥くんが妙に可愛く、一生懸命プロモーションする様にすっかりファンに。 しかも監督の質問などに答える受け答えもしっかりしてるんですよ。最近の子役の子はすごい。なので、映画が始まって、その弟くんが、出て来て微笑ましく観ていたら、あっという間に交通事故でお葬式になっちゃったのが「あれ〜!!」  

他の俳優陣で良かったのは、地元の名士的な立ち場で登場する重鎮・宝田明さん、そして「マッド・サイエンティスト」的な化学の先生を演じる藤田朋子が素晴らしかった!! 藤田さん、何をやっても素晴らしい女優さんだと思うんだけど、これはなかなか新境地じゃなかったかしら。すごく良かった。

またこの映画のもう1つの重要なテーマである花火大会で有名な静岡の町の様子もめちゃくちゃ綺麗に撮れていて、本当に引き込まれました。

あ、そうそう、肝心の友達がエキストラ出演しているのを忘れちゃいかん…と思いつつ、画面隅々まで目をこらしながらも、ついつい映画のストーリーを追うのに夢中になってしまった(笑)。で、友人はたぶん4回出ていたと思う。そのうち1回はしっかり正面から写ってた… 本当におつかれ様でした!!



というわけで、都内ではもう今週金曜日までとなっております。有楽町すばる座へ急げ!!

2018年7月8日日曜日

「What would you do? あなたならどうする」次の世代は素晴らしい。未来は明るいね!

You Tubeで動画観てると、海外のトークショウとかバラエティ番組みたいなのをついつい観ちゃう。

「What would you do?」は、そんなabcの人気番組の一つ。毎回感動的なんだけど、この回はほんとに良かった。



男の子が「女の子のおもちゃがほしい」と言う。お母さんが「ダメよ、もっと男らしいものにしなさい」と言う。そういう場面に出くわしたら「あなたならどうする?(What would you do?)」

アメリカ人、勇気あるわー 日本人なら各家庭のこととして、いちいち介入しないかもしれない。でも例えば「ウチの息子もそういうので遊んでたけど、自然となくなったよ」「ま、僕の意見だけどね」とアドバイスするおじさんがいたり…。

番組では、途中から女の子が「トラックがほしい!」と言うシーンにチェンジ。そしたら大人の女性たちが、みんな女の子の味方することよ! 「禁止したら、それがもっと魅力的なものになっちゃうわよ」とも。「子供たちはみんな好きなもので遊ぶ権利があるわ」と。

でもって最高なのは、最後の方に出て来る子供たち。お母さんが無視していたにも係らず、「私も小さいころトラックで遊んでたわ」と介入する女の子(12歳くらい)。「男の子のおもちゃだって言えば,男の子のおもちゃだけど、女の子だって遊べるよ」(10歳くらいの男の子)。「僕の妹はスーパー・ヒーローが大好きなんだ。男の子でも女の子でも関係ないよ」(6歳くらいの男の子)

いや〜いいわ、次のジェネレーションは素晴らしいわ。子供たち、ホントにいいね。未来は明るい。かなりグッと来た。みんなが自分らしく生きられる世界になりますように。

2018年7月7日土曜日

DeNAの南場さんの言葉に感動する


DeNAの南場さんの言葉はいつ読んでも響くのだが、これはまた最高に響いた。この講演の対象は、これから就職活動をする若者だと思うのだが、これ、フリーランスにもめっちゃ役にたつアドバイスがたくさん詰まっている。若い人、必読。(あぁ『不格好経営』まだ読んでないんだよなぁ、絶対に読まなくちゃいけないんだが)

「自分で考える軸を持ってもらいたいと思っています」「これまでもモノやお金は組織の壁を超えて調達してきました。一番重要な人材のソーシングも当然そうなっていきます」「とくに、仕事の仕方が大きく変わっていくということを考えたときに、プロジェクトに呼ばれる「デキる人材」になっておくことが、なによりも重要なことだと考えます」

「成長できる環境かどうかを判断するには3つほどポイントがあります。1つは純粋にコトに向かっているチームかどうかということです」

これは規模ではなく文化の問題です。チームそれぞれに十分に高い目標があって、そして本当にヒリヒリ痛みが伴うほどストレッチして頑張っている風土かどうかというところですね」

「やり方は勝手に考えろっていう任され方がよいですね」「小さくても起承転結任されるほうがよいです」

最後の川田さんのエピソードがいい。「川田さんは自分がまったく知らないところで決定されたことについても、一度も不機嫌になったことがない。ただの一度も「俺は聞いてない」って言ったことがないんです。その決定のために川田さんが汗かいて働かなきゃいけなくなったとしても、です」これもすごくいい。例えばライブの現場で「私、それ聞いてません」ってしょっちゅうある。毎日重要事項の変更や何やらで、末端までちゃんと指示が行き届かない事はいくらでもあるのだ。でも現場でそう言っちゃう人はプロジェクトには向かない。 とにかく絶対にその船を沈没させないために「コトに向う」ことができる人。私もそういう人とチームを組みたい。

私も最近になってやっと分ってきた。好きなことやってきた仕事人生だった。もうこっから先の人生はボーナスなので、成功しないプロジェクトには手を出したくない。それには最高のチーム作りが重要だ。そもそもプロジェクトって、キャスティングをした時点で成功か失敗か決まっているようなもんなのだ。絶対に「コトに当たれる」チームで進めないと。

それにしても南場さん、いいよなぁ。自分用のメモにブログにも書いておきます。響いた!!


 

ライコー・フェーリックス主演映画「DELTA」(2008年)を観ました。

この映画はフェリックスにオファーを出した昨年7月ごろにDVDを取り寄せて英語字幕で観ました。いや〜、素敵な世界でした。

フェーリックス・ライコーがなんと「主演」した映画「DELTA」。もう10年前の作品です。

なんというか不思議な空気感の作品で、これもまた「万引き家族」同様、監督がブレてないのがすごいです。しかもカンヌで賞ももらってるんですよ。国際批評家連盟賞。

もともとこの作品はLajos Bertokという俳優さんが主演で作られたのでした。ところが、その方が「悲劇的な死」(40歳の若さで亡くなったそうですが、原因などは調べても分りませんでした)を遂げたあと、監督は音楽を担当することになっていたフェリックスを主演にしようと決めたんだって。フェリックスがそういう雰囲気にぴったりだったから。しかも最初は復讐劇だったのを、フェリックスにはそういうのが似合わないとストーリーも書き換えたのだそうです。すごいですね。

そしてこの作品の仕上がりですよ。まさに! フェリックスのシャイな感じがすごく良く出ていて、セリフ少なめ(笑)まさに彼にぴったりの作品に仕上がりました。でもビョークの映画よろしく、彼もこの後は主演映画がないし、カンヌの記者会見でもだんまりだったようで、俳優業はもうこりごりだと思ったのでしょうか…(笑)

そして、この女優さんもめっちゃ素敵なんですよね。雰囲気があって。

しかし雰囲気とか世界観で押して来る映画です。まず情報がほとんどない。兄(フェリックス/映画では名前がない)は、どこか海外で出てお金を稼いで故郷に戻ってきます。(海外にいたと言う根拠はハンガリーが、フェリックスが差し出すユーロの圏内ではないから)お母さんを訪ねて実家に戻るとそこには(おそらく)腹違いの妹、そして母のボーイフレンドがいて「お前が住むところはないよ」と言われるわけです。

父が遺したほったて小屋を拠点に自分の家を建てようとするフェリックス。そしてそれを手伝う妹。妹はついに兄と住むと言って実家を出るのですが、まぁ、簡単に言えばそれを家族も周囲のみんなも、まったくもって面白くないわけですよ。最後にはそんな連中によって悲劇がもたらされてしまう。

それにしても画面の光の感じとか、静かに流れるフェリックスのヴァイオリンや弦楽四重奏や、バーで流れている音楽はなんだかカウルスマキ風だし、極端に少ないセリフとか、とにかく素晴らしい作品であることに間違いはありません。いつか日本で上映出来たらいいなぁ。この監督はこのあとも作品を発表し続けていて、最近の作品は日本でも公開されています。コーネル・ムルンドルッツォ監督。

ところで未公開映画を紹介したこんなブログを発見。参考にさせていただきました。また監督のインタビューの訳まである。素晴らしい! 是非リンク先も読んでくださいね。

トレイラーからも雰囲気が十分伝わりますよ。なんて素敵!!



一応レッドカーペットの写真も貼っておきましょうね…

Embed from Getty Images

DVDで手に入るんだけど、現在在庫切れ。



Amazon UKで買うといいかもしれません。(リージョンコードに注意。またおそらくPALだと思われます)
 
ライコー・フェリックスと田中泯さんの公演は、こちら。まだだいぶ先の公演ですが、現在6列目くらいまで埋まっております。良い席をご希望の方はお早めに。詳細はここ。

2018年7月4日水曜日

「万引き家族」やっと見た!!


やっと観てきました! とにかく話題のこの映画、見ない方が変でしょ!

でもって、私の感想はというと、映画の前評判や、友達の感想を読んで自分が想像してたのとは実はだいぶ違った。っていうか、みんなこの映画観ないで感想言ってないか? また反対にパルムドール取ったからって、妙に感動作!とか言って持ち上げてないか?

私はまずこの映画が超リアルなのに感動した。セリフが重なっていてよく聴こえなかったりするなど映画のルールを無視して、めっちゃリアルな世界を徹底的に表現することに集中している。素麺や茹でたトウモロコシ、見えない花火、子供たちが帰ってきて慌てて取り繕うセックスなど、これでもかとこの家族を描くリアルな要素が並び、とにかく引き込まれる。彼らの家は貧乏で雑然としていて物に溢れ、かついつも彼らはなぜかカップ麺を食べている。本当に貧乏でも、やりくりが出来て長期的プランが立てられる家族であれば、カップ麺は割高だから食べるべきではない。が、ここではカップ麺はこの家族を描くにあたり必須アイテムなのだ。そしてそのジャンクな食べ物が妙に美味しそうに見えてしまうのだ。

「家族の絆」云々言う人もいるが、彼らにおいて、それはかりそめであり、短絡的であり、目の前にあるキャッシュの方が優先され本当の愛情とは言えないと私は思う。と同時に、では本当の愛情ってなんだろう、という疑問が浮かぶのだ。最後、安藤サクラが息子に貴重な情報を与えるシーンがあるのだが、本当の愛情は私はどちらかというと、そっちだと思いたい。またあえて厳しい事言ってしまえば、リリー・フランキー演じる父親は単に息子に依存しているだけだ。最後のバスのシーンに号泣!とか書いてる人がいたが、私は泣けなかった。っていうか、この映画みて「涙止まらない」とかはないと思うな。別に泣けはしない。ただただこういう家族の姿を見せられて呆然とするだけだ。社会からは犯罪者と言われる人たちにこんな世界があるんだ、と。でもリリー・フランキーはどこまでもダメな奴であり、息子はこういう人間関係は断ち切らないと前に進めない。

そしてこの映画を見終わって思ったのは、本当にこの映画はすごいな、と言うことだ。こう言う表現があるんだ、と。 ここまでリアルに見せることで、これだけこちらに考えさせ、伝える方法があるんだ、と。だから、こう言ってはなんだか、たかだか映画に、この家族に、ここまで真剣にコメントしてしまいたくなる。きっと監督は視聴者のことを信じているんだね。この映画の最大の魅力はそこにあると思う。で、別に是枝監督はこの家族がいいとか、こっちの方が人間の本当の絆だとか、そんなことは1つも言ってないんだよね。ただ徹底してリアルにこの家族の姿を見せる。それに集中していて、まったくブレがない。ケイト・ブランシェットの言葉を借りればinvisible peopleを見せることに徹底している。めちゃくちゃリアルで、あの家族が実在しているかのように、何も疑いもなく観ている者を映画の中に、あの家族の中に引っ張り込むのだ。そして色々考えさせる。

そして私はと言えば、映画を見終わった後、思うのだった。いったい人間の社会性のラインってどこにあるんだろう、と。あの映画ではリリー・フランキーは明らかに社会からこぼれ落ちた人間だ。監督はリリーに「最後まで成長のないダメな男でいてくれ」と言ったそうだが、まさにそう。でも安藤サクラは間違いなく境界線にいる。子供たちは皆、なんとか自分で社会と共存する道を見つけるだろう。そして世間には「妹にこんなことさせてちゃ駄目だよ」と言ってくれる駄菓子屋のオヤジさんみたいな人もいる。(あのオヤジの存在はグッと来た。あれは犯罪者を救う社会の奇跡の接触である)

それにしてもこういった是枝ワールドを作り出す、このチームワークの素晴らしさとはいったいどうやって実現しているんだろう。とにかく俳優陣、全てが素晴らしい。安藤サクラは、もう圧巻で、彼女『100円の恋』も素晴らしかったけど、すごいスケールの女優さんだよね。そしてダメ男を演じたら間違いないリリー・フランキーもすごいし、樹木希林も凄まじい。リアルよりもめっちゃ老けて見える。っていうか、女優さんたち、全然メイクしてないし、綺麗に見えるとか、まったく関係ない。素っ裸でこの映画に貢献している。すごい。子役もすごい。子役なのに、なんでこんなにナチュラルなんだろう!!  監督は当然とはいえ、付いていく俳優陣にまったくブレがない。監督の世界観を作ることに間違いなく貢献していく。ここまでブレない是枝組の世界観とはなんだろう。本当にすごい。そこに私はただただ圧倒された。

で、監督のインタビューを読めば、映画界でも監督発信のゆるがない企画が減少しているという。(多くの人がからめばからんだだけ、本来の方針とはずれていく。企画ってそういうもんだ…)でも自分がそういう方針を貫くだけで、日本映画界の多様性を担保することになる、みたいな言葉があって、超・響きまくり。 また監督は脚本を細部まで書いておらず、安藤サクラのインタビュー記事によれば、現場で俳優との相談で進めていく部分が本当に多いのだそうだ。うーん、すごい。そんな風に有機的で、自由なのにブレない。これってすごい。っていうか、そうか、それだけ俳優を監督は信頼してるんだな、とも思った。(一方のリリーは、セリフは全部決まってます、とも発言している)

で、監督がインタビューで話していた施設で出会った女の子の話も、これまた素晴らしいのだ。映画制作のために、監督たちが虐待された子供達が親と引き離されて生活している施設を取材している時、ちょうど学校から帰ってきた女の子がいた。その子に監督が「今、何の勉強をしてるの?」と聞いたらその子は国語の教科書をランドセルから取り出してレオ・レオニの『スイミー』を読み始めたんだって。施設の職員たちが「皆さん、忙しいんだから」と言って止めるのも聞かず,その子は最後まで読み終わり、監督たちが拍手をすると嬉しそうに笑ったんだって。監督はその子の朗読する顔が忘れられなくて、映画の中で男の子が『スイミー』を読むシーンをすぐに書き入れたんだそう。

そして、インタビューされながら答えてる。「今,言われてはっきりわかりました。僕はあの子に向けてこの作品を作っていると思います」(参照)

うーーーーん、すごい。監督… ぶれない。ブレてないよ。ホントにすごいわ。とにかく映画のほとんどはこの家族の姿を見せることが徹底され、それは前半ある意味、長すぎるのではないかと思えるほどだ。そして後半、おばあちゃんが亡くなってから、実は…と急展開になっていくところが、本当にスリリング。ここからは映画としてのエンタテイメントというか波がわっときて、圧巻の取り調べシーン(すごいよ、俳優さんたち。特に安藤サクラ)から、バスのシーンまで、あっという間に終った2時間だった。私は観終わってとにかくボーゼン。こんな表現方法があるんだ…。ただただそれだけに感動した。本当にすごいと思う。めちゃくちゃ好きな映画です。

是枝監督作品を観るは実は2本目。前に福山雅治とリリー・フランキーの『そして父になる』を見ているはずだが、自分のブログに感想文を見つけられなかった。感想を書くの、サボったかな? でもあれもいい作品だったけど、ここまでの感動はなかったと思う。そういや『誰も知らない』も観てないや… 今度、観て見ようかな…

しかし「絆」をやたら強調する宣伝方法と『万引き家族』というタイトル、そしてパルムドールがなければ、 こんなに派手に話題になることもなかったような気もするくらい地味な映画でもある。私はこの映画のすごさは、誠実に作られた是枝ワールドが凝縮した濃密な映画だ、ということにつきると思う。でも週末の西新井で見たのだが,普段家族映画しか入っていないファミリー映画館の中くらいの部屋が満員で、目指して行った回が見れず次の回まで待たないと観ることが出来なかった。うーん、快挙である。是枝監督、すごい。あの女の子のために… やったよね!!

普段テレビ局の事業部がからむ宣伝がうるさい日本映画は好きじゃないのだが、これはフジテレビのプロデューサーにも感謝しないではいられないだろう。すごいわ。地味な映画がこれだけ話題になっている。それだけでもプロデューサーもしてやったりだろうし、監督も妥協ない作品が作れて大満足だろう。いや、もちろん水面下にはいろいろあるだろう。でもみんながブレまくってるこの時代、そういう事にも、とにかくいちいち圧倒される。



そして映画の感想を書いたブログではこれに一番共感した。この方の視線はもっと優しいけど。
http://twitter.com/nnk_dendoushi/status/1014451631159570432

PPS
『万引き家族』の本も読んだ。めっちゃ良かった。細部がじっくり味わえるし、私は文字で読んだ方が映画よりも自分に入ってくるのかも?