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2018年7月28日土曜日

是枝裕和『映画を撮りながら考えたこと』を読みました。響きまくり!

『万引き家族』以降、是枝監督マイブーム続行中。Amazonビデオで『誰も知らない』『海街ダイアリー』『奇跡』まで見てもうた… 1コ300円くらいで見れるんだけど、よく考えたらプライム・ビデオに1ケ月登録して、すぐ解約という方法もあったな。そもそも秋になれば忙しくなって映画とか見る時間ないんだし。

それはともかく映画をみつつ監督のインタビューやら記者会見の映像もかなり見て、あれこれ響きまくって当然のことながらこの本に行き着いた。装丁に使われている監督が書く絵コンテ、なんだか可愛い(笑)

丁寧に手間をかけて信念を持って仕事をするということ。そのすべてがここに書いてあった。この監督あっての作品たちだな、と思った。ホントにすごい。本を買って、それがミシマ社から出てるってのも良かった。いつも愛情のこもった編集と装丁。プロのライターが監督の話を聞きながら書籍にしていったものだと思うのだけど、監督の語り口そのままの優しい文体。是枝監督の現場では誰も大きな声を出さないのだそうである。(音声さんたちは、そんな監督の現場用に一時レシーバーまで用意していたとか…/笑)みんなが自然体でのびのびと仕事し、最大限にプロジェクトに貢献する。そんな是枝組の感動がここに詰まっていた。いや〜、いい本だったわ。

あとでブログにまとめる用に、と思い、響いた箇所を折ってったら、すごい量になっちゃった(右の写真)。

映画だけじゃなくドキュメンタリーの話もでて来ているのが非常に興味深いし、出来る事なら監督の作品、全部見てみたいなぁ… フジテレビのNONFIXでいろんな番組作ってたのね。是枝さんも指摘しているとおり、テレビの深夜番組というのは面白い。ふと出会ったり,偶然見ていたりするから… もっとも私もテレビを捨ててしまってから、そういう偶然の出会いも今ではなくなってしまったけど。

特に興味をもったのは『しかし…〜福祉切り捨ての時代に〜』という番組。エリート官僚、生涯福祉に真摯にあたってこられた山内豊徳さんの自殺。それを番組にするにあたり奥様の協力を得る下りには涙が出ました。そしてこうやって心を込めて事にあたれば通じるんだなぁ、と。そして人の死を番組にするからには「パーソナルな死」ではなく「パブリックな死」を明確に分けることが重要だろう、という監督の言葉にうなずく。まさに映像が社会に対して何ができるか、そういうことが重要だというのを気づかされる… そして深夜枠に自由がなくなった時代。あくまでゴールデンタイムとのバータになってしまった時代など…

そしてハッとしたのがドキュメンタリーの定義。「ドキュメンタリーは事実を済み重ねて、真実を描くものだ」という話。これ是枝監督自身は、疑問を投げかけている言葉なんだけど、テレビの現場ではよく言われ続けている言葉だそうで、これ角幡さんが高野さんとの対談本で言ってた「ノンフィクションは事実を積み上げて真実を描く、フィクションはいきなり真実を描く」というのにもちょっと通じる。そして「やらせ」問題の話題。是枝監督は「自己のイメージ(フィクション)を現実に優先させてしまう閉じた態度のものはやらせだ」とこの本で語る。

そして映画『Distance』では犯罪は犯罪者個人の問題ではなく、私たちが生きる社会の膿みたいなものが犯罪として出て来るのであって、それは決して自分たちとつながりがないわけではない」というのを伝えるのがメデイアの役割だと話す。法的に制裁を加える前提のひとに、さらに重ねて社会的な制裁を加えるのがテレビの仕事ではない、と。オウム真理教についても「私たちの社会から生まれた」ということを忘れてはいけない、と

しかし是枝映画の子役エピソードについては、ほんとに読んでいてあきない。例えば『誰も知らない』では、女の子たちが役と自分の切り替えが上手なのに、男の子はいつも引きずっていた、という話には笑った(笑) 顕著だったのが、兄弟喧嘩のシーンでお兄ちゃんが、弟のラジコンを怒って蹴り飛ばすシーン。弟役の子には、このあと何が起きるか説明していなかった。で「ラジコンで遊んでていいよ」とだけ伝える。お兄ちゃんにはラジコンを怒って蹴ってほしい、と頼んだ監督。弟くんはホントにむかついて「モノに八つ当たりするんじゃねえよ」と普段は自分が現実のお母さんに言われている言葉そのまま、お兄ちゃんに言い返す。カットをかけて監督が弟くんに「遠くからこのシーンを撮ってたんだ、お兄ちゃんにはわざと怒ってもらったんだ」と説明しても、二人は半日、口をきかなかったそうで、同じ車に乗って帰るのにふたりとも反対側を向いて座っているので,お姉ちゃん役の子が「ふたりともバカじゃないの? お芝居よ、お芝居」と言ってたそうだ。もう爆笑というか… 子供ってすごいね!!! そして女の子、さすが(笑)



子供に対する演出については、世界の監督によっていろいろ違いあがるようで、ほんとに子供をだまして不安にさせ、涙を撮影するという監督もいるんだそう。でもそれはその監督には許されても僕には許されていないと是枝監督は言います。そういう方法はやらないと決めた、と。で、どうしてこのラジコンのシーンで弟くんを騙したかというと、それはケン・ローチ監督から教わったこと。一時的に信頼が崩れても、あとで取り返せる自信があればと、ケン・ローチ監督が話していたのだそう。ここで語られるケン・ローチ監督の『ケス』の話がいい。是非、これはこの本を買って,皆さんも読んでみて!

あと監督の国際的な視野にもうなった。自分は映画という大きな流れの中の一滴だ、と監督は言う。(これ分る。私なんぞも【伝統音楽】の流れの一滴だといつも思う。それを思うと寂しくないし力がもらえるんだ…)憲法についても「もし日本社会が本当の意味で成熟した時に自ら日本人の手で書き直し、国民投票によって選択し直すべき」「理想を言えば,もう一度第9条をある意思と誇りと覚悟をもって選び直す」と話していますが、私もこれにはホントにホントに大賛成。加害を忘却しがちな日本人ということについても指摘しています。憲法ということについては、両論並記ということにメディアは逃げがちだ、ということも監督は指摘しています。これ、めっちゃ分る。また「(過去に起こったことを)検証しないというのは結局歴史がないということ」など

東洋と西洋の考え方の根本的な違いや、あのひとならどうするかな、と考えられる先輩の存在の話も、なんかめっちゃ響いた。そして東京国際映画祭へのするどい指摘(これめっちゃ共感した)、海外の映画祭のふところの深さ。映画祭はニッポンアピールの場ではない。海外の映画祭とは「映画の豊かさとは何か? そのために私たちには何ができるのか?」を考える場。東京では、経産省や代理店がアイディアを出すからダメ。釜山の映画祭に学ぶべきことは多い等々。

そしてビックスターほど謙虚だという話も。樹木希林さんのエピソードはどれもすごいし、福山雅治さんのエピソードにも感動した。なんと『そして父になる』は福島さん自身からのコンタクトで生まれたんだって。共通の知人の映画関係者を通して「一緒に何かやる前提ではなく、お互いに会ってよい空気がうまれたらそのあとのことを考える、という気楽な感じで」会ったのだそう。そして「作家性の強い監督の世界の住人になってみたい」「主役じゃなくてもいいんです。もちろん主役でもかまいませんけど」とまで彼は言ったそうで、私は特に福山雅治とか言って、どうとも思ってなかったけど、やっぱり長く一線にいる人はすごいなぁ、と思った。実際、この映画もカンヌにまで行ってるしね。福山さんは「黙っている顔がいちばん雄弁」って監督が言うのがこれまたいい。追いつめられて言葉がでてこないという状況に置かれた時にいちばん感情が見える、とも。うーん、さすがである。



そしてスタッフのすごさね。たとえば照明さん。自然光にも人工の光を足してバランスを撮る。というのも、そうしないとセット撮影との組み合わせが自然にいかなくなるから…とか。やっぱり職人さんたちには唸らされるよなぁ。ライブの現場もそうだけど。ライブの現場でもホントにすごい人は自己主張なんかしないし「やってます感」なんか微塵も出さない。でもみんなスゴいんだよね… 

『空気人形』のペ・ドゥナさんにたいして「そういう能力の高さにはなかなか出会えるものではありません。現場にいるスタッフはみな感動して、彼女のために何かしてあげたいと思っていたと思います。ひとりずば抜けたプロフェッショナルがいると、相乗効果で周りも自分のプロフェッショナルな部分を引き出される」こんなところも、ライブ制作との共通点を見いだしたりして… いや、ホントに勉強になる。

あと三谷さんとの対談エピソードは笑えるので、これもメモ。是枝監督の連続テレビドラマは数字は取れなかったようで、三谷幸喜さんとの対談では、三谷さんが「是枝さんは連ドラでやりたいこと全部やったでしょう。僕は連ドラでやりたいことをやったことは一度もありません。映画もそうです」と話していたそう。やりたいことは芝居でやる、と。
「やりたいことを全部やったのですが、視聴率が低くて」と話すと「あれで視聴率が撮れると思ているんですか」としかられたそう。でも三谷さんみたいな人に言われると、これまた清々しい、と監督は言っているんですよね。分るなぁ。そして、また三谷さんはいつも取材をしないで想像で書くそうで、唯一取材をして書いたドラマに「リアリティがない」という批評が来て「いかにリアリティというものがいい加減かということをつくづく感じた」そう。うーん、勉強になるなぁ!!

あと、ニュースもドラマも社会の財産になるべきっていう話も、良かった。

あと監督は「もう映画は休もう」と思った時期があるそうで、映画『空気人形』完成前に金銭面/精神面で支えてくれた安田プロデューサーが亡くなった時、「いままでのオリジナル脚本を書いて作家としてふるまっていると、周りに迷惑がかかるかもしれない」「ひとのお金で撮って、興行的に成立しないのでは、みんな幸せにならない」と考えて休業宣言(2010年1月)をしたそうで、そこに偶然新幹線/企画ものの話が来たんだって。

『歩いても歩いても』や『空気人形』が興行的に成功していれば「企画ものはイヤ」と断っていただろう。でも安田Pが生きていたらきっと「是ちゃん、こいうのもたまにはやってごらん」と言ってくれるだおろうと。「作家」というプライドや思い込みで大事にしているものなんてどうでもよいと気付き、この仕事を引受けたんだって。なんといっても「電車撮り放題ですよ」というのに惹かれたというのもあったらしい(笑)。(そうね、普通こちらの撮影に協力してください、って言っても許可取るのホント大変だもんね…)

そしてその映画『奇跡』の話。JR九州からのタイアップ企画。まえだまえだ兄弟との出会い。話が出来て行く過程も面白かった。ひとから意見を言われて「それは違う」と心の中で思いながら自分の中でストーリーが固まって行く感じや、「コスモス畑の視点」「子供を大人として撮るプール帰りの長男と、髪をすかれている女の子の絵」など、とにかくこの本を読んでいて、思わず我慢できなくなって『奇跡』もネットで見ました。これが感動。この映画がいちばん泣けたかも!



あと『海街ダイアリー』のエピソードも良かった。あの家の持ち主の方には撮影中不自由をかけてしまったけれど、撮影隊が植えた梅の木が花をつけたそうで、それを監督がインタビュー取材で訪れたとき中庭に案内されて見せてもらったり、あとから梅酒をつけて送ってもらったりしたそうで、原作の漫画を見てないのでなんとも言えないけど、映画はとても感動的に見ることが出来た。



他にも映画を黒字化するために、日本の厳しい助成金事情など…この辺も非常におもしろかった。そして最後は「法廷モノにチャレンジしてみようとおもっています」で終っている。

そして、このあと監督は『三度目の殺人』そして『万引き家族』に進むわけだ。

他にも
「意味のある死より、意味のない豊かな生を発見する」
「空虚は可能性である」
「自分が世界とであるためにカメラを使う それがドキュメンタリーの基本」
「自分の映画に死者と子供が重要なモチーフとしてよく出てくるのは、社会を外から批判する目を両者に感じているからでしょう」
 「かけがいのない大切なものは非日常の側にあるのではなく、日常の側のささやかなもののなかに存在している」
など、とくにかく響く言葉がたくさんこの本の中にはあった。詳しくはぜひ本を買って読んでみて。ちょっと高いけど、響きまくること請け合い。丁寧に仕事をすることの美学がここにはある。時には不器用に… でも最短距離行く必要なんてないんだな、と思う。っていうか、最短距離行く人にあんな映画は撮れないよね。

 『奇跡』の音楽を担当したくるりに改めて感動。エレキギター担当の方、めっちゃいいね。