2020年2月29日土曜日

矢部潤子『本を売る技術』を読みました。これぞプロフェッショナル!


『本を売る技術』読んだよー。いや〜、さすがだとしか言いようがない。かっこいいわー 矢部さん、かっこいいわー。師匠と呼ばせてください、姐さんと呼ばせてください(違うか?!)。

なんか分かってるんだ。派手なポップやイベント、フェアなどで派手に作っていけば、作ってる側は「やってる感」を感じることができるんだ、だけどそれだけなんだって。昨今の書店イベントとかも、それ。著者稼働させて、ファンは本人に会えたりお話が聞けるからいいとして、周りは「おっ、盛り上がってるな」って実態知らずに判断して、だけどそれって本当に本を売る行為につながってる?ってこと。長期的なヴィジョンにたってる? そりゃー、本屋から提案されれば、出版社は断れないし、出版社の営業から売り込むことだってたくさんあるだろう。

ウチも同じ感じだ。来日だ、なんだって派手に見えるかもしれないけど、実態はぜーんぜん売れてない。ぜーんぜん(笑)

イベントはへんな充実感があって「やった気」にさせるから危険だ。瞬間風速的な効果しかないこともままある。大きなフェスティバルに決まって「やったー」。でも単独公演をやったらガラガラ…みたいな。まさに「やってる感」だけなのよ。それでもイベントやれば忙しくなって時間がなくなり、忙しさはますから仕事してる気になっちゃう。それを理由に実際の売り場は動いていないなんて、最悪だと矢部さんはバッサリと切る。

そういや、広告代理店の友達が教えてくれた。代理店の仕事は「やってる感」が大事だって。バブルの絶頂期だったよね…  でもそれじゃもしかしたらダメなのよ。冷静に売り上げを見て、自分が楽しかったかどうかは別にして冷静に判断するのがプロなのだ、と。これは常々思ってきた。イベントや来日の楽しさに目がみえなくなってはいけません、と。

一方で、矢部さんの仕事はもっと地味だ。でも地味だからこそパワフル。そしてドローンみたいにじわじわと効いてくる。そして、いろいろ視界が開ける。この本を読んでいて、それこそ目鱗なことがたくさんあった。

本はお客が自分で探してレジに持ってくるスタイルなのだ、という基本中の基本を忘れてはいけないことを指摘され、ハッとする。店員にたずねたり、検索までするお客はほんの一部だと。そして「取りやすく、書いやすく、戻しやすい」ことが大事なのだ、と。仕事は自分のカタルシスが目的ではない、ということ。それよりもいかにお客さんの役にたてるか。そんな基本がバンバン出てくる。これ、本屋だけじゃなく、すべての小売業に通じるんじゃないか? というか、どんなビジネス啓発書よりも役に立つこと書いてないか? ちゃんと自分の足元を固めろ、って。棚を育てろ、って。

「ベストな形を自分で承知してやっていないと、忙しさの方向が違ってきちゃう」

「新刊書店は毎日来るお客さんを想定している」

「POPはその書店とお客様の関係の上でこそ効果がある」

「自分が自由にできるっていうことは、逆を言えばそれだけ責任があるということ。それをきちんと背負って仕事する」

「手や足を動かしているからこそ思いつくのかもしれない」

…などなど。響く言葉がたくさんたくさん登場する。

しかしこの矢部さんって仕事中、ずっと走り回っていたらしい。各社の営業マン、そんな矢部さんに並走して営業活動(笑)。なんかわかる! きっとデレデレだらだら仕事しない人なんだよね。いいわ〜。

この本、そんな矢部さんと「本の雑誌社」の編集・営業の杉江さんの会話になってるんだけど(というか、杉江さんが矢部さんにインタビューしていく感じ)、話し言葉で書かれてるせいもあって、すごくわかりやすい。たぶん本を出すことを渋る矢部さんを杉江さんが説得したのかな? 「徹子の部屋形式」でやりましょう、って(笑) 私もよくイベントで話をしたがらない登壇者を説得するのに使うリーサル・ウェポン「徹子の部屋方式」(爆)…って私の勝手な想像だけど。

矢部さん「本を出す? いやよ、私、書けないもの」みたいに言う矢部さんに杉江さんが「僕がまとめますから! 徹子の部屋方式で!」とか言ったとか、言わないとか(何度も言いますが想像です)。でもそれが読者にとっても親切な構成になってる。矢部さんのお話を直接聞いている気持ちになる。あ、そうか、それが杉江さんの狙いか… やるなぁ…

とはいえ、私のような興行師(笑)が矢部さんと同じように仕事しようなんて、きっととても無理。いや、実際マーケットも変わっていくし、矢部さんの発言にも「今は違うのかな?」みたいな言葉が何度か出てくるからご自身も感じていることなのだと思うけど、おそらく、棚を育てることは、今の時代とても難しいと思う。「やってる感」を出すためにイベントだ、フェアだ…と店員の時間はどんどん削りとられ現場は疲弊していく。CDも動かないと発売から2週間で下げられる、とかあったけど、おそらく、今、本のサイクルも矢部さんが現場をやられていた頃よりももっと短い。だからこの本に書いてあることをまんま実践しようとしても、おそらく無理があるし、おそらく不可能だ。

あ、そうそう、意外なスリップの活用法?とかには、いろいろ唸らされた。アナログな…だけど効果的な方法。もちろんハンディマシンが開発されて便利になったという事はあるのだろうけど、どんなシステムだろうと活かすも殺すもの人間なのだな、とおもった。

それにしても、私が本屋やったら、自分の個人的プッシュ本(しかも市場ではあまり売れない)をプッシュ、プッシュ、プッシュして、イベント組んで派手にやって、そのくせ棚はボロボロみたいな状態になっただろう。で、時間かかって疲弊する割には売り上げ全然、みたいな結果になっただろうな。マニアなファンが数名きてくれるかもだけど、書店としてはまったく信頼されない、みたいな。そんな結果になっていたことだろう。SNSに夢中になって、最新情報をしっかり掲載しなくちゃいけないホームページのメンテ忘れてるとか、そういうのにちょっと近いものがある。あぁ、でも本屋をやるとしたら、ノンフィクションならあの店、みたいな看板を作り上げられたらすごいよなぁ。なんだっけ、あの松戸の、高野さんの本を2,000冊だか売った、あの駅前本屋さんみたいな(笑)(あそこは高野本の聖地と呼ばれている。高野本ヒットチャートがあって、高野・角幡対談本が最下位で5冊くらいしか売れてないのを悔しくおもった私はあの店であの文庫本を数冊買ってチャート操作したのだった…。今、チャート何位なんだろう)

あと本屋勤務だからといって本をたくさん読む必要はなく、また店員の個人的感想なんて誰も読みたがならないよ、とドライな矢部さん。かっこいい。一方で、絶対に読まなくてはいけないのは本の「背表紙」だという話にも唸った。うーーん、レコード屋もそうかも!? そしてそれが棚を育てることに直結していくのだ、と。

あと営業を電話で呼び出したりするときは書店にしかわからない情報を伝えてあげて、とスタッフにアドバイスするところとか。これは素晴らしい。例えばこのコーナーより、あっちのコーナーで売れてますとか、あの新聞にのったら急に動いたとか。こういう情報、本当に売ってる方が助かるんですよ! また正しい棚に置くためにも著者プロフィールにはしっかりした情報を載せることも重要、とか。いや、ほんと基本を押さえてしっかりと。すごい仕事だ。

著者、出版社そして営業、そして版元、店頭スタッフ…  そういう人の連携プレイがあって、商品がお客様に届くんだなぁ、商品愛がバトンタッチされるんだなぁ、って、私もCD屋さんにお世話になってたころは本当に思ってたよ。大きい会社で言い訳ばかりの宣伝部長や営業部長、現場知らない社長にあれこれ言われるよりも現場の声、本当に大事だよね。

あと本が痛まないように、という件も勉強になった。私なんぞはお風呂で本を読んじゃうタイプなので、本がきれいに保たれているかどうかとかあまりに気にしない。夢中になった本こそ、ページが湿気で波打ってたり、濡れたりした痕跡が残ってたりする。でも矢部さんの細かい努力には本当に頭がさがる。すごいなぁ!!

それにしても物を売るって、店を育てるって、すごく地道でストイックな作業が要求されると思う。でも矢部さん、かっこいい。私も私の仕事スタイルを確立するぞ。けっきょく矢部さんがみんなに伝えたいこともそれなのだと思う。みんなも自分のスタイルを確立していきなさい、って。



PS
今日の元気になれる音楽シリーズ。ヴァン・モリソン『セント・ドミニクの予言』。メアリーがバックヴォーカルを歌っている。ドーナル・ラニーのブズーキも最高だ。よく聞いているとわかるけど、メアリーの「Oh〜」に触発されてヴァンが「Yay!」と叫ぶところ(6:01)。もう何度聴いても、ゾクゾクするよ〜っっ。

メアリーは最初緊張気味で、それでもヴァンから視線をはなさずコーラスをいれていく。このテイク、リハなしの一発だったらしい。ヴァンは、3:42くらいで後方で歌っているメアリーの声を意識しはじめ、ちらっと後ろを振り返る。何度もメアリーの声に呼応する瞬間があるが、この積み上がっていく感じがたまらない。4:50くらいからヴァンはもう自分でギターを弾くのをやめてボディを叩き始める。いいぞ〜、乗ってきた証拠だ。5:36のサビ直前のところでもまたヴァンはメアリーの方を振り向く。思いっきり歌え、ってことか?  最後の6分ごろではあきらかに二人は一緒にお互いを見つめながら歌っている。うーん、これぞミュージシャンシップ。一緒に音楽を作っていく感じが素晴らしい。



PPS

2020年2月28日金曜日

元気になれる!?



こいつが咲くとウチのベランダ的には春なんだが…姫リンゴの木。もうすぐ咲いちゃいそうである。

いや〜結構深刻になってきちゃいましたね。なんと言っていいのやらですが、これがなんとかポジティブな日本の未来につながると信じたい。

私みているSNSのタイムラインもだんだん荒れてきた。気持ちはわかるけど、こういうときはそれぞれ主催者の判断を尊重しましょうよ。みんなそれぞれの事情があるんだし、外野が何を言えたというのだ。それは、もういつものことだけど。

思えば311の後、私たちはちょっぴり謙虚になった。ご飯が美味しく食べられることに感激し、仕事があることに感謝し、そして友達との会話に感動した。今までより一層がんばっていこうと思った。でもそんな気持ちもすぐに日常の憂さにまぎれてしまったのだけど。

今年はあったかくて、もうすぐ桜が咲くそうだけど、そんなことも喜んでいこうじゃないでしょうか。来年、桜が無事に咲くという保障はどこにもないのだから。今日も天気がいいみたいだし、さっそく洗濯でもしようじゃないか(笑)

今度こそ、今度こそ、そういう気持ちを一生忘れないで生きていこう。好きな本を買って読めることに感謝しないといけない。毎日仕事ができることに感謝しないといけない。そしてやっぱりやるべきことは、今やれるときにやらないといけないと強く思った。明日も昨日や今日と同じだという保障は、今やどこにもないのだから…  だけど人間は馬鹿だからすぐ忘れるんだよな。

この曲いいでしょ? 心がリフトアップされるというか、良い曲だよね。行けなくなってわかる、やっぱりアイルランドは最高だよなぁ、と思う。辛いときにたちなおるにはアイルランド音楽が一番。それにしてもいかしたアレンジ。ベースがブンブン言ってるよ。そしてそのベース・ラインがいいよねぇ。ルナサ、最高!



こちらの曲も。元気でるよ!! うほーい!! 世界で一番かっこいいケルト・バンドさ!



この騒ぎが落ち着くまで、毎日、元気になれる音楽を紹介していこうかな、と思う。さぁ、今日もみなさん、はりきってまいりましょう! 

ルナサ、ベスト盤はこちらで販売しております。

2020年2月27日木曜日

ヨーロッパ出張をキャンセルしました、残念

あぁ、行きたかった、ヨーロッパ。病気やなんやで2年近く日本から出てない。私にしては異常事態だ。通常3ケ月に一度は行ってたヨーロッパ。もうあまり海外行きたいという気持ちもなかったのだが、みんなの顔をみたいんだ。

でも事態が事態だし、それでも健康体なら絶対に行ってたと思うのだけど、ただでさえ楽屋とかにアジア系がいると目立つし、今、まだ自分の体力的にも普段の50%くらいだからやめておいた方が良いと決断した。とほほ。賢明な決断でしょう。気持ちを入れ替えてがんばる。

予定していた旅程はオックスフォードに留学中の姪っこをたずね、ドイツのボンで公演のウォリスを見て、ノルウェーのラップランドで行われるフェスに出るヴェーセン、そしてバルトロメイ・ビットマン、その後ダブリンでマーティン・ヘイズ、メアリー・ブラック、ポール・ブレイディに会う予定だった。

5時間も乗る予定だったラップランドからオスロに戻る電車はヨーロッパ内の細かい航空券、パトリックスデイのドピーク中のダブリンのホテルなど、リファウンドできない旅費も多く、損失は20万ではきかない(ような気がするが、計算するのが怖くてできない)。

彼らにはいつもどおり私がいくことは告げておらずびっくりさせる予定だったけど、マネージャー陣には伝えてあったし、ソールドアウトの公演で無理くりチケット取ってもらったのもあったし、重要ミーティングも4、5本決まってたし、もしかしたらやるかもしれない新しいアーティストとの打ち合わせもあったのだけど、そのすべて飛んだ。みなさんにこのブログでそれぞれの公演をレポートするのを楽しみにしてたんだけどなぁ。うーん。

まぁ、でも長くやってりゃ、こういうこともあるでしょう。うちなんか損害はたいしたことはなく(今のところ)、その反面、大手のみなさんはミュージシャンもそうだけど、フリーランスのスタッフも多数かかえたり本当に大変だと思う。みなさん、挫けず、がんばりましょう!!!

で、昨日はあれこれ用事を済ませて帰宅して郵便受けを確認したら、本が3冊も届いており、あぁ、もう本が積読状態でやばい。でもどれも読むのが楽しみ。本を読んで、少し体を休ませよう。ここのところ、ちょっと忙しすぎだ。とはいえ、ホームページもなんとかせねば。もうやること山積だよ…

アネモネ満開〜


PS
みわぞうさん、ありがとう。



2020年2月24日月曜日

鈴木のりたけ『やっぱりしごとば』すごい素敵な絵本!!

うわ〜、これすっごい素敵な本だなぁ!! すみからすみまで読んじゃった。


角幡唯介さんが登場しているというので買った。ウヤミリックも登場してるよ!!


めっちゃよく描けてる。いくぞー!(笑)


いいわ、この絵本。夢があって!! 聞けば、すごい大ヒットの人気シリーズなんだって。5、6歳の友達の子供へのお土産にいいかもしれない。(でもこういった職業に憧れられちゃうと親としては複雑なのかな?・笑)


他にも医者やプログラマー、料理研究家とかいろんな職業が紹介されているのだけど、音楽関係ではこれ。ディテールが楽しい〜。



いいよなぁ。これから職業を選べる子供たち。夢に向かって大きく羽ばたけ! 大人がお茶飲みながら眺めても十分楽しめる、素敵な絵本です。


PS
こんなのも発見!!


2020年2月23日日曜日

分からないから怖い



誰も行かないところに行って、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書くことに人生を捧げるノンフィクション作家の高野秀行さん。

今回、ラジオに出演した高野さんの言葉が響いたので、自分用にメモ。あいかわらず納豆の取材に余念がない高野さんだが、夏には長いノンフィクションが出る予定だそうで。あぁ、楽しみ。

そして現在のコロナウィルス騒ぎについて話題をふられた時の高野さんの言葉がいい。自分の興味や好奇心の赴くまま旅してきた高野さんには、このウィルス騒ぎはどう映ったのだろう。すごく響いたので、自分用にメモ。

「僕なりの今までの経験から言うと、人間というのは、よくわからないものって、すごく怖いんですよね」

「コロナウィルスもどこまで危険なのかよく分からないじゃないですか。よくわからないってのが、すごく怖いと思うんですよ」

「僕がアフリカとか中東に行くとなると、皆さん二言目には “危なくないですか?” “大丈夫ですか?” って聞かれます。でも中東やアフリカでも危険でないところはたくさんあるわけだし、危険であっても注意すれば避けられる危険っていうのもたくさんあるわけですよ。でも一般の日本の人にとっては中東やアフリカってよくわからないんですよね。よくわからないから危険だ、怖いと思うわけなんですよ」

「これは日本だけじゃなくて中東のイラクやシリアの人たちもコロナ・ウィルスをすごく恐れていて…」

(イラクやシリア、そっちの方がよっぽど怖いと思うじゃないですか、と話をふられて)

「と、思うでしょ? だから、そこなんですよ。本当の危険度ではなくて…。つまりイラクやシリアの人たちにとって…僕がよく知っているのはイラクの人たちですが…イラクの人たちにとってイラクの危険というのは知っている危険なんですよ。テロとか拉致とか暗殺とか。知ってるものは意外に怖くないんですよ」

「でもコロナウィルスというとまったく知らないわけですよ。だから怖いんですよ」

「怖いってのはイコール危険ということではないんですよ。わからない、って事なんですよ」

あぁ、探検家という人たちは、そうやって世界の真理を発見するんだよなぁ。あぁ、もう響きまくり。高野さん、いいわぁ。やっぱりかっこいい。ご本人そういう自覚がないみたいだけど。

私の予想。このコロナ騒ぎはおそらくあと数週間続くが、そのうち大きくショッキングなニュースがなければマスコミが報道するのに飽きてくる。数字が取れなくなってくる。となると、一般の人たちも興味をどんどん失っていく。それは比例して、すごい勢いで下がってくる。震災の時もそうだったけど、感覚が麻痺してくるというのか、人間、そんなに長く緊張事態を続けていくことはできない。そうこうしているうちに普段から金儲けに余念のない人たちは、経済を元に戻そうと必死になり、その振り戻しがくる。そうして、まぁ、収束するわけなんだけど(が、それは決してウイルスの危険がさったというわけではないところが重要)、結局自分たちの努力や何かの結果こうなったという成功体験は一つも得られないまま、そして反省もないままずるずると次の案件へと人々の興味は移行していくのだった。だからまた次に同じような危機が出てきても、危機管理がまったくなされず、まったく学んでこない、自分で努力をしない、自分で決められない私たちはそのままだし、選挙ではあいかわらず保守が勝つであろう。そして半年後くらいにすべてを暴露した本でも出版されて、私なんぞはそれを夢中になって読んだりするわけだ。



高野秀行さんの本はこれらがおすすめ。


番組で紹介されていたのはこちらの本。こちらもいいですよ!



PS
都内で昨日記者会見があった監督より。まったくそのとおり。


内澤旬子『着せる女』を読みました。爆笑!



ノンフィクションライター高野秀行さんの奥様である片山ゆかさんのツイートに爆笑。

そして昨日の杉江さんのツイートにも。

というわけで、この本である。いやー 笑った、笑った。こんなに楽しく読んだ本は久しぶりだ。爆笑につぐ爆笑で、一人で夜、読んでいて声を出して笑ったことが何度もあった。

いや、私も服については、人のことは笑えないのである。おしゃれ偏差値、私も35くらいじゃないだろうか。いい年をして、本当にいっつもみっともない格好をしている。出版業界もひどいが、音楽業界もひどい。先日も数年前の後輩の結婚式披露宴の写真を見て愕然。ほんと私ったら垢抜けないわ…。なんとかしないとなぁと自分でも反省したのであった。

いや、わかってるのだ。確かどっかでも読んだことがある。年を40超えても垢抜けない人は一度プロの人に見てもらった方がいい、って。わかっちゃいるのだ。でもね、やっぱりファッションや見た目に気を使うなんてバカらしい、と思っているパンクな自分がいるのも事実なのよ。そして気がついたら54歳。垢抜けるタイミングを逃しちゃったのよ。

さとなおさんだっけなぁ、スタイリストつけて選んでもらうのがいいって言ってたの。確かに良いお店にいって、スタイリストさんに2、3パターン、仕事でも使える質のよい服を選んでもらう、っていうのがいいかもしれない。私もたま〜にだけど人前でしゃべったり、またクラシックのホールの表周りで仕事をしなきゃいけないこともないわけではないのだから。それに結構大使館関係のパーティとか行っているくせに、そういう時に着る服も本当に似合ってないのだ。

そもそも自分にはセンスというものがない。自分で買った服より人からもらった服を着ている方が褒められることが多い(そう、私にはなぜか服をくれる友達がいっぱいいる! 小さいからだろうか!?) あとやっぱり北欧ものはいいよね。ブリティッシュものは、本当に着こなすのは難しいけど、北欧のものはちょっとした小物でも映えるから、なんかおしゃれ下手さんにも使えるものが多いし、それによって人から褒められることが多いから嬉しくなる。律儀な北欧の仕事仲間からは、彼らが来日するたびに結構高いマリメッコ みたいな服やアクセサリーをプレゼントされることも多いから、本当に助かる。ツーリスト用のティータオル(ふきん)をくれるアイリッシュのミュージシャンとは大違いだ。(って、ごめんよ。ティータオルも実は大好きで日々すごく重宝しているのだけど…)

いずれにしても、これらの貰い物も本当になんとかせねばいけない。

自分で服を買う時は、せめてサイズのあった服を着ようとするのだが、そもそもチビの私はそこからしてかなり難しい。148cmしか身長がない私は、Sサイズの服でも大きすぎることが多い。また腕が異様に短いので、腕の長さがあった服など本当に皆無なのだ。

とはいえ、ここ数年はせめてサイズのあった服を着ようと5号とかの小さいサイズまで出しているブランドのサイズを覚えて利用していたのだけど、そのブランド(アメリカの通販が強いところでした)も中途半端な価格帯が災いして、ついに日本の市場から撤退することになった。はぁ…あそこの0サイズ、よかったのになぁ。ユニクロのXSも、まずまず良いのだが、やはり腕の長さがあまる。仕方がないから、シャツなどは子供用の服(150cm身長用)なども購入するが、そうすると今度は体型にあわずに胸のところにへんなシワが出たりもする。うーん。でもいつぞや経済評論家の先生が言っていたように、日頃頻繁に着る服ほど高くて質の良いものを買った方がいい、その方が元がとれるという考え方には賛成だ。

そういう中、男性のスーツの本である。なぜこの本を買ったかというと、編集者の杉江さんが「高野さんのビフォーアフターが載ってます」とツイートしていたからで、もちろんそれを見てみたいという下心もあったのだが、自分でもそんな風にファッションについて、いろいろ気になることがあったからだ。

それでもファッションなんて「けっ」と思ってた自分のファッションに対する考え方を変えたものが2つあった。そのうちの1つは漫画の『リアルクローズ』。あそこの主人公は最初まったく垢抜けなくて、それでも自分では仕事ができると信じていたのに、部署移動で実際のところは全然だめだめだったことに気づく。新しい部署でどんどんおしゃれになり、かつ自分の仕事の道も恋人もみつけるという話だ。主人公が受ける仕事関係のアドバイスがよくって、私も日々生活の中でよく思い出す言葉が多い。(たとえば同僚の「文句とは動かない人の意見」とか、主人公の上司の「つまらないものを着てるとつまらない人生になる」「大切なことは良い人と出会うこと。そしてその人の期待に応えること」など)

そしてもう一つは映画『ビル・カニンガム&ニューヨーク』。あれは最高の映画だった。NY TIMESでファッションの担当をしているビルは言う。「ファッションは鎧なんだ。あれをなくしたら人間性をなくすのと一緒だ」と。なるほど、と納得した。服は大事なものなんだ、って少し理解が進んだ瞬間である。

だからファッションのことは、ちょっとだけど気になっていたのだ。

そして、実はこの本の冒頭に出てくる講談社ノンフィクション賞の時の高野さんのスーツのエピソードは私も存じ上げていたが(高野さんのブログを読んでいたのかもしれない)、この本を読むまでは、ここまでの詳細は知らなかった。もちろん高野さんのスーツ姿の写真もはじめて見た。か、かっこいい!!

ちなみにその高野さんの講談社ノンフィクション賞の授賞式だけど、同時受賞の角幡さんは見た目がかっこいい、それに負けちゃいけないという内澤さんの記述があるが、角幡さんも高野さん以上にスーツが似合わない人であると私は思う。なにせ肩ががっちりしすぎていて、まるでゴリラだから(あっ、失礼! でもゴリラ好きです)。

それにしても、こうしてスーツを買うおじさんたちの情けない話を聞いていくと私も彼らと変わらないなぁ、と思った。そうだ、わたしはおばさんというより「おじさん」なのだ。

著者の言う

“マスコミにいるほとんどの非お洒落人は、「ネクタイをしないでいらえる自由な職場にいる」誇りを持っているようにみえる”

…するどすぎてぐうの音もでないわ。

“中身だけで勝負できる仕事をしているのは、幸せではある”  

そうだ、私たちは幸せだ。そうなのだ。

“多くの日本人男性が、スーツを「着せられている」と思っているのではないか”

著者の考察は学校の制服にも及ぶ。なるほど…などなど。

それにしても面白い本だった。面白いとはまさに文字通り面白い。ぎゃはぎゃは笑える!! この本、男の人より実は女性が読んだらいいように思う。女性に売れるんじゃなかろうか。

この著者は初めて読んだのだけど、ちょっと前に話題になったストーカー本と同じ作者と知ってびっくり。すごいなぁ。あっちは文春の連載でちらっと読んだだけだけど、すごくシリアスで怖い印象だったけど。

一方、本当にこの本は「超・おもしろい!!!」 本当に深夜この本を読みながら、布団の中で爆笑してしまうことが何度もあった。政治家のスーツのくだりにも爆笑。なぜか右寄りの親父たちはスーツが似合う。そして立憲民主党の枝野さんはスーツよりも震災時に着ていた作業着の方が似合っているというくだりにも大笑い(でも枝野さんは最近かなりインプルーブしているというフォローもあったりして。確かにそうかもしれない)。

中途半端なパンク心で「服なんか気にしてないやい」と主張し、間違った方向に行ってしまった出版関係のおやじたち…。そして今や一人で店に入り、服を選ぶのすら気遅れしてしまう。店員さんの目をまっすぐ見れない。まったく子供かっっ?!(笑) でも内澤さんも書いているとおり、ちゃんとした服装って会う予定の相手に対する礼儀なんだよね。私もほんと反省しきりだわ。でも7万円の航空券を見つけて「安い!」とヨーロッパに飛ぶのにまったく迷わないのに、1万円以上の服を買うことには本当に躊躇するからなぁ。まったくなぁ。

そういや、1つ、自分の服で思い出したエピソードが。ロビン・ヒッチコックの当時の奥さんミニーと表参道を歩いている時、本当に東京はおしゃれな人が多いわねと彼女が言うので、私が「まぁ、ここはそういうエリアだし、汚いかっこしてるのは私くらいよねー」と言ったら、彼女は「ヨーコ、そんなことないわよ、あなたもProper rock chicksな格好してるわよ」と言ってくれたのだが、その彼女もそう言った先から「Proper rock "working" chicks」と言い直したのであった。確かに同じロック風ファッションでもスタッフの服装とファンの服装ではだいぶ違う。ありがとう、ミニー。しかし…ほんとだよね…(笑)

あぁ、せめて髪の毛くらいは綺麗に整えたいもんだ。そういやヘアスタイルなんて25年くらい変えてないもんなぁ。

最後には女性のスーツの話も出てきて、これも興味深かった…というか、引き続き爆笑した。政治家のスーツ、確かにワーキングウーマンとしては参考にできる部分がたくさんある。はぁ… 私もバーニーズニューヨーク行ってみようかな。でも10万の航空券はちゃっちゃと買えても、5万以上の服なんか買ったことないもの…

最後に。そんなふうに自虐的な内澤さんとおじさんたちであるが、自分の体を飾ることはわかってなくても、本がどうしたらかっこよく見えるかは知り尽くしたチームである。この本、装丁がめっちゃかっこいい。(そういやファッションを本の装丁で例える話には爆笑した)表紙はもちろんだけど、本文の行間ピッチ(ってなんて言うんだろう)とか、タイトルの入れ方とか、フォントとか、すべてがきっちり計算されつくしてるよね。これは本の内容にさんざんネタを提供した編集者杉江さんの密かな世の中へのリベンジとみた。スーツのことは偏差値低めでも、こんなにかっこいい装丁の本、俺らは知ってんだよ、フン!ってね。いやはや参りました! 

内澤さんの本、他の作品も読んでみたいと思う。いや〜、読んでて楽しい本だった。杉江さん、レコメンありがとうございました。杉江さんのTwitter見てると、本が増えちゃって増えちゃって嬉しい悲鳴です。今、読んでいる本も杉江さん関連の本です。読み終わったら感想書きます。

PS
あ、そうそう、高野さんの本によく登場する辺境カメラマンの森さん。実物のお写真をみてびっくり。ぜんぜんイメージと違うよーーー(笑)笑えるー(爆)

2020年2月22日土曜日

ウィルス

久しぶりにテレビのワイドショーをみたら(うちにはテレビがないのだわ…)大変なパニックぶりで、ちょっと面食らう。すごいなぁ、これだからみんなどこにいってもコロナウィルスの話題なわけなのね。それにしてもテレビを見るにつけ、この状況下で、マスコミの連中が妙に興奮し張り切っているのが、本当に気に入らない。なんか、みんなもっと落ち着かないか?

よく知りもしないのに、あーだこーだと情報はこっちが持ってんだと鼻高々の彼ら。そして偉そうに発言し、あれこれ批判する。「これでいいんでしょーか?!」と言うのなら、だったらお前がやってみろ、って感じだ。いや、あれこれ批判するのはいいんだけど、お前にそれを言われたくもないわ、って感じ。そして税金で給料もらってる人たちはあれこれ批判されてもしょうがないのか。

だいたい現場で仕事をしている人を責めてもしょうがない。それがあなたが選挙で選んだ政権なんだし、私たちよりも数倍学歴のある数倍頭の良い官僚たちも真面目にやっていることでしょう。そして現場には、エキセントリックな学者もいるし、全体を落ち着いて見守る担当者がいるし、不潔ルートとかなんの考えもなくツイートする上司もいる。まぁ、いろいろな存在があるのは、どこの職場も一緒だよな、と思う。

まぁ、本当に日本は責任を誰もとりたがらず、決断ができないってのは事実だね。リーダー不在の国なんだなぁとは思う。なんか信じられるのは、船の中から食事や差し入れの写真を拡散してくれる一次情報源の方たちだったり、データを整理して公開してくれる大臣だったりもする。

それにしてもあの満員電車。昨日は開演時間が比較的早い公演だったため、久しぶりにあの時間帯に下り電車に乗ったのだけど、こんなに密着して家畜じゃなくてもこりゃ病気になるわ、と改めて思った。こういう問題、放置してたら、ダメだね。っていうか、こういう騒ぎが起こらないかぎり日本にリモートワークは普及しないのか、とちょっと呆れたよ。

加えて昨日うかがった大きな公演の主催者が「18:30に政府発表があるようですよ」とか言ってたので、注意していたけど、結局具体的な指示は何もなく、けっきょくイベントなども各主催者判断ということになったようだ。ま、要は政府は責任をとりたくないのだろう。具体的に指示出しちゃうと、その分を国が責任もたないといけない。「やめろ」と指示すれば、その分の経費は国が保障してくれるのかという問題になるし、「臆せずやれ」と言えば、その分ウィルスが拡散する結果をまねき責められるから? ま、結局のところ誰も責任とりたくない、これにつきる。そして国民側も結果論から物を言って誰かを攻めることしか考えてない。

というわけで、梯子をはずされた各イベントの主催者たちは、どうすればいいのだろう。まぁ、この状況下、できることといったら会場内で「具合が悪いと思った人は、無理せず帰宅しましょう」と放送を流したり、消毒液を会場のそこここにおいたりする程度か? あとは演奏家がやるといえば、基本公演は行い、お客さんに対してはこう言う状況下なので払い戻しに応じますよ、と告知することかなとは思う。

難しい。が、もしこの状況が4月、5月まで続いたら、自分主催の公演やイベントもあるわけだし、今はそんな風に考えて覚悟をしている。

ま、今日もはりきってまいりましょう!…と、思ったら、今日は土曜日だった(笑)。しかもまた連休? それにしても定時出社のサラリーマンの皆さんは、家畜車両のあの状態が当たり前のことだと思ったらいけないと思いますよ。世の中、良い方向に変えていきましょう。まぁ、あとは無用の外出は控え、外出したらとにかくなるべくいろんなところに触らず、触ったら、その手で顔をさわらず、帰宅したら手洗いをしっかりやりましょう、ってところではないでしょうか。

自分が帰国できなくなっちゃったアイスランドの火山灰の時も、311の時も思ったけど、日常に引き戻す経済の力って、すごいから。私はそっちの方がどっちかというと怖いな。

アネモネ、花が次々と咲く!

花が小さい。こういう種類なのか…



2020年2月21日金曜日

戦略を考えないと…





先日、音楽業界の先輩と久々にご飯。久しぶりにお話をする時間を持てた。この気持ちを忘れないうちにメモ。

共通の友人がいて、その彼女は映画関係のプロデューサーさんで、配給会社の社長さんをやっているのであるが、その彼女に私も病気で全然会えてないので「●●●ちゃんは元気ですか?」と言ったところ、「いや〜、夢中で仕事してるよ、なんだか売れそうもない映画に入れ込んでねー」みたいな話になり、彼女らしいと二人で道端で大笑い。

わかる。なんというか、私たちプロデューサーと呼ばれる職業は、周りのみんなから反対され、あきらかに売れないだろうと思われるものに打ち込んでいる時こそ幸せがマックス状態なのだ。ゼロから何か立ち上げて、あれやこれや試行錯誤しながら頑張っているうちに注ぎ込んだ自分の愛情に酔ってしまうのか、愛情が溢れ出て溢れ出て、それを楽しんでいる自分が好きで、まさに幸せで自分は恵まれているよなぁと実感するわけだ。そんな仕事の最後には赤字の会計レポートが残るのだが、まぁ、幸せを買ったと思えば安いもんか?…と納得する。あぁ、幸せだった。これに係わることが出来てよかった、と。

この感覚は経験者でないと分かるまい。…と高笑い(笑) ふっふっふ…。

上で紹介したツイートは某アーティストさん?による「誰も取り上げてくれない、そんなんで音楽メディアはいいのか?」みたいなツイートに対するライターの方のレスなのであるが、まぁ、そういうこと。

実際、今や媒体1つで世の中動くということはほとんどない。かつては新聞やテレビがそうだったけど、そんなのは今となっては単なる瞬間風速。それよりも、いくつかのまとまった宣伝があり、方針があり、その中でやっと少しずつ認知されていく。

だから宣伝プロデューサーというか、ある程度シナリオを書いて、媒体露出のタイミングを計画し、係ったみなさんのご迷惑にならないようにする仕事が必要となってくるわけなのだけど、それをわかってないミュージシャンやアーティストたちが多すぎる。

特に無名のアーティストを紹介するというだけで、媒体…とくに長年やってらっしゃる名門媒体においては大きなリスクにもなりうるわけで、その辺を理解しながら感謝しながらやらないと正直この仕事はなりたたない。本当にその点においてもウチなんて恵まれているよなぁ、と思う。

それにしても宣伝って難しい。先日とある日本人ミュージシャンの海外におけるインタビューを聞いていたのだが、うーーーん。なんか… 脱力しちゃった。演奏はそれなりに良いと思ったのだが、インタビューの受け答えが英語以前の問題で、まるで出来ていない。こんなんだったら喋らない方がいいのでは?と思ったのだった。実際、喋らないでミステリアスにしている、という宣伝スタイルだってありうる。なんか英語が出来ても内容がなさすぎでしょ。視聴者の方をまったく向いていないその受け答えに「つまんな…」と思わず途中で聞くのをやめてしまった。こういうのミュージシャン本人は気づかないんだろうなぁ。だからマネージャーという職業がやっぱり必要なのかもしれない。いろいろ考えた。

ま、今日も張り切っていきましょう!

今朝のベランダ。寒いけど、もうすぐ春だよん。




2020年2月19日水曜日

ラティーナさん、ありがとう!!!





いつかは来ると覚悟はあったけど、びっくりしました。でも、ほんとこれからのメディアとしての役割はまだまだあると思う。ラティーナさん、これからも頑張ってください…というか、力をあわせてこれからも何かを一緒にやっていきましょう!!

今後もワールドミュージックのメディアとして、みんなのハブとして活躍されることを期待しております。

それにしても68年…ってすごいね。そういう権威のあるすごい雑誌さんに、まだまだ無名のうちのアーティストをたくさん紹介していただき、本当に心強かった。古くからある名門雑誌としては新しいものを紹介するって、それだけで自分にふりかかるリスクになると思うんだけど、そういうことに躊躇しないというか、勇気のある媒体さんだった。加えて、私はライターとしても何度か誌面をいただいたこともあり、本当に本当にお世話になった。

結局それにご恩返しできるような広告が一度も打てなかったのが心残りです。あ、一回だけちっちゃなのをのせていただいたことがあったかな…。(キャロライン・ラベルを出したとき。あの時はキャロラインの事務所が出してくれたんだった)

これからもまだおつきあいは続くだろうと思います。とはいえ、いったん雑誌としてはさようならになっちゃった。ほんとここ数年の特集の充実ぶりには目をみはるものがありました。かっこよかったよ!! ほんとに。お世話になりました。ありがとうございました。







音楽では食べていけない?



ロックバンドは難しいんだよなぁ…  でも彼らがこうやって公に言うことは良いことだと思う。夢だけじゃ生きていけない。現実を見ないとね。

それでも伝統音楽を演奏してたりクラシックやってたりすれば「営業仕事」は来る。営業仕事、つまりギャラをもらって、人に雇われる仕事だ。それをしていれば、自分にはリスクがないから、まぁ、小規模でも活動し、生活はなりたつだろう。それが正しいと思うなら、それはそれで正解だ。外野がとやかく言うことじゃない。

ところがロックバンドみたいに自分の表現活動=生き様ともなれば、これは難しい。よほど多くのリスナーが共感し、CDが売れないと生活できない。たくさんのバンドが非常に無理をしてライブ活動を行なっている。それぞれのメンバーやスタッフ、家族の犠牲の上にすべてがなりたつ。

何も知らない素人さんや一部の業界人たちだって、会場がいっぱいにさえなっていれば「すごい儲かってるのかな」と勘違いするくらいだから、それを外から読むのは難しい。自分でもライブを作っている人がチラシを眺めて現場を眺めてやっと実態は想像できる。「まぁ、この程度じゃきついだろうな」と。でも、まぁ、昨日も書いたけど「夢を売る」仕事だったりもするからね… 厳しいよね。

そしてこれまた面白いのが1曲でもヒット曲があれば、将来くだらない(失礼)営業話が入ってきたりするんだからたちが悪い。デパートの屋上だって、商店街のステージだって、なんだってやっちゃう。ちょっと悲しいけど、大衆からお金をもらうってそういうことだ。

世の中ってほんとうまくできてる。人の言うことを聞いて我慢すれば、お金は確実に入る。人の言うことをきかないで自分の好きなことをしたいならば、赤字のリスクを覚悟でのぞまないといけない。

私は幸いにも両方のやり方を持っているので、いろんな意味で恵まれている。自分の好きなことも思いっきりできる。仕事をくれるクライアントさんにも大事にしてもらえている。本当にありがたいことだ。

さて今日も張り切ってまいりましょう〜
土鍋で炊いた玄米。美味しそうに見えないかもだけど、なかなかですよ。



2020年2月18日火曜日

幡野広志『なんで僕に聞くんだろう』を読みました。心地よいナイフ!



いや〜、やっぱり素晴らしいわ、幡野さん。Cakesでの連載の一部をまとめた珠玉の一冊。大事にして何度も何度も読み返したい。幡野さんの言葉は「心地よいナイフ」(本書参照)になって私の心にずさずさとくる。あぁ、なんて素晴らしいんだろう。幡野さんは私がほしいと思っている言葉をくれる。

そうなんだよね、「背中を押してくれる人」を誰もが探している。自分を肯定してくれる人。自分でなんでも決めなさいと余計なことを言わず見守ってくれている人。さすがに後半になってくると連載時にすでに既読のものも多かったが、いや、やっぱりすごいよ。

好きだったのは一人旅がしたいけど親に心配をかけたくないという女の子の相談。あれは本当にさわやかな気持ちになった。あと子供との関係に悩むお母さんの相談に、子供の立場にたってズバッと回答した回かなぁ。あれは素晴らしかった。

他にも今回読んで心に残った幡野さんの言葉のメモ:

「コミュニケーション能力が低い人というのは(シャイな人ではなく)人との距離が近すぎる人」

「親子関係が近ければ近いほど相手を否定してしまう」

「他罰的な人がいる。善人には悪いことは起こらないと信じている」

「病気になると(人間が変わるのではなく)その人の性格が色濃くでるようになる」

「自殺は切り札。いつでも死ねる。それがあなたを生きやすくしている」

「褒められてうれしい感覚は、安かった時に買った株が高騰して喜んでいるのと一緒。結局誰かの評価でしか人を見ることができない」

「なんとかしてあげたいと思う人ほど、ストレスを感じてあなたの(辛かったという)話を聞きたくないと思うの」

「死んだあとのことよりも生きているときの関係性の方が大切」

「(病気になったら)病人自身が指揮官になること。家族が指揮官になって病人が兵隊になったらズタボロになって死んじゃう」

こんなページも見つけた。


次に読んだら、また別の言葉が心地よいナイフとなって私に刺さることだろう。ありがとう、幡野さん。なんか同じ時期に病気になって、不謹慎だけど私はラッキーだったと思った。



覚えてるわけないだろうとは思いつつ…




この幡野さんのリアクション、すごく好き。それを紹介してるアートディレクターさん?も。ふふふ、この感じわかる。

終演後のサイン会の時とか「覚えてますか?」と聞くファンの人は多いけど、私からしたらなるべく聞かないであげてね、って思う。普通、ミュージシャンはみんなお客さんに気をつかって「覚えてる」って答えるんだけど、そんな質問をされればミュージシャン側は緊張しちゃう。滅多なことない限り覚えてるわけないじゃん。毎日すごい人数の人に会ってるんだよ。逆に覚えていれば自分からそれを言うと思う。「最前列にいたよね?」とか「昨日も来てたでしょ?」とか。なので、プレッシャーを与えたないであげてね、と思う。

そしてミュージシャンたちが覚えていようがいまいが、彼らはみんなお金を払ってきてくれているお客さんたちに心から感謝していることは、ちゃんと認識しているのだから、それを疑わないであげてね、ということなのだ。お客さんが払ってくれるチケット代1枚1枚がミュージシャンの活動をささえているわけで。それについて、彼らはいつも心から感謝している。

こういうこと言うとお客さんの夢をつぶしちゃうかもだけど、ウチは他のプロモーターと違って夢を売ってるわけではない。いろんな現実をまっすぐお客さんに届け、それを知ってほしくて、こんな商売をしている。世界にはこんな変わった音楽があるんですよ、って。それをちゃんと見ていってほしいですから。

じゃなかったら、私も芸能界チックな、もっと飾り立てた虚飾の世界を作ることに努力をするだろう、と思う。確かにクライアント仕事とか、たまぁ〜に夢を売らなくちゃいけない案件を手がけることもあって、そんな時はやっぱり「夢を壊さないように」とは思いますけどね。

でも現実は…例えばプロモーターとして1週間べったりアテンドしてたって、10年音沙汰なけりゃ相手のことなんざ覚えてないかもなって思うわ。毎日を一生懸命生きているアーティストほどそうだと思う。彼らは一般の人よりも多くの人と出会い、いろんなことを経験している。そういう経験が音楽に深みを与えるわけだけど、世界を旅するアーティストが一生のうち、1つのテリトリーで覚えてられる名前って2名くらいじゃないかな。確かに時々リアム・オメンリィとかロビン・ヒッチコックとか驚異的な記憶力の人がいたりして、そんな時は彼らはすごいなぁといつも思うのだけど、例えばロビンなんか私の誕生日は絶対に忘れないくせに、例えばどこへ行ったとか、今日はどういう予定だとか、そういう大事なことを忘れちゃうことが多い(笑)

で、私が「ほんと忘れちゃったのね」とかいうと、ロビンが言うんだ。「お前と、タッド、アキコとコウイチの顔を覚えていればいいんだ。他はたいしたことないんだ」って。なんかいいでしょ? 確かに大事なことなんて一生のうちほんのわずかなのかもしれない。ロビンのそういうところ、大好きである。話がそれかも… でもそんな感じなので、とにかく私はミュージシャンにはプレッシャーを与えないであげてね、って思う。

今日は風が強くてからっかららしいので、朝から盛大に洗濯をした。今日もがんばりまーす。アネモネって初めて育てたけど、元気だし、花はぽんぽん咲くし、いいね。来年もやろうかな。水仙ももうすぐ咲きそう。早いな…


2020年2月16日日曜日

企画書書くか〜

昨日は北区の文化施設でヨーロッパの伝統音楽フェスティバルについての講義をさせていただいた。
オリパラ (オリンピック&パラリンピック)に向けて5回シリーズのうちの1つを担当したんだけど、大学で教えてらっしゃる先生方や各界の大御所にまじって、偉そうなオレ。とはいえ、ウチの無名ミュージシャンたちを思えば、一人でも興味を持ってもらえる人を獲得するため「いえぇ、私なんかぁ〜」とかブリっ子(死語?)してても意味がない。えいやっと、女一匹、台所で仕事してまーす的なノリで乗り込む。北区はハンガリーの応援タウンなので、ライコー・フェリックスとかかけちゃったりして。

でも楽しかった。生徒さん、みんな熱心。こう言う場ではあれこれ難しい話をしてもわからないだろうなと思いつつ、いつも言われるのは「(なんだかわからないけど、とても)楽しそうだった」ということ。
あと音を聞いてもらったり映像を見てもらったりするとワールドミュージックって無条件に楽しくて、何の知識がなくても面白そうだなってことを感じてもらえる。確かに普通の人は、こんなへんなものを知る機会とかないもんね。音楽って日本ではクラシックとTVで流れてるもの、あとは日本の伝統芸能ものしか存在しないことになってるんで… でも、知らないことを知るのは楽しいよね。

まぁ、自分の話が面白いかはよくわからない。私は好きなことなので、話してりゃ楽しい。だからベラベラと喋った。お客さん的には大丈夫だったのだろうか。
でも結局のところ伝えたいのはその二点なのかも。(1)仕事をこんなにも好きな女が一匹ここにいるってのと、(2)ワールドミュージックってものがあって、それは結構楽しいんだな、とその2点。

それにしてもこの文化センター素敵でしょ? 国の持ちものだけど、北区の公園課が管理。今は指定管理業者(って知ってます?)が運営している。もともとベトナム戦争時代は野戦病院だったらしい。一つ一つの部屋が結構広く楽しいので、ここでケルト市的な、エスニック満載のイベントやったら楽しいかも。

企画書書くかー。この洋館、もともと野戦病院だったらしい。地下とかいくと、いかにもそういう雰囲気だけど、トイレは広いしバリアフリーだし、廊下は広いし、良いかも。



2020年2月15日土曜日

やっぱりソロがいい




まったく同感。

ソロ飯、ソロ映画、ソロコンサート観覧、ソロ活動、大好き。そもそも誰かが同意してくれるのを待ってたら、何も好きな事出来やしないもんね。

そもそも現首相の妻のように、妻だからという理由だけで旦那の職場に意味もなくついてきて、あれこれ口出すなんて、もう最低。そりゃー、その場の中心人物の奥さんや家族が来たとなれば、周りは気を使うわけですよ。その状況に気持ちよくなって、勘違いして、また再びパートナーの職場に行っちゃう。そもそも「誰かの妻」「誰かのガールフレンド」というだけの存在は、私は認めないね。そういえば「母であることに自分のアイデンティティはないって言ってたのは未来食堂の方だったたけ? かっこいいよね。「妻であること」「誰かの家族であること」「誰かのガールフレンドであること」それはその人のアイデンティティにはなりえない。

とあるミュージシャンが嘆いていた。パーティだ、ソーシャライジングだとなると、だいたい二人分の招待が来るわけだけど、実際自分は一人の方がいいって。奥さんがいると誰かと話している時も、奥さんに気を使わないといけないから自由に仕事の話ができない。そもそも奥さんも知ってる当たり障りのない内容しかその人と話せなかったりするわけですよ。パーティが遊びのパーティならいいけど、そこは大事な新しいネットワーキングの、仕事の場だったりするわけだから、難しいんだよ。「おまえはいいなぁ、一人で気楽で」とか言われた。あぁ、これだから私の婚期はますます遅れるわけだ。

その点、某ミュージシャンの奥さんは、某パーティで本人が誰かと話はじめると、すうーっと姿を消していた。そして様子をみながら彼が寂しそうにしていると、また自然に彼に飲み物を運んだりしてあげていた。これぞ妻の鏡! プロの奥さん。が、こういう奥さんは滅多にいない。ほぼ皆無といっていいだろう。よく言うんだ。私たちはミュージシャンは選べても、そのパートナーや家族は選べないよね、と。

また他の別のミュージシャンも言ってた。「今度のガールフレンドはいいんだよ、僕に楽屋で話かけたりしないで待っててくれるから」と。あぁ、わかる! 

私も昔は親や単なる友達を公演に呼んだりしたけど、例えば主催者である私の親が来たっていえば、周りのスタッフもミュージシャンですらも気をつかってくれる。でもそれでそのスタッフが自分の仕事に集中できずミスがあったら本末転倒。いつだったか、しつこく私に話しかけてくるウチの親に「今、仕事してるんだから、待っててよ」とか言ったら「だって早く帰らなくちゃ」と来たもんだ。もう2度と呼ばない…と思った。それ以来、実際呼んでない。

一方、単なる友達を呼んだとしても彼らが来たら来たで、「人の職場にお邪魔してます」っていう感覚がないから困る。音楽業界の場合、しょうがないんだよな…。これが普通のオフィスだったら違うんだろうけど。いや、友人にご来場いただけるのはありがたい。ありたがいけど、私としゃべりたがったり、相手してほしがったり…  結構面倒くさい。こっちは仕事してんだって。その友人が嫌いなわけじゃない。それがわかってもらえないと悲しくなる。だから友達を呼ぶのも、とっくの昔にやめてしまった。

それでも…それでも、だ。例えば自分で自分の事業やってる人は何も言わなくてもわかってくれるのよね。「のざき、忙しそうだし、あとで連絡すればいいや」って。でもたいていの人はサラリーマンだから、そういうことをまったく理解しない。それこそ、静かに来て、あとで感想メールくれたり、チケットを普通に買ってくれたり…、そういう普通のお客さんにできることが、友達だとできない。たいていの友達(?)は、悪気もなく招待をねだり、現場で特別扱いを求め、こちらの職場を荒らしにやってくる。厳しいけどね。でも言わないと、こういうことは分かってもらえない。こんなバカなことで友だち失いたくないけど…。

ちなみにここにも何度か書いているのだが、同じ悩みは某有名美術館の館長ももらしてらした。そこの館長ともなれば、友人もセレブ系だろうに!! 状況はどこも同じなんだなぁ…。まぁ、みなさんがやってる真面目な仕事に比べたら、私たちの仕事は文化祭にしか見えないだろうけどさ。

というわけで、話は戻ってソロ飯。ソロは気楽でいい。人の公演やイベントにもなるべくソロで行く。現地で誰かに会ってご飯に行こうっかってなれば、それはそれ。例えば招待状を2枚もらって無駄にしたくないとか、そういうことでもない限り、どこにでも一人で行くようにはしている。それが一番いい。相手に迷惑かけたくないもんね。それがプロのソロ活動。招待もらっても挨拶したら、とっとと帰る。これ鉄則。

ま、言いたいことは、自分は仕事の人間関係とプライベートの人間関係は混同しないようにしたいな、ということです。ま、でもいいのよ、パートナーを職場に連れてきたいというなら、それはその人のスタイルだから。でも私は勘弁したい。だから自分の現場ならともかく、私が主催の現場では、そういうことをしないでほしい。私の現場では、私を含め、みんなギリギリのところで働いているんだから。

そんなこともあったりするから、現状私がつきあっている私の今の仕事仲間はみんな最高だと思う。どんな著名な方でも当たり前のように招待やサンプル盤を要求する人なんて誰もいない。素晴らしいよね。普通こんなの無理だと思う。本当に私は恵まれている。仕事仲間って、金銭取引もからむくらい同じ価値観をシェアしてないと、一緒に仕事ができないわけで、友達とか仲間って本来そうであるべきだと思う。私は本当に恵まれている。

今日も張り切って行きましょう! 本日北区の講座の講師業、そのあとはバルトロメイ・ビットマンのチケット発売を夕方4時から。特に北とぴあ最前列ほしい人は是非。こちらからどうぞ。



PS
いろんな意味で、長く生きていくのであれば、仕事の付き合いと、プライベートな付き合いはクロスさせない方がいいよね。じゃないと逃げ場がどちらにもなくなる。私は今、プライベートが皆無に近いので、そっちが問題。また編み物でもはじめなくちゃ、とは思っている(笑)

2020年2月14日金曜日

コイン

ところで、こういうコイン類って好きな人いる? 部屋を片付けていただら出てきた。昔からコインは使い切らず、またくるだろうから、と取っておく人であった。

ソ連のコインとかあるんだけど…貧乏学生時代にアエロフロートとか乗ってたから、その名残かも?


ユーロになる前のオランダの紙幣発見。他、韓国やデンマークのコインも… どうするんだ、これ? あとヘルベティカって書いてあるのは、どうやらスイスらしい。


ポーランドはまた行くとして…(€じゃないって知ってました?)


もう2度と行かないと思ったアメリカだが、こんなにあるよ。まだ使えるのかな、これ…。そしてアメリカに行くことがあるのだろうか、オレ。そしてその時まだキャッシュは使えるのだろうか…。


こちらは明らかに使えないスウェーデンの高額紙幣。ウーロフが調べてくれた結果によると「これを使いそびれました。理由は…」というのをレポート用氏に書いて提出しないと銀行でも引き取ってもらえないらしい。とほほ…


こちらはまだ使えるのだろうが、本国ではもう誰も使ってないノルウェー紙幣。1万円分くらいある。

このスウェーデンのコイン。単位がよくわからん。銅が安いやつで、銀は50クローネ? 50クローネだったら、結構するよね? 水1本買えるんじゃないかな。


使わないコインはチャリティか、と思ったけど、よく空港で見かけるユニセフの「旅のあまりのコインは…」のチャリティボックスは、通常流通しているものに限るらしい。使えないもの投げこでも迷惑になっちゃうのか(悲)

フィンランドのマルッカも発見。どうすんだ、これ?



もう流通してないやつなら、ペンダントとか加工しても許されるんじゃないかな。欲しい人がいたら、ケルト市に持っていきまーす。100円で売るよー(爆)


PS
その後、情報でこちら(↓)なら流通してないものでも引き取ってもらえ有効活用していただけることが判明。こちらに寄付します。マルッカコイン、必要な人は土曜日の夜までに連絡ください。誰も何もなければこちらに他のコインと一緒に寄付しちゃいます。あ、アイルランドのアイリッシュ・ポンドも発見。10ポンド札。こちらも誰も必要ないなら寄付しちゃいます〜


 

2020年2月13日木曜日

アンディ・アーヴァイン、詩集発売! もちろんケルト市でも販売します

楽しみー楽しみー楽しみー



アンディ・アーヴァインの詩集が出る。訳はなんと柴田元幸先生。すごい。これは楽しみ。ケルト市でももちろん販売しますよ。今回一番売らなくてはいけないアイテムの一つだな。がんばろう…

ヒマール・ブックスさんより発売。詳細もヒマールさんのページを参照あれ。

アンディのこと知らない人はいないだろうけど、さっくり説明するとロンドン生まれで子供の時は子役さんとして売れっ子だったというハンサムさん。その後、アイルランド音楽に惹かれ、アイルランド音楽のミュージシャンとして、もう最前線をいつも行ってる人。リバーダンスだって、なんだってアンディがいなかったら生まれてないのだ。ポール・ブレイディがジョンストンズ、ドーナル・ラニーがエミット・スパイスランドなどでフラフラしてた時代に、すでにスイニーズメンというすごいグループを牽引。プランクシティのメンバーとしても大活躍。ポール・ブレイディとのデュオアルバムは最高だし、70歳を超えた今でもツアーにつぐツアーでウッディ・ガスリーの魂を本当に受け継ぐすごい人物なのだ。



また表紙の画像など届けられると思うので、追ってご紹介したいとは思いますが、取り急ぎ。

なおアンディのお友達で初代スィニーズのマネージャー、イラストレーター、彫刻家のエイモン・ドハティ(ごめんなさい、ググったけどオークションサイトしか作品見れるリンクがなかった…)のイラストも掲載されているそうです。



PS
こんな感じの装丁だそうです。かっこいいというか潔いというか、そういう感じ。本当に楽しみ。

笹山敬輔『興行師列伝 愛と裏切りの近代芸能史』を読みました



テレビによく出ていた人が不祥事を起こし、テレビを干され、最近になってYou Tubeに新しいチャンネルで乗り込んできたり、うんと前に引退した芸人さんがYou Tubeに出てきたりして、そういう話題が動画界隈で盛り上がっているのだが、私個人の感想なんだけど、TVに出てた人をネットで見るとノリが違うというか違和感があるんだよね…。なんでだろ。

話を聞いてても、そもそも生き方からしてなんか違うっていうか、TVじゃないところだと、なんか自信なさげだし、確かに頭が良くて話がおもしろくて才能はあるんだろうけど、無法地帯の動画の世界に、TVのノリで来られてもなんか違和感があるんだよなーと思う。なんかビクビクしてるっていうか。覚悟が足りないっていうか。

今や、なんでも清廉潔白な人がもとめられるTV。よく言えばほぼ何もかもが許されたYou Tubeでは大きな違いがあり、価値観が違うということが、分かってないんじゃないのかなとも思ったり。

いや、彼らには私より頭のいい人がスタッフとしてついているのだろうから、わたしなんぞが何を言えたことだろう。よくわからないけど、You Tubeで何万人もチャンネル登録があり再生回数さえ増やせれば、それだけで収入になり、彼らにはもうスポンサーなど必要ではなくなる。だからスポンサーに気をつかわず、もっとうんと弾けてしまえばいいのに、それもなんかできてない感じ。You Tubeで話題になって、それをきっかけにまたTVに復活しようというのが見え見えで、ちょっと思いっきりがよくないというか、自分が裸になって勝負していないように見えるのが痛い。そういうところ、現状の動画の視聴者はよく見ていると思う。TVなんて関係ないやん、っていう振り切れが足りない。ま、でもこれも5Gが始まって動画の方がに普段テレビを見ている人が流れ込んでくれば、だいぶ変わってくるのだろう。

しかし最近の反社や薬など犯罪行為ならともかく、不倫や内輪のことでイメージが悪いとその世界から抹殺されては、彼らもたまらないだろうなとは思う。でもスポンサーがいるというのは、そういうことだ。会社や社会に与える大きな影響もあるわけで、今は本当にTVというメディアのあり方を考える時期なんだろうとは思う。

こういうTVにいた人たちはテレビに再び出ない限りは、言ってみれば正式な復帰ではないとみなすんだろう。もっともテレビはテレビでプライドもなく、動画ですでに当たり前になった事を、さも自分たちが見つけたかのように平然と紹介し鼻高々だったりしている。もうよくわからない。

っていうか、みんなプライドがなさすぎだよな…。

だいたい前提としてテレビはNHK以外は企業がスポンサーをしていて、TVに出ていいか決めるのはスポンサーであり国から免許を受けてる公共の電波を有する放送局だ。そこに視聴者の権限はない。よく視聴者が街頭インタビューに答えて「一年たたずに復帰とかありえない」なんて意見をのべたりしているのを聞くと「それをお前がいうのは違うだろ」「お前は大会社の社長か宣伝部長か?」と思う。決めるのは視聴者じゃない。スポンサーなのから。

(とか、書いてたら昨晩よみはじめた幡野さんの新作に「親戚の家ではずーーっとテレビをつけていて、10人くらいのいい大人があつまって、テレビに向かってつっこみをいれている。あそこではテレビが神だ」みたいなこと書いてて、大笑いしてしまった。ウチの実家も似たようなもんだ…日本の実態ってそんなもんなのかも)

そして、そのスポンサーすら今や電凸には弱いと来てる。もう何かがなんだかよくわからない。金を持っているやつ、声がでかいやつによって、世の中は右へ左へ振り回される。なんかなぁ。

今後、こういう構図も大きく書き換えられていくんだろなぁ。まぁ、私には関係ない話だが。

…と思う今日このごろ(笑)。この本だ。タイミングよく出たよね。突発的に購入して読んだものの、まぁ、面白く読んだ。ほんと私ったら「げいのーかい」の常識を知らなすぎる。松竹が松と竹の双子の兄弟から始まっていることとか、各お家騒動とか、日劇、東宝、大映、吉本の黎明期、鉄道と不動産がらみの宝塚…全然知らないことばかりだった。とはいえ、一度読んだだけではいちいち創業者の名前も覚えてられないし、そもそもこんなことを知っていたからといって自分の仕事にどうということもないので、あえてしっかり読んで、自分の知識にしようとまでは思わない。へぇーと思いながら入った知識は、そのまま出ていくだけなのだが、ほんと激しい世界だわ、これじゃ芸能界が反社とかいって切り離すのは無理な話だわな、という印象は強くのこる。いや、ほんと怖い話です。みんな命をはって、この仕事してたんだね。

好きな音楽や芸能に対する愛情だけで、女一人でも生きていける今の時代に生まれたことを嬉しく思うし、この本に書かれてるこういう時代に生まれなくてよかったという思いが交錯するのはいなめない。とはいえ、ここに書かれている興行師たちの、いろんな部分…しかもあまり綺麗ではない部分を自分の中にも発見してしまうのも、可笑しくもつらいところだ(笑)

確かにお金をもうけたいだけなら、他の事業の方がよっぽど安全なわけで、そこをあえて興業を手がけるというのは、それだけでもう何かがある。私も含めてバカじゃないとやってられない。

そして、そんなバカな興業は事業になったとたん、やっぱり何か一番大事なものをなくしてしまう。本来、プロモーターさんは社長一代で終わるものだということにも、なにかうなずけるものがある。

「大会社を天秤にかけてでも、自分らの欲望を優先した。それはもはや経営とはいえない。だが、彼らは興行師だ。興行師を合理性だけで動かすことはできないのである」という著者の言葉が響く。

「(晩年の大谷氏の発言)松竹は私がなくなったあとは事業化してよくなると思いますね。私ではどうしても事業化しない。道楽がついてきて桁をはずすことがあっていけない。私もよくわかるんだ。その道楽を私からとったならば、私のいまの健康はなくなっちゃう」うわ〜、なんか言いえてるよなぁ。

あくまで大衆によりそい、評論家の批評は気にしなかった…という小林十三の言葉も重みがあるよねぇ。わたしも自分がいかに良い音楽知ってるってのを自慢してちゃーダメなんだよ。ちゃんと大衆によりそわないと。いまだにTHE MUSIC PLANT村は、のざきの表現の場以上のものを、なかなかお客さんに提供できていない。だからうちにはヒットはでない(笑)。そしてそれが好きだったりもする(高笑いw)

あ、そうそう、「ミーハー」という言葉の語源も初めて知ったよ。(みつまめの「み」と長谷川一夫の前の名前:林長二郎の「は」から取ったものだとか。でもこれには諸説あるらしい)

79年生まれという著者だが、本当によく調べて、ドロドロなこの世界をそれでもなるべく公平に書こうと努力しているのがうかがえて非常に好感を持てた。著者が言うとおり、歴史は勝者によって都合に良いように書き換えられてしまう。が、著者はこの自伝はこう書かれているが、こっちの評伝ではこう言ってるとか、彼は自分ではこう言っているつもりだったけど、こういう気持ちがなかったわけではない…等々、前置きしつつ、自身の解釈もすごく公平なレベルに押さえ、読者になるべく正しい情報を伝えようとしているのが見て取れる。誠実な本だと思う。

できることなら、もっとジャニーズ事務所とか、最近の吉本こととかも知りたいなぁ、と思ったけど、そのテの本を読み始めるときりないし、あとまぁ、まだ生きている人のことを書くにはいろいろ限界があるんだろうし、バイアスもかかるのだろうから、難しいよね。いまだ、後ろから刺されるとかあるのかもしれないし…。芸能界、怖い(笑)

2020年2月12日水曜日

シンプルに暮らしたいと思っているのだが



海外に行くと思うのだが、本当に街は静か。日本の街は本当に表示がうるさい。視界に入る広告も多いし、音楽もそれぞれの店がそれぞれの音楽をかけてたりしてて、本当にうるさい。





上の記事。褒めてくれるはありがたいが、おかげで日本人はなんでもかんでも説明しないとダメな国民性になっていると思う。バスに乗れば「急ブレーキに注意してください」みたいな表示が5つ、6つ目に入ってくる。同じことが何度も何度も表示してある。車内アナウンスの放送が流れる他、運転手までもが「注意してください」と口頭で言う。正直…うるさい。というか、おかげでそのどれ一つとして頭に入ってこない。

これだけ量が多いと、聞き逃す、見逃すということを制御していくしか自分を守る方法がない。そのすべてを読んでいたら、聞いていたら、情報の渦に自分の頭がおかしくなるだけだ。

かといって、それを見て、イライラ「まったく日本は…」となるのも精神上よくない。だからひたすら無視する。

バスという乗り物を考えば、急ブレーキになど当たり前のことなのだが、それに対する想像力、思考力はこうして奪われる。おかげで日本人はなんでもかんでも説明しないとダメな国民性になっていると思う。

学校でSNSの使い方を指導するだなんだという議論があるという。そんなの自分で学んで致命的ではない小さい失敗を繰り返しつつ会得していかないとダメだ。おかげで日本人はなんでもかんでも手取り足取り教えてもらわないとダメな国民性になっていると思う。

そういやいつぞや某広告制作のアートディレクターさんと一緒に海外の仕事をした時、その人が現地の広告を見て「オレたちの方がかっこいい仕事してるな…」とつぶやいた時は「かっこええ!!」としびれたもんだが…。その人も実はミニマムな広告で有名な大先生なんだが。本来ならそんな風にミニマム方向にセンスがいいはずの日本人なのだが、表示表示でとにかく今、街はゴッタゴタになっている。

フルート奏者の豊田耕三さんのミニマムブログがおもしろくてよく読んでいるのだが、お財布。確かに考えものだ。でもこんなかっこよくて高い財布は私は使えないなぁ。

私が持ち歩いているクレジットカードは3枚。うち1枚はスイカ・JBC・JR・JALの一体化したもの。あとはVISA(仕事用)と、MASTER(個人使い用)。豊田さん同様、傷害保険付帯なので、年会費高いけど、これは年に2回以上、海外出張がある身としては良しとしている。

ショッピング・ポイントは豊田さんのように割引ではなく、すべてマイレージに自動移行し年に最低2回はエコノミーでヨーロッパに行くことができるのがいい。(来日ツアー関係の決済とか何百万にもなるから大きいんですよ)が、これもよく調べて、もしかしたらポイントをそのまま割引いてもらって、好きなキャリアで飛ぶ方がもしかしたらいいのかもしれない。なんとなく今までマイレージ信者で何も疑問を持たず来ちゃったけど。

銀行のカードは基本持ち歩かない。いわゆる電子マニー系はスイカ。ポイントカードは一番よく行く近所のベルク、ドラッグストア、そしてJREの3種類。あと今、多いのが仕方ないんだけど病院の診察カード。主治医のいる大病院、近所の内科医のセンセ、歯医者。保険証も。あと運転免許(運転しないけどID代わり)。…結構ある。

お財布はここんとこ、Cath Kidstonの長財布をずっと使っている。安価安い時に変えば3,000円代。汚れてもゴシゴシ拭けるし、3年くらいでボロボロになったら捨てちゃうが、気にならない。ヒースローを経由する時に、日本に入ってきてなさそうな柄を見るのが気に入っている。また外の柄は変わっても内側は一緒なのでいろんなものの配置フォーメーションが同じなのが便利。Cath Kidstonにしてから、もう4代目くらいだと思う。

ところが、こんなにあれこれ日本では持ちあるいているオレも、海外ではクレジットカード1枚を上着の内ポケットにいれ、あとはレシート類をカバンの中にポンポン投げていれるだけという体勢でいけるのだから、やっぱり日本においては、自分も忙しいということなんだろうかと思う。これが生活するってことなのかなぁ。旅に出るとほんとうにシンプルでいられるよ。ずっとそのままでいたくなるよ。

というわけで、4月に行うケルト市ですが、裏テーマは「断捨離」。野崎の家も事務所も断捨離中。あれこれ使わない資料や未使用の北欧グッズなどあれこれお持ちします。詳細はこちら

2020年2月11日火曜日

バルトロメイ・ビットマン 磔磔のチラシができました〜




ホームページに載せなくちゃ〜〜!! やること山積。印刷もアップしました。置いてくださるカフェやレストラン、飲み屋さんやら美容室やら雑貨屋さんも、ぜひお声かけください。彼らにとって初めての関西公演。人が来るのかなぁ… がんばらないと。

チケットは今週末発売。一番良い番号はこのホームページで販売します。詳細はここ。http://www.mplant.com/bb/

2020年2月9日日曜日

朝型生活

さて、仕事仕事! 若いころは人の2倍仕事しないと自分は勝てないと思っていた。いったい何に勝とうとしていたのか。
でもそういう時代だったのよ。がむしゃらにやろう、ってね。特に女はね。いや、男でも一緒だったかも? とにかく人一倍努力しないと、つまらない他の連中と同じ人生になっちゃうという思想のもと、たそがれているおじさんたちを横目で見ながら、若い私はがむしゃらに仕事をしてきた。そして常に自分を追い込んできた。
今はそこまで焦ってないけど、時間が足りないのは、いつも一緒だ。いーっつも。焦る。もっと仕事しないと、と。
当然そんな私だから病気ってほんと時間の無駄、と思ってた。せっかく生きているのに具合悪くては時間がもったいない。よく人生の半分以上、風邪ひいてる人っているでしょう? そんなの自己管理がなってない、って思ってた。今も思っている。病気になってわかったよ。自分の健康は大自然と一緒。こればっかりはしょうがない。具合が悪かった時の遅れを取り返したいわけではないけど、とにかく今、少しずつ復活しているので、デレデレ時間をつぶさないように気をつけている。
そして人生初めてくらいに自主的に朝型生活者になった。
今までは会社勤めしてた時も、ギリッギリに起き出し、下手すりゃ顔もあらわず家を出たりしてた。(とはいえ、レコ社でも旅行代理店でも、ボロボロになりながらも定時には出社してたね。結構真面目なサラリーマンだったんですよ。オフィスのみーんな遅刻してたけどね。特にレコ社では定時に出社してくるのはデスクの女性だけだった…)
でも今は違う。今や自分から朝早く起きて、ラジオ体操もしたりしている。この歳になれば、朝型になるのは簡単だ。要は夜早く寝ればいいだけ。しかしこれが結構難しい。
そして朝型が成功かどうかは、朝の時間の使い方によって大きく変わってくる。せっかく起きてもだらだらしてたらまったく意味がない。朝からピッチ上げて頑張らないと仕事がまったく終わらない。なにせ夜の時間は、ほとんどないのだから。
フリーランスだから、自由にしようと思えばいくらでも自由になれる。というわけで、下記は終日、アポもなく自宅仕事をしている時の私の時間の使い方。今までの私と、今の私と、これからの私(笑)。

<今までの私>
 朝目覚めるまで起きない。それがだいたい10時ごろ
 メールを開く。面白いものが入ってたら、速攻対戦モード。
 面白くない時は、のろのろと朝ごはんの準備をしてからのろのろと仕事をスタート。
 よろよろとSNSをチェックしてブログを更新。
 昼近くなってからランニング。
 12時くらいにブランチ。
 ここからとにかく仕事6時間くらいノンストップ。
 夕方になると海外からメールが入り始める。
 夕飯のあと、かなり忙しくなる。
 21時くらいから2時くらいまでが仕事の集中力のピーク。
 お風呂には必ず入る。洗わないがあったまる。寝る。だいたい2時ごろ。
 本を1時間読んで寝る。仕事時間14時間くらいだろうか。
 自由度はマックスだが、時間的に見るとかなりブラック。
    ↓
 
<今の私>
 朝目覚ましなしでおきるが、だいたい7時半ごろ
 ラジオ体操、洗濯、朝食なるべく9時までには済ます
 9時から速攻仕事。12時まで集中。
 ランチは本読みもかねて2時間取りたいが、いつもバタバタ。
 ランチ後、夜6時くらいまで集中。
 18時、夕飯作り。19時には食べ終わる。
 引き続き仕事。
 9時に、そろそろ寝る前の準備しろ、という逆アラーム時計がなる。
 お風呂をいれてお風呂の中で読書。
 風呂あがりにまたメールをチェックしてしまう。
 寝るのはなんだかんだで23時ごろ。
 自由度は減少。時間がないといつも焦っている。
 実働11時間くらい。結局人の倍は仕事してる。
    ↓
<理想の私>
 6時起床。
 ラジオ体操、洗濯、朝食、家の用事はなるべく8時までには済ます
 (体調が戻ったら、ここでランニングか散歩に行きたいところ)
 8時から速攻仕事。12時まで集中。4時間もこれで仕事ができる。
 ランチは本読みもかねて2時間取る。
 午後から夜6時くらいまで集中。ここでも4時間。
 18時、スーパーへ買い物。夕飯作り。19時には食べ終わる。
 夕飯後は仕事はしないのが理想。映画を見る、編み物をする等々。
 9時には寝る前のスタンバイ。お風呂、読書で22就寝。
 実働8時間。このくらいでやっと人間らしい…のか?

なんとか今、やっているホームページの制作が終わったら、<理想の私>に近ずくんだ! 朝型にしたら、なんだか体調がいいし。とにかく夕飯終わったら仕事しないことを目標にしてみる。しかし時差もあるヨーロッパとの仕事ってのがつらいのよ。普通の人は家に帰ればきっと仕事しないんだろうけど、自営業の場合、やっちゃうのよ。
なにせ仕事が大好きなんだから困ったもんよね… だって楽しいんだもん。やればやるほど成果でるわけだし。困ったもんだよ、ほんと。

春はもうすぐ


2020年2月8日土曜日

佐々木俊尚さん『時間とテクノロジー』を読みました


なんというかビックな本だった。あっという間に読めるかと思ったら、時間がかかった。いや、文章はわかりやすいんだけど、それを自分の頭の中できちんと整理するのに、えらい時間がかかって、理解するまですごく時間がかかった。斜め読みが出来ない本だ。結果2週間くらいこの本を読んでいたんではないだろうか。

なんというか、壮大な本だ。でも佐々木さんの本って、全部そうだよね。大きく考える、大きく。あなたが常識と思っていることは、ここ数年、数十年、数百年、狭い世界の話にすぎないんですよ、と。人類の歴史からみたら、こんなに小さい。地球規模からいったら、こんなに小さい。我々が常識と思っていることは、ほんの短い時期の価値観で、実は時代はこんな風に変わっていってるんですよ、と。

人間の意識って、本当に限界がある。私って、自分でも呆れるほど、全体に対する想像が行き渡っていない。この本を読みながら佐々木さんに言われて、あぁ、そうかと思うことが何度も何度も。とにかくいろんな発見がある本だった。

私たちは本当に不安定な存在だ。確かなものなど何もない。でもじゃあこの本が絶望的かというとそんなことはなく、読後さわやか。ポジティブ。なので、超おすすめです。

それこそピダハン(アマゾンの奥地に住む民族)のものの考え方、そこに宣教にやってきた牧師との会話などを通じて、彼らの時間や過去や未来の捉え方の違いに唖然とする。私もあの本やドキュメンタリーを見て、びっくりしたものだけど…。いや、私も普段、言語が違うとこんなにものの価値が違うのかと外国人と仕事をするたびに思うわけだが、そういうスケールではない。もうなんか圧倒的に違うから、彼らのものの考え方がうまく想像できない。そういう話からどんどん展開していく。未来が背中からやってくる…感じ。わかります?(笑)

映画『極北のナヌーク』を見た時も感じた、まさに「生きるために生きる」という人たち。このフラファティのドキュメンタリーはYou Tubeでも見れるから、見てみて。(無声映画だし、古いからコピーライトもないっぽい) 彼らには過去も未来もない。今(現在)があるだけだ。


そして彼らの自己意識と現在に生きる我々が今もっている自己意識の違いとか、もうなんだか圧倒的だ。確かに自己意識は自分の身を時間と空間の中に置くためにも必要だ。でも数千年前までは人は自己意識を持っていなかったらしい。私がここいいる。今を生きている、という意識。頭の中に二つの心があり、それらが会話していただけだったと。えーーーっっ、そうなんだ。私はもう原始人も私たちと同じように複雑に考え、時間や空間を捉えていると思っていた。違うんだよね。(グリーンランドで何を学んでたんだ、自分!?)

ところがそれがどんどん進み「神の声」が生まれ、宗教が生まれていく…等々。まぁ、とにかく本来ならば、50冊くらい本を読んで深く思考を重ねないと、こういう思考にはならないのだけど、それがこの本一冊にぎゅっと詰まっている。ほんとこの本、長いんだけど、それだけに読む価値がものすごくある。

そして現実や自然ときたら、不安定な「べきの物語」の上にあり、常に臨界状態に進んでいき、ある時一気にことが進むということ。これを常に覚えておかねばいけない。常に安定と臨界、崩壊の間をふらふらとしているのが自然なのだ、と。これは自然だけじゃなく人間関係や社会の多くの面にも当てはまるのだ、と。映画や音楽のヒットもそう。こうだから、こうなったということはなく、とにかく偶然の産物の中でいきなり発生する、と。事前に予測なんかできやしないのだ、と。

あぁ、そうだ。言われてみれば、そうだよ、ホント。

そんな中でいかに自由を得て生きるか。もうこういう時代には、選択したり、判断したりする回数を減らしたいというのが実感ではないだろうか。確かに、もう考えたくもない面倒くさいことは機械にまかせたいもんな。

で、そういう中、時代はAIによって、もう理由すらわからない中で、人はあらゆる方向へ導かれていくということになるのではないか。人間には理由はわからないけど、結果はこうなのだ、だからこれが正しいのだ、と。そういう事例がここには紹介されている。

あぁ、もうこれだけで頭がいっぱい!!(笑)そしていったい「人間性」ってなんなんだろう、と。っつーか、あれ? 自由とかって、選択肢の多さとかって、私たちが欲しかったものだったはずだよね?と。 

佐々木さんは言う。「人生はつらい。ままならないことが多い。無理に選択しても、失敗に終わることはあります。いや、失敗に終わることのほうが多いかもしれません。そのときに、自由であるがゆえの自己責任を問われるよりは、神に責任を負ってもらうほうがどれだけ楽なことでしょうか」そして、そんな中、いったい人間はどうやって一体感を求めていくのだろうか。この世界につながる感覚とは…。それが、手触り? 摩擦? ええっ?

ふふふ、この本読まないと、この感じはわかりませんよ。この辺を佐々木さんはわかりやすく解説していく、 

そして今を共有している人たち、そしてさらには機械や仮想の世界とも相互に作用させていく、その行動によってのみ、生きているということになるのだという結論にこの本は進んでいくわけなんですよ。

そんな中で、果たしてあと10年、20年生きるかもしれない自分は、今、どうしたらいいのだろうとちょっと途方にくれてしまった。でも、そうね、これからも好きなことを追求していくしかないわよね…。

実はまだ自分の中でこの本は消化しきれていない。それほど自分の考え方を見つめ、時間や空間を大きく見つめ、判断するのは難しい。自分は自分という中に囚われている。私も地図の読めない女なのかなぁとは思う(笑)。とにかく本当にこの本は普段の生活の中でついつい近視眼になりがちな自分を正してくれる本なのだ。必読。



PS
おおっ、これは嬉しい。興味もった人は、ここからどうぞ。

PPS
Microsoftのサブスクについに申し込んだ… なんか負けた感。ごめんよ、スティーブ(笑)しかし1TBのクラウド付いてるのにサブスクしてる先から、自分のMacに保存しだす、己の硬さよ… 。まったくもう… Cloudコンピューティングからこっちまるで時代についていけてない…(笑)こんなんで、あと10年仕事できるんだろうか。とほほ…

2020年2月7日金曜日

春のケルト市、開催決定!

4月3日〜5日に予定されておりましたケルト市は延期になりました。最新の情報はホームページにてご確認ください。

レソノサウンドさんは古い素敵なところです。元々病院だったのかな…
薬棚がいい感じでしょ?


さーて、もうすぐ春?です。

毎年、年に春と秋の2回はやろうと思っていたケルト市(けるといち)。やっと2回目を主催することができました。4月3日(金)、4日(土)、5日(日)の3日間、巣鴨のレソノサウンドさんよりお届けいたします。

第1回目から間があいたとはいえ、ケルティック・クリスマスさんや、その他商店街や、I LOVE IRELAND FESTIVALなど、人のイベントに「ケルト市」として、お邪魔したりしてたこともあったので「やってる感」はありましたが、やっぱり主催者としては自分でお客さん集めないとね。イベントとしての筋力にならないので(笑)、今回、やっとケルト市2回目が主催できて、すごく嬉しいです。

前回の浅草でやったケルト市、ご来場くださった方はいますか? まぁ、大盛況でよかったんですが、正直、人が来すぎてしまい、激混みでした。なので、ご来場様におきましては、カフェはなかなか席が空かないし、ゆっくりお買い物もできなかったと思います。なので、今回はもう少しゆったりしてもらえるよう、工夫しました。

場所は前回よりかなり狭いですが、1日から3日間の開催にし、かつ最初の3時間には入場制限をもうけることにしました。まぁ、なんというか「市」なので、早くくれば良い品物がまだ揃っているかもしれません。が、今回はセカンドハンドのCDや書籍もあるので、そのあたりは売れないと、どんどん値下げしているかもしれません(笑) だからどの時間帯に来るのがベストかは微妙なところではあります。

あと今回は申し訳ありませんが、紅茶代として500円を入場時にいただきます。ただし紅茶はおかわり自由にしました。ブルターニュの素敵なティーポットでお入れいたしますよ。またスコーンなど焼き菓子やチョコレートも売ってますので、ぜひお茶うけにご利用ください。カフェとしての運営はありませんが、座ってなごめる場所はなんとか確保する予定。アイルランド音楽の古い映像を投影してみようかとか、いろいろ考えているところです。まあ、そのへんの情報もおいおい…

で、今回は「中古品」がある、と書きましたが、実は今回の裏テーマは「THE MUSIC PLANTの断捨離」。ウチが90年代から持っていた資料本やCDなどあれやこれやを手放します。結構貴重品もありますので、マニアの人には注目ですよ。

で、断捨離してて、特に困っていたのが、CDサンプル。サンプル盤といってもミュージシャン本人からもらったものが多いのですが、レコ社がくれたものとは違って、外から見るとサンプルだとわからないし、黙って売ってしまっても誰も怒らないとは思うのですが、でも人からもらったものを売るのもなぁと思っていたんです。でも廃棄するのも心が痛い。で、思いついたのがチャリティ! これらについてはバルトロメイ・ビットマンの長野公演がチャリティなので、売り上げをそちらにまわすことにしました。チャリティボックスとして、箱で置いておきますので、ぜひみなさん漁ってください。

まぁ、何にしてもデパートじゃなくてあくまで「市(いち)」ですので、気楽に楽しくやりたいと思います。出展者はお馴染みのみなさんや、新しい仲間も。結構食品関係が充実していると思うんだ… 今回。

場所は北欧音楽も聴く人ならおなじみの巣鴨のレソノサウンドさん。フロアすべてを貸し切って、楽しく時間をすごしていただけるよう工夫しました。

詳しくはこちらの特設ページを参照ください。各出店者の皆さんについては、おいおいこのブログでご紹介していきたいと思いますので、楽しみにしててください。

公式ページはこちら。


こちらはレソノサウンドさんの北欧関連グッズ。
(そう、今回はちょっぴり北欧テイストも入っています〜)



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