2019年8月31日土曜日

素晴らしいミュージシャンとの出会い



めっちゃすごい。私は体調がよくなくて伺えなかったのですが、写真もいいですね。興奮が伝わってくる。

レポートがあちこちあがってますが、林田直樹さんのレポートが読みごたえありますので、ぜひ。



あと数日前に発売になったサラサーテにも参加者の声も含む日々のレポートが。すごいな〜、しかし130人も出演者いたらケータリングも大変だよね…(そこかよ!・笑)いやいや、リハーサル(じゃなくてクリエイションって呼ぶんだって)から本番までの興奮が伝わってくる。

ちなみにジョヴァンニ御大は来年5月にソロで来日するそうなので、とっても楽しみ。詳しくはプランクトンさんのホームページへ。

先日、プランクトンの社長、恵子さんとお話する機会があったのですが、お話していて「私たちにとってミュージシャンとの出会いは本当に大事」ということを思い出した。
そうなんだよね、すごいアーティストと出会うと、もうそれだけで他の悪条件ふっとばしてわたしたちのやる気にギアが入る。あの感じ。あの感じを求めて、わたしたちは仕事をしているのだ、って。

プランクトンさん、こちらの公演ももうすぐです。ぜひかけつけてね。私も行きたいよー(体調復活したら絶対に行く!!)詳細はここ。三鷹は売り切れちゃったようだけど、すみだトリフォニーはまだ大丈夫よ。これこそ宇宙の声、地球でもっとも美しい音楽よ。







高野秀行さん『辺境メシ やばそうだから食べてみた』を読みました

装丁もかっこいいんだよね、高野本は…
あ〜っ、もう一番応援してるノンフィクション・ライターさんなのに、感想文を書くのが遅くなってしまった。ファン失格。

一応宣伝のプロとして言わせてもらえれば(笑)やっぱりこういう感想文とかレビューって、巷でパブリシティとかが他の記事が出ている時期に書かないと宣伝効果が半減なんだよな。人間は、宣伝を4回見かけると、その商品が存在することを覚える…って宣伝の鉄則なのよ。だからいろんな記事やパブリが出ている間に、このブログの読者の方にも見てもらわないといけなかったんだけど。 今さら、私が一人でレビュー書いてもただでさえあまりない宣伝効果が、ますますないだろうと思いつつもベター・ザン・ナッシング。自分の備忘録用にも書いておきます。

これ週刊文春でずっと連載してたものをまとめたもの。タイトルがいいよね。「やばそうだから食べてみた」。帯のキャッチから何から、高野さんが考えたんだろうけど、本当にイカしてる。本が持ってるワクワク感が、見た目でもバッチリなのよ。高野さんって出版プロデュースに向いてるんだよなぁ…そして我々は知るのであった… 食卓こそ最後の秘境であったのだ、と。

いや〜、こんなもん食べちゃうんだ、ってすごいものから、本当に美味しそうなものまで、いろいろ紹介されている。とにかく爆笑。高野さん、ありとあらゆるものを食べてきた。で、「子供のころから胃腸が弱く…」という書き出しの文章からもわかるとおり、お腹が強かったりするわけでもないから、ちょっと笑える展開になったりするのだ。子供のころは好き嫌いも激しかったらしい。それが例のムベンベ探しでコンゴに行って、ゴリラ食べて人生が変わったらしい。

私も病気して一時期何も食べれなくなって、そして再び食べれるようになって、ちょっと今、過食気味で、食欲を抑えるのに必死なんだけど、食べることってそんな風に人間の欲望とか本能に直結してるんだわな。食べてると自分が生きてるって思うし、身体の中は大自然って思うし、食べものは音楽や文学より重要な文化の基本中の基本。異文化に対する好奇心の最先端を行くのが、食文化なわけだ。そんなことが堅苦しくなくギュッとつまった名著である。これは必読。

さてわたしだったら、これらを食べれるかと聞かれれば、絶対に無理だろうと思う。北欧好きの人がみんな大好きなサルミアッキやリコリスも大嫌いだし、英国圏のブラックプディングもしばらくは食べれなかった。(今は比較的好きである)

特に一番怖いと思ったのはアマゾンの「口噛み酒」… 人が噛んで吐き出し時間がたったものなんて…卒倒しちゃう。でも高野さんたちの場合、それよりも好奇心が強いんだと思う。でもこの口噛み酒の制作の様子がちょっと官能的と説明する高野さんの気持ちもわかる気がする。あぁ、怖い。でも怖いけど見たい… そんな感じだろうか。

週刊誌の連載だったこともあって…というか、他のありとあらゆる高野本にあるとおりスイスイ読めちゃうポップな本。よく本読めない、って人に会うけど、そういう人は高野さんの本から読むといいよ、といつも勧めている。高野本はいつも私たちに違う地平線を見せてくれる。前の納豆本とかもそうだったけど、人間の好奇心ってすごいなぁ、と思うのだ。高野さんもすごいけど、その高野さんが人気もんだってのが、すっごく私は嬉しい。ここを読んでる皆さんにも、高野さんと一緒に探検することをぜひぜひ体験してほしいんだよね。ま、屁理屈うんぬんより何より、とにかく面白くて楽しいから…!!

それにしても知らないことを知るって、なんて楽しいんだろう。そういう好奇心が私たちを引っ張ってきた。古い人類が太陽をもとめて東へ東へと旅したように…  私もみなさんに新しい音楽聞いてもらうために努力せにゃあかんなぁ。

あ、そうそう、ウチもお世話になってるサラーム海上氏登場の「マントゥ」も登場するよ。トヨタ式制作秘話に大爆笑。こちらも要チェックだ。



PS
最後にすみません、ミーハーな話なんですが、この本、実は私も登場するんです。私? そう野崎も…  221ページ参照。本当に好きな作家さんの本の中に入れたなんて、夢のようだ。スウェーデンの缶詰を荒川土手でオープンする回に登場。特にこの日、家政婦役で合流してくれた同じく高野さんファンの後輩のカサイが大活躍。文章の要になる良い発言をでかしたぞ!!! ちなみに私は怖くて全然食べれませんでした。みんな勇気ありすぎるよ。この回が文春に掲載された時、高野ファンの二人して本気で狂喜乱舞したのでした。本当にこれは一生もんです。あれは2017年の一番の思い出になりました。その日のことは私のエイプリル・フールのネタとして、このブログに書いてあります。内容は嘘でも高野さんとの写真が本物なのがいいでしょ? またやりたいなぁ〜。文壇バーのマダムを目指す野崎…。

あ、そうだ、高野さんといえば、清水先生とのラブラブ対談であるこちらが最近文庫化されたので、まだ読んでない人は要チェックです。楽しいよ〜。この本に関する私の感想はここ



2019年8月30日金曜日

北米のケルト音楽アーティスト。ONTOMOにご紹介させていただきました〜



掲載いただきました〜。北米のケルト音楽というテーマで数アーティストご紹介。カナダが多いなぁ…どうしても。 ゴサード姉妹たちはもうすぐ来日です。日程はこんな感じ。普段行かない町にも行くよ。ケルト音楽の初体験にぴったり。ぜひ来てね〜っっ

楽しい彼女たちのステージを1分間に凝縮したプロモ映像。よくできてる。ケルト音楽の初心者にぴったりのわかりやすいポップなステージです。ぜひ来てね〜



ツアーの詳細はこちら。

9/28(土)焼津市大井川文化会館
9/29(日)掛川市生涯学習センター
10/1(火)大崎市民会館
10/2(水)湯沢文化会館 大ホール
10/3(木)弘前市民会館
10/5(土)三沢市公会堂
10/6(日)リンクステーションホール青森
10/8(火)神奈川県民ホール
10/9(水)加茂文化会館
10/10(木)伊那文化会館
10/11(金)岡谷市・カノラホール
10/14(月)南魚沼市民会館
10/16(水)NHK大阪ホール
10/17(木)NHK大阪ホール
10/18(金)よこすか芸術劇場
10/20(日)取手市民会館
10/22(火)小山市立文化センター
10/23(水)川口リリア・メインホール
10/25(金)奈良県橿原文化会館 大ホール
10/29(火)和歌山市民会館 大ホール
10/30(水)加古川市民会館 大ホール



2019年8月29日木曜日

佐々木俊尚さん『家めしこそ最高のごちそうである。』『新・家めしスタイル』を読みました



せっかく読んだのにまだレビューを書いてなかった本がたまっているので、少しずつ紹介していきますね。

ちょっと前に出たこの本。2冊。佐々木さんは元毎日新聞のジャーナリストで、毎朝8時ごろにTwitterのタイムラインに「朝のキュレーション」ということで面白いネット上の情報を流していて、私は毎朝それをチェックしている他、光栄にもここのブログも何度かそこで紹介いただいたこともある。もちろん著作も何冊か過去に読んだことがある。まぁ、いわゆるファンである。その佐々木俊尚さんの「家めし」シリーズ。確かに時々奥様がアップする食事の写真が素敵だなぁ〜と、ずっと思ってた。だからこの本が出るのは、とっても自然ななりゆきなんだよね。この本は佐々木さんのお家での料理を紹介した本だ。

男の人の料理はうまい人は本当にうまいし、だいたいはすごく凝ったものを作ってくれるし、ご馳走になるのは大好きなのであるが、みんな何ってウンチクがすごすぎて語りが多く(笑)ちょっとうざいんだよね(男友達、ごめん!)「なんとかは何々しないといけない」「この方がおいしい」「あそこの店ではこうやって出すんだけど、あっちの店では…」みたいな。

一方、佐々木さんの料理はそういった気負いがなく、本当に日常の様子が伝わってくるし、なんというか自然体なのである。そこがとても良い。

昨日はこの本に習い、冷蔵庫に死にそうなパセリがあったので、白身魚のお刺身を買ってきて(鯛でした〜)一緒にオリーブ・オイル、塩、レモン果汁であえてさっぱりといただきました。こういうシンプルな料理が佐々木さんのレシピなのだ。ちなみに佐々木氏の奨励はレモン果汁ではなくシークァーサー果汁だったんだけどね。今度買い置きしておこうっと。でも場合によっては「酢」でもいい、ということ。どうだい、美味しそうでしょ?(下の写真参照)

『家めしこそ〜』の方では、それこそ昭和70年代の食卓の様子などいろいろ分析され、詳しく書かれており、懐かしくあれこれ思い出しながら読んた。そう、昔のお母さんの料理って赤いウインナーだし、味の素だった。ウチの場合は当時としては珍しく両親共働きだったので、母の料理は正直あまり美味いと思うものはなかったかなぁ。それでも出来合いの気の利いた惣菜が今みたいにあるわけでもないし、コンビニもないこともあって、あれこれ手作りで作ってくれていた。とにかく料理のレパートリーは少なくて、たぶん10種類くらいを行き来してたと思う。

そしてバブルのころ。私が大学生のころ。いろんなお店が出来てきて、イタリアンの高級なものとかエスニック系とかたくさんレストランが出来て本当に東京での外食が楽しくなった。

でも今は、私も自炊思考。病気をしたこともあって、ここのところ自分のブログに紹介しているように家で自炊するのが大好きになった。前にも書いたけど、料理をすると「ちゃんと生きてる」「丁寧に生きてる」って気持ちになる。とにかく私にとってとにかくホットクックの導入は大きかった! ちょっと科学の実験みたいなところもあるけど、とにかく自炊で何が入っているのか明確にわかるのが良い。だから何がどのくらい入っているか自分でばっちりコントロールできることが素晴らしい。特に塩だけで味つけともなれば、あまりに明確。そんなホットクックが大好きだけど、本来、日々の料理とは佐々木氏の本にあるように、あるものでちゃっちゃと作れないとダメなんだよね。あと佐々木さんの料理はお皿がいつも素敵なのだわ…  (一方の勝間和代さんの料理がお皿があまり褒められた感じじゃないのが面白い。でも彼女の場合、食洗機で洗うのに便利な食器を前提としてるというお話でした。なるほど人にはいろんなスタイルがある)

それにしても、ちょいちょい残した野菜の切れ端などを使って料理する佐々木さんの「シンプル料理」は本当に素晴らしい。これらが自分でも応用できるようになれば、かなり料理のうまい人間になれることだろう。レシピは本当にシンプルなものばかりで、材料は多いものでもせいぜい3種類くらい。1種類、2種類+調味料みたいなシンプル料理がたくさん紹介されている。

2冊の本の違いはというと『家めしこそ〜』は文章、エッセイ中心。従来の佐々木さんのスタイルで書かれた非常に読みやすい本。一方の『新・家めしスタイル』はカラーのグラビア中心でレシピがずらっっっと並ぶ。こちらはうんと料理本といった体裁なんだけど、詳細なグラム数や分量などは明記されていない。佐々木氏曰く、そこは個人の好みでやってくれ、とのこと。また道具もほとんど必要なく、とはいえ佐々木家ではル・クルーゼが大活躍らしい!! うーん、やっぱり欲しいかなぁ、ル・クルーゼ。でも重いと特に今の私には無理だし、これからどんどん歳をとるんだし、私は引き続きホットクックで行こうかな。(それにル・クルーゼは高い。まぁ、いいものなんだけどね…。あ、ウチもお米は専用のおかまで炊いてます。これまた美味いんだ… もう炊飯器には戻れない)

あとこの本読んで気づいたのは佐々木さんが素材のテクスチャーをとても大事にしている、ということ。野菜はしゃきっととか、パリっととか… そういうや、そういうこと、今まで自分の料理で重視してこなかった。ホットクックなんて、本当に全部一緒に煮込むから、煮崩れているわ、一部の素材はがっつり残り、一部の素材は姿もなく…なんてのが、ざらなんである。まぁ、でもじっくり煮込んだ美味しさはすごくあるんだけど。でも本当に素材のテクスチャー。大事だよね。今後の私の料理の課題は、まずそこだな…

それにしても料理道は果てしなく続く。でも結果、最終的に自分がそれを食べられるってことも含めてとても楽しいし、幸せだ。

あ、そうそう、『新・家めし〜』に載ってたペペロンチーノのヴァリエーションには息を飲んだ。さっそく今度試してみよう。ペペロンチーノの料理法って、本当にすごいんだね。

そうそう、写真下はこれも本に載ってた人参のしりしり。シンプルなのに栄養満点で絶品だ。

『家めしこそ〜』はKindle Unlimitedでも読めるので、登録している人は是非。またここでも連載されている





2019年8月28日水曜日

人は自分がどんなに辛い状態の中にいても、他の人の役にたちたいと願っている

最近この歳になってやっと「人は自分がどんなに辛い時でも他の人の役にたちたいと願っている」という事を学んだ。というか、自分がそう強く思っているのを今、あらためて感じる。数日前に原爆投下直後の広島のドキュメンタリーを見ていて、また強く思った。すごいよね、人間って。だって原爆投下されるって考えられるかぎり最悪の状況だよ? その中でさえ、他の人を助けよう、役にたとうとするわけだから。だから思った。「人の世話になっていいんだ」と。

原爆資料館で好きな写真がある。それは自分も頭から血を流しながらも道端で被災証明書を発行する兵士らしき人の写真だ。包帯で頭をつつまれ、包帯には血がしみている。被災者の人たちが列にならぶ。これを発行すれば保障が得られる(のかもしれない)という信念のもと兵士は必死で働く。

病気になって人から手助けを得るのは、どんなものかと思っていた。だいぶ前に婦人科系の病気で大きな手術をした友人が「あなたの性格も私と同じだと思うから言っておくけど、人の助けは受けていいのよ」みたいなことを言ってくれたことがあって、それをなんとなく思い出した。こういう素晴らしい友人たちが私の周りにはいる。そして具合が悪くて私が死にそうになりながらも「人の助けはなるべく借りるまい」と思っていた私のところに半ば強引にきてくれた友人もいる。一番最初に会いにきてくれた取引き先の女性社長。「迷惑かな、とも思ったんだけど…」とか言いながら、病院に突然訪ねてきてくれた。すごい行動力。大尊敬する先輩で一番心配をかけたくなかった人だ。次がウチに来てくれて買い出しや掃除をしてくれる大親友。ある意味一番言いたいことが言える仲だ。この「一番心配かけたくない人」と「いつも心配かけてる人」という両極端な二人が来てくれたことで私の気持ちは大きく変わった。他にも私が最悪の具合の悪さの中にいる時、来訪してくれる友達はみんな流しに洗い物が山のようになっていたのを見て、何も言わずにそれを洗ってくれた。今は食洗機があるけどね。そして思った、今、会いたくない人と会いたい人と自分の中で明確に分かれるな、と。

それにしても病気になって寂しいことは… 実は自分のことより人の応援ができなくなることだったりするんだよね、面白いことに。人のやってるイベントに行ってそのレポートやレビューを書いたり、文字起こししたり、好きな作家さんの本の感想を書いたり試写会行って感想書いたり… そういう自分のブログ(ここのこと)が好きだった。今は外出する余裕がないので、家でネットを見たりしながらあれこれ思った事を書く。本は読んでいるのだが、感想をまとめるまでのパワーが出ない。でも何冊か読み終わりながらもレビュー書いてない本があるので、近いうちに書こうと思っている。それにしても、こんなことじゃ今後映画の試写状やイベントとかの案内来なくなっちゃうなぁ、などと思う。寂しいのは元気だったころにできてた当たり前の事が出来なくなることだ。客観的に見て、自分は最悪の状態なのに良くやるよ…と自分でもあきれるが、でも早く外に出て人の役にたちたいんだよね。…っていうか、実際役にたってるかは別として、早く社会活動がしたいんだわ。

まぁ、そんな思いが1つと、あともう1つ。

加えて公演にボランティアの手伝いはいらないと常々思ったのに業界のその筋では第一人者の、すごいと言われる方お二人に、先日の北とぴあの公演をお手伝いいただいた。これ、私にとってはものすごく大きな変化なのだ。私は自分の仕事を触られるのが大嫌いで、めったなことではお手伝いは頼まない。というか、頼む相手はいつも超厳選している。ましてやボランティアでお願いするなど、今までやったことなかったのだが、お二人が「手伝いますよ〜」と言うのに甘えてついにお手伝いを頼んでしまった。ボランティアというのはよくない。いろんな意味で予定が見えないし(急にキャンセルされても文句は言えない)、金銭授受がないから命令系統もうやむやになりがちだからだ。でも当然このお二人はすっごい出来る人たちなので、それによって私も他のスタッフもめっちゃ助かったことのだった。そして…有難いことに…不謹慎にもお二人は結構楽しそうに見えたのだった。お二人は気持ちよく働いてくれたし、加えてなにせ出来る人たちですから間違いがなく仕事上の加減も非常によく(素人雇うと出しゃばったり、かえって相手しなくちゃいけなくてウザかったり、ほんとやりにくいんだわ…)とても助かって本当に感謝、感謝だった。素人のボランティアではこうはいかない。業界内いろいろあるだろうけど、私はボランティアという形態が嫌いで人にお願いする時は必ずちゃんとギャラを払うこと、それがたとえ数千円とかめっちゃ少ない金額でも…というのを身上としてきた。が、今回はついに甘えてしまったのだった。

でもお二人に社交辞令かもしれないけど「楽しかった」と言ってもらえて、心から思ったんだ。手前味噌かもしれないけど、そうか、人は人の役にたちたいんんだな、って。そう思っていいんだな、って。確かにいつぞや鷲野氏が話してくれた2つの人類の話とか、NHKでやってた人類誕生のドキュメンタリーなど、思い当たることがある。人間は強いから生き残れたのではない、互いを思いやる心が人類を発展させたのだということ。

もちろん毎度毎度ボランティアお願いしてたら、それはよくない。でも今回ほんとうに自分は具合悪かったし、スタッフの人数は一人でも欲しかった。ありがとう、ありがとう。

だから今、病気の私が言うのも都合が良すぎるかもしれないけど、人に頼ることを極端に嫌がってはいけない、と思うんだ。みんな誰かの役にたちたいのだ。そして、だからこそ、自分に余裕があるときは人に精一杯よくしてあげようと思う。

これが病気になって学んだ重要なことの1つだ。病気になると人間が丸くなって良い人間になると聞いていたが、おそらく病気を通り抜けることができた時、私は前よりもさらに白・黒はっきりさせたがる強くてキツい人間になっていることだろう(笑)。人の好き嫌いもおそらく前よりもクリアになると思う。嫌いな人にはもう会わない。でも、またお世話になったり自分が応援している人に対してはうんと役にたちたい、と思える人間になれると思う。その点だけは進歩ということになるかもしれない。将来の自分が忘れないように書いておく。

もうすぐ来日するゴサード姉妹のプレイリストが良い。選曲のセンスあるね、彼女たち。



これ、なんだと思います? 実は「しょうが」なんだよね。芽が出てきたので面白くて植えてみたら大きくなってきた。水をあげるたびに生姜のいい匂いがする。





2019年8月27日火曜日

一人の人に向けて

課金や投げ銭もできるブログnote始めるライターさんって、多いんだけど、だいたいの場合10投稿くらい終わるとフェイドアウトしちゃうのよね。こういうものを毎日続けて書く才能と、面白い本を書く才能って違うんだなぁ、とつくづく思う。せっかくライターをフォローしても、続いてないことが多いんで、ちょっと言ってみた(笑)。

 さて今日は面白いnoteに出会ったのでご紹介。すごくいい。


この一人に向けて、って是枝監督も言ってた言葉だよね。一人の人に向けて書くと多くの人に伝わる、っていうの。「表現は恥ずかしい自分をさらけだす作業」ってのもすっごく分かる。例えばウォリスとか見てると、なんであんなに彼女は人との間に壁がないんだろう、っていつも感心する。それは彼女のステージにすごく顕著にあらわれている。壁がない人はステージもいい。ステージでかっこつけてる連中は… かっこつけてるだけだ。

あとね、この作者同様、そうなのよ…「ちょっと音楽の仕事したい」「音楽好きだからかかわっていたい」って人はいっくらでもいるって事。真剣な人っていないんだわ。だから若い頃はよくさらに若い奴にアドバイスしてた。「大丈夫。本当になりたいなら絶対になれる。なりたいって真剣に思ってるやつなんて少ないから」って。そんな中で、本当に真剣に自分をさらけだし傷ついてでも何かを表現したい、っていうやつは生き残っていく。

ま、世の中そんなもんなんだよな… だから夢を持つ人はあきらめないで、と強く願う。そんなに強く思っている人はあなた以外にいない。強く思い、具体的に行動していくこと。失敗しながらも進むこと。それが出来るライバルは本当に少ない。その中で道はひらけてくるし、少なくとも自分が何に向いているかもわかってくる。

自分の居場所

高嶋ちさ子さん、好きな芸能人の一人。面白いよね、彼女。頭が良くて話が面白い。

同業者ならわかってくれると思うけど、コンサートホールとかに企画を売り込むとだいたい「そんなわけのわかんないものやってもお客さんが来ない。TVに出てる人をお願いします」とか言われるんだよね。(もちろん、そんな直球では言われないけど)

現在、高嶋グループはこのテの企画を独占してる。どこのホールも高嶋、高嶋だ。そしてどこも超満員という結果を出している。すごいよなぁ…TVの力はまだまだ強いんだ。特に地方都市において。

以下、高嶋さんの言葉。

「汚い手を使って、客席を満員にしていると思われているだろうと思いますから。だから、私が守っているのは、既存のクラシックファンは一人も奪わないようにしようと。そこは聖域。だから、私は新規開拓。コンサートは常に年間80、90回用意して、日本中どこにいる人も行けるような状況にしておこうと思っている」

本来クラシックってピュアな世界だと思う。本当に選ばれた者しか演奏しちゃいけない、ものすご〜く研ぎ澄まされた世界。でも今やクラシックという旗のもと、ワールドミュージックよりもジャズよりもユルい音楽や、親より上手いんだかなんだか的な二世プレイヤーたちがもてはやされているのを見るにつけ、いろいろ複雑に思う。美人なんちゃら、とか。こういうのをいわゆる本格的なクラシックファンはどう思っているのだろうか。そしてそういう状況が耳の聞こえない現代のベートヴェンや、猫と暮らす老齢の女性ピアニストの物語など、音楽そのものよりもストーリーが重視される方向へとリスナーを導く。本当に「本格的な音楽家」と呼んでいい人は少ない。そもそもそんなすごい天才がそんなにたくさん出現するわけがない。なにをもって本格的と呼ぶのかというと、まぁテクニックとかそういうことになるのだろうけど。うーん、上手く言えないや…。

高嶋さんや、例えば葉加瀬太郎さんもこの手の世界では成功している人だが、自分がいわゆるそういう本格的なプレイヤーではないということを自分でちゃんとわきまえているといころが彼らの素晴らしいところだと思う。それは彼らのインタビュー記事を読めばわかる。彼らの音楽を真剣に聞いたことはないが(ライブ・イマージュだけは一回行ったよ。すごく長い公演で「全員集合」みたいで、代理店のプレゼンかと思ったよ。正直好きじゃなかった)インタビュー記事はいくつか読んで毎回「いいこと言うなぁ」と結構感動する。葉加瀬さんがYou Tubeでペペロンチーノを作る動画をみて感心もした。彼は真剣にペペロンチーノに取り組んでいた。そして人一倍楽器の練習もし、かつアイディアが豊富で、この世界で残っていくための努力をおしまない。やっぱり成功している人は、めっちゃ努力しているよな…

ワールド・ミュージックの対してうまくもないのに売れてる人を見るとあいつ下手くそなくせに…と妬ましく思うこともあるが、いやいや、そういう人たちは技術とは別の方向でやっぱりものすごい努力している。才能があっても周りと(業界と?)ハモっていく努力をしない音楽家に成功はないのだ。今は少なくともそういう時代なのだ。

とはいえ音楽はピュアで神様に選ばれた人だけのもの…と考えたいという音楽ファンの気持ちは強い。池田理代子先生の『オルフェウスの窓』のこのセリフが好きです。



きっときみもぼくも……ともに美しい音楽にみちて 生涯をおくれるということです

音楽の苦学生だったイザークは自分の息子に同じ苦労をさせまいと彼をピアニスト、バックハウス(実在する)に預けることに決める。イザークは酒場のピアノ弾きとしてバイトをしていた時期もあるのだが、そういった行動は芸術を志すものにとっては不純物を呼び込むことで、よくないと池田先生は暗に描いている。ピュアなものが汚されてしまう、音に演奏にそういう俗っぽいニュアンスが出てしまう、と。芸術はもっとピュアなものでなくてはいけない、と。

興味深いのは池田先生がインタビューに答えて『オルフェウスの窓』の主役はイザーク。あれは音楽が主題の話だ、と答えていることことだ。普通にこの漫画を読むとたいていの人は、これはユリウスとクラウスの国境を超えた恋愛ものであり、ロシア革命が話の中心だという印象なのだという印象を受けるのだが、作者の思惑は違うらしい。池田先生のこのコメントを聞いて、そういった前提で読み返すとこれまた味わい深い作品だ。

それにしても『オルフェウスの窓』電子書籍で出ないかな〜 出張の移動の時とか読みたいんだけどな〜(と、思ったらここに出ていた! やばい、買っちゃうかも!? 散財だよー涙 →  で、結局買ってしまったとさ… 漫画って今、一番高額な娯楽かも…)

音楽っていったい誰のものなんだろう。一つ言えるのは音楽は音楽家のものではなく、音楽は聴く側のものだということ。何度かここに書いているネタだけど、いつだったかウチの近所のショッピングセンターのBGMでなぜかヴァン・モリソンがかかった。が、残念ながらヴァンの歌を聞こうという人はここにはいない。はたまた本物のヴァンがショッピングセンターに現れて実際に歌っても誰も評価はしないだろう。(そういやポール・ブレイディが初めてきた日本で初めてカラオケに行き真剣にプレスリーを歌ったのに誰も聞いてくれなかった、という話をしていたっけ…)

一方で巷では「この歌、ひどいなぁ」という音楽に「あまりに辛くて自殺しようと思ってたけど、この歌に命を救われました!」みたいな感想が飛んだりしている。ウチの甥っ子が小さい頃、言葉が出るのが遅かったので母親である私の妹はとても心配していた。彼女はよく甥っ子に「世界にひとつだけの花」を歌ってきかせていた。あの歌が最高の音楽だと思わないが、あの時の彼女の心配する気持ちを救ったのが、スマップだったことはわたしも認めざるを得ない。わたしがプロモモーションしている音楽なんぞ彼女にとっては意味がまったくないわけだ。

だからそれを考えるにつけ、音楽とは演奏する側ではなく聴く側の中に生まれるもんなんだよな、と思う。そこに私なんぞがあれこれ言ってもしょうがないのである。だいたい良いリスナーさんたちを見つけることは、良いミュージシャンを揃えることより難しい。

高嶋さんみたいな人は自分の居場所を見つけたんだね。頭のいい女性だし努力家だと思うから、なんとなく応援している。音楽はちゃんと聞いたことないけど、今度チケット買ってコンサートに行って研究してみるかなぁ、と思う。どんなことであれ違う世界を見るのは勉強になる。

それにしても買ってしまった。オルフェウスの窓全巻。18巻もある。10,000円した…電子書籍はこれ。


紙で読みたい人はこちら…







2019年8月26日月曜日

『千年の夢』斎藤なずなさんの漫画が素晴らしい

芥川の話…うーん、激しい。
以前漫画ネタをここに書いたら、結構好評だったので、また書いてみたいと思います。部屋を掃除してたら出てきた。文人たちの愛憎劇を描いた漫画『千年の夢』という漫画なんですけど、これがめちゃくちゃ良いんですよ。初めて読んだのはずいぶん前かな… なんでこの文庫本買ったのかしら。どうやら漫画自体はビックコミックの連載だったらしいけど…ビックコミックで読んで面白いと思って文庫買ったのか… もう記憶がない。

私は子供のころ本当に日本文学は読まない子でした。高校時代から英国かぶれで、ブロンテとかワイルドとかそういうのばっかり読んでた。だから夏目とか太宰とか全然読んでなかった。ちなみに『痴人の愛』なんて、この入院中に青空文庫で初めて読んだってなくらいで…(笑)あと夏目の『こころ』とかも。(どちらの作品もピンとこなかった、といことも書いておきましょう。とほほ…)本当に本読まない子だったんだよね… っていうか、当時から好きな本ばかりなんどもなんども読み返してしまい味わうように読む方で(おたく体質)、好きな本以外は本当に読まなかったんだろうと想像します(笑)。

なにはともあれこの漫画、今はkindleのunlimitedで読むことができます。斎藤なずなさんって40歳でデビューして介護やらお家のことで20歳のブランクがあり今70歳の漫画家さんなんだって。だからすごい作品数が少ない。でもこの文人シリーズは本当に素晴らしいです。

この作品は文人たちのドロドロ愛憎劇が描かれています。心中しちゃった人や、近親相姦まがいの人や、姉と妹と両方とできちゃった人や、不倫やら、依存症やら、横やら斜めやらの人間関係やら… もうぐっちゃぐっちゃ(笑)

でも彼らの作品ときたら、教科書に載るくらい世間に評価されてんだよね。新田次郎だったっけか… 今ではいわゆる文豪と呼ばれている人が、実際のところは作品が大河ドラマになるかとか動揺したり、賞レースうんぬんみたいな俗っぽいことに振り回されていたのを知ってどうも幻滅してしまう。その人がすごいかすごくないかは作品の完成度がすべてであって、100年後の私たちが読むくらいのすごい作品がかけているわけだから、堂々とした人生を歩んでいてほしかったと勝手に理想を描くけど、実際はめっちゃ俗っぽいわけです。ドラマ化されたかとか一過性の人気獲得の理由の1つでしかないと思うし、締め切りうんぬんとかあまりにつまらないことだと思うんだけど… でも生きている当人にとってはそういうことがとても大きなことだったのよねぇー あー、ちっちぇー連中(あっ、言っちゃった。by 黒のざき)

いわゆる教科書にのってる文豪みたいな人は、もっと大きく堂々と大先生然としていてほしいと思うのは勝手な読者の理想なのかしら。でもこれによって文豪たちが身近に感じられるのも事実。ここには弱い人間の赤裸々な姿がたくさん書かれている。書く才能をひょんなことから与えられてしまった人たちの悲劇が、このすごい才能を手にしてしまった人の悲しみが、読んでいるとグイグイ来る。神様って本当に平等で、こんなにすごい才能を与えられた人には悲劇しか待っていないんだわ…。そういうことなのかもしれない。そして、読者である自分はつくづく自分は凡人で良かった、とホッと胸をなでおろすのであった(笑)

岡本かの子(太郎のお母さん)の回。これも圧巻。
ちなみに斎藤さんは最近『夕暮れへ』という本も出した。過去の作品の再編らしいんだけど、文豪たちとは違って、こちらは普通の人の日常の話らしい。昨日ポチったので、読んだらまたここに感想を書いていきたい。

あと文豪シリーズは『恋愛烈伝』というタイトルでkindle unlimitedでも読めます。どうやら何度か再編されててタイトルは違う形で発表されているようです。出版社の都合もあって再販するよりも、再リリースの方がいいってことなんだろうけど、読者にとってはややこしいですよね…。




PS
文豪たちといえば、このページが面白い。

2019年8月25日日曜日

自分が更新された瞬間、新しい扉が開いた瞬間

病気になって、自分が新しい人間になったなと思った瞬間。未来の自分が忘れないように書きとめておく(笑)

(1)8時間におよぶ大手術後、下痢がひどくなり一時大人用オムツをはかされていた。3日くらい着用して終了したが、初めてオムツを履いた時、自分の中に新しい自分が生まれたのを感じた。自分が更新されたのだ。看護師さんに「ちゃんとあたってますか?」「大丈夫?」と親切にされ涙が出そうになった。すごく嫌だったが、あの時は代案がなかったし、それに履いちゃえばなんてことなかった。今後また履くことになっても抵抗はないだろう。1ダース入りを購入させられ、今でもあまったオムツはウチの洗面台の下に保管されている。いつかまたお世話になる日が来るのだろうか。

(2)看護師さんたちに甘えることを覚えた。看護師さんたちは天使だ。実際ものすごい職業だと思う。シャワー後の背中にニベアを塗ってもらったり、今まで人にしてもらったこともないようなことをしてもらった。 大きくておおらかな看護師さん、小さくてチャキチャキの看護師さん、いかにもかっこいいキャリアウーマン風の婦長さん(看護師長?さん)。看護師さんたちは甘えたがりの病人の相手をするプロフェッショナルだ。あぁいうのを本当のプロだと言うのだろう。私みたいに自分の好きなことをヘラヘラやってるような職業とはわけがちがう。具合が悪い人を助けようという強い使命感とかあるに違いない。でもそれを言うなら外科医とかもそうだ。私らみたいにちょっとサラリーマンやってそれに飽きたので「自分の好きなことをやることにしますたー」とか言って独立するのとは訳が違う。若い頃からコミットしてないとなれない職業だ。最初の主治医である失敗しない女医のDr. D、数値大好きラッパーでスキンヘッドのDr. N、そして執刀医・荒川土手ランナーの五郎先生、地元のユニークな(笑)I先生。みなさんに会えたことが私の財産。


(3)胃カメラを初めてのんだ。自分の体調も最悪の日だったので、最悪の体験だった。意識なしの中でやるのかなと思ってたら、私の勘違いで意識はばっちり。検査技師さんが「いいですね〜、ここから腸行きますよ〜」とかなんとか言いながら検査を行う。こちとら吐きそうになって死にそうになっている。しかし手術あとの痛みのコントロールも含め、病院でつらい思いをしたのは、あの時くらいだった。そのくらい今の治療は進化しているし痛みや辛みのコントロールが可能となっている。すごいなぁ。そういや手術後、おしっこ袋を含め、5つも6つも袋をぶら下げていて「この袋が一つ取れたら、もう超幸せ!」とか思っていたのに、そういう幸せは一瞬にして忘れてしまうのが人間のおろかなところだということも学んだ。ほんとダメだよねぇ…

顔だけの犬
(4)座薬を初体験! 正確には子どものころやってるはずなのだが(昔は高熱を出した子どもには非常に有効な治療法だった)、大人になってからは初めてだ。最初は抵抗していたものの、当時新しく担当になった主治医Nに「効く人は朝やって、1日大丈夫だったりするんですよ〜」と優しくもするどく指示されしぶしぶ体験。そしたらめっちゃ効いた。いわゆる「薬きいてる!」と思ったのは、あの座薬がダントツだ。今、思い出せば、あれが治療のターミングポイントだったと思う。入れ方のコツもだいぶ掴んだと思ったら、その治療は終了してしまった。吐き気どめの薬だったのだけど…  ビバ・座薬!!




それにしても幾つになっても新しい経験をするというのは財産だと思う。一度体験していれば、このあとの人生は、その行為を必要以上に怖がったりする事がなくなる。はいはい、オムツね、履きますよ。はいはい、座薬ね、入れますよ(笑) 50年以上生きてきて、もう何も新しい事はないだろうと思っていても、新しい経験というのはまだまだこれからいくらでもある。

それにしても経験は大事だよ。早いうちになんでも経験しておくのがいいね。

出演は友人の犬、柴犬のグウェンでした。犬の人生は10年くらい。15年以上生きる犬はほとんどいない。それを思うと人間の人生は長すぎるんだよな。そして犬は散歩と餌だけで超ハッピー。見習いたいものだ。


今朝の爽やかな1曲。この曲が入ったフルックの新譜はこちらで購入いただけます。

2019年8月24日土曜日

芸術は誰がサポートすべきか


昨日見つけた興味深いツイートたち。友人がRTしていて共感したのでご紹介します。悪い話と良い話とどっちが聞きたい?(笑)

まず良い話から…


良い話ですよね。こういう方によってアート・芸術はささえられているんだなぁ、としみじみ感動する(ちなみにわかりにくいかもだけどキューハクって九州国立博物館のことだと思う)。

が、通常はこうはいかない。前にもここで紹介したことがある話だけど、とある美術館の館長さんが同窓会に出席した話。そもそも彼の行った学校は、めっちゃ良いお坊ちゃん・お嬢ちゃん学校で、ほとんどの出席者が超がつくほどのお金持ち。ところが彼が同窓会に出席しその美術館(こちらも超一流)の館長に就任した、と出席者たちに話すと、ほぼ間違いなく全員に招待券をねだられたのだという。この美術館(Bという有名なところです)・同窓会(M会という有名なところです。バレちゃうよね…)にしてこのレベルなんだから…(以下自粛)。

でもウチは恵まれている。おかげ様で、最近はうちの関係者の中には招待やサンプルを意味もなくねだる人はいない。いるとしたらこの館長さんと同様、関係者ではなく普通の友人の方だ。それに時代がかわって、今や大レーベルですらめったにサンプル・招待状は配らない音楽業界だ。ある意味、まともな状態に戻ったのかもしれない。もちろん音楽ライターさんや媒体さんに資料を配らないと宣伝が始まらないということもある。まぁ、でもこれも最近はデジタル・データでなんとかなっちゃうわけだけど…

それにしても、いろいろ考える。これはソースがどこにあったのか失念しちゃったんだけど「芸術は誰がサポートするべきだと思いますか?」という一般人対象のアンケートの回答の1位が「個人やその芸術家のファン」ではなく「国や自治体」だったということも聞いている。とても興味深い。自治体や国がサポートすべきであるのであれば、すべての芸術には社会性が求められるのだろうか。芸術って誰がささえるべきなんだろう。まぁ、私も企画書を書く時、企画に社会的意義がないとこの企画通らないよ、と思うのだけど、単に楽しいだけじゃダメなのかなと思う。となれば大衆ポップみたいなものに将来はないのかしらん? 

また逆に補助金目当ての案件もあるだろう。例えば今や予算を持っているのは芸術ではなく観光誘致の方だったりもするから、地方自治体のそういうマネーに代理店が運んでくる(そこに微妙に芸能事務所とかも絡む)みたいな話も多いらしい。アップリンクの浅井社長のこのツイートも興味深い。

一方でこんなツイートも流れてきた。こちらは「悪い話」
いや〜わかるなぁ。相談にギャラを払えないなら、せめて本を買って印税で協力って基本中の基本だと思うけど。いや、夜回り先生の場合、本当にお金じゃないな。自分のことを信頼して相談してくれているなら、もっとこちらの言うことを聞いてほしいってことなんだと思う。ほんと、でも、そういう人多いよ。私もウチの公演に来たこともないような人から仕事の相談をボランティアで持ちかけられて正直、げんなりすることがある。結局芸術や表現活動するものに世間は厳しいのだ。誰もわかってくれないのだ。何か行動をおこすのであれば、その孤独感と芸術家(表現者)は世界と戦わなくてはいけない。

そういう私もこれが好きすぎて、時々聞きたくなるのだが…。



でもこの方のライブに行ったこともなければ、CDも買ってない。お金は一銭も落としてない。でもなんども見てるからYou Tubeの広告費で1円くらいか? とにかく単にYou Tubeで見てるだけ。それでいいのか。一応罪滅ぼしでアマゾンのリンクを貼っておこう。



そういや大好きなアデルとかエド・シーランもYou Tubeで流しておくだけで、一銭も落としてないや。それでいいのだろうか。

将来この仕事を続けていくとしたら是非やってみたいこと。伝統音楽ではなく、お笑い、アイドル、ロックバンド…(笑)しかしいずれにもお金を落としてくれる理解ある人は少ない。果たしてどうしたもんか。

ちなみに数日前に書いたブログがすごいアクセス数なんだけど、アクセスがあっても前ほど広告費が稼げなくなった。アメリカとかだと「このブロガー気がきいているな」っていうだけで、気のきいた読者の方が広告を踏んで行ってくれるわけだけど(踏むだけで良い。その先にある商品を買わなくても良いのだ)、日本にはそういう粋なサポート習慣ってないんだよね。

でも私は書きたい時にここを書く。夜回り先生みたいにすごい社会的な事をしていても見返りを期待できないんだもの。いわんや… だよね。それにしても… 辛いわな。そして、そうね、死にたいって言ってる人ほど本は読まないわな…。ウチのブログも熱心に読んでくれる人=お金を落としてくれる人ではないし。それでも見返りを気にせず、自分がやりたいなら続けていくしかないわけで…私はこのブログを書きたいから書いています。

ま、今日も元気にご飯を作って、張り切って行きましょう!

PS
資料断捨離中。アイルランドのオピニオン誌HOT PRESS。15冊1セットであと3セットほど送料負担してくださる方に差し上げております。捨てるの、もったいないので。一時は年間2万くらい払って取り寄せてたのにね…(笑) →  終了しました。ありがとうございました。



2019年8月23日金曜日

赤ちゃん連れ


ニュージーランドからのニュース。最近ニュージーランドっていいなぁって思える話題が多いよね。おおらかでヨーロッパのゴタゴタもないしいろんな意味で豊かな国なんだろうなぁ…


このニュースを見て思い出したことがあるので、忘れないうちに書いておく。

まだ私がライブを作りはじめて間もないころ。南青山曼荼羅でブー・ヒュワディーンのコンサートをやっていた。その日、なんと赤ちゃん連れで公演を観にきたお客さんがいた。正直、事前連絡もなかったので、私はちょっとムッとした。私とブーは客席エリアの隅に座り公演前にあれやこれやと話ていたのだが、ふとカウンター近くをみると、赤ちゃんがいたのだ。今でこそウチの公演には子連れについて事前に報告してくれ、と注意書きが明確に書いてあるが、当時そういう表記があったかは記憶がはっきりしない。ギター弾き語りの、基本静かなライブに、ちょっと常識がないよな…と思ったが、それを私の隣に座っていて察したブーは、この日1曲めを歌う前に「この曲をそこにいる可愛い赤ちゃんに」と言ってコンサートを始めたのだった。ステージを降りてきてブーは私に言った。「いいアイディアだろ? そうすることであの子も親も他のお客もリラックスできる」と。

なるほど…と私は感心した。あの頃のブーは私の何年も先に行ってたよね(笑)。確かに他のお客だって自分がうるさく思ううんぬんよりは「なんだよ、出演者に失礼だろ」と言って怒ることが多いから、当のブーが最初にこう言えば、かなり会場内の空気は良くなる。

いや、難しい問題だよね。もちろんウチにも物音一つ立てにくいNO PA公演もあるし、万が一赤ちゃんが騒ぎ出した時、他のお客様に対する責任者が主催者(=私)にはある。そう、だいたいこういうクレームは歌っている本人からではなく、会場にいる他のお客から出るのだ。だいたいの場合においてウチの公演の場合、赤ちゃんはオッケー。ただし赤ちゃんにもチケットを買ってもらい(ここ落としどころとして非常に重要)、会場の隔離されたエリアにお通しするというケースがほとんどだ。幸いにも私がよく使うライブハウスにはだいたいそういうエリアがある。基本自由席という設定だから席を押さえるのは超VIPのゲストだけなのだけど、こういうケースにこそ、そういったエリア・席は活用させてもらわなくっちゃ。一方ホールや指定席の場合は出口に近いところを優先的に抑えるなど工夫はいくらでも可能だし、場合によっては親子席があるホールもある。つまり排除じゃなくて対処。そういう気持ちでやってきたつもりだ。だからお客さんにもゲリラ的に押しかけて入り口を突破するのではなく、なるべく協力してほしいと思う。それでも、今でも無断で赤ちゃん連れで入ってきてしまうお客は時々いるけどね…

が、昨日このニュージランド議会での記事を読んで、それにしてもブーのあれはなかなかスマートで良かったよなと思い出したのだった。まぁ、今、思えばさすがだわ。

余談だが、ライブハウスの会場で「あそこに座ってる赤ちゃんが耳栓してない」と言って私に文句を言ってきた音楽ライターさんもいた。主催者といえど、そこまでは責任持てないよ。親が抱いているのだし、そういうことは親の判断でしょう、と正直あきれたけど…。ま、クレームって本当にどこから上がるかわからない。かと思うと私の友人…単なる友人ですよ…学生時代の友人…業界人でもなんでもない…がコンサート会場にいて他のお客からの変なクレームを引き受けてしまい、主催者の友人だからと言って対応したんだかなんだか知らないけど困惑したことがある。しかもそれは1部と2部の短いインターバルの時。ほんと色々あるよ、ライブ会場では。ま、それはさておき…(あれ以来、単なる友人は公演には呼ばないことにした)

一番大事なのは会場内の一体感を作ることだ。排除じゃなくて、対処していくことで演奏者、聞く人たち、働いているスタッフ、関わっている人たちみんなをハッピーにする。主催者にはその責任がある。そういう意味ではライブ会場は一つの社会だと言えるよね…

ブー、元気かしら。前の来日時には会えなくて、お互い初台と渋谷にいたのに会えなかった。スカイプで話したら私がすごく痩せちゃったので心配してくれた。ブーは、どうやら最近住み慣れたケンブリッジシャーからグラスゴーに引っ越したみたいだ。

そのブーが作った小さな赤ちゃんが泣き止まなくて苦労するシングル・マザーの歌。「それは天使の忍耐力をも試すものだろう」

というわけで、赤ちゃん連れ公演。必ず事前にご相談ください。こちらもなるべく協力しますから。





PS
ところで今、「よだれかけ」のことを「スタイ」って呼ぶの、知ってました? 私はまったく知らなかった。しかもこの呼び名って英語ではなくスウェーデン語だそうですよ… 「あぶちゃん」と呼ぶ関東人も多かった「よだれかけ」だけど…



PPS
写真は昨日の朝食。ホットクックの具沢山味噌汁、焼きおにぎり、フルーツなど。


PPPS
BBCから動画も来たよ〜

2019年8月22日木曜日

グリーンランドの音楽





アメリカの大統領がグリーンランドを買いたいそうで、話題になっている同国ですが…

アメリカがこの国を買おうとしているのは初めてのことではありません。私が知っているかぎり前回のオファーは大戦中でした。戦争中、自国を守ることで精一杯のデンマークは、グリーンランドの面倒をあまりみることができませんでした。おかげで貧しく生活が厳しいグリーンランドはボロボロの状態に。

そこで出てきたのがアメリカです。時は冷戦時代のまっただ中。金額は覚えてないけど、比較的やすかったように記憶しています。グリーランドは高い。今でもデンマークはグリーンランドを維持するために年間ものすごい金額をあの国に落とし援助しています。道路の整備をはじめとする社会インフラの整備や、そもそも国を回していくパワーもないので多くの国民を公務員として雇い、あた本国から人材を派遣したりすることで援助を円滑にすすめるように頑張っているのですが、なにせ高い。1国民だいたい1年間で100万円くらいの援助が必要なんですよね。グリーンランドの人口は今、6万くらいだったか… とにかく年間莫大な予算が必要なんです。

アメリカはチューレという基地をグリーンランドの北部に持っているんですが、最近、温暖化の影響下で氷がとけてそこから大きな核施設が露出している、という話も…   核爆弾を積んだ飛行機の墜落事故もありました。

そして最近では氷の下から地下資源、レアアースが発掘されるなど、あのエリアはチャイナ・マネーを呼びよせたりもしてるんですよね… グリーンランド。

ナヌークはグリーンランドのバンド。この映像が撮られた場所もウランが発見されて注目されている場所です。このままだと資源目当ての大国の資本ががーーっと入ってきて、資源が枯渇したらポイと捨てられることは目に見えている。そういう急激な変化はこの国には必要ありません。

それにしてもすごい映像。ぜひご覧ください。このバンド、数年前に招聘して、すごいプロモーションしたんで、ここをご覧お方でご存知の方は多いと思いますが、せっかくトランプの発言でグリーンランドが注目されているので(笑)、今、あらためてご紹介することにしました、



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ついでにもっと北極の音楽をもっと紹介しておきましょう。やっぱり圧巻はカナダのこの人。超かっこいい!!!! 喉歌のタニア・タガク。ビョークともコラボしたりして世界的なアーティストです。



そしてこちらはグリーンランドの自治権獲得に大きく貢献したバンドのドキュメンタリー。ぜひ注目を。




今、みたらAmazonプライムでDVDが激安の679円!(笑)



それにしても北極って不思議なところ。行った人は完全に2つに別れる。もう二度と行きたくないという人と、超リピーターになる人と。私はちなみに後者です。また行きたい(笑) でもいわゆる「秘境」エリアになっちゃうんで、何もかもが恐ろしく高い。グリーンランド貯金でもするか…

PS
鎧麻樹さんのレポートです。

2019年8月21日水曜日

変化を怖がってはいけない。豊田さんのミニマリスト・ブログが面白い。

タイタンビカス、本当によく咲くなぁ〜

豊田耕三さんのミニマリスト・ブログが良い。

それこそ勝間さんが(すみません、今、第5次くらいの勝間マイブームです)言ってたように、「変わることが怖い」のであれば認識しておくべき3つのこと…

(1)人間は現状維持バイアスが働いているということ(変化を嫌う性格が DNAレベルであるということ)をよく考える。

(2)それを行なって成功している人を見る。

(3)変化の際、最悪の結果のもとでありうるリスクを想定し、それが許容範囲か確認する

まさにこれの(2)だよね。(ここに勝間さんの動画もあり

だから、豊田さんみたいな人を友人に持ったり、SNSのタイムラインに入れておくことは重要なのだ。自分とは違う視点を生活に与えてくれる人。そういう人を自分のそばに配置しておく(って言いかたが悪いけど)。それは自分のライフスタイル向上にとって、とても有効的だ。そうじゃないと、(1)にある通り、ついつい現状維持、つまらない日常を淡々と進むことになる。せっかく生きてるのにもったいない!

しかしこのカトラリーは真似できないなぁ。奥さん大変そう。良かった、私は一人暮らしで… なんでも一人で決められて…

洗濯もすごいなぁと思う。日常生活において香料がすごいのは私も気になってて、ちょっと考えたいイシューだ。身体をあらう薬品たち(石鹸・シャンプー)も考えものだ。ぜひ参考にしたい。それになんといってもCloud化も。ウチはiMacの中を全然クラウド化できてない。クラウドという概念が始まるまでは、ウチのパソコン事情も結構最先端行ってたと思うんだけど、今や全然ダメダメである。あぁ、なんとかしなくちゃ。

一方で出張時の荷物については、私の場合だいたい8kgで、当然機内持ち込みのみ。ちょっとした勝利感(笑) もちろん私は人前に出る職業じゃないし、楽器もいらないし、売るCDもないから身軽なのはもちろんだけど。でもいいね、人の旅行鞄。私も次回の出張時、自分の旅行鞄の中身を紹介してみようっと。

というわけで豊田さんのブログ、おすすめです。あの音楽がここから来てるの、わかるよね。豊田さん、ネタはまだまだるそうなので今後の更新も期待してます。あ、ちなみにウチもテレビありませんが、まったく必要ないですね、確かに。

あと勝間さんの下に紹介した2冊もおすすめです。とにかく人の良いところを真似して一緒に学んでいきたいと思わせてくれます。

豊田耕三さんのツイッター https://twitter.com/ozoktoyota/
勝間和代さんのツイッター https://twitter.com/kazuyo_k/



PS
いつぞやのインド祭でお世話になった武田さんの個展があるみたい。




PPS
一方のユザーンはあいちトリエンナーレで頑張っている(笑)


PPS
フィンランドのパン。ライ麦ハウスさんが通販始めたみたい!

2019年8月20日火曜日

ウォリス・バード PASTE MAGAIME from NYC





機材トラブル、スイッチミス… あれこれとっちらかりながらも最高のパフォーマンス。ウォリス、かっこいい!!

PASTEって雑誌もいいけど、こういう発信いいよなぁ。Tiny Deskに並ぶ良い音楽の発信源。こういうの日本ではなかなかないね…  私もいっときON THE SHELFってのをやってたけど、今は撮影してくれるスタッフがいなくてストップしちゃった。っていうか、こういう企画、プロジェクトは一人でやればよかったよな、と反省。一度始めたものを中途半端に止めるのは、本当に気持ち悪い。なんとかしなくちゃ…

なにはともあれ、ウォリスの勇姿をみてやってください。新曲のアコースティックヴァージョンすごくいいよ!! 新譜は9月発売。残念ながら今回は日本でのリリースはないけど(DLではある予定)来日はなんとかまた実現させたい…  けど、どうなることやら。

やっぱり1人がいい

タイタンビカス。7年目くらいかな… ほんとに毎年よく咲いてくれる。

数日前の小田嶋さんのツイート。



このネタでいつかブログを書こうと思っていたので、小田嶋さんの言葉が響いた。ちょうどいい機会だから書いておこう。

病気になって、結婚してなかったり子ども産んでなかったりすると「一人じゃ大変だ。やっぱり家族を持っておけばよかったのに。そうすれば寂しくなかった」とさぞ後悔することだろうと想像していた。人はそう言うし、自分でもきっとそうなることだろうと思ってた。まるで病気に対する覚悟がなってなかった、と。自分の人生は「自分は健康だ」という前提にあったのだ、と。だから一人でいることを選んできたのだ、と。

が、実際はそんなことはありません。一人の皆さん、安心してください。それウソですから、と私は今回病気になって確信したのだった。

今回初めて入院というものを体験し、4人の大部屋にいた時、他のベットに訪ねてくる家族の会話を聞くのが好きだった… というか、いやおうなしに人の会話が聞こえてくるので、よく聞いていた。自分の知らない世界が展開されていて、正直、めっちゃ面白かった。そうか、世の中の大多数の人はこんなことを考えながら生活しているんだな、と。これじゃウチみたいな音楽が売れる可能性は少ないわな、と(笑)

ほんと夫婦だけじゃない。子どもたちとの関係だってそうだ。孫だってそうかもしれない。だいたいの関係はパワハラやモラハラや、とにかくバランスが悪い。そもそも80歳すぎて大手術してまでしなくちゃいけないのは、家族がいるからだ。自分一人なら、治療を受ける・受けないですら自由である。自分で決めればいい。ところが家族がいるとそうはいかない。「おばあちゃん、頑張って」と言われれば、きつい治療にも耐えないといけない。家族というものの存在は、そんな風に容赦なく自分にぶつかってくる。

私も死ぬことにまったく抵抗はないのだが、唯一両親より前に死ぬわけにはいかない、と、思っている。この私ですら思っている。

まったく自分の命すら自由にならない。自分のことでいっぱいいっぱいなのに「あーでもない、こーでもない」あれこれ余計なことを、素人である家族の連中から言いたいように言われる。こちとら外科医というプロフェッショナルと一緒に数値をみながら検討しているというのに、数値すら見てない経験のない連中がいったい何を言えるのか…

それは私がまだ健康だったころ、たま〜に経理のことで実家に行くと、あまりにも家族の連中が自分の頭に浮かんだことをそのまま言葉にしていることにびっくりしたものだった。彼らはそんなところから何も進展がない。家族というだけで、一緒に住んでいるというだけで、人はどうしてこんなに攻撃的にバランスの悪い人間関係を構築できるのか。家族内部と自分の身のまわりにしか興味のない人たち。家族の中で起こった小さな出来事をなんどもなんども反芻し、思い出しては言いたいことを言っている。仕事をしてる人なら、せいぜいそこに職場のネタが入ってくる事もあるのだが… わたしだったら、絶対に耐えられない。

断言しておこう。例えば45歳くらいまで一人でいた人は、もう絶対に死ぬまで一人がいい。例えば病気になったとしても、プロフェッショナルと一緒に自分の治療を考えていく。これが一人でいるのが好きな人にとってはベストな状況なのだ。ただでさえ体調悪いってのに、人の言うことなんか聞いていられない。あんな風にあれこれ介入されるのであるのならば、寂しい方がなんぼか楽か…   それに人の人生になんか、こっちは介入したくない。面倒くさいし、自分にメリットないし、そもそも人の人生なんて興味すらないわ…と思う。冷たいかなぁ、私。

いや、そりゃー 素敵な人間関係を家族内で構築している人たちもいる。その人たちは素晴らしいと思う。でも私にとっては、それは難しいだろう。誰かが近くにいれば自然とわがままになってしまい、バランスの悪い性格になってしまう。そんな自分が嫌になり自己嫌悪に陥る。悪いことの連続だ。

そりゃー、体がだるいときに自分の代わりにお茶をいれてくれたりお皿を洗ってくれる人がいれば、それは嬉しいし、非常に助かる。が、そのことだけのためにこの自由を失うわけにはいかないのだ。だいたい口をきくのだって疲れるみたいな状況下なのだ、こっちは。それを察してほおっておいてほしい。プロと話し合ってなんでも自分ですべて決める。これができることの、なんという幸福さよ!! もちろん体が弱って自分で決断できなくなることもあるだろう。でもそれこそが私にとっては人生の終わりの始まりになるのだ。そのくらい重要なのだ。

もちろん金銭的に自立している必要がある。手伝ってくれる友達の存在も必要だ。その友達でさえうっとおしく思えることだってある。距離感を取るのが絶妙にうまい人もいるが、うまくない人の方が世の中には多い。(これについてもいつか書きたい)

病気になってわかった。もう自分は我慢はしない、と。我慢してまで付き合う人など必要ないのだ。そもそも我慢なんかしてる時間がもったいないのだ。これまた病気になってわかったのは、会いたい人と会いたくない人が自分の中で明確に分かれる。とにかくそれがわかっただけでも病気になってよかったと思える。

こういう状況下で絶妙なバランスで見守り、助けてくれる友人たちには感謝してもしきれない。私は本当に恵まれていると思う。

いろいろ書いたけど、私が言いたいのは、今シングルでいるからと言って老後が心配とか、だから誰かと一緒になるとか考える必要ないですよ、と言うこと。そんな風に、あなたが決めてやっていることはいつもあなたにぴったりだし、いつも正しい。

PS
週末放送になるアイルランド関係のTVをご紹介。スターウォーズのロケ地になったアイルランドの孤島。


直子さんがコーディネイトしてた、これかしら? いずれにしても放送が楽しみ。

2019年8月19日月曜日

料理生活


 
作り方。アサリをバターでいためて、白ワイン(もしくは日本酒)を投入。そこにパスタを入れてからめたら、シソととびっ子を入れる。塩気はとびっ子で調整。美味い!! テレ朝の若大将番組でやっていて、一時はすごく凝って、自分で作る以外にも友達の家に呼ばれたりすると、人ンチのキッチンで作ったりしていた。私にとって料理とはその程度のものだった。

ちなみに生粋の湘南おぼっちゃま加山さんの正式なレシピはアサリについては出汁をとったら取り除いてしまうのだが、ついつい貧乏な私はアサリをそのままにして作った。そしたら、とびっ子がアサリの殻に持っていかれちゃったよ。やっぱりアサリは取り除くか、せめて殻を外した方がいいみたい。

そしてシラスパスタも作った。磯のかほり〜〜。あとホットクックで作ったかぼちゃのポタージュも。こちらは冷蔵庫に入れたまま、キンキンに冷たい状態で。甘くて美味しい。すごいよなぁ、これ。塩しか入ってないのに。玉ねぎとかぼちゃの甘さがとにかく勝っている。



さらに青じそがあまったので、今朝はたらこパスタを。たらこをマヨとバターで伸ばしてパスタにからめ、卵黄を投入。青じそをふってできあがり。こちらも塩分は塩化ナトリウムを別途投入するのではなく、たらこで調整。朝からパスタなんて、なんかすごい!(笑) 



それにしてもパスタをゆでるのが上手くなった気がする。思い切って固めでお湯から上げるのがコツ。ちょっと勇気いるけど、気になった場合は少しおけば予熱でちょうどよくなる。アルデンテは延びちゃったパスタよりも全然良い。



と、まぁ、こんな風に今は三食、きっちり作るようにしている。

自炊生活が楽しい。実際のところスーパーに行くと高い果物とか買っちゃったりしてて、安いお弁当を買うより高くついているかもしれないな、と思う。でもこれやってると1日がすぐ終わっちゃうね。朝食べたら、昼は何を作ろうか考え、夜は何を作ろうかと冷蔵庫をチェックする。何か足りなければ買い物に行くが、基本的に冷蔵庫はいつもパンパン状態だ。シチューとか余ったものは、冷蔵庫にタッパーに入れて保存するので、今でもすごい量の保存食が冷蔵庫に詰まっている。

仕事持ってない主婦ってこんな感じなんだろうか。すごく楽しい。とりあえず9月の中旬くらいまでは、療養を兼ねてこういう生活を送る予定。体調がいい時は、起き上がって、部屋の断捨離も決行中。自分の生活にいらないものは削除していく。そもそも服とか前回の大断捨離時に捨てるのをすごく迷ったくせに、今ではその時捨てた服が何かもう思い出せない。旅行すると小さなスーツケース1つで何日もすごす。そんな風に日々の暮らしも身軽にしたい。

身軽になって、次はどこか別の街で暮らすのもいいかも。住めば都になっちゃう体質なので、もうここに9年近く住んでいることになる。どこに住んでも誰に何を言われるわけでなし自由な身の上なんだから、ほんと新築転して身軽になるべき。

コンマリみたいに30冊とはいかないけれど、本もだいぶ処分した。本を処分するのは痛いので、友達にもらってもらったりもした。真っ先に処分したのはいっとき流行った北欧の雰囲気本。たいした情報が載っているわけでもないのに写真ばかりが綺麗な本。そもそも情報は今や書籍では追いつかない。ここに越してきて一度も開かなかった本は、ダンボールにいれて倉庫(という名の実家)に送りかえすか、断捨離すべき。もちろん中にはなんどもなんども読みたくなるような一生もののプラチナ本があったりするのだけど。

どっちにしても、これからどう生きるのかは自分で決める。せっかく病気になったのだから生活も仕事も大きく変えたいなぁ。

小林カツ代さん。すごく良い。きちんと料理することは、きちんと生きることだ。ぜひご一読あれ。



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