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2018年7月26日木曜日

田中泯さん出演『サワコの朝』を観ました。

さて、ライコー・フェリックスと田中泯さんの公演が決まったのは、去年の夏ごろの話だったんですが、ちょうど泯さんの事務所に初めて連絡を取った時、この放送があったので、勉強のためにも書き起してみました。 

とてもいい番組だったので、ご紹介します。私の方でお二人の会話に対する理解が足りなかったり、内容が間違っている箇所などあるかもしれません。その場合は申し訳ございません。あくまで野崎が聞き取った内容となっております。
 
素敵なアロハの泯さん登場。
佐和子さん「今日は素敵なアロハで…」
泯さん「好きなんです、アロハはね。暑くなると、これか裸です」 (会場笑い)
佐和子さん「良かった、着てて…」(笑)

ナレーション「今日のゲストはダンサーの田中泯さん。田中さんの本業は俳優ではなくダンサー。72歳の今も現役です。 日本はもとより世界各地で活躍。これまで50ケ国以上に招待され踊りを披露。高い評価を受けてきました。 その踊りは一般的なダンスの概念からかけ離れた、まったく独自のもの。衣装も音楽も劇場も必要とせず感じるがままに身体を動かすのです」「今日は人の歩かない道を歩き、新たな表現を模索してきた田中泯さんの世界に佐和子が飛びこみます」

佐和子さん「57歳の時に初めて役者業というか、『たそがれ清兵衛』で演じるという仕事を始めて引受けたんですよね」
泯さん「踊りと演劇との境目みたいなもの… いったいどこらへんから踊りになり、どこらへんから演技になるんだろうか…ってのは、ずっと興味持っていたんです。ただ僕が言葉が苦手なものですから演劇っていってもセリフなんかしゃべれるわけないじゃない、と思っていた。でも山田洋次さんのお話があって」「実は真田さんさえ知らなかったんです。で、ビデオで一生懸命勉強して、お会いした時に“あっ、真田さんだ”って思って。いてもたってもいられなくなって、自分の撮影がないのに早くから京都に行ったり、真田さんの終るのを待って練習したり…とか」
佐和子さん「その経験はいかがだったんですか?」
泯さん「踊りを考える上では… あるいは自分の踊りを続けて行く意味では…大変なヒントがいっぱいあったかと思います」

佐和子さん「でも『たそがれ清兵衛』の後に“あの人おもしろい”、“あの人素敵”ってことで、いくつかオファーが来るようになったわけですよね? NHKの『まれ』はもう何年か前になりますけど、塩まきおじちゃんとか…」
泯さん「あれはね、本当に塩をまいてらっしゃる方… モデルがいるんですよ。その方のお父さんって人は戦争中に、みんな赤紙で戦争に行く中、仲間がみんなあいつだけは戦争に行かしちゃいけない、って。あいつだけが伝える力を持っているから…と陳情するんですよ。それで生き残った、という方なんです。ですから戦争が終ってから一心不乱に仕事をしてきた。その人の息子さんに僕は習ったんですね。塩まきを習うことが出来るんだったらやります、という引き受け方をしたんです」
佐和子さん「(笑)こっちの方が面白かったわけですね…」
泯さん「はい。そういう人たちの凄さを身にしみて感じたんです」

佐和子さん「そのあとはキムタクさんのお父さんの役とか、次々オファーがあって…」
泯さん「でも僕は何でもできるわけじゃない、ってのは分っているんです」
佐和子さん「どんな役でも、というわけではないんですね」
泯さん「もしね、別の人生を生きてたら,こういう人になってたかもしれない…そういう役をやっているんです。これはオレとは関係ないよ、という役は出来ないと思います。本をまず読ませてもらって、“分かる!”っていう人しかやらないですね」
佐和子さん「納得できないとやらない、と」
泯さん「本当に不器用ですから」

と、ここで番組内いつもやる2曲の選曲のうちの1つをご紹介。

佐和子さん「1曲目… 今でも煌めいている1曲、ということで…」
泯さん「1番と問われるのが一番苦手で… 1番好きな場所はどこかとか…」
佐和子さん「私も人にふっておきながら、苦手ですね」
泯さん「僕は生きているんだから、これが1番なんて決めたら損でしょう、と」
佐和子さん「どうもすみません」
泯さん「いえいえ」
(会場笑い)
泯さん「東海林太郎の『名月赤城山』です。父が好きな曲でした」



佐和子さん「お父様の!? お父様は警察官でらしゃったとうかがっていますが」
泯さん「その父が酔っぱらうと歌ってましたね。歌の上手な人で声は大きいし、テレビは小さいモニターのものでしたから、東海林太郎さんよりも親父の方が歌が上手い、と思った」
 (会場笑い)
佐和子「時代が感じられるけれども… お父様の方が上手かったですか?」
泯さん「はい、酔っぱらって聞いている人にもたれかかるようにして歌ってましたけれども…」
佐和子さん「お酒を飲んで浪々と歌われるそうですが、お父様はどんな方でした?」
泯さん「何も語らない人でしたから…」
佐和子さん「無口な?」

泯さん「それと、一般のウチのようにいつも家にいるわけではないので、なかなか顔をあわせなかったですね。地元に例えば自殺があったとか、台風のあとに死体があがったとか、そういう時はなんか父親が家にいるんですよね…。で、連れていかれて…」
佐和子さん「えっ、その現場に?」
泯さん「昔は今みたいに警察にブルーシートで隠して見せないなんてことはしないで、大人も子供もブワーーーッッと見てましたから。死んだ人を…」

佐和子さん「でもわざわざ子供を連れて行く、っていうのは…。お父様の考えはなんだったんですか?」
泯さん「一切しゃべらなかったですね…。ただ台風で堤防が切れそうだとなると地域の半鐘がジャーンと鳴って、みんなが堤防に集まって共同でなんとかしよう、とかいう事をやってた時代ですから。担当者とかじゃなくて、住民全部がそこに集まる。子供の僕なんか行っても何もできない。土のうを積んだりとか出来ないんで、自転車こいで電気つけるとか… それで、なんとか役に立ちましたよ」
佐和子「はぁ〜」
泯さん「そういう時代だったですね」
佐和子さん「人間が…なんて言うか必死で生きること…、そしてそこに抗えず死んじゃうことというのを両方目の当たりにした…ってことですね」

泯さん「そうですね、有り難かったですよね。大人になってから… 自分も死んだらこうなるんだということは早くに分っていたし、この身体の中に“私”はいるんだな、ということを間違いなく確かめられるわけですよね。今(死んでいる)この人の中には,この人はいないんだ、と。この人はどっかに行っちゃったんだ…ということを考えました」
佐和子さん「でもお父様はそれを説明はなさらないわけですね」
泯さん「とうとう死ぬまで何にも説明してくれませんでしたね」
佐和子さん「強いお父さんだったんだなぁ、ある意味で」
泯さん「強かったと思います」
 
佐和子さん「で、今,踊りの方でいえば、『場踊り』というのを始められている、という…。『場踊り』ということは、まず場所を決める、ということですか?」
泯さん「はい、踊る場所をね…」
佐和子さん「これは日本だけにかぎらず外国あちこちでやられているそうです。VTRがあるそうなので…」

ナレーション「田中さんが編み出した『場踊り』とは。その場所で感じた空気や歴史を思いのままに表現する踊り。インドネシアの島々では通りすがりの男性と即興で踊ったり,水牛を相手に踊ったことも…」「舞台を選ばず、その場で感じた自然の息吹や空気の流れを体内に吸収し一気に放射していくのが、この場踊りなのです」

佐和子「そのときの振りは、即興なわけですか?」
泯さん「そこに行くまで“最初どうしよう…”と思いながら行くわけです」「とにかく絶えず動きまくっていますから、その中で、もう<私>のことなんか関係ないんですよね。もう夢中でその中に生きていく。で、踊る時ってのは、普段の自分とはまるで違います。熱中しているなんてもんじゃない。もっと熱中している…。で、あえて言えば,それが僕にとってはもっと生きるという快感に近いです。あぁ、踊りやってる、っていう感じ」
佐和子「田中さんの踊りの原点は? なんで踊りだ、と思われたんでしょうか?」
泯さん「中学校を卒業するまでは、学校でも前の方の…」
佐和子さん「小ちゃかったんですか?」
泯さん「もう本当に小ちゃかった。で、まぁ、僕は何も自身もない。象徴的ななのは僕は友達をみんな覚えているのに、友達たちは僕のことをまったく覚えていないんですよね。誰だっけ?みたいな」

佐和子さん「そんなに存在感の薄い、端っこにいるような子だったんですか! いじめられたりもしました?」
泯さん「…うん、しました… かなり」
佐和子さん「うーん」
泯さん「友達というか、仲間とは遊ばない子だった。1人で野山にもぐりこんでいた、というか…。で、その過程で盆踊りへ… 大人の輪の中にむしろ逃げ込むような感じで入っていったんです」
佐和子さん「その方が心地よかった、ということですか?」
泯さん「ですね」

佐和子さん「男の子って恥ずかしがって踊らないという印象が私は子供のころはありましたけど…」
泯さん「そうでしょうね。男の子は踊ってなかったですね」
佐和子さん「踊る方の勇気はあったわけですね? じゃあ?」
泯さん「それよりも逃げる… 大人の間で隠れるようにして踊っていた…というのが正解かなぁ。夢中でしたね。とっても良かったです。で、大学の1年くらいかな… 芸術… 踊りっていう芸術がある、っていうことで…」
 佐和子さん「クラッシック・バレエでしたっけ?」
泯さん「クラシック・バレエと町の舞踊団というかダンス教室に所属して、そこで所謂“内弟子”っていうんですけど、その家の掃除とかいろいろしながら…」
佐和子さん「そんなことを!」
泯さん「そんなことをしながら踊りを習った」
佐和子さん「でもアン・ドゥ・トロワの世界だから、型が決まっているわけですよね? そんな中で旧来の日本の踊りとか、欧米のものじゃないものにどんどん興味を惹かれていくわけですよね?」

泯さん「踊りっていったいどこからやってきたんだろう、というのが興味の対象にどんどんなっていくんです。例えばね、文字文化を持たない人たちの踊りは本当にすごいです。で,文字を持ってからの踊りって、どこかで文字の翻訳のような踊りになっていくわけです」
佐和子さん「あぁ、はい」
泯さん「これは、あの…決して失礼なことを言っているわけではないのだけれども、日本舞踊にしても歌舞伎にしても言葉があるから、振りがあるわけです…」
佐和子さん「あぁ、言葉があるから…例えば私は、心が悲しいの…みたいな振りになるわけですね」
泯さん「そうですね、それで先生たちは、あなたの心、感情…言葉以前のことを、表現すればいいのよ、みたいにして教わるわけですよ。でも… はて… そんなのオレにあるのかな?と(笑)どこに?って思っちゃうんですよ。割と軽く“あなたの奥深くから表現してください”って言うんだけれども、奥深くーってどこーーーっっ?!って(笑)。それって先生、言葉じゃないですか?、と」

泯さん「でもね、絶対に大事なコミュニケーションの1つとして踊りは絶対にあったと思うんですよね。今でもそうだと思うんですけれども、美味しいものを食べた時、“これ美味しい”っていう代わりに身体で表現することがあるじゃないですか? あれ、デタラメですよね? それぞれ多くの人がデタラメに“うーーっっ”とか、やったりする。でもそれはほとんど“踊り”って呼んでいいような、それだけ取り出したら意味のない事じゃないですか? そうですよね?」
佐和子さん「悔しい時とかもそうですよね」
泯さん「それはでも幸せなことに皆が共同の体験をしているから、そういうまったく抽象的なことをやっても“あっ、きっと美味しいんだ”って思えるわけなんです。踊りってそういう意味では共同の場に起きていることを伝えていく大事な役割があったと思うんですよね」

佐和子さん「田中さんはある時、裸ん坊でずっと踊っていた時期がありましたね」
泯さん「踊りをやっていこうと思ったと時に言葉に走らずに、言葉をはね除ける裸体を選んだという… この身体の中にたぶん踊りの動きの全部がそなわってある、と思ったんですね…。例えばなんにもしなくても“暗いね,今日は”って言われちゃったりするわけですよ。“なんかあったの?”みたいな。それは後ろ姿でも言われちゃうわけですよ。だから動きを追究する前に、私の身体の中で本当に感じることをもっとキャッチしたいんです。服を着る意味、音楽をかけて踊る意味、あるいは客席を準備してお客さんを呼ぶ意味。なんにも分らなくなっちゃった。必要としてないんじゃないかと…。まずそこから始めるべきだろうと思ったんですよね」

佐和子さん「素の自分と戦っている時に、土方師匠と出会ったわけですか?」
泯さん「裸で踊りはじめた頃から存在は知っていました。ずっっっと吸い寄せられて,この人に踊りを習うということよりは、この人からは遠くにいって自分を磨くしかないな、と思った。全部飲み込まれちゃうと思いました」
佐和子さん「それは喜びですか? 悲しみですか?」
泯さん「いや… どっちとも言えないですね。僕ね、あんまりね喜びとか悲しみとか怒りとかなんとかっていう言葉のレベルをぴしっと決めるのが好きじゃないんですよ。混ざっている方が好きなんです」
佐和子さん「あぁ、混ざっている…」
泯さん「そうだなぁ、これは怒りだけど、快感かなぁ…とか。嬉しい事と悲しい事の間には間がずっとあるじゃないですか。嬉しい事があって、悲しい事があって、それがつながっていないわけでは決してない。ずっとつながっている。それが好きなんです」

佐和子さん「今,ダンスの公演というのは?」
泯さん「それはもういろんな形で踊っています。いわゆるダンス・ビジネスに乗って踊るのはほんの一部です」
佐和子さん「じゃあ,今度のギャラは幾らだ…みたいなことも…」
泯さん「そんなこと関係なく… ここで踊りたいんだから踊るっていう… 例えば日本の田んぼの中で踊ったりすることもあります。そうするとたまたまそこに居る人が見てくださってもいいし、ウルサいねーと声かけてくれてもいいし、たいたいそこに住んでいる人には気になるので不思議に見てくださることが多い。終って気がつくといっぱい人だかりが出来てたりもします。周辺で働いていた人が集まったり… だまって見てたりしてね。“ごくろうでしたね”なんて言ってくれたりした日には“やったー!”って(笑)それが何より嬉しいです。名前なんか聞かれるよりもね」

佐和子さん「わざわざ東京からいらした世界的なダンサーですーっっってのはむしろいらない」
泯さん「だから最高の僕にたいする踊りの褒め言葉は“ちょっと元気になった”とか言われるのがホントに嬉しいですね」
佐和子さん「でも生活もあるわけですよね?」
泯さん「死ぬわけじゃないし…。正直言って金よりもオレの方が偉いです」(きっぱり) 佐和子さん「失礼しました(笑)」
泯さん「はい(笑)」

泯さんが選んだ2曲目は井上陽水さんの『決められたリズム』 
泯さん「裸体のころから、折りにふれ聞いてきたんです」
佐和子さん「陽水さんの歌で踊ったことは?」
泯さん「一度ね、プロポーズしたら… 断られちゃった! 今はやりたくない、って」
佐和子さん「陽水さん、どうかしら! コラボレーションというのは…」
佐和子さん「いつか踊りましょう、陽水さんと」
泯さん「はいぃ〜(と重厚な感じの返事)」
 (会場、佐和子さん、笑い)



泯さん「さっきね、怒りとか喜びとか言ったけど、それの間にずっと(いろんな感情が)あるんだっていう。彼の歌はまさにそういうことなんですよね…。ひと言で表現できるようなことがあるか?!って言っているような気がしてしょうがない。だから1つの何かをほしくて僕は生きているんじゃないんです。あらゆる感情を知りたい。今、僕、72でしょ?でも歳上の人たちにね“歳取るとね〜”とか“人生はね〜”とか言われるんですよ。頭にきますよ。だって、オレ知らないんだから! まだやってないんだよ、と(笑) 明日何が起きるかドキドキしているんだからいいじゃないか、ってね」
佐和子さん「指し示しすぎですよね、今はね…」
泯さん「何かね、“この道を行く”なんて総理大臣のポスターに書いてあったけど… 冗談じゃない! オレ、道なんかいらないよ、と。この道をいこうなんて、よしてくださいよ、と」
(佐和子さん、会場笑い)
佐和子さん「怒りの感情が増えてきたようです…」
泯さん「だんだん増えてきちゃった!」
佐和子さん「そろそろこのヘンで… ありがとうございました」
泯さん「ありがとうございました」
(会場、拍手)

泯さん、佐和子さん、素敵なお話をありがとうございました。田中泯さんとライコー・フェリックスとの共演はこちらになります。

詳細はこちら。