阿川佐和子「聞く力」

先日友人から斜陽の音楽業界の、とあるおじさんの悲しすぎる話を聞いて、そのあまりのひどさに絶句してしまった。なんかが狂っているとしか思えない。音楽業界を取り巻く環境は本当にひどい事になっているのに、みんな現実を直視できなくて途方にくれている、そんな現状だろうか。

それにしても、ひどいことになってるよな… 最近終了したSXSWにたくさんの日本人が参加したというのをポジティブに語るブログだかホームページだかを見たが、私はどっちかというとそれをポジティブに取るよりも、「うーーむ」と考え込んでしまった。そうなんだよね。お金にならなくてもいいから楽しいことをやればいいと言うのであれば、そりゃー楽だし楽しいよ、と。彼等の頑張りに水を差すつもりはないのだが。

そもそも原則として自分を表現したい奴(アーティストやバンド)ってのは、いくらでもいるのよ。どんな時代であっても。でも、それが集まったところで、どう展開するのだろうか?

それらをどうにかして何とかして、自分の事業としマネタイズし、アーティストにお金を払い自分が食べて行く方法を考えるのがスタッフなのだと思うのだが。SXSWに行ったからといって、そこで世界に道が広がるというほど、事は単純ではない。今の時代、すべての音楽ビジネス・モデルが崩壊しつつあるから本当に難しい。もちろん無責任にミュージシャンを応援するだけだったらファンでも出来る。

そしてもっと言ってしまうのであれば、アーティストやバンドの発信したい気持ちを騙して成り立ってきたのがレコード会社ビジネスだったんじゃないのかしらとさえ思う。それにみんなが寄生してただけだ。何か新しい事を考えないと生き残っていけないと思うのだが。それでも、まずは話題を作ることが先決、ということなのだろうか。本当にいろいろ考えさせられる。


さて、話題の阿川さんの新刊である。実は阿川佐和子さんの本を読むのは初めて。雑誌に掲載されるエッセイはなんとなくのぞいていたし、TVタックルはほぼ毎週見ている数少ない番組の一つだし、文春の対談はしょっちゅう読んでいるのだけど、帯のキャッチに惹かれて初めて手にとったのだ。「聞く力〜心をひらく35のヒント」。

私は人の話を聞くのが苦手だ。よく大学の後輩に「(相手に)興味ないんじゃないですか?」と言われるが、ごもっとも。そうなんだよね。ま、これについては、また別途書きますが、そういう反省もあって、この本を読めば少しでも人の話をちゃんと聞くようになるだろうと思ったのだが、残念ながら、私はこの本を読んで「そうか、こうやって人の話を聞けばいいんだ」という感想には至らなかった。少なくとも私にとってはこの帯に書いてあることは全部ピントが外れている。「聞く力」というタイトルは最近流行の新書のタイトルにかまけて編集者が売れるようにつけたのだろう。また帯のキャッチも、勉強熱心なビジネスマンをターゲットにしたい編集者が勝手につけたのだろう。(もっともそれが理由で、私も買ったわけなのだから、やはりこの帯キャッチは帯キャッチとしては成功なのだろう)

私がこの本を読んで印象に残ったのは、阿川さんのこの仕事にたいする真摯な態度だ。彼女は自分でも言っているのだが、いいとこのお嬢で良い学校を出たのはいいが、強い目的意識があるわけでもなくノウノウと生きてきた、と言う(実際はそんな単純ではなかろうとも想像するが)。でも仕事を通じて、失敗を繰り返しながら志を新たにするところとか、尊敬する人たちにお褒めの言葉をいただいて、ずっとそれを大事に覚えている事とか、またストレートにアドバイスしてくれるありがたい友達や、仲の良さそうなスタッフに囲まれながら、仕事をするその様子が実に面白く、たくさんたくさん共感できるのだ。そして、やっぱりユーモアのセンスがいい。彼女は本当に頭がいいと思う。文章も軽快で彼女の雑誌に書いているエッセイ同様、読むのにもまったく負担がなかった。

いろんなエピソードが、それぞれ心に残る。それにしてもインタビューってほんとにいろいろだと思う。ウチのミュージシャンのインタビューもそうだ。プロモーション目的で、多いと1日7、8本受ける場合もある。同じ質問を繰り返されてうんざりすることもあるだろう。でも結構ミュージシャンは1つ1つの取材を覚えていて「あの質問は良かった」「あの質問はひどかった」とか終わった後もいろいろ話をすることが多い。(というか、そういうミュージシャンの愚痴や文句を聞いてあげるのも私の大事な仕事である)

インタビューは本当に様々だし、人によってまるでスタイルが違う。それでも私が関わるインタビュアーさんはジャンルの特性からか顔ぶれが限られているので、仲間うちでごちゃごちゃやってるようなもんだ。これが、もっと広いジャンル、広いレコード会社などに渡って眺めてみれば、みんな更にヴァリエーションに富んでいるのかもしれないが。でもそう思う一方、どのインタビューも所詮似たりよったりという感じもするのも事実だ。それにアーティストとインタビュアーの相性というのもある。良いインタビューとか悪いインタビューとかは簡単に判断できるものではなく、インタビュー自体がすごく良かったのに、文章や纏めるのが下手で記事が出たらがっかりとか結構あるし、また反面、現場では「ひどいなー、これ」と思ってたのに、記事が抜群に良かったりすることもある。

阿川さんも言っていたが,その人の考えていることや、いろんなことを読者に届ける。その作業の……大変なことよ。いくらでもこの世界は学ぶことがある。というか、そう彼女が思っていることが、また仕事を楽しむコツじゃないだろうかとも思う。彼女が生き生きしているのは、そのせいだね。

私が印象に残ったインタビューといえば、ルナサの初来日時の松山晋也さんのインタビューだ。あの時は貧乏ツアーで彼等はトレヴァーの妹さんの家に合宿状態で宿泊していた(といってもベットルームが幾つもあるような豪華なお宅でしたが)。その近所のカフェに集められたルナサは、初めての日本での初のインタビューで大興奮状態。まるで修学旅行の中坊みたいなノリだった。最初はいかに面白い事が言えるか競うように話していた。ホントくだらないジョークを連発していたのだが、その彼等が松山さんの質問によって次第に取材に集中し、そして静かになっていっのだ。

そもそも海外のフォーク系の取材記事はろくな記事がない。fROOTSには感動した記事がいくつかあるが、SONGLINESなんて印象に残ったインタビュー記事なんて一つもないし、Irish Music Magazineにいたっては、このくらいなら私にも書けると思う、なんの脈略もない記事が多い。だから伝統音楽にはきちんとした健康的なジャーナリストとミュージシャンの関係が育っていないんだと思う。なのでルナサの連中がインタビューを「ソーシャライジング」と勘違いしたところで、それは無理もない。とりあえずニコニコ。面白いことを言って場を盛り上げ、それでインタビュワーがご機嫌に「楽しかった! なんて楽しい連中なんだ」と言って帰ってくれれば、それでいいと思っていたんだろう。

そんな彼等が、最後には松山さんのするどい質問に、全員がシーンとなってベストな答えを出そうと真剣に立ち向かっていた。その集中度に私は本当に感動してしまった。このバンドはいい!とも思った。自分たちの、音楽に対する気持ちや態度を、彼等もあんなに真剣に考えたことは、それまで無かったんじゃないかと思う。

先日のポール・ブレイディも松山さんの取材は大好きだ。ポールは松山さんの質問を受けると時々固まってしまう。今まで松山さんからは来日のたびにインタビューを受けているが、今回も終わったあと、みんなでご飯を1〜2時間食べて、タクシーでホテルに帰る車中でも、ポールはまだ「あのインタビューは良かったな。今でも質問の答を探している」と話していた。

その前の取材の時は、机の上に広げられた松山さんの、ビッシリと細かいメモで埋められたノートを見てポールは本当に感動していた。その場のスタッフが「すごいpreparation」と言ったら、ポールは「いや違う、attitudeだ」と言った。そのとき松山さんもすごいけど、ポールもすごいな、と思った。

答えを探して、思いを巡らして、インタビュー相手が黙ってしまうことは良いインタビューにおいて時々起こりうる事だ。そんな事もこの阿川さんの本にも書いてある。そうなんだよね…。本当にミュージシャンにとってインタビューとは自分のことを考える貴重な時間かもしれないと思う。

音楽についての、アーティストへのインタビューって何だろうって思う。インタビュー記事とはもともとCDのリリースにあわせて、露出を大きく取るための宣伝の手法の1つだった。でも、もちろんそれが単なる露出/宣伝ということを超えて、リスナーの皆さんにその音楽をより深く楽しんでもらえるための何かになっていることには間違いない。

とか考えながら、これはインタビューだけではないよね、とも思う。なんでも物事にかかわるすべての人が、これだけ真剣にその場にのぞめば、やっぱり素晴らしい記事&素晴らしい物が生まれてくるし、それによって結果(この場合ミュージシャンの気持ちがさらに読者により深く伝わること)がもたらされるという事なんだろうなと考える。

その出会いの場を作って行くのがプロモーションであり、レーベル/プロモーターの役目なんだろうな、と思う。それにしてもこの仕事はいつも面白いし、難しい。難しいから面白いのであると思う。

最後は春めいてきた我が家のベランダガーデン。最初はまったくの枯れ木状態だった薔薇がこんなになった! 春はすぐそこだね。花とか咲くのかなぁ、これ…