「ルポ虐待」を読みました 

例の大阪二児置き去り死事件…若い母親が子供を置き去りにし、死なせてしまった…というショッキングな事件だったけど、このたびこんな本が出た。

ちなみに映画も出来たらしい。映画はとても観る気にはなれないけど、本は佐々木俊尚さんが紹介していらして、興味を持ち,怖い怖いと悩んでいたが、先に読んだ友人の「いまの日本の姿がはっきり見えてきます」というツイートに励まされ、私も読み始めた。

で、あっという間に読めてしまった。

この本、圧倒的に読みやすい。私はいっつも本を読むと登場人物の名前が覚えられなくて苦労するのだけど、こんなに読みやすい本は久しぶりだった。このジャーナリストの人、すごい。実際、取材自体も相当大変だったと思われる。でもこの本の価値はものすごい。とにかく絶対に読むべきパワフルな1冊であることは間違いない。

それにしても… これは大変な問題だ。私もこの事件を知った時は、TVで報道されるたびに子供の可愛らしい写真とあいまって「なんてひどい母親だ」と怒りを爆発させていた。当時の私のツイートとかを読めば、きっと「殺しちゃうんだったら、子供をオレにくれ」ぐらいなことを言ってたと思う。あああぁぁぁ…

しかし…この本を読むと、この事件が本当に本当に自分の身近にもある落とし穴みたいなものだということが分かる。この本を読めば、誰もがこの芽衣(めい)さん(仮名)と同じような境遇にいる母親は何百人、何千人といるに違いない、と思うだろう。つまりそれだけ多くの子供が、今も、きっとおそらく、自分の近くで危険にさらされている。

いや、でも、もちろん「いくらなんでもこれはありえないだろ」と思ったところもしばしば。例えば子供が死んだことを気づいても、なお男の元に走ってしまう彼女。こんな事態に陥っても、まだ、なお「大切な人が亡くなったんです」としか言えない。最後の最後まで、誰にも助けを呼べない彼女。

彼女は非常に複雑な家庭環境で育った。お父さんはペーペーだった地元ラグビー部を更正させ、インターハイまで持っていった敏腕有名コーチだ。その功績を地元TVに取材されたこともある。厳しいお父さん、しかしその実態はネグレクトとも言えるものだ、と判断している医師もいる。そして実はリストカットやオーバードーズを繰り返し、ムラのある愛情しか与えない気まぐれな母親。彼女が自分の母親には絶対に頼りたくない、と思った様子もなんとなく見て取れる。母親は彼女の裁判にも出廷要請にも応じなかった。彼女の証言によって、娘の罪が軽くなる可能性もあっただろうに。でもこの本に数回出てくる著者の言葉なのだが、社会の中で何も持たない母親は、自分の子供を抱え込む。自分の子供だけが自分のコントロール下において自由にできる唯一のものだ。そしてそには大変な危険が存在している。

友達は… 友達はどうなんだろう。彼女が自分の友達だったら、いったいどうなんだろう…と思う。でも、やっぱりウソをつかれたり、お金を貸して戻ってこない、なんて事になったら……。おそらく一発で疎遠になるな…わたし。それどころか自分は、仲間の先頭にたって「奴にお金を貸したら戻ってこないよ」って言ってまわる方だと思う。ああぁ…
それは…ダメなんだろうか。

ちなみに私は滅多にお金をかさないが、たまに貸して戻ってこなかったお金はしっかり覚えている。実際、請求すらしていないが、10年くらい前に某所で貸した30ポンド。あれはあげたことにしている。そして今でもそれを覚えているw(せっかくだからここに書いておこう)そのくらい絶対に貸さないし、貸すとかよりも、なるべくスマートにご飯を奢ってあげたり、バイトをふってお金を払う、ってことにしている。そういう自分はまともだと思いたい。が、間違っているのだろうか。あああぁぁぁ…

そして彼女はいつもSNSに「自分を盛った」写真をアップする。人から良く思われたい、男からもてている、と言いたい。そんな願望が強い。そして友達たちとは、お互いSNSに載せていることが本当の事実か…なんて突っ込んで聞くことのない、そんな希薄な人間関係。確かに現代ではそういうことは多いと思う。

公的機関は…確かに何度も救えるチャンスはあった。が、やはり…これは無理もないように思える。いったいここに出てくる誰を責めることが出来るだろう。彼らは彼らの仕事を真っ当に進めているようにみえる。いや、分からない。もっと何か出来ることはあったのだろうか。

彼女が部屋に目張りまでし100円ショップで買った南京錠までつけて子供を隔離したのは、以前子供が起きて泣きながらアパートの通路まで出てしまい、警察に通報されてしまったからだ。トイレの水で遊んでしまい水漏れして下の階からクレームが来たからだ。だから、南京錠に目張り…そんな状態で子供たちを、最後は、なんと50日間におよんで放置してしまった。

でも彼女はホントに結婚当初はきちんと生活し、公的サービスもフルで利用する、きちんとした母親だったのだ。が、それが、少しずつ、ちょっとしたボタンのかげ違いみたいなことで崩れて行く。精神科医の先生いわく、良い彼女が安定しだすと、悪い彼女が出て来てそれを崩していく。いったん崩れると、それは止まらない。

でも… 何か問題があると、それに目を背けて、なんとかやりすごそう、という事は誰にでもある。私にだってある。特にチケットが売れない時(笑)。いや、冗談ではなく、ホントにチケットが売れない時、すべてをほおりなげてしまいたい、と思ったことはある。やることをやったら、とりあえず心配しててもしょうがない、って事で、友達とビールでも飲みに行く(笑) 

あ、でもこれ書いてて気づいた… そうだ。やる事をやっているか、やっていないか、そんな小さな違いなのかも。あぁ、少しこの本の読後のショックから自分でも正常な意識を取り戻して来たかな… でもその小さな小さなちょっとした違いが私たちを正常な世界に引き止めているにすぎない。専門の先生は彼女は解離性障害、つまり現実を受け止められない心の病気の症状があるのだ、と説明する。そう、彼女に子育ての責任をおわせるのは無理だ。なぜ、まずはそこからスタート出来なかったのか。

子供の泣く声を聞いて通報したりしていた近所の人たちもヘンだと思いながらも、例えば大阪府警と、自動相談センターがうまくリンクしなかったことなどで、どんどん事態は見過ごされて行く。

いや、いや、いけない、こういう負のサイクルが当然だと思ってはいけない、と何度となく読みながらも、真っ当な正気を取り戻そうと私も必死で読んだ。

まず、どう考えても手に職のない彼女に目を離せないほどの小さく幼い子供二人をおしつけ、追い出した親族だちは、やっぱりどこか頭がおかしいだろう? もちろんウソをつき、借金をし、浮気をするような嫁は追い出してもよかろう。でも…それにしても、こんな小さい子を本当に愛して大切に思うなら、そんな危険な彼女に押し付けるだろうか。

やっぱりそれは… ありえないよーーーーっっっ!と私は叫びたい。しかも彼らは5月に子供たちのすでに様子がおかしい、と感じられる写真を見ているのだ。また当時の彼女の恋人は、彼女といっしょに子供の誕生日を祝っている。どうして、ここで様子がヘンだと通報できなかったのか。いや、彼らの気持ちも分からないではない。でも誰もこんなに事態が深刻化しているとは思わなかったのか?

いや、本当にここにいた誰を責めることが出来るのだろうか。みんなに少しずつ責任があった。そして、それを少しずつみんなが放棄した結果、子供が亡くなり彼女一人がその罪を負う、という結果になったのだ。…分からないけど。

唯一ホッとしたのは、彼女が高校時代預けられていたという、お父さんの知り合いのお母さん(つまりおばあちゃん的存在)。このおばあちゃんの家にいたとき、荒れていた彼女は少しずつ落ちつきを取り戻していた。このおばあちゃんは、作者のジャーナリストさんが取材に行った時も「これは話が長くなりそうだ」と察し、温かい手作りの夕飯を出してくれたという。うううう… 彼女もきっと食べたであろう、温かい手のかかった食事。

そして唯一、彼女の裁判の中で、彼女の元夫、つまり子供の父親に「託児所が幾らかかるかご存知ですか」と聞いたという女性裁判員。元夫の答えは「分かりません」だった。ありえない。ありえないよ!

うううう。もう何がなんだか分からないよ。でも、なんとか私も、そういうまともな優しい人間になりたいと思った。そういう、なんて言うか、どんな状況でも「まとも」な判断を持ち合わせる、優しくて強い人間になる努力をせねば、と。自分に出来るのは、今はそれだけだ。でもそれだって、この本を読んだ後では、果てしなく難しいことのように思える。

いずれにしても彼女に30年の刑はあまりに重すぎる。

帯裏に書かれた著者のメッセージ。写真をクリックすると拡大するので、ぜひ読んでみて下さい。

いろいろ思うところはあるけど、でもこの本を読んで良かった。この本を書いてくれた著者の杉山春さんに感謝。

すべての子供は社会の宝です。私に出来ることは何でもするから、もうこんな悲しい事件は起こさないでください。