日々を思うところを書いたり…

今月も走った。距離は短いがとにかくほぼ毎日走っている。来月から距離を伸ばしてみようかな。でもあまり調子にのると故障するから気をつける。故障直前の自分は1日10kmとか平気で走っていた。10km走ると体重も落ちるんだけどなぁ。一方4kmなんて短すぎて走ったうちに入らない。ジュース1杯飲んだら、もう終わりだ。

それにしてももう走り始めて2年になる〜 走りだす前は自分がこんなに走れるとは思わなかった…ってよく人に話すのだが、よく考えてみてホンネを言えば、それはウソだな。やれば自分は絶対にできる、って自分で分ってた。ま、いつやるか、それだけの問題なのさ! 

健康維持には明らかに役にたっているはず。すでに半年ほどやっているレッグマジックのおかげで筋肉もついてきたよ。最近は腕とか足とか固くなってきた。お腹はあいかわらずタプタプだし体重も変わらないけど、とりあえずは満足。これからも毎日走ろう。できることなら死ぬまで。

自分は長生きはしなくてもいいと思っているのだけど働いている間は、健康でいないと、お客さんや周りの人に迷惑かけるから健康でいたいと思っている。お客さんだって不健康な人からコンサートチケットなんて高額なものを買いたいとは思わないでしょう。大事だよね。そういうの。

先日ヨーロッパから戻った日に18年ぶりくらいに過去お世話になった人に会い、本当に懐かしかった。ペーペーだったラジオ周りの私に、とってもよくしてくれた優しい先輩。こうやってご飯を食べることも当時はなかった。でも、あとからFBメッセージで言われたのが「野崎さん変わらないのが最高です。相変わらずの少女っぽさと辛口なところ」(原文ママ。Nさん、すみません)うふふ、少女っぽいっていいねぇ。でも48だよ、オレ。でもって辛口かっっ? 辛口か、オレ?(笑)

確かにでもすぐ言っちゃうんだ。風邪を引いた人に「走れば? 走ると風邪ひかないよ」とか。でも誰でも、走れば健康になることは分っていても走らないんだよね。その感覚を理解しないと人に優しくなれない。いつも気をつけていること→「正論を言う人は他人を幸せにすることができない」

でもさぁ、それってホントの優しさか?とも思う。そんな見せかけの優しさじゃ、人間ダメだと思うんだよね。どんな人に対しても愛情を持って接する事を忘れなければ、きっと辛口だろうがキツかろうが通じると思うんだけど。逆に通じない人は「野崎さんきつい」とか言って消えて行く。ま、それでいいんだろうなと思う。私の持ち味は実は「強くて優しい」ところなんだ。そんな風に思ってくれる友人たちもたくさんいる。上記Nさんもそうだけど。そんな人たちに囲まれて、私はすごく幸せな人生を送れている。

しかし今朝も今朝で、facebook見てると、ライターや評論家の先生が自分のアカウントで結構おもしろい事を書いてらっしゃったりするのを見ながら、もったいないよなぁとホントに思う。FBは確かに楽だけど、FBアカウントじゃ過去記事の検索は出来ないし、もったいないよ。みんなホームページやブログをやればいいのに、とほんとに思う。ここに書きたいこと書いている私でもGoogleさんからちょっとしたお小遣いをもらえるし、全世界から検索してもらえるし…ここから発生する仕事もある。ブログをちゃんとやって、外部に発信するライターさんって実はものすごく少ない。まぁFBにおけるプライベートな投稿だったらまだしも、地球マークぶらさげて全世界に公開してるんだったらる、せめてアカウントじゃなくてFBページにすれば、いいのにと思う。FBページだったら5000名以上、読者もかかえられるし… もっとも読者にとっても最近は「フォロー」ってオプションがあるから、わざわざ友達になる必要もないわけだけど… それにしても外部から見つけてもらうにはFBは弱いだろ、と思う。もっともそれを直接言うと「おせっかいおばさん」になるので、ここに書くだけにしておく(笑)

この状態、おそらく音楽に限ったことじゃないかもね。それにおそらくFB関係の頭のいい人たちがそういう問題もいつか解決してくれるだろう、と。かつてに比べりゃネットの世界も全然発信がしやすくなった。いつしかFBの空間は、ネットの空間より濃密で良いものになるかもしれない。ザッカーバーグ頑張ってくれよ。何もやらない人からの文句ばっかりでホント大変だろうけど。

ま、そんな風にちょっとした事が大きく変化をもたらす時代だと思う。でも自分がそういらぬアドバイスをしたとき、返ってくる人々の「言い訳」にびっくりしてしまうことが時々あるんだ。やる/やらないの溝はこんな風にものすごく深い。

カルチャーショック的に驚いた「やらない理由」は…「自分で仕事を作りだすより受ける仕事をきちんとこなす方がむいている」「ブログばかり書いていると文章がブログ風になってしまい雑誌や書籍を書く時の弊害になる」「(来日させてプロモーションしないと売れないよ、という話に)売れそうなアーティストはみんな死んでいる」というもの。これ、みんな私なんかよりもよっぽど仕事が出来る人たちの回答だからビックリする。なるほどねぇ。

まぁ、いいのだ。別に。人の人生なのだから。とにかくみんなが幸せであれば。それに実際そっちの回答の方が正しいのかもしれない。それでも少なくとも身体を動かすことについては、この私が出来るんだから、と思うよ。走っている、というと「偉いね」とか「すごい」とか感心される。そんな時,自分の中でウズウズと「やればいいじゃん」という余計なアドバイスが頭をもたげる(笑)

というか、こんなブログを書きながら、オレは走っているんだぜ、という自慢感に私も溢れている。行動力があるのが私のいいところだ。やらないことの言い訳は人それぞれ。旅しない人ほど、高級薄型TV持ってるのと一緒だ。価値観の違いなんだよね。

ダミアン・ライスのインタビュー映像。こういう人って不思議。



インタビュー嫌いのダミアン。こうしてみるとインタビュー好きなようにも見える。こういう人たちは全世界から理解されたいと痛々しくも思っている。伝統音楽と違って、ポップス/ロック系の人はみんなそんな風に孤独だ。だからこそ傷つき、多くの人が共感するような曲が書け歌える。普通の人にとっては理解してくれる人なんて1人でいいのだ。でもってその相手だって自分のすべてを理解してくれはしない。それでいいのだ。

ウチの不思議なアーティストの一人、グレン・ティルブルックが来年の春にやってくる。詳細は今週末発表。ちなみにスクイーズの来日はまだまだ難しく、またもやソロです。でもスペシャルゲストあり。スクイーズのこういう映像みているとすごいな、いいなと思う反面、なんか痛くなってしまう。スクイーズのSONG BY SONG本とか読むと余計そう思うわけなのだけど…