2014年9月27日土曜日

NHKアーカイヴス 小泉八雲「美しき日本の面影」をみました

放送から、ずいぶん時間がたっちゃった。でもBetter than neverということで、とても良い番組だったので、ご紹介したいと思います。自分用のメモにもしたいし…小泉八雲没後100年にNHKが制作した「美しき日本の面影」

八雲が残した写真アルバムを八雲の孫である時さん(当時79歳)が紹介。これは時さんの父、つまり八雲の長男である一雄さんがまとめた物だそう。そこに八雲が愛した数々の日本の情景が写されている。

八雲の肖像写真もあるけれど、そのすべてが横顔。しかも右からの撮影されています。これは八雲は左目が見えなかったため。(16歳のとき事故で失明したらしい)アルバムの写真は全部で100枚ほど。八雲が残したものを一雄さんが解説をつけてアルバムに丁寧に貼っていったものらしい。

八雲が松江にやってきたのは1890年。当時の松江はまだ電気も届いていない江戸時代の様子を色濃く残す町。アメリカの雑誌社の記者として八雲は来日し島根県の誘いで学校の教師となったのだそう。そこで島根県と契約した書類に「ラフカディオ・ヘルン」と書かれていたため、ハーンは訂正することなく生涯「ヘルン」と名乗っていたんだって。なんだか可愛い。

すでにアメリカで古事記などを読んでいた八雲は、古代の神々が生き続ける出雲にあって、出雲大社よりも地元の小さな神社を愛したといいます。

狐がいっぱいの稲荷神社。(左の写真)

松江の殿様の守り神だったという城山稲荷神社を八雲もしょっちゅう訪ねたんだって。八雲のアルバムにここの狐の写真が丁寧に貼られています。出雲大社の写真は1枚もないのに。

八雲の時代、人々は狐に願をかけていたのだという。お社の周りには400を越える石狐が… すべて人々が病気がなおったり、望みがかなった時などに奉納していったもの。1つ1つ表情の違う狐たち。
現在、八雲の住んでいた武家屋敷はヘルン旧居と呼ばれ観光客に公開され親しまれています。庭はちょっとイギリス風でもある…

そして八雲が松江に来て5ケ月。運命の人、妻のセツに出会います。アルバムには家族の写真が…

没落した士族の家出身のセツは、身の周りの世話をするために八雲のもとに奉公に出されたらしい。彼女が八雲に日本のしきたりを教え、日本の昔話の恐い話をたくさん聞かせたのだそう。二人は結婚するのだけど、セツの家族の反対にあい、籍は入れなかったらしい。




左は八雲の孫にあたる小泉時さん、番組収録当時は79歳。

そして八雲は熊本へ赴任となり、そこで英文学を教えるようになります。この時代、日本はどんどん戦争へ向って進んで行くことに。

熊本の明治時代からある写真館に八雲の家族写真が残されていました。明治25年の来客名簿にヘルンの名前が。でも当時日本人女性が外国人と結婚することは、下に見られることだったので、セツと八雲が撮った写真は、なぜかセツの部分が切り取られていたそう。




一方でこちらは家族写真。真ん中は長男一雄。ラフカディオのカディオから取ったんだって。こちらはちゃんとした家族写真。ここで八雲は日本に帰化し小泉家に籍を入れることを決意。セツと正式に結婚。ラフカディオ・ハーンは小泉八雲になりました。

そして八雲は神戸へ。ここで八雲はジャーナリストとして記事を書くことになります。「神戸クロニクル」の誕生。八雲はどんどん軍国主義へと突き進む日本に警鐘を鳴らす記事を書いていました。

友人への手紙より「私が幽霊を信じるのは現代の社会に幽霊がいなくなってしまったからです」「彼らが自然への畏敬を教え、それがやがて愛に変わった」

続いて東京に赴任した八雲は。ここで初めて自分の家を持ち、ここでますますセツに日本の昔の物語を語るようにお願いするようになったのだそう。しかも今度はセツの日本人としての、女性としての意見も聞いたりしたという。そして「雪女」が生まれ、「耳無し芳一」などが収められた「怪談」を出版。

近代化の中で失われて行く日本人の美しさを幽霊にたくした物語。この出版から半年後、八雲は54歳で自宅で亡くなったそうだ。日本に滞在して14年。「日本人よりも本当の日本を愛します」と言っていた八雲。何もない風景、名もなき人々…それが八雲が止めておきたいと願った日本の美しい面影があった。

と、ここまでが10年前に作られたドキュメンタリー。

解説として八雲のひ孫である小泉凡さん登場。

「今、町はどんどん明るく、物も非常に豊かになってますが、それだけが人間を幸せにするのではない、という八雲の価値観を伝えていただいた番組だと思います」

NHKのアナウンサー「闇の方が想像めぐらせることが出来る、そういうことですか?」

「と、同時に暗闇は恐いんですよね。だから自然に畏敬を抱く、自然に逆らわないように生きようかな、と言う気持ちを人間に与えてくれる、そういうものでもあると思うんです」

NHK「しかし西洋に真似よう、というこの時代にどうやって八雲は日本にとけ込んでいけたのでしょう?」

「八雲は生い立ちからそれが分ります。母親はギリシャ人で八雲もギリシャのレフカダ生まれ。父親がアイルランド人。ギリシャにはギリシャ神話があり、そしてアイルランドにはケルト民族の信仰が残っていてる。アメリカに渡ってからも地域の個性的な文化を興味をもって眺めてきた。その根底には異文化を見る時に西洋が一番とか、キリスト教が一番、そうういう考え方をしなかったという事があります。異文化を好奇心を持ってながめたからこそ、日本の本質に迫れたんだと思います」

「八雲はいろんな異文化体験をしてきて、それを排除しないで、すべて偏見を持たずに眺めて、受け止めてきた。彼の生き方は一言で言えば【オープンマインド】ではないか、と思います。常に好奇心を持っていた。だからこそ物の本質を捉えることができた。当時は純粋こそいいんだという価値観が主流だったと思うのですが、そんな中でハーンは私たちは混じり合うと豊かになれる、と」

「怪談とか超自然的な文学の中には心理がある。時空を超えて本当のことを言っているのだと。これからはひとつの文化体型からではなく世界を見ようと。国の宗教などを越えて物を考えること。そんなハーンの【オープンマイド】の精神を多くの方に知っていただければいいなと思います」

こちらは私が撮ったリアルな八雲邸。素敵でしょ?

ルナサのショーン。狐神社にて。

ルナサ。普段全員で観光に出ることは珍しいんです! こうしてみるとかっこいいかも、ルナサ。
この2体が八雲が好きだった石狐だよね。
凡さんの説明を受けるルナサ。













八雲の机に座ってタイプするケヴィン。八雲は目が悪かったから手もとがすごく近いんですよね。

こちらは同じくヘルン邸のマーティン・ヘイズ。
デニスは写真家としても凄いんですよ。
こちらも狐神社にて。

















八雲の小説にも出てくるお寺にて。素晴らしいコンサートでした。また松江に行きたいなぁ!



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