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2015年9月28日月曜日

ETV SWITCHインタビュー「角幡唯介×塩沼亮潤」を観ました


ちょっと前に再放送になって、録画していたこの番組。すごく良い事を言っていると思うので、まとめてみることにする。

この番組が最初に放送されたのはだいぶ前らしいのだけど、最近再放送されて、その再放送時に無事録画することができた。現在、のざきは空前のグリーンランド・マイブーム、および角幡唯介さんマイブーム中なのだけど、その角幡さんの対談番組。この素敵な対談が、明日の自分の、そしてネットサーフィンしてここにたどり着いた誰かの生きる勇気になることを願って。

角幡さんはご存知、元朝日新聞の記者で現在は冒険家として活躍中のノンフィクション作家。その角幡さんがNHKのTVで対談相手にご指名したのが、塩沼亮潤さん。

塩沼さんは、私はこの番組で初めて知った。「千日回峰行」という信じられない荒行を達成した僧侶だという。この修行は往復48km。標高差1,300m。それを9年間毎日、山が開いている4月〜9月の間繰り返す。この修行は途中で挫折は出来ず、挫折することはイコール自決を意味するというものすごい行だ。今まで達成できたのは1,300年の間に塩沼さんを含めて2名しかいないという。

まずは角幡さん、塩沼さんに会うまえにこのコースを1日だけ体験してみた。

角幡「千日回峰行に興味があったので、自分でどんなもんなのか体で確認したいと思ったんですが、1日なら体力があれば出来ると思いました。でもこれを1,000回毎日やらなくてはいけない。天気が悪くても何があってもやらないといけないとは!」

塩沼「だいたい行がはじまって1ケ月もすると、ほとんど水と白米だけですから、栄養失調状態になります。爪を触っているだけでボロボロと割れてきますね。3ケ月目になると気温がまったく春とは違って40度越えますので、そうすると極端に体力が落ちますので、3ケ月目に必ず血尿が出ますね。それが1週間くらい続くと身体の一定のリズムが整ってくるのか…でも体力はそこから先はないですね。残りの1ケ月はリズムと呼吸だけでこの体を48km歩かせて、なおかつ上手に山の上まで持っていってまた卸してくる、というそういう世界になります」

角幡「僕もよく山登りはするんですが… でも山登りは天気予報も発達していて、悪天候を避けるんですが、それが出来ないのが異質ですね」

塩沼「極端な話ですが毎日が命がけ。足の置き場が数センチ違うだけでも危ないし、マムシとか… とにかく運を任せて下っていくんですが…。嵐が来るとここはどうするべきか、とか瞬時に判断しないといけない。だから緻密なところと大胆なところとがないと命がいくつあっても足りません。探検家も同じじゃないですか?」

角幡「僕は今、北極圏を歩く事が多いんですけど、テントは結構立派なものを持って行くわけですよ。11万くらいするやつを… 特注ものなのでブリザートとかでもテントを立てれば休めるし、家にいると同じではないですが風から身をまもれるし…」 

塩沼「この行の特徴として、いったん行にはいると千日間は歩かなければならない。いったん足を踏み出したら48,000キロ歩かないといけない。もし万が一断念をせざるをえない状況になった場合は、自決用の短刀、もしくは死出紐(しでひも)といってこれで首をくくるか、どちらかにしなさい、という厳しいものなのです」(といって実物を角幡さんに見せる)

塩沼「修行と探検,冒険というのは違う。なぜ修行をするかというとお釈迦様が、毎日同じことを同じように毎日情熱をもって繰り返していると、悟る可能性がある、と言ったからなんですね。比叡山を開かれた最澄さんもどんな愚かな人でも12年間同じことを続ければ、必ず1つは悟りを得るんだよ、と言われていた。ただし情熱を失ってしまったら悟る可能性はない、とも言っているんです。だから初心っていうのは大事なんです。初心を忘れべからず、最初の情熱を忘れず。そして情熱は持ち続けてこそ見えてくるものがある、と。そのために同じ事を繰り返すんですね」

往復48km。標高差1,300m。それを9年間繰り返す中で行者は悟りに近づこうとする。

角幡「一番死に近づいた瞬間とはどんな時でしたか?」

塩沼「489日目から体調を崩して高熱と下痢に悩まされたこと。数100mいっては下痢。数10m行っても下痢。医者にもかかれない。持っていた市販の薬をもってしても良くならない。494日目に、この日が一番きつくて、もう何も食べれない…。葛湯一杯で48km行って帰ってきた。わずか10日で11kgくらい痩せて、ほほもこけて一気にあばら骨が見えて来て、師匠がもうこいつ危ないんじゃないかと心の中で思って…でも辞めなさいとは言えないんです。いったん行に入ったら誰も止めることはできない。死をもって行を終えるという厳しい世界ですので…」

「で、師匠がどういうことを言ったかというと“どうだ、体調は?”と。で、私は“はい、ぼちぼちです”、と。そうかしっかりやりや、と」

「でも、ご挨拶をして自分の部屋に戻って来た瞬間、身体が痙攣して震えて涙があふれて出て来るんです。涙は自分が苦しいとかではなく、自分で自分の身体に謝っている、という感覚なんです。“ごめんねー、俺がこんな激しい行をするって言うから、こんなに負担かけてごめんね”って自分で自分の身体に謝っているんです」

塩沼さんの日記より

「腹痛たまらん、身体ふしぶし痛くたまらん」「道路にたおれ木によりかかり涙と汗と鼻水を垂れ流し…」

「でも人前では毅然と… 俺は人に夢と希望を与える仕事。人の同情をかうような行者では行者失格だ、と帰って来た。なんで今日も48km歩けたんだろう…」

塩沼「次の日、495日、人生の中で一番苦しい日でしたね。朝、ぱっと目が覚めると1時間寝坊していたんです。目が覚めた瞬間に起き上がろうとするんですが、起き上がれない。高熱と身体の硬直で… それをはうようにして滝に行き、滝に打たれて、もうろうとして階段を上ってきたのですが、自分自身が何をやっているか分からない。2kmくらい行って気付いたのが、持っているべき杖も持って来ていない、と。そして、とうとう4km行ったところで、宙を舞うようにして顔面からバーンと地面に打ち付けられて、さすがにそのとき死を意識しました。ただ痛いとか辛いとか苦しいという感情はまったくないんですよ。何かふわっとしたものに包まれているような感覚で…」

「死ぬ前に自分の人生、過去が映像のように見える、って、あれホントですね。幼いころからの記憶が全部見せられるんですね。貧しかったけど、近所の人が親切にしてくれたこととか、いただいたコロッケの味とか…」

「で、それがどこで止まるかというと、19歳のとき出家する日の朝の記憶なんですよ。母がご飯を食べ終わると、そのご飯の茶碗と箸をゴミ箱に投げつけて、もう帰って来る場所はないという覚悟で行きなさい、って言うんですよ。砂をかむような苦しみをして頑張ってきなさい、と」

「その砂をかむような苦しみ、という言葉が耳に聴こえてきて、私ははっと… あぁ、まだ自分は砂をかむような苦しみはしてないな、と」

「ここで朝を迎えれば短刀で腹を切るし、もう死にたいしての恐さは何もないんですね。精神的にも極限までいってますから躊躇なく目の前の石と泥をかんだんですよね。そこで“こんなことしてられない”と、猛烈に情熱が湧いてきたんです」

「それで前に向って歩いて歩いて、走って走って、そしたら到着がいつもと変わらない8時半だったんです。そしたら全身から湯気が出て、8月の中くらいですからもう山も温かいんですが、頭のてっぺんから足の先、手の先から湯気が出てるんですよ。そして何か1つ乗り越えると身体っていうのは不思議なものでどんどん良くなってきて、その年の修行を終えたんです」

一方で角幡さんの生死を分けるような体験は3回ほど。そのうち2回は日本での雪崩。雪崩に埋まって死にそうになったこと。雪にすっかり埋もれてしまい、雪の重さで指一本も動かせない。死ぬのを待っているような状態。

角幡「お母さんごめんなさい、みたいなことも思うんですが、当時僕は新聞記者だったので自分が死んだらどういう記事になるだろう、とかくだらないことを考えてました」

たまたま一緒にいた友人が完全には埋まらず自分ではい出して角幡さんも助かった。

「自然ってものすごく恐いもの。死そのものだと思うんです。死によって規定されているような世界だと思うんです。死が満ち満ちている世界。そこに飛ぶ込む、というか、その中に没入することで、自分に生の形が与えられるというか、死の輪郭というか、“生きているな”という感覚が得られる、ということ。そういうのを求めて冒険家は冒険をやっているんだなと思います。それって、塩沼さんがやってらした1,000日にも及ぶ行とかなり近いのかな、とも思って。求めているものは、かなり近いのかな、と」

塩沼「何故に私たちが修行をするかということ…おそらくですが、例えばこちら側が三度三度のご飯があって屋根があってお風呂があるような世界、すべてが充たされているような環境だとするでしょう。自分自身が、そんな中にいる。そうするとなんかね、人として大切なものに気付かないような気がするんですよね。ちょっとワガママになったりとか。で、そのためにこんな自分じゃいけないんだなと思って、何か厳しいところに身を置いて、少し感じることを求めようと思って修行の世界に行くと思うんですよ」

「修行って絶対に死んじゃいけないと思うんですよ。もちろん冒険も探検も必ず生きて帰ってこなければいけない。でも修行って厳しい。厳しい、厳しいって行き過ぎると簡単に命を落としてしまう。でも死んでしまったらまったく意味がない」

「で、この死に近い、極限のところに行くと何か感じるものがあるんですね。で、日常にいると気付かない感じ取れないものがあるんだ、と。そのために山に入って極限のところに行くと、その極限の崖の縁に咲いている花がある、と。悟りの花、心理の花がある、と。それは日常にいたんでは、ものすごい高性能の望遠鏡を使っても見えない。ここに行かないと体験しないと見えないものがあるんですね」

「そして行が終われば、またもとの場所に戻っていく。ずっとは極限の場にはいられないわけです。山にずっといたら仙人になってしまいますから。そして戻った時に、自分の内面から得たものを具現化していく、内面から優しさとか慈悲とかを表現していく。それがお坊さんとか宗教者の役目じゃないかなと思うんです」

角幡「そっかぁ… 僕はまだまだその限界まで到達していないって事ですね。優しさと慈愛がない、ってもう言われつづけているんで(笑)」

塩沼「そうなの?(笑)」

1,000日回峰行の翌年、塩沼さんは9日におよぶ断食/断水/不眠/不臥という厳しい壮絶な9日間の行(四無行)を行う。3日目になると塩沼さんの身体から死臭が漂いはじめたという。身体が衰弱するのと反比例して五感が研ぎすまされてくる。線香の灰が落ちる音が聞こえ、扉をあけただけで、誰が入ってきたか分かるようになったのだという。

角幡「僕が求めていることは、なんで自分は生きているんだろう、ということです。生きている意味みたいな、実存的なものを求めていて、自分がこの世に生まれて死ぬまでの自分の人生を自分で説明したいんですかね… 生きている経験というか、そういうのを求めているような気がするんですよね。山に行ったり、極地にいったりするのは、そんな理由かなと。死によって自分の生みたいなものを照らしてほしいんだと思うんですよ。だから自分の生の中に死を取り込むことが自分には必要になってしまっているような気がする。それは我執というか、自分についての執着という気がしていきましたね、お話しを聞いていると…(笑)」

塩沼「見えないところってあるんですよね。いくら見ようと思ってもね。それは無理なことで。でも、こういうことを思ったことはない? 私たちはそうやって時折厳しい環境に自分を置いて大自然に挑んで行くわけですけど、でも毎日小さな船で海に行く猟師さんなんて毎日が命がけなわけですよ。山の中で生活して開拓しながら石をのけて、野菜を作って、子供を育てたおじいちゃんおばあちゃんってのは何かものすごい強いものを感じますよね。我々が修行しました、体験しました、っていうより、あぁいうおじいちゃんおばあちゃんを見ていると、何か…オーラっていうのかな、雰囲気というか漂ってて、もしかしたら我々よりもずっと力強いんじゃないか、って思いますね」

角幡「それ、すごく分かりますね。冒険行って自然を感じてっていうのは結局のところ例えばおっしゃったような猟師さんとか農家の人とか、自然の中で日常を営んでいる人の、生活の追体験にすぎない、と思います。僕らがやっているのは生活ではないんですよ。冒険に出て、1ケ月どっか行きました、とか。2ケ月どっか厳しい場所を歩きましたっていっても、人為的に日数を決めてゴールを設定しているんで、そこで終わるわけで、永久には続かないわけなんですよ。でも例えば猟師さんとか農家の方、自然相手に仕事をしている人っていうのは、それが生きるすべなので、永久に続くわけですよね。そういう生活が本当の生きる活動であって、僕がやっているのは彼らの追体験にすぎない、とよく思いますね」

塩沼「本当に毎日の修行、人生という修行に手は抜けないんですからね」

この番組は後半もあるのだけど、時間がないので、今回のまとめは前半のみにしておきます。また時間があったら後半もまとめてみたいと思います。塩沼さんの本はまだ手に入れてないけど、角幡さんの本3冊は、どれも最高にパワフルでお薦めです。夢中になって読めちゃいますよ。