本多有香さん「犬と、走る」を読みました


角幡唯介先生マイブーム続行中で、こんな帯を見せられたら買わないわけにはいかないじゃないですか…。買っちゃいましたよ、読んじゃいましたよ、ユーコン・クエストと呼ばれる約1,600キロ(1,000マイル)の犬ぞりレースで初めて日本人女性で完走した本多有香さんの「犬と、走る」

彼女は最近、植村直己冒険賞も受賞している。角幡さんにこんな帯を書いてもらい、植村賞まで受賞しているなんて、あまりに羨ましぎる! 羨ましすぎるではないか!

で、読んだ感想。確かに良い本だった。面白いし、ハラハラするし、読みやすい簡単な文章だからスイスイ読める。

ただ彼女の生き方には100%共感は出来なかった。まず思った事は、やりたいことを追求する人というのは多いと思うのだが、生活貧窮…という一線を越えて好きなことを追求する人というのは、滅多にいないのではないだろうか、ということ。

生活が厳しくなるとどうなるのか。何か不測の事態にでもなれば誰かに頼ることになるのに、そういった事を自分の致命的な人生上の失敗と捕らえず、いつでも一線を越えるギリギリのところで活動をしている。ま、実際、彼女も本の中では「〜さんに、申し訳ない」なんて何度も言っているわけなのだが…。本当に心から申し訳なく思うのなら、もっと自分でなんとかできないもんなんだろうか。自分の好きにする予算が出きるまで我慢できないもんなんだろうか。…と、いちいち引っかかってしまう。自分の生活があやうくなる、そこの一線を越えてまで、好きな事を強行するという方向へ行ってしまうところが、やはり普通ではない。私なんぞは知らない人にビールおごられたり、人の家に泊まったりすることですら、もう大の苦手なので、ホントに羨ましいかぎりである。

この本をよめば分かるのだが、基本犬ぞりレースというのは、お金ばっかりかかる事業だ。だから犬ぞりに参加する人は、バイトでお金を稼ぎレースに参加するという、そういうストーリーになっている。

まぁ、分かりやすく言うと探検家と一緒ですね。探検家もノンフィクションライターだったり、あとは普通のバイトやってたり、冒険学校などを運営したり、はたまた「この人、いったい財源はどこ?」というわけのわからない人まで、いろいろだが(音楽業界も一緒か)、探検自体はお金を生まないという圧倒的な事実は、誰においても平等に一緒である。だから彼女はバイトをしたり、実家に居候したりするわけなんだけど、これが徹底していて、日本でバイトするのにイラつくと海外(オーストラリア)にビザなしで行っちゃったりとか、ビザ取得のために偽装結婚寸前まで行ったりとか、とにかくものすごい。日本がそんなにイヤなのだろうか。いくらオーストラリアのトマト採りのバイトが割がいいって言ったって、少なくとも実家にいれば、もっと割良く儲けられるだろうに… 最終的にはカナダの永住ビザを取るわけだが、それまでの回り道がとにかく長過ぎる。

そして犬ぞりをやるとなると、レースに出ること以上に、毎日の犬の世話がとても大変なのだ。早朝から夜中まで、それこそ死ぬほど働き、ものすごく頑張ったとしても、それはお金にならない。というか、かえって餌代とか、消耗品の購入とかでお金がとてもかかる。

人間は働いたからといって、そこに社会的意義がないと、それをお金には還元できない。お金を生まないって、どういういことだか考えてみれば、それは「他の人にやくにたってない」ということなのだ。(まぁ、これも乱暴な言い方だけどね。でも社会的意義がある仕事であれば、それ自体がお金を生まなくても、政府の補助金が出たり寄付金が出たりすることもあるわけで…)

私には彼女ほど貧しい生活をしてまで自分のやりたいことを貫き通す力はない。ありがたくもチケットやCDを買ってくれるお客さんがいて、初めて自分の生活が出来る=社会的な意義がある、というところに落とし込まれるのだ。このことは、お金がもらえ自分の生活が意地できている、ということ以上に、とても大きい。社会の役にたっている、ということは、とても大きい。それが自分を励まし、お金以上に原動力になっているのだから。そこが彼女の場合、見えてこない。

しかし、彼女の、上手く言えないけど、犬ぞりの場所へ行きたい、犬ぞりがやりたい、誰に迷惑をかけたとしても… という気持ちがわからないではない。私も海外に住みたいと思った時期があった。それについては、ここに何度か書いたこともある。が、今は日本に自分の居場所が見つけられて、ホントに良かったと思っている。

あとこの本を本として評価するのならば、なぜこんなに犬ぞりにこだわるのか、そこをもっと書いてほしかった。犬が成長していく姿、犬ぞりのチームワークの美しさや研ぎすまされた感覚とか、彼女が愛するものを理解できなくもないのだが、単に犬が好きだというだけだったら動物愛護協会の活動でもした方が真っ当だし社会的意義も大きい。犬ぞり以外の、もっと別のやり方を考えればよいし、それがなぜユーコンじゃなくちゃいけなかったのか。犬ぞりじゃなくちゃいけなかったのか? そこの説得力にかける。となると読者は、単に自分の好きなことをつらぬいているだけではないか、と思う。っていうか、実際そうなのかもしれないけれど。

まぁ、この彼女もこれから、だな。こういっちゃなんだけど、彼女にはホームページもブログもないし、SNSも見つけられなかった。自分のやっていることを世間に訴えて、自分以外の、バカだけど好きなことをやっている人たちを励ましたいという気持ちも見えてこない。

というか、この本を読むかぎり、おそらくそういった余裕もまったくないんだろうな、と簡単に想像できる。でもやっとこの本が出て、この本によって彼女は世界とつながった、とは言える。犬の世話をしながら書く本は、大変だっただろう、と想像する。が、これを出して良かったよ。世界のためにも、彼女のためにも。

いや、ホントこの本が出て、やっと彼女は「好きなことに頑張りましょう!」的なメッセージを世間に発表でき、生き方で悩んでいる人にある一定の勇気をあたえる結果になったのだと思う。確かにレースに完走したのは素晴らしいとは思うけど。彼女ももう40代半ば。これからだよ。これからどうするか。

それにしても、オレは羨ましさや妬ましさもあって、女性探検家には厳しいな(笑)。

ま、でもとにかくこれからですよ。これから。本多さん、ここにちょっと意地悪視線で、あなたのことを妬ましく思いつつも応援している50女がいることをお忘れなく(笑)



PS
あとやたら長過ぎるサンクスクレジットも、妙に彼女のピュアな部分を映し出していて、好感が持てました。