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2016年7月22日金曜日

イベント好き フェスティバル好き

とあるアイドルグループを大好きだという女性が、そのグループのこの夏の一連のイベントの抽選にすべて外れたため、イベントで盛り上がるそのアイドルグループのSNSを観るのが辛いという。

うーん。なるほどねぇ。なかなか難しいね。じゃあそのSNSを見なければいいじゃん、とは言えない。だって、その人はそのグループのことが好きなのだから。

例えば私がここで書く来日レポートなんかも、コンサートに来れなかった既存のファンの人を傷つけているのであろうか…それは問題だ。だが、私にはチケットを売ってミュージシャンにギャラを払わねばいけないという使命があるから、ツアーが始ってからも宣伝活動を続けてチケットを売り切らなくては行けない。

ではチケットが全部売れていたらSNSをアップデートする必要はないのだろうか。否。これだけ情報化された社会では、チケットを買って、かつその日までワクワクドキドキすることもチケット代に含まれている。私がブログにあれこれ書くのも、チケットを売りたいと同時にチケットを買ったお客さんが当日までワクワクしてもらいたいからだ。こういう世に知られていない音楽であればなおさらだ。お客さんはヴェーセンのことやルナサのことを話したくても誰にも話すことが出来ず、毎日をモンモンと過ごされているかもしれない。であれば、私が多少でも話題を提供して、その当日まで楽しんでもらう必要もある。しかし、これは由々しき問題だ。なるほど、コンサートになんらかの理由で来れない人で、そう思う人がいるんだ…と。(ま、でもこんな風にいろんなこと気にしてたら何もできやしない)

そして、また、とある音楽好きの友人が昨日「今年はフジロックに行くのをやめた。覚悟はしていたこととはいえ、とても辛い」とかつぶやいている。それが経済的理由か、時間的理由かは分からないが…  うーん、なるほどねぇ。これも問題だよね…。うーん。

何か彼らにとって納得する気持ちの良い落としどころはないのかと思う。可哀想だ、と私が言ってしまえば、それは彼らに対するつまらない同情にしかならない。そんな上から目線ではない、何かいい言葉はないものだろうか。

それにしても、私はラッキーなことに、あまりそのような問題にブチ当たったことはない。ただ私の悲劇はもっと根が深い。

そもそも私は大人数の中の一部になることを非常に苦手としているため、人がたくさんいるところに行くのが苦手である。飲み会のたぐいも5名以上になると本当に落ち着かない。ベストはやっぱり2人。3人でも4人でもいいけど、5人以上になると、もう黙るしかない。みんなの話を聞いているのも面白いけどね。

いずれにしても、私はこんな職業についているが、人が多く集る場所が苦手なため、自分の仕事のメリットにならなければコンサートにもあまり行かない。行く時はだいたい1人でこっそり行って、主催者や出演者が友達だったとしても、よほどの仲良しでないかぎりこっそり1人で帰宅する。この仕事を始めたばかりの時は、年間コンサート100本という義務を自分に課していたが、それを7、8年くらい前に辞めてしまったのは、あまり人のコンサートに行っても学ぶことがないと判断したからだ。とはいえ、今でも年間50本くらいは見てるかな… ここにはあまりコンサートの感想を書かないけど…。なぜ書かないかというと、人の公演の感想はだいたいが批判ばかりになってしまうから。(プロモーションがなってない、チラシがださい、演出がダサい、音が悪い、ライトが悪い、客がいない、客を詰め込み過ぎ、私ならこうする…など)

それにしても、行きたかったのに何らかの理由で行けなかった、それが辛いという人の気持ちは分かる。が、私には何か気のきいたアドバイスも、提案も出来ない。それは他人が何かを言っても駄目だと思うから。彼らが自分で自分の気持ちの落としどころを見つけない限りは、やっぱりどうしようもない。

ただ私だったらこうする、というのはある。例えば近所の温泉施設に文庫本を持ち込んで、探検本合宿とか、歴史小説合宿とか企てる。iPodを持ち込んで、東欧トラッド合宿でもいい。だけど週末は温泉施設も混むからなぁ。都内から音楽ファンが消えたとしても、そこにあまり変化は見られない。もしくは運動強化合宿と称して荒川土手を20km走る1人マラソン大会を開催する。うーん、でもこれも天候に左右されるし、誰もが荒川土手みたいな素敵な場所に住んでいるとは限らないからなぁ。さらにウチの近所の荒川土手に、い〜い感じの砂浜状になっているところがあるので、そこにテントを貼って野宿をする…とか。これは楽しそうだ。だが、そんなことしたら足立区、いやあそこは国の管轄なので絶対に怒られるな!? でもおにぎりを持って行って1人ピクニックとかしたら絶対に楽しそうである。

いかんいかん… そうやって1人でいる時間が長いと楽しい1人遊びばかり覚えてしまうのであった。でも単に冷房の効いた部屋で、DVD祭りをするのとかもいいと思うよ。そういう私はDVDを借りたりすることは滅多にないんだけど…。見なくちゃいけない資料のDVDは山となって積まれているのだが… 

それにしても、なんかクリエイティブな、自分にしか出来ない何かが常にあるといいわなとは思う。お金を払って大衆の中の1人になれば一定の一体感は得られるかもしれないし、楽しいのかもしれないけど、それは一過性のものだ。一体感なら1人で本を読むだけでも手にいれることはできるんだし。(作家の言葉が自分の中のモヤモヤを言語にしてくれる時。そんな時のために人は読書をするのだ! なんて素敵なんだろう!)

私も若い時は、海外のフェスティバルにいくつも行ったものだが、最近では自分の好きなアーティストを90分しっかり観る方がいいと思い、もう10年くらいフェスティバルには行っていない…。

んん?……じゃなかった、それはウソだな。去年の夏は北欧のフェスを3つハシゴしたんだった。もう記憶にないわ(笑)。まぁ、でも自分が自主的に行ったフェスはもう10年前に終わった、ということだろう。去年の夏のあれは仕事だったし、あまりいろいろなバンドを聞きすぎて最後の方は拷問に近いものがあった。もちろんいろんな国のいろんなアーティストを見せてもらって非常に良い経験にはなったとは思うけど。

そして今年の4月に行ったグリーンランドも、そうだ、そういえばあれも音楽フェスだったんだんだよ! 思い出した。そうか、私もまだフェス好きだったのか! 驚きだ。でもそれが普段の仕事以上に楽しいかというと、まったく違うのである。やっぱり私にとって一番楽しいのは、どんなに小規模でも自分の作るツアーをする事であり、自分の作るコンサートを見る事であり、自分の主催する飲み会で飲む事なのであった。

と、まぁ、このように私は常に自分発信の自分中心の事をしていないと気がすまない可哀想な人間なのである。ある意味、お金で解決できない、根が深い大きな問題をかかえていると言っても良い。チケットを買ってくれるお客さんや付き合ってくれる友達やがいなかったら、私はいったいどうしたらいいのだろう。これもまた大いなる悲劇だ。それに比べたら、この2人の友達よ、君たちの寂しさは、まだまだ救いの余地がある。

ま、つまらないこと言ってないで、今日も元気に行きましょう! しゅっぱーつ!!(笑)


PS
あ、あと何度かここに書いているけど、金と暇があれば誰にでも出来ることをしている人は羨ましがる必要ないです。これ大事。