映画「おクジラさま」を観ました

試写で拝見しました。「おクジラさま」。ありがとうございます。試写状もらって、すでに行く予定にしてたけど、先日の「地平線会議」でも再びチラシもらって、絶対に観なくちゃ、って思ってたのでした(笑) 試写会の最終日にすべりこみセーフ!

結論から先に言っちゃうと、めっちゃ良かった。もしかしたらここんとこ観たドキュメンタリーの中で一番良かったかもしれない。こういうドキュメンタリー、すっごい好き。明確な答えは出てないけど、落ち着いていて、なるべく公平に(もっとも完璧な公平なんかないんだけど)多くの視点を見せる。映画を観ているうちに、この案件だけじゃなく、他のいろんな事もあれこれ、あれこれ考えさせられる。そういう素晴らしいドキュメンタリーだった。素晴らしいです。

監督/プロデューサーは佐々木芽生(めぐみ)さん。元NHK勤務で、大ヒットしたニューヨークの骨董を集めるささやかな老夫婦を描いた「ハーブ&ドロシー」の監督だという。いや、さすがのひと言。

映画「ザ・コーヴ」(私はみていない)や環境団体から、地元で400年続くイルカ漁について、非難されっぱなしの太地町のことを、レポートしたいと思ったのがこの映画を製作するきっかけになったのだという。

いろんな人の視点が登場する。町長、漁民の皆さん、アメリカからやってきたシー・シェパードの親子、くじら博物館の担当者、そして右翼活動家。(ただし本人は「右も左もないでしょ」みたいな事を言っている。が、私には彼はヤクザにしか見えない…)この右翼活動家については、いただいた映画の資料に森達也監督が言葉を寄せており(私は実は森監督のことはあまり評価していない。佐村河内映画のこのブログ参照)、この右翼活動家のことを、森監督が「とにかくチャーミングだ」と絶賛していたのには爆笑した。というか、さすが森監督 being 森監督。こういう視点が森監督を森監督たらしめているのだろう。監督と私はまったく価値観あわないんだけど、敵ながら(笑)さすがである。このくだんの活動家は、下手くそな英語をうるさく読み上げ,自分が目立つことしか考えていない、とんでもない奴だと私なんぞの凡人は思ってしまう。こういう人いるよね。あなたの周りにも、私の周りにも。しかし、なぜかシー・シェパード、行政、双方とも彼の挑発に乗ってしまい、公開対談という意味のないまな板の上に載せられてしまうのだった。なぜそういう結果になったのか、まったく理解に苦しむ。 というか、そこしかもう出口がないくらいお互い出口がなかったのか…。

シー・シェパードの熱血活動家親子を見るにつけ,彼等もある意味シー・シェパードの被害者なのではないかとも思えてくる。一方で、イルカの元調教師でイルカ・ショーの仕掛け人であるリック・オバリーの信念には唸った。こういう人は、世の中を変えて行くということよりも、おそらく1匹でもイルカの命が救えれば、それが一番の正解だと考えているのだろう。それが彼の信念なのだ。過去、イルカを売り物にしてしまった自分への贖罪なのだ。うーむ。意見は違うとはいえ、彼の行動は一貫している。

一方のシー・シェパードにおいては、あれだけの巨万の活動資金を世界中から集めておきながら、末端の活動家たちは自腹で自分たちの渡航費だしてる…という事実にも驚愕。おそらく…おそらくだけど、社会問題を必要以上にあおって、募金する人たちと現場の間に入ることで、すごく儲けている奴が影に存在しているに違いない…とか私なんぞは思ってしまったが…。実態はどうなんだろう。良く知っているわけではないから、何か言える立ち場にはないんだが…。そうやってボランティアの活動家が送りこむ動画や写真を使ってシー・シェパードは、毎日ものすごい量の情報を発信。SNSで拡散する情報は世界をかけめぐる。一方で広報活動においてはやられっぱなしの太地町。言葉の問題もあるのだろうが、誰もが正面切って、彼等と議論を重ねようとはしない。まったく動きだそうとはしない。さらに町のホームページの更新は年に1度だけだというから呆れる。いや、この場合、弱い人たちを攻めるのは間違っている…とも思うのだが。でもそのくらい、出来ないんだろうか…。これもまたちょっとあり得なさすぎる。

そんな中、監督の視点、そして観ている私の視点をも代弁してくれるのは日本在住のジャーナリスト、元AP通信記者、今はフリーランスのジェイ・アラバスターだ。彼の存在が、この映画を明るく前向きなものにしてくれている。彼は言う。普通、日本の田舎町に取材に行くとみんな歓迎してくれるものなんだ、と。「とにかく大歓迎される。みんな協力的で、町長はすぐ会ってくれて、誰とでも僕が会わせてあげるよ、と言われる。それが日本の田舎町なんだ」(これ日本の田舎だけに限らず、アイルランドとか、グリーンランドとかでも同じだ。私もそういう歓迎ぶりを、日々めちゃくちゃ感じ、そして、その恩恵にあずかっている。しかしそれを勘違いしてはいけない。彼等は外から来たパンダが珍しいだけなのだ…。そして、こんな田舎町に外国人が注目してくれた、と、それが嬉しいだけなのだから)

が、ジェイいわく、ここ太地町は、他の田舎町とはまるで違う、と。みんなが外国人を避け、口をきいてくれない。取材しようとしてももちろん拒否。ジェイはこのままでは駄目だと判断し、ついに太地町に移住を決意。毎朝、自転車で漁民たちに挨拶。他の外国人とは違うことをアピールするために黄色いニット帽を毎日かぶって「僕は中立ですよ」と訴える。

そうやって活動してきた彼は、撮影の段階で佐々木監督に出会うことになる。最後には町を離れるという彼を囲んで、仲間でお別れパーティ。こうなってみれば、この町に住む人は温かく、素晴らしくて、人なつっこい。が、私は実は映像を見ていて、地元の人たちがすう遠慮のないタバコの煙がやけに気になってしょうがなかった。ジェイさんがどう思っているかは分からないが… いやたいしたことないよ、と言われるかもしれないけど、あぁいう外国人を目の前にしてタバコをプカプカすう遠慮のない感じ。あれは、ちょっとこの村に住む素朴な人たちのイノセントな感覚を象徴しているようにも思えたりする。(しかし映像は文字よりも多くの情報を運ぶね。いや、ちゃんと断ってすっているかもしれませんよ…)

この話は、イヌイットの白くま漁とか、そういう話にも通じる。イヌイットは、やはりタバコをプカプカすって、アル中になっちゃったりもする。そして、情報発信については、まったくやられっぱなしだ。いつもやられっぱなしなのは、弱い,言葉を持たない方の人たちなのだ。白くまが減っているとか、いったい誰が数えたというのだ? この状況を映画にせずにはいられなかった監督の気持ちは痛いほど分かる。

そして、この案件だけではなく、いろいろ、いろいろ、いろいろな事を考える。外国人との価値観の違いとか、外国人だけではない、同じ日本に住む隣人、価値観の違う人とのいろんな意見の違いを私たちはどう乗り越えていくのか、とか…。そして先に書いたように、間に入るだけ、存在するだけで自分の利益を誘導する人たち…

監督のこのインタビューでの言葉も面白い。


「人間と動物の関係性の違いがあって、西洋ではキリスト教とギリシア哲学に基づいた人間中心主義があると思います。神の形に似せた人間を創り、その下に動物や草木などを創造したのが聖書の創世記です。さらにギリシア哲学のアリストテレスは動物には感情はあるけれど、理性はないと言っていて、優れたものが 劣ったものを支配して良いという考えもあります。これらが西洋の人間中心主義という考え方になります。でも日本は仏教と神道の考え方で、人間というのは自然界の一部で、動物も人間もみな同じという考え方です。西洋と日本では動物や自然に対する考え方が全く違うため、それが衝突して、牛や豚は良いのにクジラはダメとか、なぜクジラなどの知能の高い動物を殺すのかということになります」お互いの背景を知る大切さを訴えた。

いや,本当におもしろい。外国人と良く仕事をする私だが、ここまで深く考えたことはなかったかも。

そして、やはり最後にひっかかったのは、どっちにしてもクジラ漁はもう終わりゆくビジネスだということ。ほおっておいても、おそらく消えてしまうのだ。

町長が最後に新しい方針を打ち出すのだが、この「水もない、だから農業もできない」村が生き残るには確かにそこにしか道はないように思われる。そして、ここでも思ってしまう事は、田舎町は残念ながら、悲しいほど変わることが苦手なんだ、ということ。そして少数派の消え行く人たちいは、いつもやられっぱなしだ、と言うこと。いつまでたっても同じことなのだ、と。彼等は、たとえば意見の違う人と徹底的にディベートして、議論をつくし、結論を出すことが苦手だ。未来のために今続いている何かを手放し、自分たちで大きく決断し、方針をドラスティックに変更するみたいなことは出来ないのだ。そして周りへのPRが本当に下手くそ。だから声が大きな連中にやられてしまう。それについては、この件から何も学んでいないのが、ほんとうにもったいない。

太地町だけじゃない。私たち日本人はいっつも、そのまま、流れるままだ。議論して、何か動きだして、まちがってもいいから前に進むことが出来ない。そして時間が問題を解決してくれるのを待っている。今、世の中が素早く大きく変化することや柔軟性が求められている時代に、これは非常に大きな問題だ。自分たちで努力して何かを勝ち取った、とか、こう世界を変えたみたいな成功体験が積まれないかぎり、日本はいつまでたっても自信を持てず、いつまでたっても同じ事の繰り返しなのだと思う。

話が大幅にそれた。でもそんな風にいろんな考えが巡るんだわ。ということは、これは素晴らしいドキュメンタリーなんだという証拠。うん、皆さんも絶対に観に行ってください。東京では9月9日よりユーロスペースにて。



PS
話はうんとそれるが、人間の幸せは自分で決めたことを実行することにあるのだ、ということ。それが成功するか失敗するかはあまり関係ない。そんな本を昔読んだが、これはすごく良かった。