マイケル・ブース『限りなく完璧に近い人々〜なぜ北欧の暮らしは世界1幸せなのか』を読みました。

さすがだ。めっちゃ面白い。日本を食べ回ってた英国一家のパパ、マイケル・ブースによる北欧人論。メモっておきたい、いろんな言葉がたくさんあった。結構長い本ではあるのだが…

実は読むのにすごく時間がかかった。冒頭のデンマーク論を呼んで、その後、絶対に読まねばならない仕事の関係本がたくさん出て来てしまい、途中ほおっておいたのだ。で、やっと先日全部読み終わった。めっちゃ面白かった。さすがの内容である。翻訳も素晴らしい。前の「英国一家〜」もこの先生だったかしら。(調べたら違う人だった)マイケルさん、あいかわらずいろいろこの本にも自虐ネタを盛り込んでいるのだが、きっとチャーミングな人に違いない。この本を読んで、北欧の人たちはすごいと思うと同時に、ホントに英国人とはマニアックで、深く、あれこれ共感できるすごい人たちだよな、と思う。ま、それはさておき…

最近世界に吹き荒れる「北欧・最高に素晴らしい論」には、私も少々辟易している。そんなに手放しで感嘆して良い事なのか。北欧の素晴らしさは、彼等が悩み、考え、試行錯誤の上で得られた素晴らしさだ(石油が出たノルウェーはラッキーだったとして。それにしたって彼らの日々の勉強と努力があるからこそバランスを失わずに正気をたもっていられるのだ)。選挙にもいかない国民が無責任に羨ましがるんじゃねぇ!と思うのは、私だけか。と、まぁ、知れば知るほど分かる「幸せになるには、こんなに努力しないといけないのか」って。そして、知るのだ。この地球上に安直な楽園など,存在しないことを…

ウチが最初の北欧のアーティストを手がけてたぶん15年くらい。そんな中で、自分も多くのサンプルを知っているわけではないのだが、それでも北欧の知り合い/仕事仲間は、普通の日本人に比べたら、やはり多いほうだろう。私が仕事上で北欧の人たちと接していて思う事と、照らし合わせ、また新しい発見もあり、とにかく面白く読めた。

例えば冒頭のデンマーク。私はそんなにデンマーク人を知っているわけではない。おそらく…全部で合計10名にも満たないのではないだろうか。いや、10名はいるか…。あ、あとグリーンランドに住んでるデンマーク人もいるから… 20名くらいは合計でいるかもしれない。その彼等に共通していること。それは「すごくいい人たち」だということだ。おそらく… おそらく性格の良さで言ったらデンマーク人は、どの国民性と比べてもピカイチではないだろうか。いや、私もいろんな国を知っているわけではない。でもこれとは別の本にも書いてあった事だが、外国人が道に迷い、行く先を訪ねる時、ほんとに親身になってくれるのは日本人かデンマーク人だ、と。特にデンマーク人はたずねた人が行った先に無事に到着したか確認の電話まで入れている!?らしい。

心に残ったのは、デンマーク人の幸せ度は北欧の人なら誰でも持っている「人生あきらめ度」みたいなものがベーシックになっている、という事。ひたすら謙虚であれと説く「ヤンテの掟」。そしてその上で自分たちは「幸せでならなければいけない」と思っている、ということ。デンマーク人は明るく、年齢、社会的階層、人生観にかかわりなく人と仲良くなれる才能を持っている。人間関係の密度が高く、みんながみんなをよく知っていて、お互いをとても信頼している社会だからこそ、それは可能なのだ。

しかし私も初めて知ったことだけど、意外なことに一般的なデンマーク人は実は年収の3倍にあたる負債をかかえているという。これはポルトガルやスペインの2倍でありイタリアの4倍。貯蓄をしたがらない(またその必要がない)という性格(状況)もあるのだろうが…。そしてデンマーク人は怠け者でもある、という話にも笑った。先延ばしの名人でもあるというところにも…。確かにそうかもしれない。そして54%のデンマーク人が「死ぬのは怖くない」と考えている、ということも。とにかく幸せな社会。彼等にとって平等ということは非常に重要で、平等な社会の実現に努力を惜しまない。実際、不平等な社会が生むリスクは計りしれないと考えている、など(これは確かに納得だ)。

そして国は変わって、私はほとんど縁がないアイスランド。アイスランドにいたっては知っている人は二人くらいしかいないかも… フェローを(本国ではなく文化が似ているという事で)アイスランドの方にくくれば、そこに2人追加かな。こここそ、それこそとても緻密で緊密集団をなす北欧の国である、とマイケル氏は説明する。が、そこにアメリカからの影響というものが入って、奇妙なハイブリット社会を形成している、とも。これもなかなか面白かった。

そしてノルウェー。ノルウェーは、私は4、5回行っているかもしれないが、自分はよく知っているとはとても言えない。サンプル数は10名以下といったところか。しかもノルウェー男性はたった1人しか知らない。だからその私が何を言う?という感じなのだが、ノルウェーに対する私の印象といったら「とにかくお金持ち」に尽きる。そして物が高い。それは他の北欧諸国からみても群を抜いている。ノルウェーは石油が出ることで奇妙なバランスを見いだした国だ。昔は貧しくて田舎だった。この本を読むまで知らなかったが、油田獲得も実はけっこうなデンマークとの攻防が繰り広げられたらしいし、ある意味間一髪だった、という部分もあるらしい。そして最終的に運良くノルウェーがゲットした北海油田は、常に「もうすぐなくなる」とか言われながらも、新しい鉱脈を発見され、当分安泰のような様子を醸し出している。かつてはデンマークそしてスウェーデンから支配されていたノルウェー国民。彼等は自分たちの国を愛し、建国記念日には、みんなが民族衣装を着て盛大に祝うという。(一度も占領されたことのないスウェーデンはそんな恰好をするには自分たちはモダンすぎると考えているし、フィンランド人は静かにテレビでも見てすごすだけだ)一方で、あのオスロ出身の人種差別主義者による無差別テロが起きた時も「より開かれた民主国家になる」と宣言した首相は立派であった。ノルウェー、えらい!!

それにしてもこの本に言われるまでもなくノルウェーの金持ち度はすごい。世界最大のファンドを持ち、それも国民1人あたりではなく絶対額においても世界1。アブダビを抜いて今なお成長を続けていて、ギリシャ政府の債務を2度精算してもおつりがくるほどの規模だ。だがしかし、ノルウェーが偉いのは、真面目に今日にいたるまで経済学者の忠告をまもり、国内で使う額を4%にとどめ、それ以外をすべて国外に投資している、という事だ。それがホントにすごい。ノルウェーは貧しい国だった。そこに奇跡の1発あたってしまったが、それでも正気をたもっている、というのは本当に賞賛に値する。しかし一方で、クリーンなエネルギーで国を作りたいというノルウェーにとって、油田は大きな矛盾の源でもある。うーん。

そしてフィンランド。フィンランドについては私はこれらの国の中で一番友人や知り合いが多く(もしかしたら100人以上いるかもしれない。数えたことないけど!)、抱えているバンドもたくさんいるし、もっとも大好きな国の1つだ。フィンランドのいいところだったら、私もたくさん語れる。合理的なところ(ある意味、適度にドライでそれも気持ちがいい)。そして努力家なところ。これはほんとに見習うべきだ。一方で、マイケル氏に教えられるまで、これは知らなかったことだが、銃の所持率が世界で3番目に高く、自殺が本当に多い(が、これもここ10年くらいで克服しつつある)ということ。そしてマイケル氏もカウリスマキの映画が大好きなようだ。そしてフィンランド人のサウナへの熱い情熱(笑)。またなぜフィンランド人の口数が少ないのかについて、マイケル氏は「フィンランドのようにハイコンテクストな国では、人びとはみな同じような経験、期待、背景を持っている。遺伝子まで似ている。だからわざわざ言葉によるコミュニケーションを取る必要がない」と説明している。なるほど! 逆に饒舌な人は返って信頼されないとまでいう。お酒を飲んでハメを外す人が多いのもフィンランド。そして「スィス(Sisu)」(フィンランド根性)の話などなど。

歴史観も勉強になった。ナチスと手を組んでソビエトと戦ったことなどは、今から考えれば褒められることがないかもしれないのだが、あとから振り返って批判するのは簡単だ、とマイケル氏はフィンランドを擁護する。フィンランドはその時点で自分たちの自由を守るために、一番役に立つ相手と組んで戦って来た、ということなんだよ、と。そして戦後アメリカと組まなかったのも現在の成功の秘訣だ。これはとても重要なことだ。

あ、あと面白かったのは、数年前にフィンランドの国際的イメージをアップするために、フィンランドの有識者が集まって国のブランド化委員会が結成されたのだという。 そこでなんと登場してくるのが、私もよく知っているMusic Export Finland(今はMusic Finlandという)のポーリナ・アホカス(私たちはパウリーナと読んでいたが本ではこのように表記されている。現在は確かすごい音楽ホールの館長さんに就任されているはずだ。堂々としたかっこいい女性だ)そしてさすがパウリーナ。発言がふるっている。「もし、今ゼロから1つの国を作ろうと思ったら、それはフィンランドになるでしょう」「フィンランドは奇跡です。でもそのことを誰も知りません」「フィンランド人の握手は世界で1番信用できる握手です」(マイケル氏に飲酒の話題を持ち出されて)「たしかに飲酒問題は(国のイメージの向上のための活動の)足をひっぱってますね。でもクレイジーでいながら信頼もされるって、嬉しいものですよ」と。いいぞ、パウリーナ!

しかしこの本では、フィンランドの飲酒問題はことの他、強調されている。ちょっと擁護のために言っておくと、ウチのミュージシャンや関係者にお酒の問題がある人はまったくいない。というか、数人いるが、その人たちは現在は完全にお酒を辞めている。それにしてもフィンランド人は、私が知っている中で、もっとも日本人に近く、素敵な国民だと思う。そして酒癖が悪いと聞くと,やっぱり日本人に似ているよな、と思ってしまう…

もちろんフィンランド国内でいまだに強い力を持つスウェーデン系の人々についての言及もあり。フィンランドとスウェーデンは実はお互い完全になるために、お互いを必要としているのだ、と話すおじさんの話はおもしろかった。フィンランドは国境を守って来た。フィンランド人の真面目さや地に足のついた生き方を、スウェーデン人は羨ましく思っているはず。スウェーデンは逆境にさらされた経験も少なく、しかも現在スウェーデンで活躍しているアーティスとや作家はみな移民で、いわゆるダイナミズムにかける社会になってしまっている、と。スウェーデン人は気取り屋で自分たちの手を汚さない。フィンランドをけしかけてロシアと戦わせて、自分はボスニア湾の対岸からハンカチを振っているだけだ、と。そしてフィンランドとスウェーデンの陸上大会では「フィンランドが勝つこと」よりも「スウェーデンが負けること」それを多くのフィンランド人が心待ちにしているという(爆)。あ、あとフィンランドは、女性が強い社会である、ということについても言及されてました。確かにそれは事実だね(笑)。私が感じた中でも政府系の大きな組織の重要ポスト、政治家、会社の重役… ホントにかっこいい女性が多い。

本はもちろんスウェーデンについても語っている。私は、スウェーデンについては、実はよく知らないのだ、結局のところ。知ってるのはヴェーセンの3人だけで、それに付随する奥さんや元奥さん、彼女や元彼女たちしか知らない。あ、Music Swedenの人と、Droneの創業者も知ってるな… そのどちらも男性だけど。何度か訪ねたことがある国だけど、なんかイメージ的に「薄い」のよね… ガムラスタンは可愛い町だけど。で、スウェーデンといえば、やはりポップ・ミュージック。スウェーデンは音楽の輸出においては米国と英国についで世界第3位。スウェーデンには薄っぺらいティーン向けのポップスを乱造する才能に恵まれた作曲家やプロデューサーがたくさんいる。(これ、マイケル氏の選んだ形容詞、です。私じゃないよ/笑)

あと登場したスーザン・ソンタグ女史のスウェーデン論が面白い。「スウェーデン人は不器用で人を信用しない。規制にとらわれた人たちで、言うまでもなく人間ぎらいのアル中だ」ってのにも笑った。「合理性にも間違いなく欠陥がある」と。ソンタグ女史の耐えられなかったスウェーデン人の資質は、彼らが無口で表現力に乏しく内気なところ。しかし彼らは常に相手の話を熱心に聞く、聞き上手である、とも説明している。言ってみれば、衝突を回避しようとする文化だという部分には、非常に納得した。例えば大企業において大勢の人間が長期間にわたって同じ方向で頑張る、という状況にスウェーデン人の性格はとても向いている。だからスウェーデンの大企業は世界的に成功を収める。一方でデンマークは機敏で反応の早いリーダーにひっぱられた中小企業が成功するパターンが多い、というのには、なるほど、と唸った。

あと笑ったのは、スウェーデン人の家に呼ばれた時、果たして靴を脱ぐか問題。「自分の足の状態が他の人と同じかどうか確認できるまでは玄関より奥にすすんではいけない」ってのには、爆笑。確かに。また時間に遅れることは絶対にいけない。乾杯の時、グラスとグラスを当ててはいけない…など。時間に遅れないのは、確かにヴェーセンの場合、絶対にありえない。でも乾杯の時、グラスをカチンとあわせたかな… もう記憶にないや… でもヴェーセンの3人しか知らないのに、こう言ってしまうのは何だけど,スウェーデン人は何かと私にあわせてくれて、彼らの来日中はホントに私は自然体でいられるのだ。これは他のミュージシャンでは絶対に不可能だ。だいたい海外から人がくれば、ついつい自分の視線も外国側によりがちになり、自分の中のすべてが「アーティスト来日中」というギアに入るのがわかる。アドレナリンが出る、とも言うべきか…。でもヴェーセンの場合、私は私のままでいられる。それってすごい事なのだ。ま、ヴェーセンの話はこのくらいにしておいて…

話がそれた。あとエレベーターの実検にも笑った。スウェーデンでは、エレベーターには1人で乗りたがる人種だ、と。しかし電車に乗る時は、何故か非常にお行儀が悪く、人を押しのけてでも載らないといけない、ともあった。そして移民の話もおもしろかった。1党による政治(スウェーデン民主党)が続く国。そして極右政権に対する態度も非常に勉強になる。彼らとの距離の取り方。これは、私は一方で「フェアじゃない」と思いつつも、読みすすめるうちに、このスウェーデン方式の方が実は正しいのではないかと思うようになった。スウェーデンでは、極右政党に自分たちの政策の説明の時間を与えないどころか、CMも流させない(彼等はそれでもYou Tubeなどでがんがんキャンペーンをするのだが)一切メディアでは取り上げないのだという。一方のデンマークでは、メディアはフェアでなければいけないと考え、彼らにも彼らの主張の発表の場を与える。機会の平等や真の民主主義とか…という観点で、つまりどんな意見でも、一応意見を聞こうというスタンスなのだ。一方のスウェーデンは、彼等の存在自体を許さない。いろいろ思うところはあれ、これはもしかするとスウェーデンの方針の方が正しいのかも…と思った。 そして移民の話題も面白かった。移民がすでに全人口の1/3をしめるスウェーデンは、北欧の中でも移民の受け入れ度はNO.1だ。しかし一方で、スウェーデンは全体主義国家だ、とする人もいる。これは黒歴史といってもいいのだけど、1922年にウプサラに出来た人種生物学研究所では金髪青い目の人以外は不妊手術をうけさせられたという話もある。あとトランスジェンダーで新たに獲得した性で認められるには、不妊手術をしなくてはならない等々。この法律はなんとビックリすることに、2013年まであった等々。しかしいろいろあるにせよ、スウェーデンにおいてはとにかく自己完結や自立が重要。ドゥクティ(賢くきちんとしている)ということは非常に重要。人の助けはいらない、という感覚。それを国が後押ししているのだ、という話。本当に興味深かった。

あと面白い事にマイケル氏もスウェーデンにはレディファーストがない、と驚いている。これは実は、私もスウェーデンに初めて行って感じたことだ。扉を開けておいてもらったり必要以上に親切にされる必要はまったくない。でもそれがめちゃくちゃ気持ちいい。というのも、私たち女性は、この社会では充分自立しているのだから(笑)

そして最後のマイケル氏は「北欧幸福論においては、やはり人生を主体的に生きられるかどうか。自分の運命を自分で決められる贅沢があるかどうか。親とは別の職業を選ぶ自由(流動性)があるかどうか」だという事を強調している。アメリカでは残念ながら本当の「アメリカン・ドリーム」は実現していない。が、スカンジナビアにおいては、自分の生き方を決める自由、そして職業の流動性などが存在する。ここに「アメリカン・ドリーム」があった、という事だ。これは認めないといけない。