どこかに共感してくれる人が必ずいる

外食リハビリ続行中。ホルモン大好き!!
先日の台風の日の翌日に、出勤について書いたブログにメッセージをもらった。リアルな学生時代の友人からだ。彼女の会社では台風に備えて前日から泊まりこみ。下請けの電話オペだから、台風が来ても定時に回線をあけることは必須だと言う。

私が「自分が経営者だったら、本日は台風の影響で9時ではなく12時に回線をあけます」と留守電を流すとかの対策をとるけどね〜と言ったら、そんなのはあり得ないんだって。だって「下請け」だから。

うーん、この時代に、そんなのは流行らないと思うよと伝えつつ、まぁ、それはその会社の経営者のやり方だし、そういう方針なんだからしょうがないんじゃないの?と返す。

いや、まじで、嫌味ではなくそういった勤務態度を自分たちの「誇り」と思うなら、それはそれで素晴らしいことじゃないのと伝える。そして世間や私がなんと言おうと、堂々としていればよろし。それが嫌なら経営者にそう直訴するか、自分が会社をやめればいいことだ。ただすでにあぁいうブログを書いている私にその同意を求めてこられるのは、ちょっと違うんじゃないかなと思った次第。

と、同時に私も世の中の常識とだいぶ乖離しちゃったのかなぁ、と思ったり…

しかし面白いよね。学校を卒業した時点では、おそらく同じような価値観や考えかたを持っていたはずなのに、お互い違う社会に出て、どんどん変わってこんなに違いが出てしまう。

仕事仲間でない友達と、仕事や働き方の話をするのはリスクがある。私の今でも付き合いがある大学時代の友達は音楽サークルで仲間だった人たちだが、基本彼らとは1年に1回会うか会わないかだ。彼らとはあまり「今」の話をしないようにしている。というのも、おそらく価値観が相当違うと思われるからだ。例えばとある男性の友人からは「のっち(大学時代の友人は私をこう呼ぶ)、結婚しないと歳とってから寂しいぞー」と言われる。私はこれが現在の仕事仲間とかだったら「家族といたって寂しい時は寂しいよ」と口答えするのだが、大学時代の友人の彼には「そうねぇ」とだけ言って、私も余計なことは言わないようにした。彼も悪気があって言っているのではない。が、私は来るか来ないかわからない未来のために今を犠牲にするなんて、とてもじゃないけど考えられない。

いわゆる独身で面倒みなくてはいけない家族もおらず、自由を謳歌し経済的に自立した女が出す「いや汁( copyright 酒井順子)」は、まともな世間からみたら嫌味な存在だ。彼女たちは歌舞伎にグルメに趣味を人生を大いに楽しむ。だから私も「いや汁」出ないように気をつけてはいるのだ。だから彼らと会う時は彼らとは昔話をして、何度もなんども同じ思い出話をくりかえし反芻し愛でているのが一番だ。実際、会うたびに毎回毎回同じ話をしている。そこに発展性もなにもない。でも、そこが彼らと共有できる価値観だから。でもそれはそれで最高に幸せな時間だ。だから、彼らとはめったに会わないが、会えばいつもとても楽しい。

でも、今現在を語るとなるとなかなか難しい。彼らとは原発や死刑うんぬんとかの話はしない。もしかしたら彼らは保守系の政党に投票しているかもしれない。一方で私が仕事をしているワールドミュージックの世界には死刑にも原発にも賛成する人はほとんどいない。現在の内閣を支持しているいる人なども一人もいない。これはこれで、すごく幸せなことだ。

だからこういう出勤に関する議論も、仕事の話もやっぱり大学時代の友達とだと難しいな、と思う。

とはいえあえて自分の意見を書くと、あくまで私個人の考え方だけど、別に下請けだからって必要以上にイエスマンになることもないと思う。それこそ、こういう考え方の人こそ勝間和代さんの『断る力』を読むべきだとも思うが、まぁ、読んでも伝わらない人には伝わらないから無理には薦めない。

そもそも50過ぎれば、フリーでやっている人間と、会社員をやっている人間と価値観は相当ずれてしまう。いや、会社員だって、めちゃくちゃ革新的な考え方をする人はいる。というか、会社や組織の中で自分の才能や自由を発揮できる人は、本当にすごいと思う。一方でフリーランスやってる人と話しても「仕事は選べ」「ギャラは下げるな」って話が通じる人にはなかなか出会えない。フリーランスにもいろんな考え方の人がいる。「仕事を選べるのは一部の才能ある人たちだけですよ。断ったら仕事こなくなっちゃって生きていけない」「クライアントは神様」くらいに思っている人のなんと多いことか。まぁ、でも会社員であれ、フリーランスであれ確かに誰にでもできる仕事をしてるとそうなっちゃうんだよな…。なんだっけ、コモデティっていうんだっけ、そういうの…

もちろんわたしも自分の企画のほかに、クライアントありきの発注仕事も受けることはある。でもそういう時も絶対に自分しか出来ない事しか受けないし、自分よりうまくできる人がいるとわかっていれば、そっちを紹介している。クライアントといえど、常に平等だし、win winの関係を心がけ、クライアントさんが私のどこを必要としているかそれを自覚し、そこはきっちり抑えつつも、自分の方針は貫いているつもりだ。

そうやってお互いがお互いを尊敬しないと、いい仕事なんてできないと思うんだけど。でも外の世界はどうやら違うらしい。(本当にウチのクライアントさん、ほんといつも仕事をいただけるだけではなく、私のわがままも聞いていただきありがとうございます)

まぁ、でもいろいろなスタイルがあっていいのではないのだろうか。大部屋で入院しているときにも思ったけど、私の住んでいる世界は、どうやら相当世間と乖離し、相当めぐまれているのだ。普通の人はたいていものすごい我慢をたくさん強いられながら生きているのだ、というのをそろそろ私も理解しないといけない。フリーランスも20年以上やってると、単なる世間知らずだわ…。そしてそういう生き方をしている人たちも自分でそれに誇りをもって当たれるなら、それはそれで素晴らしいことだと思う。私はごめんだけどね…

だから価値観の違いはもうしょうがないんだわ…。さらにそういう人たちにとって、そういった自分個人の意見を現場やリアルに表明することはリスクが多く、自分で経営者に意見することはもちろん、匿名でもいいからブログでもSNSでもやって意見表明すればいいのに、それは絶対にしない。責任を持ちたくないんだろうか。そして仲間うちだけのガス抜きに使う。だからそういう人たちをとりまく社会は動かないし、変わらない。で、彼らは誰かが何かを変えてくれるのをひたすら待っている。(漫画Real Clothesの名言に「不満とは行動しない人の意見」ってのがあったな…)

確かに公に意見を表明すること、何かを表現することはリスクをともなう。でもそうやって自分の世界を作っていかないと…と私は思う。私が言っているのは、この小さな「THE MUSIC PLANT村」の話だ。この村は基本、村長一人=私で運営しているため、集まってくる人の理解がないと運営がたちゆかない。なので私は、お客さんにそれを理解してもらうために音楽に関係ないこともここに書いていく。ここを書く理由は(1)THE MUSIC PLANTが今日も仕事してるというのを見て安心してもらうため (2)こういう心情、価値観で仕事してますと理解してもらうため。そして(3)一人でやってるんで、多少のミスや不手際があってもすべて私の責任ですが、なにせ一人でやってて大変なんで許してください等々(笑)

村にはたくさんの人はいないけど、ウチの事業を20年以上まわすくらいには人が集まってきてくれている。出て行く人もいれば、新参者もいる。長く留まる人もいるし、興味本位でのぞくだけの人もいれば、具体的にお金を落としていってくれる人もいる。それで十分なのだ。

ま、どっちにしても世の中の全員を味方にすることは不可能だ。リアルに会って話していたって誤解はある。まぁ、でもマイノリティ憑依じゃないけど、経営者憑依ってあるんだよね。経営してるわけでもないのに、経営者視線になっちゃうサラリーマンの人たち。「ウチの会社」とか言っちゃう人たち。

そういや、いつだったか「起点になろう」という、ちきりんさんのブログを紹介したが、それにも書いてあった。何かやってる人間は、やっぱり何かやってる同士でつるむんだって。リスク取って具体的に表現・行動し、世の中を変えていく。そういう動きをする人が、社会に何か変化がもたらす。そういう発展的な関係性が私は好きだ。友達同士で愚痴言いあってても、単なるガス抜きだからだ。そりゃー 私だって某政治家とアナウンサーの女性の婚約が気に入らないとか意味のない愚痴を言うことはある。でもそれを私が言ったところで何が変わるわけでなし… そういうのこそバカなガス抜きで十分なのだ。

自分の意見があるなら私個人に言わないで堂々と公に言った方がいい。実名にする必要はないんだから。そういう人たちにそうアドバイスする。と、だいたい彼らは表に向かって表現するのは怖いと言う。そう言うの聞くたびに、表現のリスク取らないやつに表現の自由なし!?と思う。それこそ「表現の不自由」ってやつなんだろうか。ちょい前に別の友人がツイートしてて共感した。とある若いアーティストが「何かを勇気をもって表現すれば好きになってくれる人が必ずいる。黙っていたら、何も動かない」みたいなこと言ってたんだって。まさにそれだよね。

何が言いたいかって、要は価値観の違いはいくらでもあるよ、ということ。そして個人間のメッセージ交換は単なるガス抜き。ガス抜きも重要だとは思うけど、それにあんまり社会的意味はない。そして何か思うなら世の中がすこしでも動くように表現し、意見を言っていこうよ、ってこと。

まぁ、これも伝わらない人には伝わらない。そもそもいったん大人になっちゃって、50にもなれば、自分の考え方を人から言われて変えるって、めったにないと思う。私も人の考え方や生き方を変えようとは思わない。私だってめったに変わらない。まぁ、ただこのTHE MUSIC PLANT村を少しでも自分が考える理想の場所に近づけようとは思う。ただそれだけだ。

…とか書きつつも同時にいつも思うんだよね、正論は他人を幸せにしない、って。わかってるんだ。あれって誰の言葉だったっけ。でもそれはめっちゃ正しいよなぁ! こんなこと書いてると、また嫌われるよなぁ…

昨日見つけた記事。ちょっと前の記事だけど…



今日も「さとなお」さんのNoteが良い。共感…


ローカル主治医の指示で鉄分補給。レバー!!