絲山秋子さん『小松とうさちゃん』を読みました

いや〜、なんかヴィヴィドだった。風景が浮かんでくるような話でした。なんでだろう。それぞれの会話がいいのかな。

どこにでもいそうな登場人物。大学講師の貧乏な小松と、ゲームに夢中になってるうさちゃん。年齢差も、ライフスタイルも、結構違うのに妙にハモってる男性二人。そして小松の周辺にぽっと登場した女性。彼女は犯罪ではないながらも詐欺まがいというか人にはあまり堂々と言えない仕事をしている。それぞれの登場人物がとてもリアルだ。いかにも、どこにでもいそうなタイプなのだ…。

そして最後には意外な展開というかオチがあり、絲山作品ならではの、はっきりしないでも爽やかな読後感が待っている。この感じがたまらん。

この本、装丁がとてもいい。




でもって、わたしが特に好きだったのは同時収録の『ネクトンについて考えても意味がない』という短編。なぜかミズクラゲが登場するんだけど、自分の頭の中にはいつかテレビのドキュメンタリーで見たダイオウイカが不気味に目を光らせながらこちらを見つめつつ浮かんでいるシーンが浮かんでいるのであった。

自由自在に波を超えながら人生を泳いでいくネクトンたちを眺めながら、あれこれつぶやく女性との会話が面白い。ネクトンとはクジラやイルカなど、波や海流にながされることなく自分の力で泳ぎ進路を決める遊泳生物のことを言う。一方ミズクラゲはゆらゆらとあっちにゆられ、こっちにゆられ…  海を漂いながらも、波に打ち上げられて干からびる心配も、他の生物に食べられる心配もしていなかった。だって、そんな事すべては単なるアクシデントで、考えても仕方のないことだった……って、ちょっと今のこの日本の状況を言ってませんか?! すごいな(笑)

それから『小松〜』の習作っぽい『飛車と騾馬』も最後に収録。こんなふうに絲山さんは場面のスケッチを書きながら、物語を作っていくのだろうか。何かのインタビューで絲山さんが「書いている時は登場人物が自分のところに実際にお客さんみたいに来ているように感じる」って言ってらしたように記憶している(記憶違いだったらすみません)。この物語の最初に「特定のモデルはいないが、おっさん二人組というのはどこにでもいる。野球場でも飲み屋でも安定の二人組」「私の周りにもいるし、あなたの周りにも」とのこと。うーーーん、確かに! 確かにいるけど、それをここまで落とし込めるのがすごいよ。そしてこの短い作品を書いたあとも、彼らは自分のもとを去ってはくれなかった。だから『小松とうさちゃん』に昇華させたということのようなのだ。

いずれにしてもいいよなぁ。まだ読んでない人は、今すぐゲットして絲山ワールドへいってらっしゃい!(笑) 

このあと実は絲山さんのエッセイ本も読んで、このブログをアップしている3月18日の時点で、しっかり読み終わっているのだが、読書感想文はいつも数日寝かせてからアップしているので、しばしお待ちを。