藤岡直樹さんが、恵比寿の写真スタジオをかりて撮影してくれたアラマーイルマン・ヴァサラットのポートレートはArt Meets Artの領域まで達した素晴らしい作品だった。このバンドのインテリジェンスをよく表している。個性的なメンバー。本当にいいバンドだった。
当時、出来上がってきた写真を眺めていたら「藤岡さんが浅草に撮影スタジオ(ライオンビル)持ってたなー」というのを思い出し、そこから「浅草ヴァサラット」って語呂がいいかもと、まずはタイトルのアイディアが浮かんだ。タイトルが浮かぶと企画の内容は自然とついてくる。そこから実際の企画の制作まであっという間だった。ヴァサラット・カフェをライオンビルで行い、藤岡さんの写真展を行う。ヨーロー堂でのインストアイベント、隅田川の川下り、お花見(結局は桜とはタイミングがあわず)などなど。反対に一番苦労したのはコンサート会場であるのは、前にここにも書いたとおり。とはいえ浅草でやることを諦めたくなかった。だって「浅草ヴァサラット」なんだもの。
スタクラは「浅草ヴァサラット」の前にまず取材のためのプロモ来日で東京にやってきて浅草を見学し「あぁ、理解できた」と妙に納得していた。桜が飾ってあると思って近寄ってみればプラスチックの花だったりする。古い、ノスタルジア、でも渋くはなく、妙にアーティフィシャルでチープ。そしてちょっといかがわしい(失礼)浅草の空気がヴァサラットに本当にあっている。
エルノが脱退して団体写真を使えなくなってしまったこともあり、浅草ヴァサラットのチラシの表紙をスタクラのソロ写真にしたら、偉くかっこよかったので私はすごく気に入っていたのだが、スタクラは最後まで「オレのソロ写真はいやだ、バンドの写真を使え」とぐちゃぐちゃ煩かった。「浅草ヴァサラット」というタイトルも「勝手にバンド名を変えるんじゃねぇ!!」と文句を言ってきた。いろんな経緯があるので藤岡さんの写真を使わないと意味がないと私は考えて、これはこう言うコンセプトなんだという私とスタクラは喧嘩になって長いメールの応酬となった。スタクラは特にバンドを取り巻くアイディアについてはなかなか「お前にまかせるよ」と言ってくれるような人ではなかった。で、私たちはすぐ喧嘩になった(笑)。私はすごく頭に来て「こんなに私が頑張っているのにーー」と怒りを爆発させ、周りの友達に「もうあんなバンドは2度とやらない」「私がヴァサラットやりたい、って言ったら、野崎さんあのバンドはもう2度とやらないって前に言ってたじゃないですか、って思い出させて」って言ってまわっていた。
でも浅草に見学にやってきて、ヴァサラットカフェを行う藤岡さんのビルを見て、スタクラは私が言ったすべてを納得したのだった。そういう時、自分が悪かった、とまっすぐに誤ってくれるから、やっぱりスタクラには惚れてしまう。最高に可愛い人だと思う。それにしても普通大人になったら喧嘩とかしないよね。ミュージシャンと仕事をするということは、こんな風に魂と魂のぶつかり合いだ。いや、エゴとエゴといった方がいいのか。こっちがしっかりしていないと向こうは主張の塊だ。あっという間に吹っ飛ばされてしまう。そしてヴァサラットは現地で売っているままにプロモーションしても、まったく箸にも棒にもかからない無名のバンドだ。ここがプロデューサーとしての腕の見せ所なのである。
ところでミュージシャンを説得する最高のトリックをマネージャーやスタッフをやっている皆さんにお伝えしよう。ミュージシャンに「YES」と言わせる最高の方法。それは「こういう企画があるんだけど、おそらくお前にはできないと思う」って話すこと。そうするとミュージシャンはだいたい「そんなことないよ」と言う。その作戦で、いったい私は何人落としてきたことか。その企画が成功して、ミュージシャンとお客さんの両方から喜んでもらえた時、私は心の中でガッツポーズをする。いやはや、やっぱりこの仕事は最高に楽しい。
とはいえ、どんなプロデューサーでもゼロから何も生み出すことはできない。インスピレーションを与えてくれる、素晴らしいアーティストたち(この場合はアラマーイルマン・ヴァサラット、そして藤岡直樹さん)に感謝。
ちなみに私が成功した!と思っているArt Meets Artは、このほかにもフィンランドのスヴェングと漫画家のオノナツメさんのコラボがある。こちらもまた機会があったら改めて紹介していきたい。ミュージシャン同士をコラボさせるよりも、違うアートの人とやった方がクリエイティブになれると思う。あ、でもウォリス・バードと山口洋先輩というのもあったな。あれは音楽同士のコラボだった。というか、あれは魂と魂が出会った瞬間だった。