イシグロXクロサワ『生きる LIVING』を観ました。


イシグロ・ファンとしてはやっぱり見るしかなかった『生きる LIVING』。すごく良かったです。ビル・ナイはこれでオスカーにノミネートされたんだね。素晴らしい。

なので、ビル・ナイを高評価する人が多いのだけど、私はあの若い二人が最高に良いと思った。特に女の子。いや、男の子もいいなぁ! 

あのお葬式での、女の子とナイの息子とのテンションが張り詰めたような窓辺のシーンは、ちょっと「日の名残り」の執事とミス・ケントンの窓辺会話も思い出す。あれもいいシーンだった。

あのシーンで、女の子が目にいっぱい涙を溜めて、抑えた演技がすっごく印象的だった。男の子が時々見せる困惑した表情や、嘘のない笑顔もすごくいい。

まぁ、悪いわけがないですよ。そもそも題材がいい。クロサワの「生きる」は見たことがある。確かに映画史に残る傑作だ。でも見たのは、実は私は割と最近なんだ。

イシグロがこういうのを作っているというニュースを聞いてから見た。見て、まぁ、すごい映画だなぁと思った。さすが世界のクロサワ。作品の圧がすごい。パワーが違う。

でも私はといえば、どっちかというとこういう日本映画のコテコテ感よりも英国のしかも古い時代の、かつイシグロ的なこういう静かな世界の方が好きなのよね。

ロンドンもいいけど、主人公が逃避する場所がボーンマスってのがいいじゃないですか。ボーンマス! ペンショナーの聖地! 

そしてフォートナム&メイソンに行っちゃうこの感じ。夕飯のシェパーズパイと付け合わせの野菜、インゲン豆と、ニンジン。それをみんなで回して銘々皿に取り分けるこの感じ、食器の感じ…すべてがとにかく素敵なのだ。そして山高帽にスーツ、滅多に広げないぴちっと畳まれた傘などなど。オールドファッションな英国…いいわぁ。

イシグロ版では、通勤のシーンを取り入れたのが、すごく良かった。あぁいう若い男の職員ってクロサワ版にも出てたっけ? とにかく人の私生活やいろんなことに干渉しない、お互い距離を取る。そういう公的サラリーマンの世界。

そして仕事では「問題は見てみないふりをする」「自分のやる事はなるべく増やさない」

でもそんな老害にしかならない大人たちを前に、映画の最後に出てきた若い二人のキラキラした笑顔がよかったね。あれは希望だ。あの感じはクロサワ版にはなかった。

ほんとに、特にこの若い彼女の存在は最高にいい。彼女はまともで健全で、役所ないのおじさんたちにニックネームをつけて笑い飛ばす。クロサワ版は、でももっと擦れた感じの役者さんだった。こっちはなんか太陽みたいな子だ。

町山さんが、このLIVINGを評して、イシグロはクロサワ映画を小津テイストで作ったのだ、と言っていたが、それはすごくよくこの映画を説明していると思う。ナイは志村喬よりもちょっと笠智衆みたい、みたいなことを書いていたのにも納得。

この作品においてイシグロの存在はすっごく大きく、彼が気に入るかが制作陣の大きなミッションだったらしい。イシグロを試写室におしこみ、扉を閉めて、一人にし、映画が終わって扉があいた時、イシグロは涙を流して喜んでいたのだという。その時、製作陣は心からホッとしたとか。

それに「命短し〜」の代わりに登場するスコットランドの伝統歌「ナナカマドの木」は、イシグロのご指定で(イシグロは奥さんがスコットランド人)、この曲を変えようと他のスタッフが言ったら「それを聞いたらイシグロは激怒するから、それは絶対になし!」とプロデューサーは慌てたのだという。

どの映画評見てもビル・ナイが歌うヴァージョンにしか言及がないけど、エンディングに流れる印象的なスコットランド民謡「Rowan Tree」はこちら。Lisa Knappというイングランドのフォーク・シンガーが歌ってる。

 

 

そういや購入したパンフレットに書かれていた話によると、この映画の企画を持ち込んだ英国の弱小プロダクションに対して、クロサワ側は「本当か?」と最初は剣もほろろだったらしい。が、イシグロの名前を出したら、態度が変わった。

そしてプロジェクトの途中でもイシグロは本当に関わっているのか証拠を見せろとかプロダクション側に言ってきたらしい。なんか… (以下自粛)

そういうクロサワ側の態度には疑問を抱くけど、作品には罪はない。ちなみにクロサワ版『生きる』は、こちらで見ることができます。You Tubeでもレンタルできる。


集英社のkotoba最新号はイシグロ特集。こちらも要チェックです。すごく内容よかった。

ピーターさんも登場して大森さわこさんと対談。そしてここでも町山さんのイシグロの好きな映画All Timeベスト10など。

読み応えがあるので、おすすめ。 

そしてこれ自慢していい? SWITCH 91年のもの。当時のSWITCH攻めてたよね。アートな感じのモノクロのヘアヌード写真もたくさん掲載されているし、ヴァン・モリソンも掲載されてえる。




普段雑誌はあまり取っておかないのだけど、これはなんか数々の引越しを経て、ずっと持っていた。大江健三郎さんとの対談まで載っている。

こうしてみると、イシグロって私が初めてちゃんとしたファンになった作家なのかも。新作が出れば書って読み…みたいな。そして作品がどんどんよくなる。

同時代にこういう作家がいて、幸せだよなぁ。

しかしこの頃のインタビューでも語っているように、彼は作家より、もともとはミュージシャンになりたかったし、映画にも大きな興味をいだいてきたんだよね。

だから今のこの流れはとても自然だと思う。改めて彼がノーベル文学賞を取ったことが嬉しい。