5年くらい前に初めて入院というものを体験した時「これは本がたくさん読める!」と思ったのだけど、当時、実は私は本が全然読めなかった。ずっと動画みたり、ゲームをしたりしていた。今思えば、軽い鬱状態だったのかもしれない。自分ではそんな自覚はまったくなかったのだけど。
月曜日の手術直前の土曜日に、持ってきた本の中から手に取ったのが、この『ベートヴェン捏造』。土曜日日曜日で半分まで読み、月曜日は朝から手術に入ってしまい、その後の術後の辛い時期にも、なぜか少しずつでも読めたのは、この本が圧倒的に面白いからだと思う。
いやー ほんと、かげはらさん、面白い本をありがとうございました。
この本の購入動機は、すでによく思い出せない。でもたぶんWebメディアFREUDEを運営されてる原典子さんがかげはらさんの連載について告知してらしたのを見たからかもしれない。
FREUDEに連載していただきました、かげはら史帆さんの小説『#さかしまのジゼル』が完結しました。19世紀前半のパリ・オペラ座を舞台に、『ジゼル』を振付した男性バレエダンサー、ジュール・ペローとそのパートナー、カルロッタ・グリジををめぐるストーリー。まとめ読みは👉 https://t.co/7OnMs5PEDr pic.twitter.com/RvptT6wndp
— FREUDE|音楽メディア (@FreudeWeb) April 22, 2023
とにかくスイスイ読める。それに本の装丁の影響もあるのだが、本を読んでいるというより、漫画を読んでいるみたいだった。なんだろう、こう、感情や気持ちを丁寧に追っていく本だから?
あと当時の時代考証とかもあるんだけど、難しいことわからない読者に「つまりこれは当時のSNS」とか、「スーパースターがチャリティ上手なのは昔も一緒!」とか、短い言葉で的確にそのシーンや状況や、あれこれを取り巻くいろんなことが想像できるようにしてくれるのも親切だった。
あぁ、そういうことかぁと、いちいちうなずきながら読んだ。
ベートヴェンの秘書だったアントン・フェリックス・シンドラーの、ベートヴェン会話帳改竄問題。ベートーヴェンは多くの人が知るとおり人生の後半、耳がほとんど聞こえない苦しみの中で生きていた。そこで他の人とコミュニケーションを取るために、手書きのノートを使った。
つまり!! これが、いわゆるリアルな「チャット」なのである…
そのチャットを改竄して、あるところでは書き足して、あるところでは燃やして抹殺して(!)彼は、亡くなった後のベートーヴェンを作り上げた…というわけだ。とにかくそう言う行動にいたるまで、そしてその後も、とにかくすごい展開なのだから、ぜひぜひ読んで、読んで!
この春、わたしがプロモーションをお手伝いした吉原真里さんの『親愛なるレニー』は手紙をベースにしたすごいノンフィクションだったけど、こっちはなんと会話帳なんだから。
それにしてもシンドラー、すごいやつだ。『運命』の「じゃじゃじゃじゃーん」が、彼による後付けイメージだったということはよく知られているよね。
いや、でも、あれ「運命」にしか聞こえないでしょ。辛い「運命」があれよあれよと襲ってくる。それ以外のイメージ、全然思い浮かばないでしょ。
そう、彼は名宣伝マン!? だからか私はこのシンドラーを嫌いになることはできなかった。というのも、自分の中にも彼みたいな要素がまったくないとは言えないのだ。
私の場合、幸いにもミュージシャンになりたいと思ったことは一度もないので(笑)、その程度の差はあるのだろうけれど…
でも「すごい天才がいる」「すごい人と出会ってしまった」というあの感じ。そして、そのすごい天才と同等の立場に自分を置きたい。そういう欲求は、私にとって、弱いわけではない。だからこういう仕事をしている。
単なるファンという立場では絶対にいやだ。彼らの特別な何かになりたい…と。せめてすごい人たちから名前を覚えてもらえるような存在になりたい、と。
私を含む、全プロデューサーの深層心理に、そんな気持ちがあることを、誰もが否定できない。
『運命』だって「運命」って言われなかったら、ヒットしなかったもしれないよ。(そんなことないか)
そして、かげはら先生!! なんと次はニジンスキーの妻であるロモラの話ではないというかー これは、めっちゃ期待。山岸涼子先生の『牧神の午後』は最高に面白かったが、あれにも出てくる彼女。この未曾有の天才の妻となったミーハー女性の真実があきらかになる!?…のか(笑)