公演の前にお腹いたくなっちゃった…
ではなくて、個室にこもりパイプをチューニング中のキリアン。
というわけで(どういうわけで?)連日やっておりますクラウドファンディングの返礼品=リターンの説明の続きです。
<ヴェーセンセット>
今回制作する『ライブ・イン・ジャパン(仮)』のアルバムに、ヴェーセンのアルバム5枚を組み合わせた合計6枚のセットです。
ヴェーセンは、ニッケルハルパというスウェーデンの伝統楽器にヴィオラ、そして12弦ギターという編成。全員2m近い大男たちのトリオ。彼らを来日させようと思った最初のきっかけは2002年ごろ。当時プロモーション来日していたノルウェーのアンビョルグ・リーエン(ハダンゲル・フィドル)と、過去付き合ったボーイフレンドの話題になった時の話。
私が「自分がチビのせいか、でかい男の人が好きなんだよね。180cm以下の男とはつきあったことないわ(ちょっと誇張)」と言ったところ、アンビョルグは言った。
「大きな男性が好きなら、ヴェーセンがいいわよ。全員2m超えよ(こちらもちょっと誇張)」
これだけが理由というわけではないけれど、私の中で、当時ツバをつけていた来日させたいバンドリストの中で、彼らの順位がぐーんとあがったのだった。ぐーーーーーん(笑)
それから先、本当に来日させるまでには、かなり時間がかかったのだが。というのも、彼らはちょうどカルテットからトリオになる時期。パーカッションのアンドレがツアーから退いたりして微妙な時期だった。
なかなか「うん」と言ってくれないヴェーセンに、私はエジンバラの彼らの公演まで押しかけ説得したのだった。リハーサルにまでびったりと張り付き(始めて会ったバンドに図々しいよね…今思うと赤面もの)「絶対に来てください」とお願いしたのだ。
そうこうしているうちに「あんなに言ってくれているんだから、一度試しに行ってみるか」という感じでヴェーセンは来日してくれた。その来日は10回続けることができた。
ちなみにヴェーセンの身長は、ウーロフ(ニッケルハルパ)198cm、ミカエル(ヴィオラ)192cm、ローゲル(ギター)195cmというラインアップ。それを148cmの私が偉そうに引き連れてツアーするのだから、かっこいい。(バンドはアクセサリーではありません・爆)
ラジオ局なんか行った日には、田中美登里さんにめちゃくちゃ褒められるのであった(笑)。それにしてもかっこいいよなぁ。全員弦楽器だというのもいい。
ヴェーセンは私のバンドの中で(ルナサ以外では)一番かっこよかった。でも最近ギタリストが脱退して、ヴェーセンという名前は残しながらも、私が愛していたバンドとは別のバンドになった。もうあのトリオは2度と帰ってこない(のか?)。
ヴェーセンは良かった。最初から割と誰にも触らせないで自分だけで育てた気持ちでいる。3人と彼らの楽器とローゲルがステージで使うミニスピーカーを乗せてタクシーにのると、日本の小さいタクシーは、それだけでいっぱいいっぱいだった。
一番でかいウーロフが前に乗り、ミッケとローゲルの間に挟まれて、私がお尻をのせるスペースは15cmくらいしかなかったが、背中に二人の体温も感じられて、あのフォーメーションは好きだった。
狭いから2台に分けようよというと、彼らはそれを嫌がり(それによってバラバラになるリスクを避けたかったのだろう)みんなで一緒に行動したがった。あの時間はもう帰ってこない。
ヴェーセンはとにかくライブの評判だけで育ててきた。しかも自分の手打ち公演で、自分ですべてのリスクを抱えてやっていた。いや、たくさんの人の助けは得たのだけれど、いわゆる取材とかそういうのもあまりやったことがなかった。インストアみたいなものもやらせたことはない。あ、一回だけ三井ビルで無料のライブやったっけか…
それでも地道に良いライブを重ねることで、動員を着実に伸ばしてきた。またどうせ呼ぶのだからと結構CDの在庫も持っていたけれど、そんなヴェーセンのアルバムも、もう今回で放出してしおう。デュオになった彼らを日本に呼ぶ事はたぶんないだろうから。
こんなに頑張ってプロモーションしてきて育てていたつもりだったのに、バンドなんて入れ込むもんじゃないね!
…と寂しく思いつつも、ほっとしている自分もいるのは確かだ。トリオのヴェーセンの面倒を最後までちゃんと見られたこと。
それまでは1つのツアーが成功すると、「次のライブをどうやって作ろうか」と毎回悩みの連続だった。彼らの日本公演づくりは楽だったことは一度もない。ギャラもかなり払ってあげられたし。
それにしても、昔レコード屋で面白かったのは、ヴェーセンをやりはじめた2003年は、すでにレコード産業はかなり傾いていたからね。最初は本当に苦労した。
当時大変お世話になっていたタワーレコード新宿の篠ちゃんは(お元気ですか? またお会いしたいなぁ)最初の『トリオ』は5枚しか入れてくれなかった。普段なら、うちのリリースは10枚イニシャルでとってくれるのにぃー(笑)
でもベスト盤の頃から20枚いれてくれたように記憶している。
そして私が小さいながらもすでに「ケルト音楽のTHE MUSIC PLANT」という看板を持っていたせいか、ヴェーセンのCDはケルト音楽のコーナーに無情にも入れられていることが多かった。(今でも北欧音楽はケルトだと思っている人も多い。まぁ確かに文化的に重なっている地域もあるのだけれど)
あと面白いことに、チケットを手売りしていたからわかるのだけど、ヴェーセンで来場してくれるお客さんってケルト音楽のお客さんとあまり重ならないんだよね。明らかに客層が被っていない。そんなところもちょっと自慢だった。
だから! この機会に、このクラウドファンディングで、ルナサファンの皆さんにもヴェーセンをぜひ推したいと思う。かっこいいですよ。何せ私が一番愛したバンドですからね。ルナサの次に(笑)
彼らの最後の来日はバンド結成30周年ということで、5日間、プログラムを毎日変えて過去の曲も演奏するという企画だった。あれはいい企画だったよなぁ。
私は当時、大きな病気をして手術の後遺症で体力がなくヘロヘロ状態で、できる後輩のAkikoがツアーの面倒を見てくれた。プランクトンのみなさんは社長から副社長から毎日誰かが会場に来てくれて、椅子の片付けみたいなことまで手伝ってくれた。私は楽屋でずっと寝転びながら音楽を聴いていた。
その彼らの帰国後に出た新作CDにはこんな曲が収められていた。台風のざき(笑)
なんで、うちのバンドはみんな日本ツアーの後にCDを出すんじゃい! 前に出してくれれば会場で売れたものを! ほんと計画性のない奴ら! 誰も何も学びやしない!(笑)
それにしても楽器に愛された男たち。こうしてみるとクリスも背が高いよなぁ。
ルナサのクラウドファンディングで、ぜひぜひヴェーセンのCDもお求めください。