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この鈴木さんと、大好きな上沼恵美子さんが連載を始めたおかげで、最近はスーパーに行った時、一緒に週刊文春を買う率がぐんと高くなった。鈴木さんの連載ページ、これがめちゃくちゃ面白い。
なので、この本、めっちゃ期待して買った。で、結果は、文春のあの爆笑コラムとはだいぶ違う内容だったけど、充実の一冊ではあった。ただ買って幻冬社だったのには、ややがっくりした。まぁ、でも作品に罪はないからね…
まぁ、とても読みやすい本ですよ。めちゃくちゃスイスイ読めて、あっという間で2日くらいで読破。
最近思うのは、仕事を辞める時、引退する時。いきなり辞めるではなく「〜までにやめます」と宣言してから辞める人が多くなったなということ。
バンドとかもそうだ。「〜日までは活動します」とか。かくいう私もその一人なのだが…。
私も2026年に60歳になった秋くらいに引退を予定しているし、それをそこここで言っている。…のだが、あまり周りに伝わってないようだけど。いや、ほんとに辞めますから、わたし。もう十分働きました。あとはゆっくり編み物やピアノの練習がしたい!
いつまでもあると思うなTHE MUSIC PLANT(笑)というか、皆さん、もうウチの公演やイベントはこれが最後だと思って、ぜひいらしてください。
それはともかく、なんで引退を前もって宣言しておくかというと、その理由は明確で、続けることで人に迷惑をかけたくないからだ。
ソフト・ランディングすることで、なんとかうまく業界からフェイドアウトしたい、そういうことなのよ。黙ってると、未来の仕事はどんどん入ってきてしまう。今だってツアーのブッキングは来年の末まで埋まっている。もう止めないと。
なので、今、やんわりと自分が担当したアーティストやプロジェクトを引き継いでもらえる人がいないか、あれこれ模索中なのであった。でもなかなかそれが上手くいかない。
事業としてまるっとTHE MUSIC PLANT全部渡すことができる人がいないのが、ちょっと残念だけど、まぁ、それはそれで仕方ないよね。でもTHE MUSIC PLANTの名前は残る必要はないから、それは別にどうでもいいのだ。
ただまだまだ活動できるだろう数組の若いアーティストと、「ケルト市」みたいなプロジェクトの名前は残したい…という思いはある。
とはいえ、赤字なプロジェクトが多いし、お金になるクライアント案件は、オフィスというよりも私個人に向けて入ってくるので、これまた引き継ぐのが難しい。
「あともう一回呼びたい」と思ってきたバンドやアーティストは、この2年半で実行して終わらせていかないといけない。
こんな私のレベルですら、そうなんだから、芸能人やまともに仕事してる人なら、当然だよね。周りに迷惑をかけないように、スケジュールを提示して引退を宣言する。当然のことだと思う。
引退したあとは… まぁ、お金にならなくていいので、誰かの手伝いをするか世の中のためになるような仕事をしたいとやんわりと考えている。社会活動家とか、どっかの企業のシニア・インターンとかもいいかも!?(と夢は広がる)
先日「市町村の議員になりたい」と冗談半分でつぶやいたら「町村議員は低報酬、退職金無し、年金は国民年金、4年毎の選挙」みないなメンションを飛ばしてきた人がいて「おいおい、議員になる目的は報酬、退職金、厚生年金と、身分の安定なのかよ」とマジで思ったよ。
まぁ、それは置いておいて。
…と言うわけで、この本ですよ。
で、読んで思った。やっぱり仕事は引き際が肝心だな、と。
私は若いころ、仕事ができないと言われている人を散々心の中で馬鹿にしてきた。特に若いころはそれがひどかった。世の中の、特におじさんたちは、どうしてこんなに仕事をしないのだろう。会社に来て、新聞読んで、そしてまた帰っていく仕事しないおじさんたち。
自分が仕事しないのであれば、若い奴に美味しい人脈を紹介するとか、そういうことがあってもよいだろうに、若い奴が活躍するとそういうおじさんたちは嫌味を言う。もうそういう例を死ぬほど見てきた。
いつだったか同僚のおじさんに言われた。「あんまり頑張るのはよくないよ」と。まったくもって頭にくる。今でも怒っている。まぁ、そのおじさんは私を心配して言ってくれたんだろうけど、私が知っている中でも最も仕事しないおじさんだったから、余計に…(以下自粛)
私はといえば、そういう仕事をしない人、できない人に対する態度がひどかった。本当に心から怒っていた。今は、もう年取ったから、表には出さないけど、今でも自分の中にそういう感情は絶対にあると思う。だから仕事の質が劣化してきて間違ったりする自分が許せないのだ。
それにしても、会社にいると自分ばかりが損をしているように思われてたえられなかった。仕事をすればするほど損をする。あの悔しい気持ちは今でもありありと思い出せる。
だから反対に、自分のレベルが落ちたり、仕事上でミスをしたり、大切なことを忘れたりして仕事上で人に迷惑をかける自分は許せない。
と同時に、そうやって自分で決められる幸せも噛み締めている。だいたいの事業は経済的理由や健康上の理由で、外側からの理由でやめないといけない…ということもあるからだ。自分で決められるのはなんて幸せなんだろう。幸せな間になんとかしたい。
もちろん仕事によっては、歳をとってからもできる職業は多い。もしくは優秀なアシスタントに全部まかせる、とか方法はあるだろう。でも私の今のこの仕事は、若くて相当行動的でないと難しいと思う。
確かにツアーの現場をやってくれるアシスタントはいる。でも新しい仕事を作れるスタッフがいないんだよね。これが致命的なのだ。
常に時間的にも超過労働だし、相当自分を犠牲にしないとやっていけない。マメマメと効果がないようなことでもしないといけないし、常に緊張して気持ちをフォーカスしていないと、本当に致命的な大きなミスにつながってしまう。
でも経済的に必要がないのであれば、もう60過ぎたら仕事やめていいと思うんだよね。
あとは、まぁ、昔みたいにときめくバンドを見つけられなくなったってのも大きい。
今、めっちゃ素敵な新しいバンドと出会えたら、おそらく何をおいてでも私は仕事をしただろう。でも私の中にもうそういう情熱はない。あるのは長く仕事をしてきて、お世話になったという長年つれそった夫婦みたいな愛情があるバンドたちだけだ。
これ以上仕事したところで、ルナサやマーティン・ヘイズのレベルのケルト音楽は見つからないだろうし、ヴェーセンみたいなバンドにも出会えないだろう。そんなのはもう不可能に近い。
反対に彼ら以上の音楽が見つけられれば、私はすぐにでもギアが入って、引退を撤回することになるのかもしれないが。
話題がそれた。この本に話題を戻すと、面白かったのは後輩の放送作家の話。
「実はあの頃、こういう態度のおさむさんに僕はムッとしてました」「それを今の自分の番組(You Tubeで結構人気)で告白していいですか」というメールを後輩からもらったというエピソード。
それに対しておさむさんは、「いいね、おもしろいよ。それぜひやって」と快諾したそうだ。それって、すごくいい! それこそ、その後輩さんが望んでいた答えだったのだ、と。
そして誰が抜けても業界はそのまま変わらないのだ。自分の代わりはきっといる。それを著者も強調していた。
あ、そうそう、あとこの本はかなりサラリーマン向け、雇われてる人向けに書かれたのかもしれないと思った。サラリーマンになって出世街道がどうとか、そういう内容の話が多いから。
でも、いや、マジでフリーでぷらぷら自分の好きなことするよりも、組織の中で力を発揮することの方が、その何倍も難しいだろうなと、私なんぞは思うのだが、でも所詮サラリーマンはサラリーマンなのよね。身も蓋もないこと言っちゃうと。
給料が毎月定期に入ってくることで、緊張感や危機感がない人は間違いなく「さぼる」「楽をする」。私だってサラリーマン時代は、仕事のやる気がある時期とない時期といったりきたりしてた。そこが悲しいところだ。
たぶん鈴木さんは一緒に仕事するテレビ局やプロダクションの人間を見ていて、いろいろ思ったんだと思う。この本は彼らに対する、鈴木さんの警告なのかも。
サラリーマンねぇ… もちろん給料が定期的に支払われるなんて、と羨ましくなることもあるが、いや、でも私は勘弁したい。私にとっては、定期収入なんかよりも、自分の自由の方が100倍大事だから。そしてその自由の責任は自分で取る。それにつきる。
でも鈴木さんのこの本を読むと、ほんとダラダラと無難に仕事しているサラリーマンって、日本においてはとても多いんだろうなとちょっと想像する。
もっとも、普通に学校に行くように会社に来て、日々の時間をすごし、帰っていくことで普通の人は普通に生活できる…というような社会にしないといけないということも、これまた事実なわけで。
まぁ、でも本当の私の鈴木さんに対する期待は文春のあの連載の書籍化だよなぁ。楽しみ。というわけで、文春の連載をまとめたやつが出ることを発見。そちらも注文しました。楽しみ。