メアリー・ブラック物語 9

スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学のスピーチで「Connecting dots」と言った。人生においては、何が役に立つか分からない。とにかくその時その時を頑張って生きなさい、それが今は分からないだろうけれど、新しい人生をリードしてくれるものなのだから…という意味だ。確かに何が人生におけるdotsになるであろうかという事は、もちろん前もってはまったく分からない。私はジョブズの事は宗教みたいに信仰しているが、でも、それはこじつけでしかないよな、とも思ってシニカルに見ている。ジョブズは大好きなのだが、人はなんとかそうやって人生は意味のあるものなんだ、と思いたがる、という事だ。私もそういうバカな一人。それだけだ。だからいろんなことに必要以上に感情移入する自分は面白いなぁ、とも思っているんだ、自分で。

谷川俊太郎さんだっけ。「人生に意味などない。味わいなさい」って言ったのは… 

全然関係ないが当時のメアリーのアメリカでのレコード会社ギフトホースは、このものすごい音源を世に送り出したすごいレーベルだ。メアリーと契約して、ずっと何年も後のことである。エヴァ・キャシディ。若くして亡くなった伝説の歌手。



ビルがこの音源を発見したときのことはよく覚えている。当然日本にもアプローチが来たが私は当時レーベルはまだ初めてなかったし、他のレコード会社に売り込むも上手くいかず… 最終的に日本ではリリースを決めることは出来なかった。そうこうしているうちにアメリカで空前のヒットになり、その後は私が知っているだけでも、4、5社が日本でリリースしたいと動き始めた。おそらく日本人で唯一ビルに直接会ったことのある数少ない人間として、私も人に頼まれて、ビルに何度かアプローチしたが、ちゃんとした返事は来なかったね。ちょっとあまりにヒットしすぎて、人生がまるで変わっちゃったんだと思う。残念。そういうわけで今だにこの音源は日本でちゃんと発売になっていない。でもこのものすごい名演を知っている人は多い。メアリーはギフトホースにしばらく所属していたが、このあと出てくるグレイプヴァインというレーベルのチームによってカーヴレコードに移籍になった。そのへんの段取りがどんな感じだったのか、私は詳しいことは知らない。でも今、メアリーはまたギフトホースに戻り2年前に出た最新アルバムもここからリリースされている。またギフトホースは昨年だかいつだか割と最近ヴェーセンのローゲルがプロデュースしたキャシー・ジョーダン(ダーヴィッシュ)のソロもリリースした。あいかわらず女性ヴォーカルが好きなんだねぇ…

アメリカではそんな感じだったが、一方でメアリーを英国で売り出そうと奮闘している人たちもいた。グレイプヴァインというレーベルを立ち上げたパディとスティーブだ。グレイプヴァインは一時、相当ブイブイいっていた。彼らはそういえばメアリーの2度目の来日のときに一緒にやってきて数日コンサートを観て帰った。実際、二人が関わるようになってからメアリーの英国でのツアーの規模は格段に大きくなり、彼らは相当成功しているように見えた。でもパディは…なんというかファーストクラスで出張しちゃうタイプで、いっつも高いスーツを着ていたし高級車に乗っちゃう人だった。真面目に地味な音楽を長期的にプロモーションする感じではなかった。私は普通に仲良くしていたが、シャロン・シャノンの初来日時にベスト盤のリリースをするために連絡を取ったところ、なぜか彼らはまったく私のFAXに返事をくれず、またスティーブの方はあることないこと言いがかりをつけてきたので、私もブチ切れて、それから連絡は途絶えた。シャロンのベスト盤は無事リリースすることが出来たがバンダイさんには迷惑をかけちゃったよねー。…とか思ってたら、やっぱり悪い奴には罰が下るらしくグレイプヴァインは、その後、事業がたちいかなくなり別の会社に売られていった。グレイプヴァインが消滅した後、パディはどういう道を辿ったのか分からないが、今は前の奥さん(素敵な人だったのに)と別れ、カリヴで金髪の美女と結婚して?良く分からない音楽をやっている。最近FBで再会しサンプルをこっちに送ってきたりもしていたが……ジャンルが違うし!(笑) いくら有名な人でもジャンル違うと私にやれることはないんだよね。せめて私が今何をやってるかホームページ見てから売り込んできてほしいものよの…。会社解散時にパディとはけんか別れになったらしいスティーブの方はそれでもまだ音楽業界にいるようだが、少なくとも私の視界にはまったく入ってこない。今、どうしているんだろう。

この世界、ホント来る人が来て、去る人は去って行く。消える人はどんどん消えていく。だから今回メアリーの最後の来日がちゃんと準備できて、ベスト盤がリリースできて、きちんと終われることの幸せったらないよな、と思う。これは長くアーティストを最初から何度も来日させて長く付き合った経験がないと分からないだろうなー。特に洋楽なんて、こっちとはまったく関係ないところでアーティストは活動しているしね。これだけ来日アーティストがたくさんいる中でも、6回もちゃんと来日できたなんてホント素晴らしいと思うよ。実際続けたくても事業が立ち行かなくなったり、かたっぽが病気になったり、またはビジネスがそれを許さない規模までずれたり… いろいろある。だから今回、メアリーの日本デビューから引退まできちんと関われた私は本当に幸せだな、と思うのである。こんなの、ちゃんと長期的にプロジェクトをやった人じゃないと分からんだろうが(笑)

話がそれた。

まぁ、そんなわけで旅行代理店に勤務しながらも、私は結構メアリーに会いにあちこち飛び回っていた。で、アメリカだかUKだかオーストラリアだか… もう忘れてしまったが呑みの席でメアリーに言われたのだ。「ヨーコが辞めたから私は日本に行けてない。また行きたい」と。メアリーは単に軽く言ったのだと思うが、私はこれを結構真剣に捉えた。私が辞めたレコード会社は普通に「ホーリー・グラウンド」をリリースしていたけど、やっぱりプロモーションしなきゃ売れるわけがないよね。「ホーリー・グラウンド」のライナーには来日も決定している、とか勝手な事が書かれていたけど。頑張って責任もって決める奴がいなけりゃ決まるわけがない。CDのリリースの簡単さに比べたら、来日はうんとリスキーな大変な事業だ。

日本ではそんなわけで盛り下がったと思う「ホーリーグラウンド」だが、一方メアリーのアイルランドの人気はものすごいものになっていた。一番大きな会場であるポイントを5日間ソールドアウトにしたのは、メアリーが初めてだった思う。でも決していい時期だっというわけはなく、この時の自分の音楽活動のプレッシャーと言ったらなかった、とメアリーは回想している。

実は「ホーリー・グラウンド」のちょっと前にメアリーはA WOMAN'S HEARTというアイルランドの女性アーティストを集めたコンピレーションアルバムをヒットさせていた。ここにはエリノア・シャンリーのテーマ曲を中心にドロレス・ケーンやモーラ・オコンネル、シャロン・シャノンなどが紹介され、アイルランドのレコード市場始まって以来の空前のヒットとなっていた。なんと75万枚。人口350万人(当時)。そして15,000枚売れればプラチナというアイルランド市場でこれは異常な数字である。



「ホーリー・グランド」のアルバムから「Summer Sent You」ノエル・ブラジルのペンによる名曲中の名曲。それにしてもここでもパットのキーボードがほんとに素晴らしい。




メアリー・ブラック再来日決定。5月19、20日。コットンクラブにて。詳細はこちら。4月23日に私がライナーを書き選曲もしたメアリーのベスト盤が出ます。