阿部直美「おべんとうの時間がきらいだった」を読みました


なんかパンチのあるものが読みたい…シリーズ(笑)。というわけでこちらも本の雑誌社、杉江さんのツイートにひっぱられてポチり。到着した翌日に読んであっという間に読了。

『翼の王国』に連載の「おべんとうの時間」のライター、阿部直美さんのエッセイ。

なかなかパワフルな一冊だった。前半はとにかく読んでてつらかった。子供のころの家庭環境には、かなりの暴力や暴言もあり相当ひどい。ひたすらわがままな父親、人生あきらめちゃってる愚痴ばっかり言ってる母親。著者は70年生まれで私より4つ下だが、うーん… 

私も同じ世代だが、おかげ様でウチの親は夫婦仲が良いとは特に思えなかったけど、父親も母親も一応子供の前ではしっかり大人だった。父親はあまりうるさくいわない方だったが怒ると迫力があり、母親は口うるさく、子供のころは母親にはよくひっぱたかれていた。(もちろん暴力というほどではない)父親はさすがに学校の教員をしていて子供を叩くのはよくないことだという認識があったようで、父親にたたかれた記憶はあまりない。まったくなかったかもしれない。とにかくウチの親の世代はそうやって子育てするのが普通だったのだと思う。

そして私はお弁当は実は自分で詰めてたな。母親も働いてて朝から忙しそうだったから、おかずを作ってくれはしたが、自分で詰めてた。だから「母のお弁当」という思い出はない。そのことについてあまり感慨はないが、だからといって愛情を受けていないとは思わなかった。一方この著者はお弁当を毎朝母親に作ってもらっているのだし、愛情の伝わり方って、でもそういうことではないんだなと思う。子育てって難しいね。

が、それにしても父親の方はひどい。暴君もいいとこ。酒飲みの親というのは、こういうものなのか… 。まぁ、この世代の父親母親なんて、こんなもんだったろうなというのはある。で、著者である娘はとっとと家を出て編集の仕事につく。勝手に会社を辞めた時も、いい大人になった娘に対して父親の猛反対と暴言に振り回される。ま、でももう養ってもらっているわけではないわけだから、そんな話を聞く必要もないと思うけどねぇ。でもって、そうしていくうちにパートナーであるカメラマンと出会い(このパートナーが最高に素敵)、娘が生まれ、そして夫と二人で「おべんとうの時間」を生み出していく過程が描かれている。

しかしJALの機内誌はなんどか読んでいるが、あっちがまるで記憶に残らないのに全日空の『翼の王国』は印象的で良い雑誌だ。本当にいい記事が多い。だからANAに乗れば、いつも一応ひととおり機内誌に目を通すようにしている。ピーター・バラカンさんがエッセイを掲載していたこともあったっけ。その『翼の王国』の中でもっとも印象的な連載が「おべんとうの時間」だ。知らない人はいないと思うけど、念のため説明すると本当に普通の人の普通のお弁当を撮影し、その人のインタビューを掲載していくという連載だ。3ページほどだったかな。お弁当の写真がどーんと1ページに掲載され、あとはその人のポートレートと取材記事。結局それが評判を呼び、書籍になり、本もシリーズ化したくさん売れている。確かにあの連載は印象的だしとても素敵だ。

最初あれは編集部か代理店の人が企画をうちたて、そこでライターとカメラマン雇って作っているものだと思っていた。ところがそうではない。これはカメラマンの夫が長年撮り続け、そして妻がそれを取材し二人で写真展か写真集にしようと思っていた彼ら自身の企画なのである。だからか。だから説得力が違うんだな。

確かにそれがなかったら、あんなにパワフルなページは作れないよなぁ。ページ一面に載った写真のお弁当は誇らしく、そこからその人のすべてが、作った人・食べる人のすべてが表現されているようだ。そしてそれに寄りそう文章も「こんな人生があるんだ」と本当に考えさせられる素晴らしいクオリティだ。これはカメラマンとライターの夫婦があたためてきた企画が、たまたま写真集として持ち込んだ出版社において、これまたたまたま系列の編集プロダクションが「翼の王国」のコンペに勝ってクライアントを得たことからつながっている。

そうそう、著者の言うとおり、確かに子供の弁当はあの連載では見たことがあない。子供のお弁当は家庭環境があからさまに見えるし、子供にはそれ(家庭環境)を選べないからだ。

今でこそロックミュージシャンがお弁当の写真集を出し、インスタやSNSでお弁当の写真がシェアされる時代だが、この連載が始まった当時はまだ時代がまるで違う。

でもそんな人気連載のライターさんが、こういう人生を歩んできたなんて…

とにかく前半は暗いながらも、著者はアメリカ、仕事、結婚、出産…と自分で進むべき道を選んでいくことで自分の人生を確立し、親からも自立し、夫の視線を通して自分の両親のことも暖かく見守れるようになったのだ。だからこの本が書けた。嫌だった父親との存在も夫の「いいなぁ! お父さん」と何でもポジティブに捉える彼の態度によって、少しずつ癒され浄化されていく。お父さんがなくなり、この本の執筆にあたっては、お母さんは「なんでもお前の好きなように書いていいよ」と著者に言ってくれたそうだ。

いずれにしても、ぐいぐい読ませるパワフルな本。久々に一晩で読んでしまった。読み終わったら午前1時で、こりゃやばいとあわてて寝た。強力におすすめしたい一冊です。

PS そうそう、著者がアメリカに留学する件はすごく面白く読んだ。私も19, 20歳で行ったイギリスのことをあれこれもっと詳細に思い出せたらいいのになぁ、と羨ましくも思う。彼女は日記をつけていたからこれだけ詳細に書くことができたのだ、という。私は全然日記つけてなかったしなぁ。もったいなかったよなぁ。あのほんの数週間の夏休み語学留学には、いろんな思いがある。初めて自分が何をしたいのか真剣に考えたこと。英語がしゃべれないと全然だめだめだということ。英語がしゃべれたとしても話すことが自分にまるでないこと。男女の違い。英国における徹底したフェアの精神。個人が尊重される社会。ちょっとした恋心など(笑)学んだことはたくさんある。それにしても若いうちに海外は出ておくべき。あ、また「べき」って言っちゃった。でも重要なことだよ、まじで。