篠崎弘さん『洋楽マン列伝』を読みました。


この本のことは結構前から知っていた。最近亡くなったキングレコードの元上司が掲載されていることも知っていた。でも買わなかった。先日、音楽業界内の女性(私より少し年上)と話をした時「わたし、こういう本って読む気しないわ」と彼女はすぐさまに言ったが、本当にそのとおり。私もずっとそう考えてきた。

こういう本を読んで喜ぶのはいわゆる往年のロック・ファンだと思う。ページをめくれば70年代の典型的業界オヤジ(この表紙のイラストにもある)たちが著名ミュージシャンと肩を組んでいる写真が掲載されている。また来日裏話なども満載で、こういうネタを喜ぶ音楽ファンはたくさんいると想像するのだが、特に同じ業界内で働いてきた者、また特に女性の目からすれば、話は単純にはいかない。この手のオヤジの昔自慢話は、聞いても読んでも気分が良くなるものではないとタイトルからして想像できるからだ。

まず、とにかく女性がまったく紹介されていない(「洋楽マン」だからしょうがないのか)。情報が今よりうんと少なく、いわゆる音楽業界にいることの特権意識が高かったあの頃。音楽業界は、今よりもずっと大衆をコントロールできた。そんなラッキー時代にたまたま巨大アーティストたちを担当したオヤジたちから、音楽業界がよかったころの自慢話を聞きたところで、いったい私になんの意味があるのだろうか。

いや、何度も言うが音楽ファンはたぶん喜んで読む本ではありますよ、これ。

と、まぁ、散々な書き出しだが、最近元上司が70歳でなくなって、彼のことをこの本がどう書いているかを知りたくなり思わずポチってしまった。私も彼が亡くなってちょっと寂しく思ったのかもしれない。でも亡くなったからといって私は人の評価を急に高くすることは絶対にない。今でもその上司のことはとてもドライに見ている。

とにかく良くも悪くも風呂敷を広げるのが大好きな人だった。また別の人との話題で盛り上がったんだけど、同じレコード会社内でも「あの人はできないことを決してできるとは言わなかった。それだけで本当に助かった」とか、「あの人はちゃんとしていた。あの人はきちんとしてくれた」という評価の高い人もいることはいるのだ。でもそう言う人たちは、こういう本には登場しない。音楽業界ってほんといやなところだな。真面目に働くだけ損だな、いい加減なんだなと、つくづぐ学んだ私のメーカー勤務時代だった。

さて散々な前振りだけど(笑)、いや、実際読んでみたら、それほど気分が悪くなる本というわけでもなかった。確かにいわゆる典型的業界伝説の「洋楽マン」石坂さんも晩年のインタビューにはがっかりさせられた(過去にブログに書いた)し、この本に出てくる人で自分もリアルに知っている人が何人かいるが、私は正直、結構ドライな目で見ている。

しかし!! 特にこの本を読んで超感動した人が一人いる。それは、元キングレコードの寒梅さん。寒梅さんは私が入社したころはすでにとっくに会社を移っていた。それでも前から会社にいる人たちが寒梅さん、寒梅さんとよく話題にしているのでお名前は当然知っていた。(それにしてもカンバイさんは漢字でこう書くんだというのも初めて知った)

寒梅さん=カーペンターズという図式が業界内ばっちりできあがっているのだけど、寒梅さんの「カーペンターズなんて押すのも恥ずかしかった」という発言には、もう私はひっくり返ってしまった。他のレコ社がピンクフロイド、ツェッペリン、エルトン・ジョンと本格的な音楽を紹介してかっこいいものを推しているのに、自分はポップで良い意味でも悪い意味でもゆるいカーペンターズ。いや、カーペンターズが悪いといっているわけではないけど、このブログを読む人も寒梅さんの、私の言いたいはわかるでしょう? いや、いい!! 寒梅さん、いいよ!! ただその寒梅さんも道路工事のおじさんが「イエスタディ・ワンスモア」を鼻歌で歌っているのを目撃してうれしくなった、とこの本では語っている。あぁ、こういう音楽ビジネスマン体験話、私にもある!! めっちゃ共感する! 一度お会いしたいなぁ。

と、まぁ、こんな風に寒梅さんの話は興味深く読んだ。また寒梅さんはハンコ押しだけのために業界にとどまることを良しとせず、今はいろんな「バイト」を経て、教育関係の医療関係の仕事をされているという。かっこいい。かっこいいよーー!

そんなふうに寒梅さんと他数名以外は正直、共感度は薄かったが、それでも例えば、ミュージシャンから来日したからといって意味もなくレコ社の人間がゾロゾロついていくのは意味がない、と断言する骨のある人もいたり、いい事言うオヤジだなと思う人もいないではなかった。かと思うと、あの時上司はあぁいったけど、俺はこう思った。上司に反抗してこうしたらヒットした…みたいな話には、いい歳して、まだこんなこと今でも文句言ってるなんて、ちっちゃすぎるだろ……半ばあきれたり(笑)。

でも例えばキングレコードを退社されてスイートベイジルに行かれた川島重行さんとか、業界内でも本当に尊敬できる人はたくさんいるのに、そういう人が載っていないのは残念だと思った。社外・社内では地味だったけど、女性スタッフに親切にしてくれた人も。でもそんなのは本当に一部で、私が仕事で成果をあげるとその成果を横取りしたり、私をいいように利用しようとしていたりオヤジが多いのを私は敏感に感じ取っていた。まぁ、彼らにしてみたら女性スタッフ…というか若いスタッフの使い方も経験が少なく手探りだったのかもしれない。いずれにしても私は限られた人たちを別にして、所謂業界オヤジたちを高く評価していない。

音楽業界っていい加減なもの…そう教えてくれた世代の人たちではあった。今の若い人たちは、もっときちんとしている。音楽業界も少しずつ前進している…と思いたいけど、正直ビジネスとしては音楽ビジネスは明らかに後退しており、仕事ができる人ほど業界を離れてしまうのが現状だ。本当に難しい。

顧客への情報量が圧倒的に少ないから、音楽業界はうるおっていた。知らないこと=幸せなことという時代だった。でも時代はもう違う。情報量は多く、ユニクロの柳井さんの発言が話題になっているが、ビジネスで成功し、それなりのポジションである人は、きちんとした世の中をよくしていこうという確固たる信念と具体的な言動が求められる。また1リスナーとしたら、これ以上最高の時代はない。いい世の中になってきたと思う。

そうそう、この本の中で複数の洋楽おじさんが「今の洋楽界で働く連中はかわいそう。自分で何も選べず、海外からの指示を受けるだけで自分の知恵も工夫も求められない」と発言しているのは興味深いと思った。それは私もとても感じていることだ。音楽業界で働くなら、自分でアーティストを選ぶ権利を手放してはダメだ。そこだけは「自分の自由」が、「自分自身が発揮できる場所」だからだ。あとは単なる拷問でしかないんだよ、この仕事。

今は医療関係の仕事をされているという横山東洋夫さんの発言も良かった。箱根アフロディーテにピンク・フロイドを呼んだ人。ディープ・パープルの招聘などにもかかわった。売れるからやった、とかなり明確に発言しているところなど、とても明快。「タレントを育て上げ、イニシアティブを持って何かを作り上げていくのが呼び屋。海外の手下で会場を手配してただコンサートの代行をやる、今の興行の世界にはなんの魅力も感じない」とバッサリいいつつも、アイルランド人のロリー・ギャラガー(ギャラハーだと思うけど、当時はGのスペルに引っ張られてこう呼んでたよね…)の話題が出て「アイルランドの田舎から出てきた純朴な人」という高評価(笑)。なんか嬉しいね。

さて、最後にこの本を書いている篠崎さんというお名前も、メーカー勤務時代の私にとってはとても大きな存在だった。「朝日新聞の篠崎さん」という名前がメーカー勤務時代の会議に出ない日はない。それに当時は実際に朝日に載れば売り上げに大きく影響があったのも事実。その、洋楽界に大きく影響力を持つ篠崎さんがワールド・ミュージックというジャンルを応援してくださったのも素晴らしいことだった。最後にそんなことをとても謙虚に書いてらっしゃる(篠崎さんのところだけフォントが小さい)ご自身に関するコーナーで、例えば新聞社としては公平な視点を失わないようにということと、自分はアーティストと一緒に写真は取らないという記述が出てきて嬉しくなった。

と、まぁ、そんな感想だ。これ以上書くとあとは「これは違う」「この人ラッキーだっただけじゃん」「単なるコネじゃん」「予算があったからじゃん」「自分の功績って言っているけど、全然違うじゃん」とかツッコミはじめちゃうので、このくらいにしておく。

興味ある方はぜひ読んでみてください。

そんなわけで、私は一緒に仕事するアーティストは自分で選ぶ! ペッテリ・サリオラ。昨日の夜、TOKYO SCREENINGの本番の日の夢をみた。なぜか私は会場に遅れて行き、行ったら知らないスタッフが勝手に知らない物販を売っていた。ペッテリのイラストが描かれたTシャツだった。こっちが苦労して作っているイベントにこれはないだろ、これは会場に大クレームだと意気込んだところで目がさめた。やばい、本番に対する筋肉が落ちているのかも…。小さなイベントなのにプレッシャー大。これだから仕事はストップせず、働いていかないとと思う。

というわけで細々とでも何かやっていくべし。ペッテリ、頑張ろうね!! 本日午後たぶんDM打ちまーす。4月20日(火)代官山のライブハウスにて。詳細はここ。