過去の過ちを許せるのか、許されるのか

この映画、ご覧になった方いますか? だいぶ前に公開された映画。日本での評判ってどうだったんだっけ? 私は割と最近ネットで見ました。


先の対戦での日本軍の最低ぶりが描かれている。日本人ってそうなのよ。普段は気が小さく何もできないくせに集団になると権力とか振りかざし、上下関係が絶対で、軍隊という形に親和性が高いというか、もう最低なんである。いくら相手側を打ちまかし占領したとしても捕虜の人権とか本来は守るのが国際法であって、必要以上の虐待を加えた日本軍は許されるものではない。

この映画は英国人である主人公が書いたノン・フィクションがベースになっている。最後、二人は死ぬまで交流を深めたわけだけど、とにかくそこにいたるまでの本当に苦しい道のりが描かれている。許す方も本当にギリギリだ。なんとか怒りを押さえこもうとし、憤りをなんとか乗り越えようととにかく必死にもがく。許されたい方も、本当に後悔と罪の意識に襲われ、押しつぶされそうになっていく。許す方も、許してもらいたい方も本当に辛い。それでも生きていくからには「相手を許し許されなくてはいけない」。まぁ、俳優としての軍配は真田広之よりもコリン・ファースの方にあがっていると思うけど、本当に良い映画だった。

最近渋谷系のミュージシャンの方がオリンピックの何かに起用されたが、過去に彼が雑誌で語っていた目を覆いたくなるようなひどいいじめをまったく反省していないということが話題になっている。

…と思っていたら本人からの謝罪文が出た。なんか… こういうのってタイミングの方が、謝罪文の内容同様に大事で、残念ながら今、ここで彼が真摯に謝罪の気持ちを持ったとしても、まるで効果がないのは明らかだ。残念ながら。会って謝りたいとか言うけれど、向こうはもう思い出したくもないと思っているかもしれない。また「発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが」とか言い訳しているのも気になる。

そもそもこの彼のインタビューを載せた媒体も悪いと思う。…と思ってたら、媒体からも謝罪でたね… でもほんとこれ、関係者がどうしてこの記事をゴーしたのかが、一番理解に苦しむよ。90年代ってそういう時代だったっけ? もううろ覚えだが、当時としても問題だったと思うけど… それにしても取材相手に「事実と異なる内容」なんて書かれて、それについての言及がないのにも???

メジャーで売れている人でも、新譜が出たり宣伝したい公演でもあれば、基本的にやたらメディアに出たがる。…というか、本人はいやがっても、スタッフは媒体に露出させようと試みる。まぁ、つまりそれだけ大衆はメディアに振り回せるということなのだ。残念ながら選挙だって、どんな人物でも媒体露出量が高い人が票を集める。悔しいが。

でもミュージシャンやアート系の表現者の場合、何がなんでも露出されれば良いというマネジメントの考え方にも、実は問題があるのではないかと私は常日頃思っているのだ。もちろん本人の宣伝のタイミングで出演やインタビューされれば、タイアップということでギャラは払わなくてもいいという業界の慣習に音楽業界全体が乗っかっているということもあるのだが、それにしても音楽だけやっていれば最高なのに、インタビューで口を開くと印象が悪くなるビックアーティストって驚くほど多い。具体的な名前はあげないけど、ここを読んでくれている方たちもわかるよね…

そういう人は黙って沈黙をまもりインタビューなどは受けない方がいいんじゃないかと思う。ミステリアスに売るとか、写真だけ露出させるとか? ウチみたいな小さい事務所だって、こいつはインタビュー上手くないからインタビューはよほどのことがないかぎりやらないという方針でやっているミュージシャンは結構いる。例えばヴェーセンなんかは、あまりインタビューを受けさせないでプロフィールを作ってきた。10回の来日のうちインタビューに重きをおいた来日は1回くらいじゃないか。断ったことすらある。一方でヤヌシュ・プルシノフスキみたいな音楽は理解が非常に難しいがストーリーは抜群に面白い。これは「語り」があって理解される音楽であり彼の言葉にも力がある。これは無理してでもやる価値がある。…等々、うちみたいな事務所でも「方針」みたいなものがあるのだ。なんでもかんでも取材をすれば良い…というわけではない。まぁ、あとインタビューは通訳代、場所代、そして時間手間暇、コストがとても高いという理由もあるんだけど(笑)

そういう戦略がちゃんとこのミュージシャンの方、そして彼の良さも悪さも理解していたはずの周りにいたスタッフの人々にきちんとあったのかも疑問が残る。(な〜んて私なんぞが偉そうに! きっと一流の素晴らしいスタッフの皆さんがついていたのだろうから、私なんぞが何を言えたことか…だよね・笑 でも事業のサイズはさておき、なんでもちゃんと方針を持ってやった方がいいってことだとは思う)

該当の記事はすべて読んでいないが、彼を擁護するわけじゃないけれど、この記事の場合、記者や媒体に対するウケ狙い(それはそれで最低だけど)もあったんじゃないかな。媒体は…  媒体はそういう売れている人たちよりも、売れていないけどいい音楽をやっている人に解放してほしいよ…でもそれは商業誌では無理なお願いだし、日本の音楽業界において、それは本当に本当に難しいことで、だからこそウチがやっているような広告費も払えないような小さな案件を載せてくれていえる媒体の皆さんに私は頭があがらないのであるが…

話がそれた。

でも有名な話なので改めて書くまでもないが、この該当媒体はすべて広告と記事で一体なので、ウチみたいな音楽が彼らの媒体に載ることはない。一度だけメアリー・ブラックのCDのレビューを載せてもらったことがあるが(もちろん広告なしで)、その内容はすっかすかだった。

それにしても彼らの謝罪だけど、あまりにも遅すぎるでしょ。あれを載せた媒体としての責任はものすごく重いと思う。

また編集やってる友人もつぶやいていたけど、この記事はチェックないまま載せたからうんぬんというミュージシャン本人のエクスキューズに対して、媒体側の言及がないのはおかしい。「おっしゃるとおりでございます」ってことなんだろうか。なんかありえない。それは読者に対する裏切りじゃないの?

いじる側、いじめられた側…  先日のグリーンランド映画を上映した時、グリーンランド人を「いじめた」側の「デンマーク側の反応」というのをトークでぜひ話してください、とプロデューサーに言われていたのだけど、ヨーロッパではすでに黒歴史を自ら見つめることによって、同じ間違いを繰り返さないようにという態度はすでに一般化しているから、そう珍しいことではない。そうそう『サーミの血』という映画もあった。

そして「許す」という意味ではこちらの作品もとても良い。『あなたを抱きしめる日まで』。こちらも理不尽な仕打ちを受けた主人公が相手を許す苦しさが描かれている。「That happens to me, not you.」「That's VERY hard...」というフェロミーナの台詞が本当に痛い。またアイルランドのカトリック教会での黒歴史もまだまだあきらかになってきている。

究極のところでは、許すか許されないか…  それは本人同士の問題でもある。私だって自分がいじめたつもりがなくても、いじめちゃってた友達とかいるかもしれない。私はどっちかといえば性格的にもいじめっ子の方だ。背がいつも小さくクラスの中ではだいたい1番のチビだったので「舐められちゃいかん」と言う態度が子供の頃から染み付いていた。中学校までは頭がよくて学校の成績も抜群だったため(体育をのぞく)、頭の悪い子を馬鹿にしていた記憶はありありとある。(で、高校に入ったとたん落ちこぼれとなった)だから知らない間におそらく間違いなく誰かを傷つけている。偉そうなことを100%言えるような立場ではない。

しかしまぁ、ほんと弁解の余地なく最低だなと思うのは、このミュージシャンの「いじめ問題」は昔から有名でWikipediaにも書かれていることなのであって、オリンピックの関係者がそこも確認しないで発注したということだ。そこはもう擁護のしようがない。関係者は大反省してほしい…っていうか、言っちゃうけど「何も考えないで仕事してるのだろうか」「ただのバカなのか」と思えてしまうんだよね。こっちが感染症対策を必死でしながら小さいイベントを続けているのに、こんな私ですら想像できることが彼らにできないって、いったいどういうこと?って思っちゃう。

80年代半ば、大学卒業して、親が「就職先を紹介してやる」とか言ったのを断って一人でドブンと飛び込んだ社会。最初はビクビクだったけど、いったん社会を知るようになると世の中は(ほんの一部の素晴らしい人たちをのぞき)仕事しないおじさんたちでできてるんだなと理解した。その考えは今でもあまり変わらない。多少大人になったから、もう不満をあからさまに表現することはしなくなったけど(笑)。世の中で偉いと言われる仕事をしているおじさんたち、私が役目を変わってあげようか?