トーマス・マン『ヴェニスに死す』3つの翻訳+英語版



さて『ヴェニスに死す』マイ・ブーム。どうも集英社の訳が読みづらかったので、さらに訳書を仕入れてみました。合計、英語版も含めて4冊。

全部を丁寧に読んだわけではなく集英社版を読んで印象に残ったところを他の本でも比較してみる感じでチェックしただけですが、その段階での結論がある程度まとまったのでブログに書いておきます。自分用メモ。

私のオタク度もすごいよなぁ。でも、こうやってあちこち深みにハマるのは楽しい。

まずは最初に読んだ集英社ヴァージョンをご紹介すると、役者は圓子修平先生。タイトルは『ベニスに死す』。主人公の名前はアシェンバハ。少年の名前はタジオとされている。

どうやら最初は『ヴェネチアの客死』というタイトルで、集英社の「世界の文学」シリーズで1990年に発表され、現在手に入る文庫は2011年に出たもの。2019年に第2刷が出ている。450円。集英社文庫。 

またコピーライトとしてChiyoko Maruko 2011とある。訳者の圓子先生は2003年になくなっているので遺族の方だろうか。

一部をちょっと紹介すると…

なぜなら美は、パイドロスよ、美だけが神々のものであり、同時に人間の目に見えるものだからだ。それゆえに美は感覚的な人間が辿る道であり、小さなパイドロスよ、芸術家が精神に到る道なのだ。

椅子の上で片側にぐったりと身体を曲げている男を助けに、ひとびとが駆け寄ったのは、数分後のことであった。遺骸は自室に運ばれた。そしてその日のうちにもうアシェンバハの死が広く報道されて、ひとびとは驚きつつも敬意をこめてその死を悼んだ。(訳:圓子修平)

ふむ。

続いて手に入れたのが岩波文庫。実吉捷郎(さねよしはやお)先生。こちらのタイトルは『ヴェニスに死す』。主人公はアッシェンバッハ、そして少年はタッジオと表記されている。

1939年に第一刷が出ているので、この粋な日本語タイトルは圓子先生がオリジナルという理解であっているのだろうか。

その後改訂版が2000年に出て、2021年6月に出た18刷を手に入れた。さすが岩波。ロングセラー。520円。それにしてもポーランド人がポオランド人などと書かれているから古い。

そしてこの岩波ヴァージョンは青空文庫にもなっている。こちら。

なぜなら美というものは、ファイドロスよ、よくおぼえておくがいいーー美というものだけが、神々しいと同時に目に見えるものなのだ。そういうわけだから、美は感覚的な者のゆく道であるし、小さなファイドロスよ、芸術家が精神へ行く道なのだ。

何分か過ぎてからようやく、人々は、椅子の上で横むきにつっぷしてしまったこの男を救いにかけつけた。彼は自分の部屋へ運ばれた。そうしてまだその日のうちに、うやうやしく心を打たれたひとつの世界が、彼の訃報に接したのであった。(訳:実吉捷郎)

最後に手に入れたのが、新潮社ヴァージョン。こちらは高橋義孝先生が訳している。タイトルは『ヴェニスに死す』。『トニオ・クレーゲル』と同時収録で520円というお手軽さ。

1967年の初版で、私が手に入れたものは2016年の62版。67年からずっと同じ訳で版を重ねているのか。すごすぎるよ。

コピーライトはこちらも遺族の方か、Shizuka Takahashi 1967となっている。が、Wikiによると高橋訳の『ヴェニスに死す』が最初に出たのは1958年のようだ。このへんはどうもはっきりしない。

なぜなら美というのものは、パイドロスよ、覚えておくがいい、美というものだけが神のものであって、同時に人間の目に見えるものなのだ。だから美は、感覚的な人間の歩み行く道であるのだし、小さなバイドロスよ、芸術家が精神へ赴くための道なのだ。

椅子に寄って、わきに突っ伏して息の絶えた男を救いに人々が駆けつけたのは、それから数分後のことであった。そしてその日のうちに、アシェンバハの死が広く報道されて、人々は驚きつつも恭(うやうや)しくその死を悼んだ。(訳:高橋義孝)

もしかするとこの一番古い訳が一番読みやすいのかな…とも思えた。

しかし、それだとしても、まだまだ読みにくい。…と思って、英語版を探してみたら、なんとKindleで10円。コピーライトがないのか英訳した人の名前はない。

Because beauty, Phaedo, is the only thing that is divine and visible at the same time, and so it is the way of the artist to the soul.  

Several minutes passed before help arrived for him, who hadfallen over sideways in his chair.  He was carried to his room.  And on the very same day a respectfully shocked world received the news of his death.(Kindleの「Death in Venice English Version」より)

なんか英語で読むのが一番簡単なような気もしてきた(笑)

それにしても英語は「Death in Venice」というなんともそっけないタイトルだし、ドイツ語のタイトルも「Der tod in Venedig」というから、たぶん「ヴェニスの死」ってことなんだろうと想像。

それをこの物語の世界を踏まえて「ヴェニスに死す」とかっこよく訳した日本人はすごい。


…とか書いていたら、光文社で他の先生が訳したやつも見つけちゃったよー どうしようかなぁ、これも買うかなぁ。