早見和真『八月の母』を読みました。圧倒されたよ。

 


…と、本の雑誌社の杉江さんが激推ししていたので、買った。いつも杉江隊員の推す本にはハズレがない。だからついつい買っちゃうのだが、いや〜 実にすごかった。本当にすごい本でした。

まぁ、ほおっておいたら私は読まないタイプの本だな。そもそもフィクション好きじゃないし。

でもこの話は、どうやら実話がベースになっているらしい。と言っても、この事件。発覚当時はおそらく大きく報道されていたと思うのだけど、全然覚えていない。

新聞記事ですら読むとショッキングだけど、こういう事件はフィクションという形態にした方が再発を防ぐためにも、意味がるんじゃないか…と強く思った。

っていうか「再発を防ぐ」ってなんだ? 全然空虚に響く。こういう危険性は本当に私たちのすぐ近いところに常に存在しているからだ。自分だってこの蟻地獄にはまらないとは限らない。蟻地獄は自分に近いところに常に存在している。

この場合、母親がその蟻地獄の下で待ち構えているわけだけど、それが仕事だったり、友人関係だったり…   一度「渦中」に入ってしまうと、周りが全く見えなくなり抜け出せるのに正常な判断力を失って、まったく抜け出せなくなってしまうことは誰にだってある。

実は私もこういう系の人物が知り合いにいないわけじゃない。妙にフレンドリーで、人を取り込み、コントロール下に置こうとする人たち。共通して言えるのは、彼女らは、めちゃくちゃ優しい人たちだということだ。いってみれば「お母さん」みたいな人だ。

その人に対して… 私は当初から違和感を感じていたけれど、別の友人に「あれはおかしい」ということを明確に指摘されてから、さっぱりと目が覚め、明確に距離を置いている。

でもって、怖いことに、いつぞやその彼女は自分で自分のことを「お母さんみたいな存在だと言われた」と喜んでいたんだよね…   ぞおおおおおお…

もちろんそれを彼女に言った人はコンプリメントのつもりで言ったのに違いない。本人も良い意味でそれを受け取っている。

でも、こ、こわい。こわすぎる。私にとってはそれは怖いことだと思った。

今、私はその人とは普段から距離を置いて適当にしているので、どうでもいいのだが、言ってみれば「人を取り込む」サイコパスみたいなもんかもしれない。

なんというか「自分の味方につける」感がものすごいのだ。

話を本に戻すと、それにしてもすごかった。私はこの事件のことを知らないで(忘れていて)この事件がベースになっていると意識せずに読んだので、物語がすごい方向に進んでいくのを結末も知らず、手に汗にぎって、夢中で読んでしまった。

でも事件のことを知りつつ読んでも、この著者の、迫力のストーリーテリングに誰でも引き込まれるに違いない。

最初は「私」という人物が物語を語りはじめる。そして「えっっ、この「私」ってその人だったの」という展開がある。そこから先はもうグイグイと物語に引き込まれ、あっという間に読了。

本当にいろいろ考えると怖い。こういう存在を著者は「母」としているが、これは「母」特有の在り方なのかも。帯にあるようにまさに蟻地獄。ここからは必死に抜け出さないといけない。

それでもこの本を読んでホッとできるのは著者がしっかりと物語を組み立て、最後に前向きなエンディングが待ってくるという神業をなしとげているからだ。

それにしても、本当にすごい。実際の事件を噛み砕いて、読者に物凄くリアルに伝えたあと、このエンディングを持ってきたんだな…と感心する。

いや、感心するって偉そうだけど、マジで、すごいわ、この著者。この書評も良いので、ぜひ。

いやー それにしてもパワフルな本でした。フィクションって滅多に読まないけど、すごいねぇ。すごいものを受け取ったよ、ほんと。(先日の「同志少女よ、敵を撃て」の感想とまるで一緒) 

しかしこの本が伝えようとしていることは、ノンフィクション以上のものだと思う。こういう「母性」「女性性」の負の部分ってある。

「絶対に守ってあげなくちゃ」とか勝手に思い込んでしまったり、「絶対に守ってくれる」とか必要以上に信じてしまったり、それによって絶対にもう離れられないと依存しちゃったり、すべてが人間の自立という大事なことを妨げる蟻地獄なんだと思う。

女の人で、人との結びつきが異様に濃すぎる人は、このテの狂気の傾向がある。私にももしかしたらあるかもしれない。こわすぎる。