さて、ケルト市のプロモーションで忙しく、ブックレビューがたまっております。一気に行きます。
この本、久しぶりに夜明けを見るかと思った。おもしろかったーーー! 一気に読んだ。というか長い本ではないのですぐ読める。
まず装丁がナイス。帯を外すと『こんな雨の日に』と出てくるシンプルな白い表紙。
この辺が監督だよなぁ。監督が『こんな雨の日に』のタイトルにこだわったのかな。でも出版社としては「それじゃ売れない」と言って、この帯にしたのだろう。それかドヌーブや俳優陣の写真のコピーライトの関係か?
とにかく映画のメインビジュアルまで入った帯は大きく、表紙の70%くらいを覆っている(笑)
そんな意地悪な見方はともかく、いやーー やっぱり素晴らしいわ、是枝監督。是枝監督の映画も好きだけど、本も同じくらい好き。
映画の感想はここに書いたので、もう繰り返さない。韓国人の彼女のすごく良いインタビューも貼り付けておいたので、こちらもよかったら見てほしいと思う。
配信で映画を見るようになってから好きな映画を何度も何度も見ることをよくやってしまい、その分、ますますオタク的視点が深まってしまうんだけど、是枝作品はそういう「何度も見ちゃう」のにぴったりな作品だ。
作品の原案があり、その後少しずつ実を結び、撮影が始まり撮影が終わるまでを描いていて、とても良い本だった。いい絵が撮れた時の感じ。俳優たちとのやりとりやフランスでの制作についての苦労など、とにかく読み応えがある。
本の中で印象に残った話をいくつか。
まず、あのマノン役の女優さん、すごくいいんだけど、舞台の人なんだってね。だから彼女にとってコマ割りで撮っていく映画の撮影スタイルでは感情移入が難しかったのではないか、という話。
ドヌーブとの「女優対決!」といった母娘のシーンでは涙が出なくて苦労したのだけど、ドヌーブのちょっとした一言で涙が自然に出た、とか。そのドヌーブのセリフが最高だから、ぜひこの本を買って確認してみて。
この話って、「黄色いハンカチ」の高倉健さんと武田鉄矢のエピソードにも通じる! いやー ドヌーブ、すごいなぁ。
ドヌーブはわゆる#MeTooの時の発言とかもそうだったけど、古いタイプのフランスの女性。でもすごい。凄みが違う気がする。
しかもマノン役の彼女がラストであの「昼顔」のワンピを着るラストのシーン。あのファビアンヌの家を借りている時間に制限があったせいで、なんと彼女のクランクイン時にあのシーンを先に撮ったんだって。
本来なら話の通りに撮っていった方が俳優さんたちは感情移入しやすいのはもちろんなんだけど、そういった映画での気持ちを入れるのが難しいシーンもしっかりこなしてくれたと監督は大絶賛。
そして監督はイーサンの子供を扱う能力を絶賛。確かにメインの俳優たちの動きの後ろで、子供の相手をしている彼が後ろで映っていたりするんだけど、それがすごく自然でいい。子供がイーサン相手だとイキイキしているのがわかる。
そして実はこの映画の一番のキーパーソンであるシャルロット。実はファビアンヌの血を濃くうけついでいる孫。彼女の存在がめちゃくちゃ効いている。そしてあの子の表情に嘘がないんだよねぇ。是枝マジック、すごい。
あと印象に残ったのはいわゆる日本の映画業界である「陣中見舞い」という習慣の話。日本はともかくフランスの現場では撮影に関係ない人がたくさんいることを出演者もスタッフもとても嫌う。
日本みたいにゾロゾロお付きがついてくるのとは訳が違うのだ。福山雅治さんの謙虚な姿勢と、ベテランカメラマンのエピソードが、めっちゃ「現場あるある」。もちろん私のイベントなんて規模は是枝監督の1%なんだけれど、こういうことは自分の現場でもあるんだよねぇ!!
そして福山雅治にやっぱり感心する。福山さん、前はジャニーズに毛が生えた感じでしょ、くらいにしか思ってなかったけど(すみません)、是枝監督を通じて好印象UP。いやー 素晴らしいわ。
ちなみに福山さん、地味に遠くから見ていたそうなんだけど、フランス側の著名カメラマンが「そして父になる」の主演だと気付き(そりゃ、そうだよね…)、結果すごく現場の空気がよくなったのだそうだ。
他にも細かいところに感動。こうやって是枝さんの映画って出てきてるんだ…といちいち感動。
娘婿に対するファビアンヌのキスのシーンはドヌーブ本人のスタッフや他の出演者へのキスから来ているとか。あのシーンはよかったなぁ!!
そしてせっかく娘と和解したのに「どうしてこの気持ちを演技に活かせなかったのかしら」とか言っちゃうファビアンヌ。嘘がない。
このシーンは悲しいけど、よくよく見れば、ちょっと笑える。そしてそれにファビアンヌの血をあきらかについでいる自分の娘の「演技」でリベンジする娘。いやー 深いわ。
ファビアンヌがクレープを食べに逃げようとするところとか、監督のお気に入りのクレープのことが挿入されている。「ホイップが美味しいのよねぇ」とか。いちいちそういうところにも感動。
このクレープのシーンで「映画と自分とどっちが好きなの? 作品のためにたまには負けなさい」という娘の台詞もすごくいい。「クレープ食べたかったなぁ」と車を降りるドヌーブ。すごいわ。ここも女優対決!!って感じのシーンなのかも。
まぁ、あまり書くとネタバレになっちゃうので、このくらいにしておくけど、マジで素晴らしいです。
映画いいなぁ。一生のうち作るところからかかわりたいなぁ。もう56歳だけど、まだ可能性はあるのかしら。
あ、そうそうメモっておきたいドヌーブの発言。「人は持って生まれたものよりも努力して得たものを褒めないといけない」。
これって、いつぞや某若い女性が書いたビジネス啓発本にも書かれていたので「若いのに良いこと言うなぁ」と感心していたけど… なーんだ、ドヌーブも言ってるじゃん。若い彼女の言葉はどこかの受け売りだったのかもしれない(笑)
でもほんとだ。人を褒める時は「努力して得たものを」。これ、すごく重要だよね。メモ、メモ。自分の生き方にメモ、メモ(笑)
あとドヌーブはあぁ見えて作品につくす女優だ、という他の監督の言葉。「作品につくす」これ、アートに関わるものとして、尊敬する部分だ。そしてそれは映画の中のファビアンヌの台詞にも描かれている。すごいね。
あとびっくりしたのは、この作品はリアルなドヌーブに近すぎるんじゃないか、お前訴えられるぞ、と監督は他の人に忠告されたんだって。すごいね!! でも実際はそんなことはなかった、と監督。
いやーーー 素晴らしいわ。そうやって私たちのもとにこういう素晴らしい作品が届けられるんだねー
プロデューサーの福間さんの手記もおもしろかった。映画の助成のシステムとか、フランスと日本の違いとか。いやー フランスさすが。ここ数年文化サポートしてきました…という国とはわけが違う。戦争中だって、海外から逃げてきたアーティストの面倒を見ていたフランス。
もうすべてが感心しきり。
時間を区切って良い仕事をした方がいいし、土日は休んだ方が集中できる。日本は長い時間やるわりに「陣中見舞い」とか妙な風習があって、それは応援とは違うような気がする。
当事者たちは現場に集中したいだろうし、「応援」と言う意味なら映画作品が出来合ったころにちゃんとチケットを買って劇場に足を運んだり、自分の友人に勧めたりする方がよっぽど応援になる、と思う。
ほんとこれは音楽業界にも言えること。相手をよく知っているからと言って、自分は何もしないのに頼みもしないアドバイスをしてくる輩の本当に多いことか! 私ももう56歳なんだし、そういうのはとっととはねつけよう。
もちろん相手が自分以上の実績がある人なら言うことを聞く価値はあるけれど、何も実績がない人ほど人の案件にあれこれ口を出したがる。
是枝監督のフランス側のプロデューサーとのトラブル(というほどでもないけど)はいろいろ思った。私は是枝監督の言葉に大きくうなずいたよ。
そうなんだよね。こう言うプロジェクトってなんでも途中でスタッフを変えると、それは現場の動揺につながる。トラブルになっている時点で、もうプロデューサー失格なのだ、と。
とにかく「作品のため」「現場のため」。自分の監督という自尊心を優先させたりすれば、監督という立場は守られるかもしれないけれど、それで失うものははかりしれない。
そういえば、いつも私がかっこいいなと思う人は、絶対に私の現場を邪魔したりしないし、いつも前向きで素敵なアドバイスをくれる。
あ、そうそう、子役の彼女とドヌーブの休憩時間での会話がいい、と是枝監督。ドヌーブもこの子の相手をしてあげなくちゃ、ということでは全然ないんだって。ただただ彼女としゃべりたい、と。一方の子役ちゃんもドヌーブに「その話、もう前に聞いた」とかピシャリというんだけど、ドヌーブは全然気にしていないんだって。なんか笑える!
子役はすごい。子役がいることで現場がまとまるんだよね。そんなマジックも実はあるのではないかとふと思った。っていうか、間違いなくそうだね。さすが是枝組。すごいなぁ!!
おそらく映画の発表とこの本の発売を近づけるため、撮影後の編集やその後のことについての監督の苦労話はこの本には載っていない。
けれど「そこには人を信用したくなくなるようなエピソードもあれば、映画を信じてみたくなるようなそんなエピソードもある」とあと書きに書いてあって、それにも強く興味を惹かれた。
それにしても素晴らしい。構想から16年。母と娘の物語になっていったのも4年も前のこと。すごいなぁ、映画ってすごい。っていうか、是枝監督がすごいのか。すごいなぁ!