角幡唯介『犬橇事始』裸の大地第2部 読みましたー!! 新しい角幡ワールドに圧倒される


角幡さんの新刊来たー いやー もう楽しみだったのですよ。「裸の大地」いよいよ第2部! 先日発売になりました。ちなみに第1部の感想はここ。

前の感想にも「ロックCDのボックスセットみたいなもんか?」とか書いてる私。ほんと角幡さんの本ってクラシック・ロックのアルバムみたいなんだよなぁ。

今回も角幡ワールド全開。ファンの期待を裏切らない。でも大きく違うのは、なんか視線が広くなったことだ。これが言ってみれば犬ぞりを統治する神の視線…なのか(笑)

衛星電話もらった奥さんが「なんか怖いんですけど…」とか言うのもわかる。犬を怒鳴り、殴り…大丈夫か、角幡さん。なんか暴力装置のスイッチ入っちゃってませんか?

とにかく犬ぞりは苦労、苦労、苦労の連続だ。そして最後訪れる悲しい出来事。ファンとしては、当然角幡さんのTwitterを追いかけているから、ウヤミリックが亡くなったのはもちろん知っていたのだが、当時は、角幡さんのツイートが妙にドライだったのが、気になってはいた。

でも本を読んでやっぱりウルウル。あぁ、探検って、冒険って、本当に未来が予測できない。

それにしても角幡さんがこういうスタイルの旅を始めたこと、私にとっては嬉しくてしょうがない。

大きいのは犬ぞりを始めることによって始まる村人たちとの交流だ。こういうグリーンランドの人々の生活に入り込んで書いている人は今までほとんどいなかったと思う。私が読んだ中では椎名誠さんのアラスカ本あたりくらいまでか?

グリーンランドに行く人が何人かいたとしても、あんな場所に行くのは科学者か探検家で、人文的な分野というか文科系的なみたいな本があまりないんだよね。だからイヌイットの生活や考え方に光があたるのは単純に嬉しい。

それにしても角幡さんといえば、自身の孤独や生き方を見つめる文章が真骨頂なわけなのだが、今回は、ちょっと違った。

実際読んでて、かなりドキッとしたのは、29ページ。人間の名前はややこしいので覚えなくていい、犬の名前を覚えて、と読者に言う(カッコ書き)の部分だ。

正確に書き写すと「ちなみにこの物語で大事なのは犬の名前で、村人は重要ではないので忘れてもらってかまわない」

ほんの一言なんだけど、ファンとしてはこの感じにハッとしてしまった。今までの角幡さんはずっとご自身の内側を見ていた。それがすごく深くておもしろかったのだけど、この(カッコ)の部分は、そんなふうに集中する角幡さんの背中をずっと見ていた読者に向けて、角幡さんが急に振り返って話しかけてきた、と感じる瞬間だ。

ちょっとおおっっ!?と思ってしまった。

もっとも、そう思ったのも一瞬で、また角幡さんは自身の活動に集中していく。

そして角幡さんにそう言われるまでもなく、犬たちはとても個性的で(というか角幡さんの描き方がヴィヴィドなんだよねぇ…)、ものすごく人間っぽくもあり、彼らの名前はすぐ覚えられた。

笑ったのはワンコを自民党の保守親父に例えられたり、その性格描写がすごくいい。そして犬の派閥(アーピラングア派、ママオ派、ネイマンギッチョ派、無派閥(笑)とか、まるで政治家。そして自主警察、級長みたいなワンコとかも。いるいる、人間でもいるよー こういう人。

一方で仲間を思いやる感じ、また喧嘩っぱやい感じ…そしてそれを統率していく角幡親分との関係など、むちゃくちゃ面白い。

そしてウヤミリックの大事なところの怪我は本当に聞くに痛々しいのであった。そして出来上がったムケチン犬ウヤミリック。そして、その怪我によって、彼の意外な才能が明らかになっていく様も…

とにかく犬ぞりは有機的なグループで、常に変化し、更新されていく。それと格闘していく角幡親分。

犬をこころから信じられるようになり、すべてを託すという境位は「自力や自由よりも深いものがあるのではないかと考えるようになった」とも話す。

そして「私にとって、旅は生きている自分を実感するための方途であるだけでなく、作品でもある」と。

うん、うん、いい!!! これぞ角幡ワールド。生きてることは、自分だけに意味のある地図を作ること。そして角幡さんの行動や探検は角幡さんの作品なのだ。こういう他の人から見たら無駄な行為を通じて社会の価値観に揺さぶりをかける。それこそが角幡文学なのだ。

それにしても犬ぞりは危険と隣り合わせだ。おそらく一人と1匹でソリを引いていたころとは段違いの危険だと思われる。

でもって角幡さんは「未来を心配する」ことを振り切れない、みたいなことを言う。食料がなければないで「その時考えればいい」という真のエスキモー(イヌイットとエスキモーはまた違う)の境地にはなかなか達することができない、と…。うーん。

でも人間には生存欲求がある。しっかり計画を立てて未来を読める状態にしておいた上で行動するのは、しかしいってみれば現代人の発想。私もまだこの思考回路で旅をしている、なかなか抜け出せない、みたいなことも言う。

そしてコロナが地球を襲う。角幡さんは浦島状態で、コロナとはまったく関係ない人間社会から離れたところを旅する。そしてパンデミックによって、いろいろ理不尽な目にもあうのだが、それはそれで角幡さんの本質を変えるものではない。

うん、この感じは普通に東京にいて、パンデミックの最中も結構海外に行っていた私も同じだ。今となってはパンデミック中のあれこれも記憶が薄れつつある日々なのだが…。

「自分の旅は、社会的意味とは何も関係ない、完全に私個人の極私的行為だ。それなのに社会の側が勝手に私の行為をからめとり、その意味を語れという」

あぁ、いいなぁ!! これぞ角幡ワールド。

さて、この本は「裸の大地」シリーズの第2部であり、角幡さんの犬ぞり第2、第3シーズンの頭まで網羅されている。でも、今、角幡さんの現在地はすでに第4シーズンを終えている?とかそんな感じなので、まだまだ本が続くだろうということが、とても楽しみだ。

先日のトークでは4まで行っちゃいそうだ、みたいなことも話しておられた。まだまだ書きたいこと、やりたいことがある、そんな感じだ。ファンとしては最高に嬉しい。

ところで、こちらの高野さんが呟いている対談とやらが気になる。何を話されたんだろう。どこかの媒体で公開されるんだろうか。楽しみ! 

…高野さんの感想、詳細が聞きたい! 乞う続報!? 


さて今日から角幡さんが生まれた北海道へ行ってきます。レポート楽しみにしててください。
こちらの講座にも参加する予定。札幌中央図書館のイベントもあるんですが、そっちは満員御礼となったようですが、北大の方は予約なし自由参加です。参加される方、会場でお会いしましょう