映画『ボレロ 永遠の旋律』を観ました。曲を生み出す苦しみ。芸術家は作品の奴隷であるということ。


モーリス・ラヴェルはご存知ですか? 私は「ボレロ」くらいしか知らなかった。多くの人がそうでしょう。

でも数年前にプロモーションをお手伝いした日向さんの『Angels in Dystopia』のアルバムに入っているこの曲を聞いて、この「ビーチのモーリス」はラヴェルのことだと知り、ちょっとラヴェルに興味を持ったのでした。なるほど1920年代のパリかぁ。

その頃の私が書いたブログはここ。変な似顔絵とかも書いている。暇だったんだろうか(笑)。でもこの曲、今聴いても、やっぱり冬の感じ。冬のビーチだな… 

で、日向さんが宣伝用のプレスでも言っているように、ラヴェルって身長が低く、すごく華奢だったんだって。確かにこの映画『ボレロ 永遠の旋律』でも、ダンサーの彼女と並ぶと、いつもラヴェルの方が小さくて、かなりひ弱な印象がある。

まぁ、ダンサーの彼女の押しが強いキャラクターもあいまっているのだろうけれど。

そしてラヴェルはとっても神経質。でも、すごく優しい人で、女性にものすごく近寄られる。常に多くの女性に囲まれながらも、すごく性的な空気が希薄。

監督のアンヌ・フォンテーヌいわく、ラヴェルに関する研究書物はあまり多くなく、彼女はラヴェルはアセクシュアルという設定でこの映画を書いたのだそうだ(はい、脚本も彼女です)。

実際、ちょっと脚本が弱いかなぁ、というのはあったなぁ。時々戦争中の回想シーンやお母さんとの思い出が挿入されると、ラヴェルに対する知識の薄い私などは、前後関係がわからなくなったりする。

でもラヴェルの悩みや苦しみは非常によく描けている。主演の俳優さんも、まさにラヴェルにしか見えず、神経質に悩む姿は圧巻。彼の視線の動きだけで、ラヴェルの不安や心細さ、やるせなさが最高に表現されている。うーん、引き込まれる!

でも、ラヴェルじゃなくても、あのダンサーの彼女の下品なダンスはちょっと疑問だった。当時のパリのダンスといえば、結構退廃的なイメージがあるが、そんな感じだったのかな? よく知らないから、私があれこれ言える訳ないのだけれど、正直ベジャールの振り付けやギエムの映像で観ていたかっこいい『ボレロ』のイメージが強いから、あの下品なダンスにはちょっと幻滅した。

なんだろ、カッコ悪いというか、ダンスにしてはキレがないし、ちょっと締まりのない身体(ダンサーの身体には見えなかった)と、彼女のキャラクターもあいまって、ラヴェルじゃなくても、あれはがっかりだよなとも思った。というか、それはわざとそういう演出なのか?

それにしてもラヴェル、可哀想だよなぁ。ベジャールの『ボレロ』やギエムを、ラヴェル本人が見ていたら、どうなったんだろう。

そしてヒット曲の哀しさはもう現代も一緒。一度発表してしまったら、しかもヒットして多くの人に受け入れられてしまったとたん、もう楽曲は自分の物ではない。

あのギルバート・オサリバンだって「ヒット曲はアレンジ変えない方が喜ばれるんだよね」と「アローン・アゲイン」を歌い、樋口了一さんはライブで『1/6の夢旅人』の歌詞を間違えて「ごめーん!」と曲間で叫んでいた(笑)。自分の楽曲なのにね。

日向敏文さんのヒット曲『Reflections』は勝手にキーを変えられ、長さを変えられ(You TubeにはReflections10時間という強者動画まである)、雨音とミックスされ、不思議なルネッサンスのイメージや、モアイ像アニメや、ワインスーツひいてはサッカーの流れるような美しいプレイのBGMにまでに使われ、もう作曲家のコントロールがきかないほどだ。とはいえ、これなんか相当素敵。

ヒットが出ていいでしょう?と他人は言う。でもそうじゃないのだ。作品と作家は違う。この感じ。これはミュージシャンや表現者の人たちの近くにいないとわからないだろうなと思う。音楽であれ、演奏であれ、本であれ、みんな大変な思いをして作品に向き合っている。

とはいえ、作曲家は作品の奴隷にならないとダメだというのは、私もスタッフとしていろんな芸術家の近くにいれば、多少なりともわかる。作品より、自分のプライドが大事という人には、ヒットは作れない。そこがこの仕事の、本当に残酷なところなのだ。

芸術や表現の世界は本当に厳しい。自分の才能と常に闘っていかないといけない。逃げることは許されない。逃げることは死ぬことだから。

それにしてもラヴェルの音楽はすごい。ラヴェルの音楽は、ラヴェルの目前にぼんやり像を結んで浮かんだと思い、ラヴェルがやっと掴んだ!と思った先から消えていく… その感じはすごくよく描けていた。あぁ、なんて残酷。でもそれが芸術なのだ。

最後彼は神経の病気になって、原因がはっきりしないまま亡くなったらしい。そして日本語Wikiによれば「自分の頭の中にはこんなに音楽があふえているのに、それが表現できない」と悔しそうにしていた、とのこと。本当になんて残酷な話だ。



そういえば、指揮のシーンも出てくるんだけど、この俳優さんとしては、どうなんだろう。バーンスタインの映画では、ブラッドリー・クーパーの指揮のシーンが絶賛されていたけどね。

というわけで、みなさんもぜひご覧ください。

辻井さんも弾いてるラヴェルのこれ、弾けるようになりたいなぁ。楽譜買ってこようかなぁ。


これ大好き。これは、ラヴェルとほぼ同時代に活躍したストラビンスキーがロシアバレエ(ディアギレフ)のために書いたやつ(だったっけか?)





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