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2015年11月8日日曜日

自分の限りあるエネルギーをどこに向けたら良いか

先日打ち合わせでクライアントさんが
「のざきさん、ケーキどうですか」って
言うから〜
某有名ポップバンドの来日を願い、200名の署名を集め、それを大手プロモーターさんや現地マネジメントに送ろう!というファンの方が行っている署名運動をネット上に発見した。

と、まぁ、そこまでなら良くあることだし、別に気にもかけないのだが、それについて自分が知っている音楽関係者の方が、無邪気なな応援を与えていたので、それについて思うところがあり、ぽろっとtwitterでつぶやいた。

来日希望署名運動。それは美談かもしれない。が、私は音楽業界の中で生きているのであるのならば、そうやって単純に「えらいね」「頑張ってるよね」「ぜひみんなも署名してね」とは言えないのではないか、と思ったってわけ。それか、本当に心から「署名運動頑張って! 絶対にこれが達成できたら来日が実現するよ!」って音楽業界の人が思っているのだとしたら、あまりにナイーブというか、世間知らずとしか思えないのだわ…。というか、それではあまりに無責任な気がするのよ。

偉そうに聴こえるかもしれないが、いや、一応「こちら側の人」であるのであれば、ファンの人を単純に応援するのではなく、もっとホントに実現することに向けての具体的なアドバイスを、何らかの形でしてあげるべきだと思うからだ。(あ、また「べき」とか言っちゃった!)

…とかバカなことをつぶやいてたら、ライター/カメラマンの船橋くんから「具体的アドバイスがあったらブログに書いて」というメンションを飛ばしてもらったので、そうね、期待に答えて書いてみようかな。まったくするどいやつだぜ、船橋! ハードル上げてくれるじゃねーかよ!(笑)が、私も正直正しい答えは分らない。なので、それを前提に興味ある人は一緒に考えてみてください。I am thiking loudです。どうしたら、音楽業界のプロフェッショナルはファンの意見を取り入れて、この音楽シーン全体を盛り上げていけるのか。要はそういう事だと思うんです。

まぁ、難しいのだ。こうやってインターネットを使えば、自分と同じ意見の人と集うことはいとも簡単に出来る時代にはなった。そうして署名を集める人は、結果によってある一定の何かを成し遂げたという満足感を得ることが出来るだろう。が、そこから先、誰がどんな責任を持って、それを具体的にしていくかというと、まるで別の筋肉が必要とされるわけで… 目標の人数が集まって、それでも公演が実現されなかった時、その時、その署名運動を主宰した人は「世の中は何もわかっちゃいない」と悔しく思うのだろうか。それとも「まぁ自分は頑張ったんだし、しょうがないや」とでも思うのだろうか。まぁ、それはいい。どう結論づけるかは、その人の自由だ。が、いずれにしても、それは結果になんの影響も与えない、ということなのだ。そこをシリアスに考えなければ、現実なんて変えられないと思う。

1つ言えることがあるとしたら、ちょっとビジネスした人なら、その人がどんな業界で働いているにしても分る事だろうけど「相手を見ろ」というの事だよね。きついようだけど、ここにあがっている大手のプロモーターさんたち。これらのプロモーターさんが、たった200名の署名で動くとはとても思えないんだよ。

例えば先日もウチでハラール・ハウゴーのコンサートを某学校で行ったのだが、例えばハラールのコンサートやりたいです、やらせて下さい、と言っても、学校相手にその企画は通らない。学校でやるなら、ある程度、例えばこういうイベントを全体的にこしらえて、その中にコンサートを組みこんでいくしかない。正直いって、その労力たるや、普段のコンサートの5倍くらいかかるが、うまくいけば社会的意義も大きい。ちゃんと学校向けに企画を立て、イメージを膨らませて相手を説得するしかない。それは学校以外のクライアントでも一緒。地方の文化財団さん、コンサートホールさん。そして自分より大きなプロモーターさんやフェスの主催者さん。人に何かを売り込む時、子供のお使いじゃないんだから「お願いします」「絶対に呼びたいんです」だけでは相手は動かない、ということ。話を持っていく時、必ずそれぞれを説得する「コツ」や「ツボ」みたいなものをきちんと押さえないとダメだと思う。だから相手をもっと研究しなさい、というのは1つ言ってあげられるアドバイスでもあるとは思う。

署名じゃなければ、お金なのかしら? お金? しかし署名をちょっとするのと(0円)、コンサートのチケットを買う(1円以上)という行為の間には、海より広い「段差」があるのを、しっかり理解しないといけない。加えて、おそらくコンサートプロモーターではない一般人が「〜来日サポートのためにお金を集めます」とか立ち上がるのは、おそらく今の日本では(金融法うんぬんとかで)禁止されているんじゃないかと思われる。きちんと調べたわけじゃないけど。ちゃんとした責任者が、集まったお金をしっかりハンドルし、きちんと責任を持つ形で集金をスタートさせないと、大きなトラブルにもなるだろうし。うむ…

そして、無料である署名と有料であるチケットの購買活動には、非常に大きな段差がある、ということ。例えばだけど、無料→有料の壁は一般的に5%だと言われている。これ、ちょっと前の統計なんで、今はもっと大きい差になっているかも。つまりゲームアプリ1つとっても、全体ユーザー100%のうち、95%の人は無料で遊び、残り5%が有料会員である、ということ。5%の有料会員が何かゲームでエクストラのパワーとか武器を買ったりしてお金を使う事で、そのゲームアプリ全体の経済支えている、という仕組み。

つまり、数百名じゃ、全然だめなのだ。まずはそのアーティストが「この規模なら来てくれるに違いない」みたいな、そのアーティストが納得して来日するであろう会場とそのキャパシティ数を想定し(それだってクラブクアトロでいいのか、渋谷公会堂じゃないとダメなのか、武道館なのかでだいぶ違う)、その50倍くらいの数の署名数を目標に設定しないと意味がない。200名の署名じゃ、正直4名のお客しか来てくれない、ということなのだ。これではまるで説得力がない。

あとこれは「相手を知る」ということにもつながるのだけど、大手コンサートプロモーターの社長さん、もしくは決定権がある人物で、一般の人に向けて顔が見えている人は少ない。例えばスマッシュの日高さんトムズキャビンの麻田さんプランクトンの川島さん。本を出したり、ブログを書いたり、媒体の取材を受けている人たち。いわゆる顔の見える社長さんたちは、彼らを説得する傾向と対策を検討することも可能かもしれない。でも顔が見えない相手を落とすのは、ホントに難しい。

顔が見えたとしても… 例えば誰かが私を説得したいとするのであれば… 私のことをよく知る人であれば、野崎に200名の署名を見せたとしても私が動かないのは理解してくれると思う。もっとも200名の署名の中に、ウチの常連のお客さんの名前を50名見つけたら、検討しないわけにはいかなくなるのであるが。

…ちょっと話がそれた。そういや、解散しちゃったけど、R.E.Mも署名運動やってたよね。でも例えばピーター・バックが来日しても、その署名運動の数の人たちが全員ライブに来たかというと全然そうではなかった。いや、いいんですよ、別にね。でも、つまりはそういうことだ。相互に着地点を探っていいかないと、何も実現しない、ということ。

何度も書くがインターネットがこれだけ発達した時代、同じ意見の人間が集うことはまったく難しくない。が、それと具体的に物事を動かす筋肉は、まったくの別物だというのは強調したい。意見を言うだけだったり、アイディア出したりだけだったら、誰でもできる事。

でもね、一方で署名運動なんて無駄な努力だよ、とバッサリ切るわけにはいかないという事も、充分理解できる話なのだ。

それは絶対に否定してはいけない事だ。もうだいぶ前だが、ペットボトルのキャップだかなんだかの話を聞いたことがある。あるお金持ちの家の子供とお母さんが車椅子が買えなくて困っているとある施設を助けたく思い、一生懸命キャップを集めていた。それを見たお父さんが「何やってんだ、バカだなぁ」と車いすをポンと買ってその施設に寄付をしたという。で、最終的にその夫婦は離婚にいたった。その理由、理解できるよね。

ではお父さんはどうすれば良かったのか? 自分もキャップを集める? でもそれに近いことをしないと、双方歩みよれないのではないかと思う。

つまり私がここにこんなことを書いてみようと思ったのは、その署名運動自体を非難する物では決してない。ところが「皆さんも署名を!」と無邪気に応援するのは業界人としてアリなのか?と思ったからだ。それは…確かにいいことかもしれない。でも、それって、ちょっと無責任すぎやしないか?と。

一方で200名いるなら、それをJTBに持って行って、そのアーティストのライブを見る割引ツアーすればという意見ももらった。なるほどね。

が、私が想像するに、おそらくそれは、この署名運動のファンの人たちが望んでいる結果ではない。というのは、彼らがやりたいことは自分がコンサートを見ることではないからだ。海外にコンサート観に行く事なんざ今の時代、金と暇があれば、誰にでもできる。彼らがやりたい事は、そうではなく自分たちの熱意で、このバンドを日本に呼びたい、ということなのだ。つまり自分たちの熱意で世の中を動かした、という成果が欲しいのだ。そこを分ってあげないと、相互理解が進まないように思う。もしくはファンの人たちも「世の中は動かそうなんて思ってません、それは無理なのは分ってます。僕らはコンサートを海外に観に行くことで満足します」と着地点を変えていくしかない。

ただ私なら… と偉そうに言ってしまうが、私なら消えてしまう努力はなるべくしない。いや努力なんざ報われない事の方が多いんだから、別にそれはそれでいい。消えてなくなってもいいから、どこか納得のできる落としどころに落とし込むように自分の行動を仕向けることが重要だ。例えば震災直後の夏、自分の無力感を途方もなく感じた私はとあるジャーナリストさんの事務所を手伝っていた。というのも自分が動くより、自分よりうんと影響力のある、力を持った人を手伝った方が世の中に何かをコミットできると考えたからだ。実際、その結果は、ちょっとしたトークイベントや地方新聞の小さな記事として実を結んだ。もちろんそれによって東北に対して何かができたわけではない。が、あの時の自分を納得させるには最高の方法だったと思う。

それと、ここにも何度か書いている話だけど、だいぶ前に、メールで私にコンサート制作の質問をぶつけてくる一般の人に出会った。その人は昔、音楽業界にいたが、今はわけあって音楽の仕事をやめているという。そして私と同じような仕事をしていたいのだと言う。そしてこちらの状況をあまりにしつこく根掘り葉掘りあれこれ聞いてくるので、どう説明したら分ってもらえるかな……と思い「それは私がヴァン・モリソン呼びたい」って言うのと一緒ですよ、と私は説明した。今の私は未熟すぎてヴァン・モリソンは呼べないけど、それに向って一歩一歩進むしかないんですよ、と言ったら、やっとその人は納得したようで、またネットの中に消えていった。その人が実際ウチのコンサートチケットやCDを買ってくれていた人なのかは知らない。そして、今だにここを読んでいてくれているのかも分らない。あの調子だと、きっとたぶん、まだモンモンと何も出来ずに同じ場所に止まっているのかもしれない。私だってもちろん今でもヴァン・モリソンは呼べてないけど(爆)、でもそれに向って1歩1歩前進している感じは確かにあるのだ。ま、もっともヴァンは比喩の1つであって、本音はヴァンと仕事したいとか全然興味ないけどね(爆)すでにポール・ブレイディと一緒に仕事できてるから、正直、自分の夢はもう叶えたんで、もう別にいいんだ。このままで。

居酒屋にあると必ず頼んでしまう
黄金メニュー、それはハムカツ!
あと例えば身近で小さな例で言えば、映画のレビューをブログにせこせこ書いてたら、なんだか最近は試写状がやたらとよく届くようになったり… 別に映画ライターとかいうわけでもないのに、そうやってやることをきちんとやってれば、世の中は振り向いてくれるもんだ。そしてたいていのことは実現できる、と私は信じている。

健康で動けて、頭も良いあなたの努力はせっかくなのだから無駄にしてはいけないし「頑張ったからそれでいいか」という場所に着地することで、自分が納得してはいけない。先日もデンマークに関する東洋経済の記事を読んだが、途中経過話が美化されるのなんか、日本だけだからね。結果を出していかないと、まったく意味がないんだよ。少なくとも私の価値観はそうだ。私はそう考える。

っていうか、私もバカ真面目だよね。でも、なんだか無視できなくって…「どこどこで、ほにゃらら来日の署名運動してます、みんなも応援してあげて!」って、単純には応援できないのだよ。で、ついつい真面目に考えちゃうんだよ。聞かれてもないアドバイスしたくて、ウズウズしちゃうんだよ。ホントうっとおしくて、すみません(笑)っていうか、そもそもこんなんじゃ全然答えになってないわな…! いったいじゃあどうしたらいいんだ?!ってか?

…と、ここまで書いて気がついた! もしかしたら、このポップバンドの来日はとっくに決まっていて、これは宣伝のためのやらせ。単なる伏線だったのではないか?!と。んもーーー 騙されちゃったじゃないのよ!(笑)… と、書いたりもするが、もちろんこれは嫌味で、つまり言いたい事は、そのくらい私にとっては牧歌的な話のようにも見えてしまうんだ、ってこと。嫌味です。嫌味で言ってるの。

本当に実際のところ何が正しいのか分らない。みんな本気なのか? 本気で死ぬほどそのバンドのこと呼ぼうと思ってる? なんていうか、世間は甘すぎる。いろんなことがフォーカス出来てなさすぎる。っていうか、私が悩むほど、みんな真剣に物事を考えていないのかもしれない。よく分らない。だから自民党がいつまでたっても世にはびこっているのかもしれない。まったく分らない。

いずれにしても、ここには書けない事はたくさんあるし、こんな風に結論なんて出やしない。具体的にアドバイスが聞きたい、コンサート制作に係りたいという勇気のある人は、こんな塾(プロフェッショナル会員のコース)もやってますんで、是非どうぞ。以前は無料で相談にのってましたが、(オレの教え方が悪いせいだろうが)あまりに結果がともなっていかないんで、こうしました。っていうか、そうなんだよなぁ、誰も真剣に物事を考えてないのかもしれない。だから世の中は動きやしない。みんなが出来る範囲で変えていくことが出来るのならば、世の中はもっと良い場所になっているはずですある。

無駄な努力? オレは、そんなの絶対にいやだ。絶対に自分のやりたいことは、やる方向で落としどころを作る主義なのだ。ボヤボヤ夢みたいなことを語ってちゃ、物事は何もすすまない。自分の出来るところから一歩ずつ。

…となると、やはり署名運動というところに落ち着くということになるのか? うーん、分らない。また最初の場所に戻って来てしまった。