リチャード・ロイド・パリー「黒い迷宮 ルーシー・ブラックマン事件 15年目の真実」を読みました

すごいです。すごいノン・フィクション!

つーか事件もののノン・フィクション読むとすごい!っていつも思う。テレビやネットのニュースで見ていたものと、なんて印象違うんだろう、って。

この事件もしかり。TVで見てたことや、自分で覚えていることと、実際に起きたことは、全然違うやーん!!!

まったくもってマスコミで流れている事なんて、そして他人の記憶や印象なんて当てにならない。私なんてホント、市橋/リンゼイ・アン・ホーカーさん事件とすっかり混同してるし…

皆さんは、この事件,覚えているだろうか? バブル末期の六本木で、英国人女性が失踪。英国航空に勤めていた美人だという(このへんの印象も本とTVでやってたこととだいぶ違う)。どこに行ったか分からない。お父さんが来て記者会見してた。そして数ヶ月後、バラバラになった遺体は海辺の洞穴から見つかった…という事件。

まぁ、最初から引き込まれる,引き込まれる。そもそも事件そのものが猟奇的で不可解で謎に満ちているのが、この本をおもしろくさせている事実なのだけど、それより興味深く読めたのは、このタイムズの日本在局記者だという著者が見た東京という社会によせる眼差しだ。

例えば「水商売」「ホステス」という職業についても、丁寧に外国人にも分かるように説明されている。確かに売春か/そうでないかがハッキリしている海外での価値観と比較すると、日本のこの、ただ一緒に座ってお話しをしているだけ…しかしなんとなくセクシャルな雰囲気を臭わせて…っていうのは、分かりにくい価値観かもしれない。そして「ガイジン」が日本社会でどう受け止められているのかも… 加えて警察のだらしなさ、マスコミの狂乱&飽きっぽさ、「在日」という存在、裁判のばかばかしい長さと空しさ、六本木の地下社会の恐さなども、日本人でなくても分かるように非常に丁寧に描かれている。そこがものすごく面白かった。

それにしてもビックリだ。なんて事実は恐いんだ。ルーシーさんの家族がこんなだったとは!? 特に、あの、娘を救おうと記者会見してたお父さん! お父さんが不思議すぎるが、いろんな意味ですごいなぁと思える部分もある。一方でお母さんは非常にバカだけど、ある意味分かりやすい。もうなんか読み進めるうちに絶句!絶句! そんな家族のあり方も、やはり著者は丁寧に…そして出来るだけ公平な視線で描いている。(この「公平さ」はジョブズの伝記本にも通じるかも)でも著者が出来上がった本を、お父さん/お母さんに見せたら、お互いが「相手に寄りすぎている」と文句を言ったのだという。それを聞いて著者は激しく落込んだ、とも書いている。が、ここで負けてはいけないのが、ジャーナリスト魂なのだ。この本は,素晴らしい。そしてパワフルだ。

そして… 闇はまだまだ続くわけだ…そしてその闇は事件を追う著者をも巻き込んで行く。いったい「奴」の資金はどこから出ているのか…著者は大阪へと向かう。

織原はサイコパスなんだろうか… でもその疑問にも著者は警鐘をならす。そうやって彼を自分の世界から織原みたいな人を除外して安心しても、何の解決にもならないよ、と。そんなことを言っているともしかしたら一番大事なことを見逃してしまうかもしれないぞ、と。

織原には友達がいなかったという。もしかしたら、あなたも私も… もし信頼できる友達がいなかったら、彼のような猟奇的な人間になってしまう危険性はあるということだ。それを見つめないとダメなのだ。すごく恐いけれど。

恐い。恐すぎる。でもこれが現実なのだ。いや〜すごいパワフルな本ですよ。これは。

翻訳もめちゃくちゃスムーズで読みやすい。あまり英語が裏に見えない訳し方で、読んでいてストレスがなかった。この本を貸してくれたノン・フィクション・フィクションライターのご夫婦に感謝。

著者インタビュー発見! いや〜日本の他の事件も是非取り上げて書いてほしいけど、こういう本書くの、ものすごいパワーが必要なんだろうなと想像する。ホントおつかれ様でした。というか、これからもどうかご無事で。