ブレイディみかこ『ワイルドサイドをほっつき歩け』


これは泣ける。そして最高に笑えるエッセイ。いや〜、読んでてめっちゃ楽しかった。ブレイディみかこさんの英国ブライトン在中のおっさんおばさんたちを描く素晴らしい21篇。本当に本当におすすめです。外で読む時は声出して笑わないよう、要注意。

前作『僕はイエローで〜』を好きな人も、まだ読んでない人も是非。というか、これはあっちとはまったく違うノリの本で、私はこっちの方が著者の真骨頂ではないかと考えている。とにかく素晴らしい。完成度が高い。

ここに登場するのは、意味もない抵抗を続ける不器用なおっさん、おばさんたち。人生は泣き笑いの連続だ。ブレグジットで揺れにゆれる英国。家庭もゆれる。憎たらしくていまだに許すことができないサッチャーへの怒りを抱き、NHS、そしてドクターマーチンのブーツへの愛とともに生きる彼ら(笑)。

著者は私と世代がほとんど一緒だ。というか学年が一緒かな? 彼女がアルバイトを繰り返しながらも渡英していたころ、確かに英国には日本人女子がたくさんいた。みんな英国に住みたいと英国での暮らしに憧れていた。音楽も英国の音楽が一番かっこよかった。とはいえ長く英国病におかされていた不景気のくら〜い英国で(しかも当時の英国ときたら食べ物は恐ろしいくらいに不味かった)何の取り柄もない東洋人がビザを取得するのは至難の技だった。言ってみればパートナーを見つけて結婚するしか可能性はなかった。もしくは日本食屋でウェイトレスのバイトをするしか。語学留学でなんとなく英国へ行き、ビジネスに使うほどではないが日常会話を身につけ帰国するも、その後日本の社会にも妥協することができなくて、そのままフラフラとしていた女性の友人は本当に多かった。彼女たちはみんなどうしているのだろう。facebookで何人か名前をググっても出てこない。でも海外に住んでいるのに日本人とばかりつるんでいて現地の友人がまったくいない人も多い。そういう中途半端になってしまっては意味がないで、最近英国留学した姪っ子には留学するならちゃんと学位を取る留学をしろとか、英語がちょっとしゃべれてもそんなのは仕事にならんと口うるさくいう嫌なおばさんに私はなった。ま、でもいいのか、そういう生き方でも。彼女たちがそれで幸せならば。

でも、あの頃の英国の「終わってる感」を鮮やかに思い出すよ。あの頃の英国には本当に希望がなかった。天気が悪いのもそれに拍車をかけていたように思う。でも、それでも英国には「やっぱりすごいな」「彼らにはかなわないな」と思わせるユーモアのセンスやしたたかさみたいなものも間違いなく存在していた。この本はそのことを思い出させてくれる。そうそう、英国ってこれなんですよ。これが彼らの強さであり、自分も貧しいくせにチャリティ活動なんかにも妙に燃える正義感みたいなところでもあるんですよ。

著者は、そんなユーモアのセンスが本当に英国的だ。なんというか自虐的というか、なんというか。アイルランドなんかもっとそうだけど、自分のことを面白く語れない人間はインテリジェンスがないとされる。彼女はそういう意味では、すごく頭がいいんだと思う。おっさんたちをおばさんたちを見守る視線が本当に暖かい。これこそ、まさに英国的。うん、英国的だよ。素晴らしいよ。

そういやアイルランドで移民が増えてきた時。誰かが言ってたな。アイルランドに来るとどんな国の人でも「アイルランド人っぽく」なるんだって。だからこの国は大丈夫なんだよ、と。ブレイディさんにもそういうところがきっとあるんだと思う。

そういやブレイディというファミリーネームからしてブライトン近郊在住という著者だけど、旦那さんは北アイルランド出身かもね。アイリッシュ系だという事は本にもはっきり書かれているけど。

みんな失敗しながら、つまずきながら、それでも人生を楽しくしたたかに生きている。奥さんが出来すぎて離婚になった夫婦の話、ベトナム人の若い恋人に夢中になった幸せなおっさんの話。コンマリにはまったおっさんの話など。みんなパブで言いたいことを語りあいながらも、愛情を持って友人を見守る。そして酒を飲んで爆笑する。爆笑するけど、だけど、なんか悲しい。泣き笑いってこういうことかも…「中和」ほんとに「中和」だよね。(本のここ「中和」のところは読んでいる方の笑いも爆発するので要注意! 第1章1話より)

あぁ、これが英国の良さだよなぁ、と改めて思い出した。あ、あと所々にどこかで聞いた曲のタイトルや歌詞が登場するのも音楽ファンには嬉しいところ。あちこち要チェックポイント!

それと第二章の現代英国の世代、階級、そしてやっぱり酒事情も非常に参考になった。思えば私が英国好きだったのは80年代から90年代の頭にかけて存在した英国と、今の英国ではだいぶ違う。私はそのあとは英国というよりもアイルランドへどんどん傾倒していったし、どんどん自分の趣味が辺境へと向かい、グリーンランドや北欧やあれこれ勉強しているうちに英国のことはすっかり忘れてしまっていた。そもそも英国に最後に行ったのはいつだったかと思う。超久しぶりに行ったら持っていたキャッシュが使えなくなっていて、ウーロフにお金をかりたっけ(爆)。

こうやって、どんどん世界は変わる。私を含め不器用なおっさん、おばさんたちを取り残して…でもそこに物語があるんだね。

とにかく超おすすめです。今年読んだ本ベスト5の中の一冊はこれで決まりだな。