ウイルアム・モリスの表紙の素敵な装丁。でも、なんで上巻がこんなにボロボロになってしまったかというと、ちゃんと新刊で買ったのだけど、先日のアイルランド出張中、持っていったら、バックの中でペットボトルの水をぶちまけてしまい、一緒にバックに入れていた上巻はボロボロカピカピになってしまったのでした。とほほ…
そんなふうにして出張中、この本を読み始め、そこから割と延々読み進み、先日やっと読み終わった。上下巻の長い、長い、まさに本格小説。
なるほど、すごい本だった。水村美苗さん。実はお名前はなんとなく知っていたけど、作品を読んだことは一度もなかった。そのくせ綺麗ですっとした彼女の容姿から、どこかのお嬢様、しかも帰国子女というイメージだけは強く持っていた。
しかし最近作家の吉原真里さんのプロモーションをするにあたり、彼女が影響を受けたという水村さんの作品を読まずにいることはありえないわけで…(まぁ、ロビン・ヒッチコックのコンサートを作り初めて、あわててディランのCDを買ったようなもんだな)
というわけで、どーんと数冊買い込み、最初に読み始めたのが、実は『日本語が亡びる時』だった。吉原さんが、この本の英訳を手掛けていると聞いていたからだ。
そして、その『日本語〜』を読み始めて、割と早々に「あぁ、なるほど、こういう感じね。確かに吉原さんが影響を受けたのはわかるなぁ」と何かを掴んだ実感を手にいれた私は、実はその読書途中でとある資料を読まなくてはいけないことがきっかけで『日本語〜』は途中で珍しく挫折してまったのだった。
面白くなかったわけではない。ただ、「あぁ、こういう感じかぁ」ということで理解したつもりで、妙に納得してしまったのだろう。もちろん続きをまた読まなくちゃなぁとは思っている。
そんな状態が長く続いた。
で、先日も積読消化のため、珍しくちょっと前に買ったフィンクションを読んだのだが(私は読む本の95%がノンフィクション)、そのフィクションが最悪で、なんかこうパンチのあるフィクションってないもんかね…とfbに感想を書いたら、吉原さんが再び『本格小説』を勧めてくれたので、さっそく積読になっていた『本格小説』を取り出し出張中に読むことにした。
最初は『日本語〜』の時の水村さんと同じトーン。本の語り部を著者本人とした前書きらしいものなのだが、これがまったくもって長い。これ、まだ前書きなのか、と。そして長ーい長ーい前書きを経て、やっと話が始まると、こちらの第2の語り部から聞いた部分も、それなりに長い。
だいたい上下巻ある。そして上巻の巻頭にもついている家系図。この人たちが出てくるのはいったいいつになるのか、ちらちらと先が気になってしまう。まだこの人たちは出てこないのかと何度も家系図を眺めてしまう。
そして、この本の上巻のほとんどが終わりそうになって、やっと本編的な部分が始まる。これが私が呼ぶところの「嵐が丘パート」(笑)ここからが、一気にだった。ものすごい。
実は『嵐が丘』は大好きな小説なのだ。読んだのは、おそらく子供の頃。高校生の終わりの方が大学生か。
とはいえ、当時の私はろくに本を読んでいなかったため、読書経験の分母が少ないから、これが私のAll Time Best 小説かというと、そうでもないかもしれない。それでも『嵐が丘』は、英国に憧れる私を十分に満足させてくれた。(とにかく私はブロンテの『嵐が丘』と、遠藤周作の『沈黙』が大好きなのであった)
とにかく何度も読んで、かつ実際の嵐が丘にも行ってみたくらいなのだ。今、このブログにも貼ったケイト・ブッシュの歌の影響も大きい。気が狂うほどの恋だか、愛だか、そんなもの。
ブロンテ姉妹のお父さんがやっていた牧師館も行き、シャーロット・ブロンテのドレスを見て、なんだ、こんなにちっちゃい人なのかと驚愕したのを覚えている。ウエストも細くて本当に小柄だった。
もちろんWuthering Heightsにも実際行ったぞよ。牧師館から15kmくらい歩いて一人で行った。有名なブロンテの石橋を渡り、延々と歩くヒースの中の畦道みたいな道。
肝心の嵐が丘たる場所に到着したら、廃墟以外なにもなくて、でも、そこには4、5人の観光客がふきだまっており、そこでアメリカ人が「俺は嵐が丘に来たんだけど、ここが本当の嵐が丘なんだろうかーっっ!」と叫んでいた(笑)
天気は英国にしてはまずまずで、曇ってはいたが、雨は降っていなかった。ブロンテの丘に行くと言ったら、当時ホームステイしていたおばさんは「そんなところは危険だ」と言って、私がハイキングに行くのを止めたくらいだった。
確かに普通の格好で行ったけど、ちょっとアウトドア仕様で行った方が本来は良い場所かもしれない。
行ったのはおそらく1月1日だったのだけど、ひどく寒いわけではなかった。そう、年越しもブロンテ姉妹のアル中の兄弟が薬を買っていた場所というのを改装したB&Bに泊まったのであったが、年越しのホグメニーBBC特番をテレビで見たのをはっきりと覚えている。
たぶん89年とか、そのくらい。もうキングレコードには勤務していたと思う。It's me Kathy〜とか歌いながら歩く嵐が丘ハイキングロードは最高だった。というか、再び言うが単にヒースの中に延々と、幅30cmくらいの道が続いているだけなのだが。まぁ、あんなところ一人で歩いて、今考えれば危険だったかもと思わないでもない。
話がそれた。そのくらいブロンテの世界が好きだったので、この『本格小説』は日本版嵐が丘だよ、とどっかで読んで、とても楽しみにしながら読んだのに、まずは「嵐が丘」パートに辿り着くまでがながかった。確かに第2の語り部が幽霊を見たくだりは、「嵐が丘」への前章的な味わいもあるが…
実際の嵐が丘もこんな構成だったっけか…と思い悩む。そして、まずは私は、この長い前書きに出鼻を挫かれた気にもなった。
しかし! 嵐が丘のパートになったら、いやはやすごいのなんの。まさに嵐だった。いやぁ、なんというか描写がリアルというか、なんというか、もう修羅場はあるわ、これどうなっちゃうのよという展開はあるわ、嵐が丘以上の愛憎劇!
こいつが筆の力ってやつなのか。とにかくすごい。あっという間に物語の世界に引き込まれる。
そして「嵐が丘」もあんなに何度も読んでいたのに、細部ぜんぜん忘れている! 驚愕。「嵐が丘」も確か誰か語り部的な存在がいたよな、ということはなんとなく覚えている。そして親子何代にも続くものがあり、身分違いのあれこれがあり。そしてヒースクリフが「死んで幽霊になってでもいいから、俺のそばを離れるな」と言うあたり…
うーーん、私は30歳前まではボーイフレンドを欠かしたこともないくらい恋愛体質だったので、この辺にもしかしたら感情移入していたのだろうか。今じゃ、もう恋愛なんて面倒くさくって、からっからだ。今の生活を変えるくらいなら、勘弁こうむりたい(笑)
だから、なんというか、読んでいる自分の環境の違いというのはある。あるのだが、なんと言っても、人を愛するという…いや、愛なのか、これ…所有欲マックスの結びつき。すごい。すさまじい。
しかも悪いことにここにおけるヒロインの名前はキャシーではなく、「よう子ちゃん」なのであった(爆)。この「よう子ちゃん」がすごい女で、二人の男をある意味翻弄し、良家のお嬢様なのだが、あまりにすべてが幼すぎる。正直彼女にはまったく共感できない。
だから私はどちらかというと「太郎ちゃん」そして「フミ姉さん」に感情移入してこの本を読んだ。太郎ちゃん、こんなバカな女は離れて、ちゃんと真っ当な幸せを得られる道をさぐりなさい…と思うのだが、太郎ちゃんにしてみたら、もう子供のころからの結びつきが強すぎちゃって、そうはいかない。
そして、最後はやっぱりこうなるよね…というエンディングへ雪崩れこむ。壮絶!!!
加えてフミ姉さんの悲しさよ… でも同時に冬絵さんの言うとおり、羨ましくもある。あぁ。
これ、もう一度頭から読んだら、細部の細部までじっくり味わえるかもしれない。2度目に読んだら、さらに感想は違うものになるかもしれない。
しかし、まぁ、まさにタイトル通りの「本格小説」。すごい世界でした。
おそらく想像だけど、水村さんはこういうパワフルで圧倒的なものを描きたかったんだろう。その感じはめちゃくちゃわかる。(あぁ、でもそれがわかるのがあの長い前書きの存在ゆえなのか。となるとあの前書きもやはりすごく意味があるよなぁ)
水村さんのことをよく知っているわけではないのだけど、アメリカに渡った水村さんは「日本語にしがみついてしまった」というのをどこかのインタビューで読んだ記憶がある。つまりはそういうことか。
確かにその感じは、すごく出ていた。すごいパワーだった。この小説は書くべくして書かれたものだというのがヒシヒシとわかる。そしてそこにいたるまでの彼女の思いもあの前書きに表現されている。
それにしても、フィクションですよ。自分はなんでフィクションについて、いつも気持ちが乗らないのはなんでだろうと思うのだけど、この本を読んでいてわかった。
重要なのは、やはり読んでいる時の、自分の没入度合いなんだなぁ。その度合いが足りないフィクションは、読んでいてしらけてしまう。
そういう意味では、この小説にはどっぷり。まさに読んでいる時は、まったく違う世界には入りこめる。軽井沢だの、成城だの、お嬢さまの世界に入り込む。
電車に乗りながら読んでいると、そのまま山手線をぐるぐるまわっちゃいそうだ。これがフィクションの醍醐味か…と今さら思うのであった。
それにしても嵐が丘パートの語り部のお手伝いさん…もとい女中さん…がいい。この彼女には、いろんな意味で同情もし、彼女の人生に伴走しているような気にもなって、めちゃくちゃ感情移入できた。
そして、よう子ちゃんと太郎のすさまじさよ。それに巻き込まれる雅之の存在とか、いったいなんだったんだ、と思う。すごい微妙なバランスの三角形の中で、それでも、もしかしたら究極に幸せだった「よう子ちゃん」。デパートのお惣菜をならべたり、ハイティーやアフタヌーンティーなどミドルクラスの暮らし。うーん。
いやーー パワフルでした。読み応えという意味では、ここ数年の中で最高かもしれない。すごかった。っていうか、これいわゆる文豪ものだよね。文豪もの。
っていうか、もう一度『嵐が丘』も読もう。鴻巣さんの訳のやつ、確か購入してあったっけ。…と積読山を見上げる、なう(笑)
私の拙い感想よりも、こちら豊崎社長のレビューの方が参考になるかも。【本日のピックアップ】「西洋で生まれた“本格小説”と日本の“私小説”の幸福な合体」
— ALL REVIEWS (@allreviewsjp) July 24, 2024
『本格小説』(新潮社) - 著者:水村 美苗 - 豊崎 由美@toyozakishatyouによる書評 ALL REVIEWS #書評 https://t.co/7DM04aYsQShttps://t.co/7DM04aYsQS
そして、ちょっとググったら、なんとドラマ化の話が進んでいるらしい。確かに、こんなにドラマチックな話、映像化されてないのがありえないくらいだ。映像で見てみたい。
なんと! https://t.co/xtZsJnLeeZ @MariYoshihara
— 野崎洋子 (@mplantyoko) August 13, 2024
このほか、ネットで人の感想を拾って読むと、あの長い前書きがすごいのだと評価している人と、あの前書きは長すぎだという人が半々くらいな気がする。
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