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2013年6月20日木曜日

ここまで良く来た。偉いぞ、ラウー! これからも頑張る。

 ここをずっと読んでくださっている人には「ま〜た、その話か」と飽きられちゃいそうですが、また彼らと歩いた道のりについて(笑)ちょっくら語りたいと思います。このへんの話を最初から知ってる人は、笑ってください。でもきっと知らない人の方が多いと思うんだ。だからまた書く(笑)

最初に彼らに会ったのは、マーティン・グリーン(アコーディオン)が最初でした。まったくの偶然です。2005年の3月に無印良品のBGM7のレコーディングのコーディネイトを手伝っていた私は、レコーディングのためにスコットランドはグラスゴーを訪れていました。このとき、マスウミュージック(一時はすごい流行ってましたよね…)のフロントマンのマーティン・スワンに数トラック参加してくれるようにお願いしたのでした。理由もフィドルをこちらの要望どおりに弾いてくれれば誰でも良かったのですが(実際スコットランドには候補は何十人といるし)でも当時スワンのマネージャーと仲良くしていたので、彼に何か仕事が振りたかった、というのもあるのです。マーティンはパイパーのフレイザー・ファフィールドと、マーティン・グリーンを伴ってスタジオに現れました。そのときは普通のセッションだったので、マーティンは普通にアコを弾いて帰って行ったのですが、すごく可愛いボロボロのブーツを履いていて、当時からなんとかなくキャラが立ってて感じのいい子だな、という印象を持ちました。その時のマーティンについては「イライザとやってるアコの子」以上のことは知らなかったです。ちなみにこのレコーディングで、マーティンはブルーナイルの作品などでも有名なプロデューサーのカルム・マルコムと初めて出会い、カルムはラウーのファーストを手がけることになるわけですからホントに偶然ってすごいもんです…っていうか、このバンドはセレンディピティ能力がものすごく高い。

そして、その前だか後だか、おそらくたぶん2004年か2005年くらいに私は取引先のVertical Recordsの紹介でエイダン・オルーク(フィドル)のファーストアルバム「シリウス」をリリースしました。このアルバム、まさに私が大好きなクール系トラッドの連中が大集合。マイケル・マクゴールドリック、ブライアン・フィネガン、ハラール・ハウゴー… とにかく超豪華。しかも曲がいい。この作品はだいぶ枚数も売りましたよ。で、当然のことながら来日作りたいなーと思ったのですが、このビックバンドの人数じゃ呼べないだろうし、まったくエイダンがトリオ編成かなんかでやってりゃいいのにな、とは、ずっと考えていたのです。

その後すぐにラウーというすごいバンドが出て来た評判は、もうあちこちから聴こえて来ていました。ものすごいバンドがいる、と。確か同年のケルティックコネクションズ(グラスゴーの有名音楽フェス)でラウーを目撃した五十嵐正さんがラウーのポストカードをお土産にくれたのもこの頃かな。(クリスがロングヘアーで可愛い) そしてラウーはデビューでいきなりfROOT誌で、本人たちは真っ黒というバックライトの印象的な表紙になり、それをみた時はびっくりしましたが、とにかく最初からものすごい評判だった。そのfRootsの記事にラウーのファーストのレコ発ライブが2007年の3月にあると知って、ふーーーーんと興味を持って見ていたのでした。

同じ頃、ロリーナ・マッケニットがヨーロッパツアーをするというので、私はお客さん2名をつれてヨーロッパに行くことにしました。ほんとは10名くらいのツアーになるかな、と期待したんですが、3人で地味に…(笑)日程は最終的にコペンハーゲンでロリーナを見て、翌日ロンドンへ移動、移動日のあとロンドンでロリーナをみて終わり、という短いツアーになりました。(今、思えばロリーナは私たち3名のためにベストな席を用意し、楽屋にまで招待してくれたのですから、すごいツアーでしたよ)

ロンドンに到着したのが、たしか昼間だったので、私は当時娘が生まれたばかりのセーラ・アレン(フルック)の家を訪ねました。普段、私はダブリンやロンドンへ自分が行ったからと言って仕事の予定もないのに自分のミュージシャンを呼び出したりしないのですが、このときはセーラの赤ちゃんが見たくて本当に偶然にセーラの自宅まで訪ねていったのです。オフのセーラに会うのも初めてだったと思います。

そしてその日の夜、お客さんと「今夜はロンドン市内で面白そうなライブがある」と言って私はラウーのライブにお客さんを誘いました。が、正直、見るまであまり期待できないと思ったので、普通にチケットを買っていくつもりだったのです。しかしそこになんとエイダンから私の携帯にテキストが…。正直びっくり。エイダン本人とは面識ゼロでしたから。メッセージいわく「セーラからロンドンにいることを聞いたよ。コンサートに来ない? 名前をおいておくから、ヨーコ+1」とかいう内容(笑) まぁ、だからセーラの援護射撃がなくても私はコンサートには行ってたと思うのですけどね…。正直「ありゃ」と…最初は思いました。招待されると後がプレッシャーだしなぁーと。でもまぁ行くか、ということでお客さんと一緒に会場に向かいました。チケット代は仲良く1枚分は3人で代金を分けて(笑)しっかり2名分は招待してもらっちゃった。

きったないライブハウスでした。汚いのはいいんですが、音がひどかったよなーあのライブハウス。でも一応ロンドンのレコ発ライブ(笑) fROOTSでプッシュされてたとはいえ、お客は100人いなかったと思う。そして前座のバンドが終わって、私がトイレかなにかに行こうとしたら、そこで非常階段のところだったと思うのですが、マーティンとバッタリ遭遇しちゃいました。向こうは普段接触のない東洋人ということで覚えていてくれたらしく「やぁ、来てくれたんだ、ありがとう。僕らの曲は難しいから開演前は1本しかビールが飲めないんだよ」とかいってビールを3本かかえて楽屋に戻っていったのが印象的(笑)

そしていよいよラウーが始まりました。今思えばHinbaかFrank and Flosだった。私は音楽がはじまって30秒でこのバンドを呼ぼうと決めました。これはホントに早かったです。あと当時ホントに偶然にも大阪の友人に「アコーディオンのフェスがやりたい」と相談されていた、ということも実はあった(笑)。で、そのアコのフェスは流れましたが、私の執念は流れなかった。当日はRevealという会社の社長のトムが自ら即売をやっていました。普段トムは現場には絶対に出てこないのでホントにこれも今、思えば激レアな事だったんですが。トムからラウーのファースト、Lightweights and Gentlemanのアナログ盤を買ったのが(笑)とっても懐かしい。そして翌日エイダンの携帯に「日本に来る気はないか?」とテキストをすると、エイダンは速攻で「行きたい」と返事をしてきたのです。

そして当時マネージャーもいなかった彼らの、ブッキングエージェントのアラン・ベアマンがビザの手配やら何やら骨をおってくれ、そのうちにこのCDはアメリカの取引先のコンパスレコードからリリースが決定(ホントここでも世間が狭すぎる!) 私はすぐにリリースをフィックスさせて、そしてその年のたしか10月に彼らの初来日が決定したのです。

あれは忘れられない公演だったなー。特に初日の衝撃たるやすごかった!! そして初来日は大盛況のうちに終了したのです。代官山の小さなライブハウスで2日の公演でした。ホントによく来てくれたよなぁ! あと、ICU高等学校で演奏させていただけたのと、当時私がやっていた文化放送のインターネットラジオのからみで文化放送のホールで演奏できたのも良かった。

何はともあれ、これは間違いないという手応えを感じた私は、この時点ですぐに2009年に向けて大きなツアーを組みはじめました。そういう大きなサイズのツアーになると、もう突発的にはいろいろ決められない。準備が1年半は必要です。そこであいてしまった空白を埋め、そしてバンドの人気を確固たるものにするため、2007年の初来日と、2009年の本格来日の間に代官山の小さな小屋で5日間連続という、今思えばほんとうにすごい企画を打ち立てたのです。また5日連続で来てくれたお客さんには1日分のチケットをフリーにするというプランも作りました。このときの詳細はアルバム「アークライト」に書いたので、興味がある方はぜひ読んでください。これが今思えば泣ける、笑える、面白いツアーだったのでした。

そしてこの5日連続の公演のときにプランクトンの川島恵子さんが来てくれて「このバンドを2年後のケルクリでやりましょう」と決定を出してくれたのです。うほほほーーーい!!

そして2009年、私が作った、ウチにしては大きなツアーを1本経て(そしてそのツアーのときも恵子さんが来てくれてみんなにしゃぶしゃぶをご馳走してくれたのでした)、ついに2010年12月ルナサとヴァルラウンと一緒にケルティック・クリスマスのステージにたったラウー。ホントにあれには涙が出ました。

そして恵子さんには「いつかぜひクアトロのツアーを作ってください」とずっと、ずっとお願いしてきたのです。クアトロは… 私の世代の音楽ファン特有かもしれないけど、クアトロを一杯にできて一人前の外タレ、という感覚があるんですよね(笑)。だから今回大阪,名古屋そして渋谷のクアトロで公演ができてホントにホントに嬉しかった。ホントに嬉しかった。

この仕事をしていると、いろんなアーティストに出会います。でも彼らみたいにものすごい上り調子のバンドには滅多に出会えない。こういうアーティストを私たちは広めていかなくてはならない。っていうか、こういうアーティストにノレなければ、スタッフとしてもダメなんです。音楽って結局はアーティストとお客さんのもの。スタッフができることはホントに少ない。そんな風に強く思った。

最初の来日から来てくれているお客さんにとっては、今回のツアーはほんとに感慨無量だと思います。私もそうです(笑) ウルウル… 私が作った最初の来日はBBCの前だった。だから皆さんもBBCよりも先にラウーを認めたことになる。そのバンドが今や4回もベストグループ賞に選ばれ、こうしてクアトロで一人前の公演が出来たというのは、ホントに、ホントに、ホントに、ホントにお客さんありがとう!! プランクトンさんありがとう! ラウーの音楽にありがとう!!というしかないのです!! ううううう!

本当にありがとうございました。これからも頑張らないとなぁ。という私の現在の問題はラウー以降、これだけ強烈に入れ込めるバンドに出会えてないこと… 普段のルーティンでいくとだいたい4年に一回出会えることになってるんだがなぁ! もちろんアラマーイルマン・ヴァサラットとか、スヴェングとか、他にもいいバンドがウチにはたくさんいるけど、やっぱり自分の中の何かと完全に一致するというバンドは本当に滅多に出てこない。いや、実際一生出会えない人も多いだろうし、出会ったとしても一緒に仕事をすることなんか出来ない可能性の方が高い…だろ、普通。

…と、言うことを考えれば、わたしも相当恵まれている、と強く思ったりしているわけです。

でもそれはやっぱりそれぞれのアーティストのもっている力だね。その力に載ることが出来る能力がないスタッフとしても生き残って行けないしね。うむ。

それにしても5度目の来日が無事に終わって良かった。地震もなかったし、台風もぶつからなかった。ホントにホントにありがとう。私はホントにこんなバンドと係れて、すっごくラッキーだよな、と改めて思ったりしているわけです。

さぁ、次のツアーはなんと1週間ないんだよね! 頑張ります。初のフランス人ツアー…