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2015年6月16日火曜日

企画書、なう

左の写真は、もうすぐ発表になるハラール・ハウゴーのツアーの企画書。

ツアーがない時、企画書を書いてるってよくtwitterでつぶやくこともあって、時々、人に企画書っていったい何を書くの?と聞かれるので、今日のブログはそれをネタに書いてみようと思う。

普通の人の企画書のイメージってどんな感じですか? たぶん会社で営業職の人は書く機会多いんじゃないかな。パワーポイントとか使ったりして…横位置でペラペラ図式をめくって、それを見せながら会議とかでプレゼンしていく、という。

実は私はパワポが使えないダメな人間なんですわ。っていうか、パワーポイントはトライしたこともないわ…。そもそもマイクロソフト嫌いだし、使わなくてすむなら、エクセルやワードすら使いたくないっす。そんな調子だから、だいたい自分の企画書はワードで書く。ワードも下手くそで、いまだに行間の取り方とか、フォントのセンスとか、すっごい下手だと思う。でもワードで事足りちゃうし、そうやってレイアウトした企画書に写真とかチマチマと貼付けて行くわけなのさ。

ツアーの企画の場合は、アーティストのバイオグラフィーそしていろんなデータや実績を書く事が多い。そしてなぜこのアーティストを日本でやるべきなのか、という要素をあれやこれやと書き連ねていく。

つまり企画書とは仕事を取ってくるため、自分のアイディアを人に説明するための重要なツールなわけです。

肝心な企画書の内容だけど、CDをたくさん出していた頃はプレスリリースと呼ばれるCDリリースを案内するための資料も結構書いていた。発売日,値段、レコード番号、アーティスト名の表記、そしてバイオグラフィーなどなど。今もツアーのプレスリリースも作るけど、マスコミ用のリリースって企画の段階ではすごく遅い時点で作るものなんで、もうすでにチラシやホームページの制作のプロセスと一緒になっちゃうことが多いんだよね。

人に情報を公開する時点では、企画はもうその最終段階の80%あたりを迎えていることが多い。情報を発表している時、自分の仕事はもうすでに終わりに近いのだ。いったん「行ける」と思えば、あとは楽なもんだ。でもその「行ける」と思えるところまで持っていくのが本当に難しい。そのくらい準備の方に時間が取られるし、そっちの方が難しく厳しいイバラの道だ。

でもって、もちろん情報を発信している最後の20%の時点でも、自分自身がその企画にノっていないと全然ダメで、そのパワーがないとこのブログに書く文章もSNSも弱いものになってしまい、お客さんに私の気持ちが通じなくなってしまう。弱い企画はお客さんにはすぐバレる。だから企画は、企画書を書き始めてから企画が実際に終わるまでの「持続力」もものすごく重要だ。

大きい企画だと構想2年とか3年とか結構あるから、その間、自分の気持ちを持続させるのが、正直最近はすごく辛い。特にアーティストが来日し、そのツアーが成功した直後。ホントに失恋しちゃったみたいに落込むのに、そんな自分にムチを入れて、次の企画書、次のアーティストに気持ちを持っていく。そんな時、こんな仕事もう辞めたい、と真剣に思う。

でもってね、そうやって企画が生まれて、無事に終わりまで到達できた物って、おそらく20本に1本くらい。いや、企画書に落とし込むにいたらずアイディアだけで消えたのも含めたらもっと少ない確率かもしれない。

企画書って何のために書くんだろう、と思うのだけど、良く考えてみれば、私の場合、その企画書を相手に渡す前に企画が決まってしまうことも結構多い。例えば実績があるライヴハウスについてはだいたい私がメールすれば向こうから「じゃ、その企画書出してください」と言われることはほとんどない。ましてやアーティストの名前もいちいち聞いてこないことも多い(特に初来日のやつなんて名前言っても分からないくらいウチのアーティストは無名だしね/笑)。それよりも小屋が知りたいのは、誰の責任でライブハウスのその貴重な1日をその人に明け渡し、誰の責任のもと無事公演をつつがなく完了するか、ということだけなのだ。だから野崎がやると言った時点で信頼してくれる小屋があるってのは、ホントに有り難いことだ。

一方で公演を買ってくれるようなホールさんや文化財団さんや地方のプロモーターさんに対しては、やはり資料を提出する事は必須だ。が、これもありがたいことに具体的な企画書を渡す前に「今度こういうのやりますんで」なんて普段の雑談の中で話が決まってしまう事も多い。というか、人と話すことで、自分の中で自分が今書いている企画書の内容を練ったりする事もある。これは大きな部分だ。面白い人と話せば、内容に刺激が与えられて自分の中で何かが生まれることも多い。先日通った来年春の企画書などはありがたいことにそのホールの担当者さんが私が書き散らした長い長いメモをA4の1枚にピシッとまとめてくれたから通ったのだ。ほんとにありがたい。

私は企画書を書くのは上手くないと思う。旅行会社で営業もやっていたが、その頃から企画書作りは下手くそだった。でもクライアントさんに恵まれていたから「御社はこの旅を通じてウンヌン」「ホニャララを目的に展開してまいります」みたいな、わけわかんない企画書を書く必要はまったくなかった。このツアーは幾らで、何の意味があって、こんなに楽しいですよ、ってのを口八丁手八丁説明すれば、それで通ってしまうことが多かった。

でも、一方で、今、その下手な企画書書きに何故これだけ時間を裂くかというと、実は自分のアイディアを自分で納得するまでまとめあげるプロセスが必要である、ということなのだ。つまり自分のために自分の企画書を書く。書いているうちに企画は自分の中で成長し、資料を読んだり見たり聞いたりする中で、どんどん膨らんでいく。そしてこの企画がなぜ、今、この日本に必要なのか(大げさですが)っていうウンチクが出来上がってしまう。そして、そのウンチクさえ固まれば、もうあとは突進するのみなのだ。

だから紙を見せる前に決まってしまう話もかなり多い。でも、そんな贅沢な環境を作るためには「野崎のやってるのってなんかヘンだけど面白いよね」と普段から思ってもらえる土壌作りが重要だ。そのためには意味のない企画はやらない、くだらない音楽に手を出さない、などあれこれ注意すべき点はあると思う。とにかく信頼してくれている方の信頼を裏切らないように…企画を人の会社で通してもらうには、これにつきる。

しかし今日も走りながら考えたのは、すでに20ページくらいに及んでしまい、なんとか削らなくちゃと思っている某企画書のこと。実はさらにその企画書の21ページ目が思い浮かんでしまい、結局全然削れないというオチになりつつある。

そうやって、企画は自分の中でぐんぐん育っていく。企画書書いてノってくると自分でもその企画書にすっかり酔ってしまう。すげーよ、このアーティスト、すげーよ、それを発見した自分みたいな…。この企画、今の日本に絶対必要だよ!ってか?! でもそのくらいじゃないと人を説得することなんか出来やしない。自分の中でちゃんと熟成した企画じゃないと人になんか話せないのである。

もちろんあまり自分の企画書に酔いすぎて内容がスカスカになっちゃったら、それはダメだとは思う。でも所詮、客観的に見れば、私の小さな企画書に、世の中を動かすほどの力はない。規模だってせいぜい200人程度。1,000人のホールを埋める力も無い。でもこんな風に、ちょっとしたノイズなら面白そうだし、やって見てもいいかなと思ってくれる人たちが多いのも事実なわけで、それでウチはなんとかやっていける、という事なのだ。

ハラール・ハウゴーの来日公演、面白いですよ、今回は。発表までもう少しお待ちくださいね〜