清水靖晃さん、公開インタビュー Vol.2


清水靖晃さんの公開インタビューが渋谷Lipoにて行われました。越境のコンサートシリーズBEYONDの大トリを務める清水さん。日本でのライブはなんと4年ぶり! 

この公開インタビュー。おなじみ田中美登里さんが聞き手。時々プランクトンの社長、川島恵子さんも登場します。

すっごく面白かったので、早速レポートしたいと思います。なおこれは録音もせず私が自分でメモったものをもとにしているので、理解が足りないところや勘違いなどあるかもしれません。文責のざきでお願いいたします。

第1弾はここに載せました。続きをこちらに書いていきます。

なおこのトークイベントは、プランクトンさんが動画でも発表されています。ぜひこちらもあわせてご覧ください!


話は清水さんの音楽に「こぶし」を感じるということに移っていきます。そして、なんと清水さんは北島三郎さんとも共演されたんだそうです。全然知らなかった!

生田さん(Vol.1に登場)が歌詞を書いた「ワラジ・靴・ゾウリ」という曲があって、それを北島事務所に「歌ってください!」と飛び込みで持っていたんだとか。すごいよねー。

清水さん、なんとそれをちらっと歌ってくださったのですが「わらじくつぞうり、どれにしようか、いつも出かける前に悩むよー」という歌詞だったんだそうです。爆笑。

でも逆に「清水くん、<漁歌>という曲があるからこっちを手伝って」と言われて、そちらをプロデュースすることになったらしい。北島事務所もすごい!



ちなみに飛び込んだ北島事務所には「まずは流氷を見て来い」と言われたそうです。ほっ、ほんとか? 話盛ってないか、清水さん!!? で、スタッフもつれて10人くらいで本当に観に行ったとのこと…。なんか、もう面白すぎる。

会場で音を聞くことができたのですが、確かにこのサウンドは清水さんだ!! か、かっこいい!

そして流氷の軋む音を実際に聞いたんだそうです。もちろんその音を聞く行為とともに流氷がある街を見ろ、その場所に触れろという意図が先方にはあったのだと思います、と清水さん。

譜面に書けない、毎回違う、気分や環境によって変わる音楽、そこに興味があるんだとお話しされていました。なるほど…

とにかく昭和30年代、40年代、歌謡曲というジャンルにはありとあらゆる可能性が流れこんできていた。清水さんいわく自分でもいい時代に生まれたなぁ、と。

その後清水さんはパリへ移られたわけだけど、日本にいたら、もっと日本の歌謡曲にコミットしていたかもしれませんよね…

そして話題は94年の「東京ムラムラ」に移っていきます。「興奮する」ということ、そしてVillageの「村」をかけあわせたネイミング。清水さんはこういうギャグが得意なんですよ、と川島さん。

プランクトンさんのホームページより


とにかく細野さん、清水さん、プログラムを作っていく話がおもしろい。今では(当時でも)ありえない共演や組み合わせの数々。

特に思い出深かったのはマイケル・ナイマンカルロス・ダレシオのすごい火花をちらしての共演。二人はキャラクターが全然違ってた。ナイマンのお家にいったら家は領収書と譜面だらけで床が見えなかった(笑)

一方のダレシオのお家は、家をきっちり片付ける性格。音楽は最高に素晴らしかったけど、一緒に打ち上げで居酒屋にも行ったのに双方まったく打ち解けなかった。

他にザンジバルの人たちをホテルまで送り届けてエレベーターに乗せてバイバイしたら、また扉があいて、まだ彼らはエレベーターに居た。つまり乗ったら行く階を押さなくてはいけないのを知らなかった、とか。(あまり可愛いすぎるエピソード!)

そしてもちろんケルト・ファンには大ニュースだったチーフタンズの来日ですよ!! この当時91年は、まだ前年にメアリー・ブラックが初来日したばかり。伝統音楽系のアーティストが来日することは、滅多になかった時代でした。チーフタンズは、まだCDすら1枚も日本で出ていないバンドだった。

こちらはそのプランクトンの貴重な初来日の映像。

 

他にもデヴィット・リンチの映画でおなじみのジェリー・クルーズも招聘したそうなんだけど、彼女なんかは最初日本人とやるのはいやだと主張していたそうで、でもNYまで説得に行き、細野さん、清水さんみんなでNYからサンプリングの音を取り寄せたりして完璧に準備していたそうです。で、本人もそれを聴いてびっくりして喜んだそうです。

他にもメイシオ・パーカー(JBのバンドにいた人)とIFというバンドを作ったりして、クラシックの人、ワールドミュージックの人、テクノの人、映画音楽、誰でも共演できるそういう環境だった、と。全然関係ないものを組み合わせる。それがすごくよかった。

ビル・ラズウェル、ジョン・ゾーン、ヴァン・ダイク・パークスなど豪華面々による楽しいエピソードはまだまだありそうで、ムラムラだけで思い出話のトーク・イベントをしてほしいくらいでした。

ちなみにこの辺の詳しい素晴らしい仕事は、プランクトンの過去の実績リストにも掲載されているので、ぜひぜひみなさんもチェックしてほしいです。本当にたくさんの面白いことをやってきた。

爆笑したのは、ムラムラの盛り上げの一環として、浅草で実行した練り歩き。「プロモーション」と世間に言いわけして、なんか楽しいバカなことをやろうというのは、今のプランクトンのまさにスピリット!(あっっ、失礼。褒めてます、褒めてるんです!)

浅草をパレードしたらすごいマスコミと警察で「すごい!」と狂喜乱舞した関係者。でも、それはなんとゴルバチョフの来日だったそうで、全員ずっこける。川島さん「許可もらっているんですぅー」と警察に紙を見せるも、警察側も「なんでこんなの許可しちゃったんだ」とパニック(笑)

とはいえ、楽しそうに浅草寺の前で写真を撮る一行の笑顔が本当に楽しそうで大変だったんだろうけど楽しかったんだろうなぁ、としみじみ(笑)

何度も書きますが、ムラムラのエピソード、もっと知りたい!!

そして次に紹介されたのがアーバン・サックス。アーバン・サックスは、清水さんは最初パリで見たそうで、その経験がものすごかったらしい。

まず最初はパリ中に配られていたチラシを見て、「どれ、行ってみようか」と興味を持って、夜中の11時だか12時だかに指定された公園に集合したのだけれど、そこには誰もいない。

でも薄くソプラノサックスのような音が聞こえてきて、それに導かれていくと七人くらいの子供たちが消防士みたいな白装束で登場。そしてその子たちに先導され階段を降りると、その階段の下が終点でそこに大きなステージがありパフォーマンスが繰り広げられたのだそうです。(想像するだけでも、素敵ですね!!)

そこはちょっとした迎賓館みたいな離宮で、池と建物の間にステージが組まれ、300人くらいの大量のサックス奏者が待ち受けていたそうです。

上の階からロープにつられたサックス奏者がおりてきたり、音がどんどん大きくなって、ステージが波打ったり(???)それにつられて300人が上がったり下がったり(笑)

最後の最後は花火大会でどっっかーん! 音楽はミニマルの音楽だったり、バリのガムランだたったり、アフリカだったり、すべてをひっくるめたような…  でもそれは足したものではなくすべてが融合したすごいものだったんだって。

このアーバンサックスを日本に呼ぼうと閃いてしまった清水さんとプランクトン(笑)。

日本でやった時は10人のサックス奏者をフランスから招聘し、そこに日本人のサックスを30名ほど加え、こちらでもクレーでつったり、あれもこれも使って、衣装とか機材とか…大変な公演だったそうです。

で、先方から送られてくる機材や衣装もすごい量で、移送荷物もすっかり重量オーバー。で、何が入ってるのか開けたら機材よりも、衣装よりも、それはワインとチーズだった(爆)。で、衣装はすっかりチーズくさくなっていたそうです。


ちなみにこれはきっと違法アップロードだと思いますが、アーバンサックスの東京公演の様子はYou Tubeで見ることができます。いや、ほんとすごい。日本のサックス奏者たちもすごい人たちがみんな参加していて、この辺の記録とかちゃんと記録としてどっかに残さないのかな…とも思いました。もったいない!!

とにかく川島さんは清水さんと8年間仕事をして、CM、音楽、イベント、まったくもって飽きることがなかった、と言います。清水さんはイマジネーションがすごい、と。子供が遊ぶようにどんどん湧き出てくる、と。

っていうか、私はお話を聴いていて「うわー、すごいなぁ」とひたすら大興奮でうらやましかったのでした。

ちなみに、ここはケルト・ファンのテストに出るポイントなんですが、チーフタンズをムラムラで激推ししてくれたのは細野晴臣さんだったそうです!! もう日本のケルト音楽ファン全員が細野さんに足を向けて寝られない。もちろんその後はヒストリー。川島さんとプランクトンの皆さんの多大なる努力で、パディがなくなるまで来日は続いたのでした。

こうやってプランクトンという会社も、今、私たちがよく知っている会社になったわけだけど、「ムラムラから生まれたことはたくさんあります」と川島さん。

いやー すごいなぁ、すごいよ、80年代から90年代前半! いわゆる「時代がよかった」と言ってしまえばそれだけど、やっぱりそこで面白いことやってた人はすごい。そしてその「面白いこと」というのは、その人の血となり筋肉となっていると思いました。

やっぱり楽しいことを諦めない、そのスピリットですよね。

私なんて、その頃、何やってたんだっけ。まぁ87年とかまでは学生で、その後旅行業界とかで働いてたし、その時の経験が無駄だったとは言わないけど、本当に羨ましいよなあ!! 

89年からレコード会社勤務で、言ってみればメジャー・メーカーに3年勤務して95年くらいまでは自分の仕事ができなかった時期だったから、無理っちゃ無理なんだけど、そんな仕事してる暇があったら、私ももっと馬鹿なことをやりたかったよ!!(あっ、清水さん、川島さんすみません。褒めてます、褒めています!!)

うーん、だからやっぱり「やりたい」と思ったら即実行って重要なんだよなぁ、と今でももんもんと考えている自分の妄想にガソリンが入ってしまったのでした。いやー 勉強になりました。

続きは、たぶん明日! まだまだ楽しいネタ満載ですよ。




清水さんのコンサートは12/12(月)クラブ・クアトロにてまず滞空時間さんが登場して、その後清水さんと國本怜さんの登場となるそうです!! 楽しみですね。

なお、昨晩、プランクトンさんのサイトで、このインタビュー動画もアップされました。このブログはあくまで要約なので、正確に全部知りたい方は、ぜひこちらへどうぞー

■この公開インタビューまとめは、三回に分けて掲載しております。

Vol.1はお生まれになった静岡の話から、80年代のアルバムの話。

https://themusicplant.blogspot.com/2022/12/vol1.html


Vol.2は「東京ムラムラ」「アーバンサックス」の話。→  いまここ!

https://themusicplant.blogspot.com/2022/12/vol2.html


Vol.3は、人間の身体もチューブ。サックスはその延長になる!?な話。

https://themusicplant.blogspot.com/2022/12/vol3.html