ポール・ブレイディ来日までの道のり9:イギリスにて

そんなこんなで、私は仕事といいつつ、単なる音楽が聞きたいというそういう理由で、ポールのツアーのおっかけは何度もやっているが、最後にやったのは、アイスランドの火山灰でヨーロッパ中が真っ青になった2年前の4月だ。火山灰のことはさておき…このツアー中、ポールは20年近く一緒に仕事をした英国のプロモーターをクビにする!と言って、超不機嫌だった(で、実際、本当にクビにした)。だから皆が皆ピリピリしているツアーだった。

私は当初ジョン・スミスをダブリンで見て、その翌日にポールをエジンバラでラウーの連中と一緒に見て、すぐ日本に帰国する予定だったのに、エジンバラへは予定どおり移動できず結局… どこだったけな…リバプールだったかな…あたりにポールをおっかけていった。私が訪ねていったら、火山灰のバタバタでポールのマネージャーと交信していたこともあって、私が訪ねていくことはすっかりポールにバレていた。普段は内緒で行って驚かすのが好きなのだけど… その時、私は日本に帰れる目処はまったくたっていなかった。終演後、ポールを楽屋に訪ねて行くと、この日ポールはライブの出来が気に入らず、超不機嫌だった。いや、ものすごいライブだったんですよ。私たちは会場の裏にあるアイリッシュ系の素敵なホテルにみんなで宿泊していて、そして寝る前に一杯飲もうとみんなでホテルのバーに集まった。

そこにタイミング悪くもサインをもとめるべくサイン帳みたいなノートを持って、ちょっと挙動不審なファンの人が近づいてくる。ポールはムッとしながらも、それでもサインをしてあげる。ファンの人が去って、サインしたノートが、これまた気に入らなかったポールは「なんだあいつは。毎晩ここでみんなにサイン貰ってるのか」とプンプン怒る。みんなの空気が氷ついたが私がすかさず「でも、こういうのもロック・シュターの仕事の一部じゃない?」と言ったら、ポールは吹き出すように爆笑して空気がぐっとゆるんだ。私が行くとこんな風にツアーの空気が多少変わる(出来れば良い方に)から、スタッフには喜ばれる。というか、ツアーってホント過酷なんですよ。同じメンバーで一緒にいると煮詰まってくる。だから気が知れた第三者がくると喜ばれるのだ。私も顔を出すのであればスタッフにも喜ばれるようでなくちゃ意味がない。

ツアー中訪ねていくのが好きだ。そして内緒にして行って、驚かせるのが私は好きだ。事前に告知しておくと向こうに食事とかお土産とか余計な気をつかませてしまう。そしてツアー中じゃないときに行くとなると、わざわざ家族のいる家を離れて、私に会いに町に出て来てって、ってのも申し訳ない。だから私はいつもツアー先に突然顔を出す事にしているのだ。もちろん泊まっているホテルなどは事前にマネジメントに聞き出す。マネージャーがいないバンドにたいしては、会場の近くのそれっぽいホテルを押さえる。

そして、こちらの日程が自由になるなら、なんとなく会場と日程とを見ながら「このヘンでツアーに飽きてくるかなー」ってな頃に行くと良い。だいたいツアー最終日は「明日、家に帰れる!」って、間違いなく盛り上がるから、ベストは最終日から2つ前や3つ前くらいの公演。このヘンがツアーの気持ち的には一番辛い。そして出来ればマイナーなイケてない町がいい。大都市は会場も大きくて、だいたいは盛り上がる。それよりも「あ、この会場でやるんだー! こりゃ、つらいなー」みたいなところに行くのが良い。何よりロンドンとかダブリンだとビックリ度が足りないし「なんかのついでに来たの?」って事になる。そういうのよりも、出来れば空港があったとしても、あまり国際線の乗り入れてない町、例えばアヴァディーンとか、バーミンガムとか、カーディフ、ベルファースト、エクスターとか、何ということはない町がいい。

話がそれた。ポールと一緒のツアーバスの中で、私はTVのエリアでバンドの連中とよく映画をみてなごんでいたのだけど、ポールはだいたい車両の一番後ろにあるめちゃくちゃ素敵なスイートルーム(さすがシュター!)で一人でゆっくりしていることが多かった。

でも何度も一緒に食事したりして、何より毎晩素晴らしい音楽が聞けて、私は楽しかったなー。結局3、4日、彼らと一緒にいた。私はポールが機嫌がいいところを見計らって「また日本に来る気はない?」と話しかけた。「またああいう大きなイベント(ケルティック・クリスマスやアルタン祭り)を作るっていうのは、おそらく難しいと思う。もちろん出来るかもしれないけど、またたぶん5年くらいかかっちゃうだろうし」と。「グレンと私はよく二人だけで気軽なツアーをやっている。グレンもお寿司が好きでね。二人で美味しいもの食べて、一緒にお寺に行ったりして、すごく楽しいわよ。ぜひぜひ友達を訪ねるような感じでまた来てくれないかしら」「そういうシンプルなツアーだったら、あなたさえ決断してさえくれればお金のことは私がなんとかする(あっ、言っちゃった)」と。ポールは私の目をまっすぐに見つめてニコっとした。でもって少し黙りこんで考えて、そして私の目をまっすぐ見て(ちょっとロマンチック♥)言った。「ヨウコ、ありがとう。でも、それは無理だと思う」と。

そうね、ロック・シュターだもんね、と私は心の中で思った。それはすっごくよく分かる。お金とかそういうんじゃないんだよね。お金も大事だけど、自分の立ち場ってものがあるんだわ。ロック・シュターとしての立場。東京でやるなら、最低クアトロやDUOみたいな小屋じゃないと。そういう事だ。そういうのを分かってない馬鹿なアーティストもいるけど、ポールは頭がいいから良く分かっているのだ。

私はがっかりしたけど、まぁ、納得した。ポールはグレンみたいなツアリング・アニマルじゃない。ポールはツアーアニマルみたいなツアーはポール・ブレイディ/アンディ・アーヴァイン時代にさんざん経験したらしく、ホントに嫌らしかった。だったら仕方がない。

ま、いいんだ。でも自分はこうして日本から見に行こうと思えば、いくらでも行けるわけだし。これでいいかと思う部分はあった。でも、それじゃあ不満なのは、単に見に行っているだけじゃ普通のファンもしくはせいぜい友達でしかなく、私という存在の意味がまったくない。それじゃ嫌だ。ポールに対してファン以上の立場になりたい、という気持ちも強くあった。

そんなこんなで月日は流れた。そしてチャンスは意外なところから巡ってきたのである。

この曲がオープニングだったらいいなーと思っている。大好きな曲。