メアリー・ブラック物語 4

さてここでメアリーのバイオグラフィを少し説明していおこう。っていうのも、ここんとこ10年くらいしかアイルランド音楽を聞いてない人は、きっとメアリーのことをまるで知らないと思うから。

メアリーはダブリンのド真ん中で5人兄弟の真ん中に生まれた。お父さんはスコットランド沖の小さい島、ラスリン島出身。お母さんはダブリンの都会っこ。二人が恋におちてダブリンで雑貨商(Black Gloceries)を営んでいた。メアリーは上から3番目で長女。弟や妹たちの面倒をよく見る、しっかり者だったらしい。

妹でシンガーのフランシスが言っていたエピソード… メアリーは本当にしっかり者でお出かけ用のブーツを大事にとっていた。でもある日こっそりフランシスはそれを無断で履いていってしまった…というもの。

家は貧しく、でも食べ物に困るほどではなかった、とメアリーは回想する。そして音楽にあふれていたらしい。お父さんは楽器を演奏しラスリン島の歌を歌った。でもメアリーに大きな影響をあたえたのはお母さんのパティだ。パティは都会育ちで歌がうまかったから、みんなの前で歌うのが大好き。レパートリーはアイルランドの真面目な伝統歌でもなんでもなく、いわゆるコーニーと呼ばれる当時の流行歌。パーラーミュージックとかそういうもの。本格的な音楽ファンからは馬鹿にされちゃうジャンルかもしれないけど、パティはみんなが喜んでくれるのが嬉しくて、歌って、歌った。人を元気づけたりするのが大好きだった。もちろんプロの歌手というわけではなかったのだが、その後、メアリーと一緒にTVに出たパティは自慢の喉を全国ネットで披露している。その時すでに高齢で足もともおぼつかなかったけど、みんなを楽しませようとするサービス精神旺盛なパティの歌は大きな感動を呼んだ。元気で優しいパティのこのスピリットはメアリーにも間違いなく受け継がれている。「家の中には音楽があふれていた。友達がきて、一緒に歌って。Just a great feeling of sharing...」とメアリーは語っている。いいよね。音楽は分かち合うもんなんだよね。

そんなわけでメアリーは子供のころ歌うのが大好きで、赤ちゃんのころから自分で自分を寝かしつけるのに、よく歌っていた…というからすごい。音楽好きの両親にならって、兄弟姉妹みんな歌が大好きだった。一番上のお兄さんのマイケルはメアリーの才能を見抜いていてよく厳しくメアリーに歌唱指導をした、という。

どんどん成長しカトリック系の学校にいったメアリーは楽しい学校時代を送りつつも、結構シスターたちにいじめられたらしい。というのも、名前がBLACKだったから。シスターたちはよくメアリーをブラックと呼べず、ブレイクと読んだらしい。BLAKE ひどいよねぇ… で、よく机の上に手を置きなさいと言われ,手を鞭でぶたれたと聞いたことがある。まぁポールもそうだけど、この世代のカトリック学校のエピソードはホントにひどいものばかりだ。

でも学校時代は比較的楽しいものであったらしい。ティーンエイジャーになればビリー・ホリディやジョニ・ミッチェルを聴き、部屋でよく泣いていた、と言うが「それは泣きたいから泣いていたにすぎない」みたいな話をメアリーは楽しそうにしていた。

一方でお兄さんは学校を卒業するとスコットランドに渡り、そこで知った歌をたくさんメアリーに教えた。メアリーのレパートリーが、伝統音楽でもアイルランドに留まらずスコットランドの曲が多いのはそのためだ。

と、ここまで書いて分かると思うのだけど、メアリーはアイルランドの伝統音楽の歌手ではない。よくインタビューでメアリーは話しているが、田舎の、たとえばゲールタクト(ゲール語を話す地域)で育った歌手とはまるで状況が違う。ドロレス・ケーンや、アルタンのマレードとか… 彼女たちは間違いなく伝統歌手だ。でもメアリーは都会のど真ん中で生まれ,育った。だからアイルランドの伝統音楽と、ビリー・ホリディ、カーラ・ボノフ、ジョニ・ミッチェル…すべてが同一線上に存在している。

これは兄弟で歌っているもの。曲は「コルカノン」 コルカノンはアイルランドの有名な家庭料理。「お母さんが作ってくれた味を覚えているでしょ?」そういう歌詞。




さて学校を卒業したメアリーは歌手になりたいとずっと思っていたけど、もちろんそう簡単に行くわけもなく、ウエイトレスなどしながらチャンスをうかがっていたのだという。メアリーが参加した最初のバンドは「ジェネラル・ハンバート」というグループだ。アイルランドのグループなのに歌のレパートリーというとスコットランドやイングランドのものも混ざっていたので、当時、東京のトラッドファン(茂木さん、大島さん、白石さんたち)はこれはなんとユニーク!と大興奮していたらしい(笑)

そしてダブリンのミーティング・プレイスという伝統音楽の連中がつどうパブに出入りするようになる。ここにはクリスティ・ムーア、ドーナル・ラニー、ポール・ブレイディ、モイア・ブレナンなどがしょっちゅうやってきてはセッションをしていた。メアリーはその中でも一番若いほうで、歌がうまいからかなりかわいがられたようだ。

そして運命のこのTVが放送されることになる…クリスティ・ムーアの番組にゲストとして登場したメアリー。



この伝説の放送が、メアリーの運命を一転させる。あの歌のうまい子は誰なんだろう、と問い合わせが殺到したらしい。そしてこの番組の放送日はなんと偶然にもメアリー本人の結婚式の日だった。現在も彼女の旦那様でありマネージャーでもあるジョーと結婚したメアリーは幸せの絶頂だった。パーティの途中で放送時間になると出席者は皆TVの前にあつまり、みんなでこの放送を見たのだという。

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4月23日に私がライナーを書き選曲もしたメアリーのベスト盤が出ます。