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2016年12月17日土曜日

山野井泰史「アルピニズムと死」を読みました

この本は、人からプレゼントされた。「野崎さんのブログを読んでて、こういうのお好きかと思いまして」

おおっっ、嬉しい! ありがとうございます。タイトルを見て、狂喜乱舞!! すごく喜んだのだが、実は正直に書いてしまうと、残念なことに、この本の内容は私にはあまり響かなかった。本をくれた方、申し訳ない。でもこういう近いところに存在する本こそ微妙なラインで自分の中の共鳴ラインとずれるというか…、何というか…。

本は人を映す鏡だね。いやいや、これは素晴らしい本である。素晴らしい内容なのだが、私はこの本を読んで、つくづく自分のことを理解した気になった。いわゆるスポーツ観戦しててもあまり響かない私。そこにも通じる。私はそういう人間なんだ、と。

結論を言うと、私はつくづく身体能力には、あまり興味が湧かないのだ。だから山岳系の探検ものとかダメなんだよ。身体能力は、もちろんすごいよ。記録を達成したり、誰もやれないことをやれば単純にすごい、って事になるんだろう。

もちろんそれがどれほど凄い事なのか理解できなくもないんだが、何でも努力すれば出来るようになると思っているおめでたい私にとって、身体能力はあまり感動を運ばないのだよ。なんでも時間をかけて鍛えて、お金をかければ、私にだってエベレストとか登れるに違いないと、まだうぬぼれているのだ、私は。いや、ホント暇と時間とお金さえあれば、サッカーの選手にだって今からでもなれると思っているのだ。いや、時間もお金もないからやりませんよ。やりませんけど… だから究極のところで身体能力に私はあんまり感動しないのだ。

いただいた本なのに、申し訳ない。が、この本は素晴らしい内容だと思ったのも事実。特に指を失ってからの後半や、奥さんとのクライミングシーンとかは、私でも非常に面白く読めたし、グイグイ引き込まれる。普通の感覚の人だったら、この本とは多く共鳴しそうだし、何よりこの本は角幡さんのノン・フィクションよりも、うんと売れそうである。きっと多くの人の心に共鳴しているのではないかと想像する。

でも命をかけてやることを夫婦でやる、ってのも、なんかちょっと違うかな…と私は思ったりもした。命はかけなくても、仕事とかね。もっとも例えば音楽業界内でも同じ仕事する夫婦は多いけど。やっぱりどっちかが主役でどっちかがサポートになってしまうし…。

話がそれた…と、まぁ、つくづく私は好みがはっきりしているのだ、私は。ホントに超うっとおしい自分!(笑) そんな自分にあきれつつも、本を読むのは面白いな、と思った。そうやって本は、自分とは何者かを教えてくれる。

そして残念ながら文章が弱いね。文章が弱い。ノン・フィクションを文章で読ませることが出来る人っってのはホント少ないと思う。だいたい本屋のノン・フィクションコーナーに行けば,刺激的なタイトルが踊り、私だって作家が誰だろうが、週刊誌買うみたいに買っちゃうこともある。でも、違うんだ。私が求めているノンフィクションはそういうんじゃない。

例えば角幡さんの文章の格調の高さは、どんな下品なことを書いていても失われることがない。そしてどんなに下品なことを書いていても、するどく本質をついてくる。高野さんの本は何を読んでもホントに温かさに溢れている。高野本を読みながら、あぁ、こんな優しくて素敵な人間になりたいなといつも思う。川内有緒の文章もホントに美しいし、すいすい読ませる。そして彼女の中の何かと私の何かが共鳴するのが分る。彼女の本は私が欲しかった言葉をくれる。私が悩んでいたことを言葉にしてくれる。

何度も書きますが、プレゼントしてくれた方、ごめんなさい。でも読んでいる時は確かに盛り上がったし、すごく良い本だと思った。しかし…感想文は正直に書かねばならぬ。

昨晩は久しぶりにお風呂で角幡エッセイ(「探検家、40歳の事情」)を読み、またもやいちいち共鳴してしまった。1本目のエッセイの最後のほうに書かれていた「死を前提にした判断が失われてしまったということは、生をも失ったということではないのか?」という一文が…今は妙にグサリとくる!

そう、昔は私にも「死んでもなんとかしたいアーティスト」がウヨウヨいた。それが最近ではあまりいないんだ。それが歳をとるということなのか。あーーーもうっ! やばすぎるわ。それを角幡さんに指摘された。なんでこんなに響くんだろう。もう響きすぎて何度も読んじゃう。それにしても北極にGPSも持たないで行ってしまった角幡さん。ご無事でいらっしゃるんだろうか。4日に1度くらい心配になり、角幡さんのことを考えたりしているが、早く帰って来て、またすごい文章を書いてほしいと思う。