ギュンター・テメス 森本智子・遠谷明子訳『ビア・マーグス〜ビールに魅せられた修道士』を読みました。ドキドキスリル満点のビア物語


いやー 面白い本でした。久しぶりにフィクション(でもかなり史実に基づいた)を読みました。

ご存知の通り、普段フィクションはあまり読まない私ですが、今回は友人の森本智子さんがこの本の出版に頑張っておられ、かつ翻訳もされたとのことで、まぁ、なんというか最初は付き合いで買いました。はい。

でもサスペンス仕立てなので、とにかくぐいぐい読み進めることができるし、読んでる間はずっとドキドキ、ハラハラ。すごく面白かったですよ。森本さん、本当に素晴らしい!!

森本さんとは偶然パン赤羽でこんな講座をやった時にお会いしたんですが(試食のパンの量がすごい! その節はお世話になりました)、その後、妙にウマがあって、兜町パンツアーに連れて行っていただいたり(こちらにレポート)、この本がリリースされると聞いて、こんなインタビューをして応援したり(笑)→ 過去ブログ。先日は森本さんがバルトロメイ・ビットマンのTOKYO SCREENINGに来ていただいたりといろいろお世話になっているのです。

で、本がこの春完成し、しばらくバタバタして私もゆっくり読む時間がなかったのですが、やっと数日前に読み終わった。いやー 面白かった。

物語の主人公ニクラスは貧しい農家の生まれながらお母さんの作るビールが好きでビール作りの道に入ります。当時貧しい生まれのものが人生において成功するには、未来のための選択肢があまりなかった。前半はそんなニクラスの修道院での生活が描かれています。

その後、ど田舎での生活から、ついにケルンの街にたどりつき、家庭を持って、ひたすらビールを作ります。この途中で出てくる地名や修道院の名前、ビールの名前や作り方や種類など、かなり史実に基づいているということで、おそらくビールが好きな人にはたまらない内容になっているのではないでしょうか。私はビールはそれほど詳しくないのだけれど、友人がアウグスビールにつとめていることでクラフトビールに興味を持ったり、ヴェーセンもIPAという曲を作ったりしてビール大好きだし興味はあるんです。(最近のヨーロッパ大陸ではワイン・スノッブよりも、ビアス・ノッブの方がタチが悪いんですって。ヴェーセンの連中が自虐気味に言ってた)


とにかく中世のビール造りってすごい。麦汁を覚ますところとか、ホップが使われるようになった件とか、なかなか製造が安定しなくてすっぱくなっちゃうってこととか、いちいち面白い。っていうか、こういうビールの歴史や種類などのオタク情報(失礼)って、なんていうか固有名詞全然わからなくても、なんか楽しいんだよね。ビールの自動販売機が偽硬貨を作るのをエンカレッジしちゃったりしたエピソードとか…(笑)いや、大変なんだけど、ちょっと笑えるというか。

でも何もなかった時代にいろんな材料をかけあわせて、こんなすごい複雑で美味しいものを作っちゃうわけだから、なんというか魔術や神秘主義的なものの一つとして妙に彩られてしまうのも無理もない。

果たしてどのくらい史実に基づいているか、詳しくは著者の「エピローグ」をチェックしてください。この「エピローグ」そして著者による年表付きの「あとがき」はとても親切で、すごく楽しく読めました。

あ、それからケルト文化好きはウィスキーの語源である「命の水」も登場しますよ! ここは読み逃さないように。主人公がロンドンに行ったあたりです。主人公のイングランドの友人が言う言葉「この酒は地獄のように熱い。だがな、ニクラス、これだけは言っておく。毎日コップ1杯飲めば、医者要らずだ。世界一効く薬だ。アイルランド人以外に、これをまともに造れる人間がいないのが残念だが」(笑)

そうそう、イングランドといえば英国生活にかかせない「パブリック・ハウス」こと「パブ」の当時の様子も書かれてて必読。

あとやっぱり本当にビールって、ドイツの食文化全体とは切り離せなくて、このお話の中心をなすビールが、あの豊富な種類のパンにいかに密接に結びついてきたかというのも実感できます。うーん、歴史だよなぁ。ほんと数十年の話じゃないんだよね。中世からずっとずっとずーーーっと現代までこういうのが続いている。ドイツってビールが有名だけど、こういうストーリーだからこんなにパンの種類も多いんだなぁ、と妙に納得しながら読みました。。

あ、そうそう、例のユダヤ人の印ともされるヘキサグラム(六芒星)「ダビデの星」はビールの醸造家のマークともされるんだけど、それはどうやら偶然の産物のようだ、とこの本では結論づけられています。

それからドイツの食文化にはかかせないスピリチュアルでハーヴな修道女「ヒルデガルド」のもたくさん登場します。この物語が進行している時、すでにヒルデガルドも過去の存在なんだけど、その影響力たるやすごい。ケルト同様、こういうちょっとスピリチュアルなものもって、今の不安定な時代には必要とされているものの一つかもしれない。実はヒルデガルドについてもレシピ本を友人が編集しているんです。是非是非チェックしてみてください。

あと…と、チェックポイントがほんとに多い… 今後の興味をそそられたのが、ザンクト・ガレン(719年創立)の付属図書館にあるケルト装飾写本の話。これは今後、私にとってはさらなる要勉強ポイントって感じ。今、秋のケルト市のためにBook of Kellsを再び勉強しているのだけど、この装飾本にも興味がわく! 全然知らなかった。(下の画像を参照)

まぁ、ケルズの書に比べたらかなりシンプルな感じですが…  それでもすごいよね。

そして、以前、森本さんにお話をうかがった時のインタビューなんぞ読み返してみる。彼女が言ってらした「ロマンスの要素はあまりない」「ハッピーエンドと言っていいと思います」っていうのは、すっごく読後感として納得できました。私もこれはハッピーエンドと言っていいと思う。読後感は妙にさわやかな気持ちにさせられます。この時代の人々ってこんな感じで生きてきたんだろうな、って思います。

ニクラスの波乱万丈の人生。本当に中世ってこういう世界だったんだろうなぁ。波乱万丈でありながら、とても充実した、そしてなんだかんだ言っても大好きなビールに彩られた人生。そんな感じでしょうか。当時はちょっとした誤解でやってもいない犯罪の疑いをかけられ命があぶなくなったり、人に恨まれたり、当時流行したペストやら天然痘やらの疫病で家族を失ったり、とにかくつらいこともあるけれど、ささやかな幸せや少しだけだけどほっとする安定期間もある。読んでいる間中、中世における日々の暮らしみたいなものが、映画をみるよりもヴィヴィドに迫ってきました。

いやー 森本さん、本当に素晴らしい本をありがとうございました。なお同じ著者による「ビア・マーグスシリーズ」は全部で5冊、時代を変えて書かれたそうですから、今後ぜひ全部訳して欲しいなぁ。まずはこの本のヒットが必要だよね。だから、みなさんも応援してください。

あ、森本さんに今度あったら聞きたいことがあるんだ。ニクラスがオープンする酒屋の名前「長尻亭」とか、醸造所の名前「太鼓腹のローマ人」。この日本語には爆笑しました。オリジナルの言葉はなんだったんだろ。ドイツ語だから聞いてもわからないだろうけど、英語だとどんな感じなんだろ。森本さんのお得意のシャープなユーモアが隠れているに違いない(笑)。今度お会いした時に聞きたいと思いました。

そうそう中世といえば… fbのこのグループ好きです。先日もこんな面白い動画シェアしてた。中世な感じ(笑)この本を読まれる方はBGMにどうぞ!