中世の修道院・ビール醸造所を巡るミステリー『ビールの魔術師』の出版を企画されている森本智子さんにお話を聞きました


さて、今日は皆さんにも応援してほしい企画があるので、それをご紹介しますね。以前、赤羽のパン講座でお世話になったドイツ食品のエキスパート、森本智子さんの企画、翻訳で、今から10年くらい前にドイツで話題になったミステリー・中世の修道院のビール作りや生活がわかるとてもユニークな本の翻訳・出版を目指すというクラウド・ファウンディングです。

本の内容はというと、上のチラシを参考にしていただければ良いのですが、簡単に説明するとビール醸造所で働く語り手が、醸造所内で13世紀のビール作りの手記を発見。それを読み進んでいくという物語。そこには貧しい農家に生まれた主人公と、意見との食い違いで仲違いした幼なじみとの生涯をかけた果し合いの物語が描かれていました。これがとっても面白そうなんですが、なにせドイツ語がわからない私たちがこの本を読むためにはまず翻訳本が出ないといけません。

というわけで、この本の出版を企画された森本智子さんにあれこれ質問をしてみました。


野崎(以下N):森本さんというとドイツの食文化でおなじみですが、そもそも森本さんがドイツに興味をもたれたきっかけは? またドイツに移住された経緯など教えてください。

森本(以下M):特にこれ!といったきっかけってなかったのですが、高校の時にNHKのドイツ語講座を見たり、ドイツに文通相手を見つけたり、マンガやイラストエッセイに影響されたことがきっかけといえるかもしれません。

N:文通相手! いいですね〜。海外との文通って、私の子供のころも流行ってました。

M:海外へ行ってみたいとその頃から思っていたのですが、すぐにドイツ語を、とはならず、やっぱりまずは英語だろうと思い、アメリカに行ってみました。そこの大学でドイツ語のクラスも取ったりして、アメリカはちょっと合わないなと感じたこともあり、その大学が募集していたドイツの交換留学プログラムに参加し、まずは一年ドイツへ留学しました。

ところが一年はあっという間で、一年経ってやっとドイツの生活に慣れてきたところでもあったので、交換留学プログラム終了後も残ることにしました。それからしばらく留学生活をだらだら続けた後、学生ビザが切れたのをきっかけに帰国しました。

帰国後はドイツ農産物振興会という、ドイツの半官半民で運営されているドイツの食品・農産物の販売促進をする団体の日本事務所に入り、ドイツの食品業界、食文化についていろいろ知ることができました。


N:…という中、2009年にこの本に出会われたわけですね。当時はビアソムリエになろうとしていらしたとか? 日本人初のドイツのビアソムリエの資格を取得されたそうですが、どんなことを勉強されたのでしょうか? またドイツにビアソムリエは何人くらいいるのでしょうか?


M:ドイツといえばビール、とほぼ誰でも連想しますよね。ドイツ農産物振興会に勤務している時、ちゃんとビールのこと勉強しておかないと、と思うようになったんです。でもその頃日本ではそういうところがない。そんな時、たしか2008年にドイツでビアソムリエという資格があることを知って、これにしよう、と。いろいろあって結局講座を受けられたのは2011年の3月でした。

ビアソムリエというのは、ビールを造る、いわゆる醸造家とは違い、ビールについて多くの知識(醸造方法、材料、スタイル、などなど)、適した保存方法、飲み方、サーヴィングのスキルなどを持ち、ビールについてTPOに応じて相手に伝え、適材適所のビールを選び勧めることができる、といったような資格です。

N:ワインのソムリエと同じような感じなのですね?

M:そうです。日本人(アジア人)初だったというのは偶然で、当時はドイツ語でしか講座がなく、ビール業界以外ではあまり知られていなかったので、アジア人あるいはドイツ語を母国語としない人がほとんどいなかったんですね。現在ドイツ語圏を中心に、1,500人以上ビアソムリエがいるそうです。

N:森本さんの『ドイツパン大全』を見て、ドイツのパンの種類の豊富さにびっくりしましたが、ビールの種類もきっとすごいんでしょうね。現在ドイツには何種類くらいのビールが存在しているんでしょう? 

M:ドイツの醸造所連盟は14種類(スタイル)を挙げていますが、それら以外またはそれらのバリエーションなども含めるともっとあります。

それらのビールを、各醸造所がそれぞれ受け継いだレシピで、あるいは新たに開発した材料、製法その他で作るので、種類が同じでも醸造所によって味わいが違うのでそう考えるとほんとに多くのビールが存在することになりますね。

N:自分でもビールを作ってみたことがありますか? それってイリーガルでしたっけ? ドイツでは家庭でも作ることがあるのでしょうか? 確かずいぶん前に英国人家庭で作っているのを見たことありますが。

M:ドイツでは、ビアソムリエの講座で一度やりました。ホームブルーイング、ホビーブルーイングがドイツでは規定の数量さえ守れば自由にできるんですよね。

N:当時この本はドイツではベストセラーだったのでしょうか?

M:ビアソムリエを受講することが決まってから、何かビールに関する本を読んでおこうかなと思った時に見つけたのがこの小説でした。ベストセラーとまでは言われてませんでしたが()、ビール好き、ミステリー好きの間では評判になっていたようです。

N:作家の方との交流エピソードがあれば教えてください。

M:この本を読んでとても面白かったので、作者をネットで検索したら、HPがありそこからメッセージを送ってみました。ドイツ語でしか出版されていないので、まさか日本で読んでる人がいるとは思わなかったらしく、すぐ返事が来て、驚いたけど嬉しい、ありがとうと言ってくれました。私がビアソムリエを取得した時はおめでとう!とお祝いの言葉ももらいました。

その後この本を日本語訳できないだろうかと思い付き、その意思を伝え、2013年にフランクフルトで毎年開催されている国際書籍見本市で、作者が出版社のブースにいると聞き訪ねました。作者と編集の方から、「電子書籍でもなんでもいいから頑張って!」とエールをもらいました。

N:それは素晴らしい。地球は狭いですよね。直接お会いした作家の方の印象はどうでしたか?  予想していたのと同じ感じ?


M:まず第一印象はでかい!()190㎝くらいあるんじゃないかって感じでした。元々ビール醸造家なので、背はともかく体格がいいのはそのせいもあるんでしょうね。すごく明るくて人懐っこいというタイプではなさそうでしたけど、優しい人なんだなと思いましたね。その場にいた出版社の編集の方も親切そうでしたよ。

フェイスブックで繋がっているので、それからもいろいろとやり取りしています。


写真は森本さんと著者(右)そして出版社の方(左)



N:電子書籍でもお話は読めるけど、やっぱり形あるリアルな本がいいいですよね。装丁のアイディアとか、まだ内緒だと思いますが、考えていますか? ドイツ語版の表紙は、ちょっと怖くて暗いイメージですけど。

M:いや~まだそこまでは遠い道のりなんで()、具体的には考えてないんですが、想像するのは楽しいですよね。このモチーフ使ったらどうかなあってのは実はあるんですよ。ドイツ語版のは、出版社のミステリーシリーズの一つとして出されたので、そんな雰囲気の装丁になってるなあと思いますね。ドイツ語版の表紙の絵は、作者に聞いたところ、出版社が選んだ小説と同じ時代に書かれた絵の一部なんですって。そういう表紙の作り方もあるんですね。

N:ヨーロッパの中世というと不思議な憧れを感じます。修道院の生活とかのぞいてみたいなぁと思うのですが、他に小説などでドイツの中世のことが書かれた本というとどんな作品があるでしょうか? また映像で体験したい気もしますが、映画でおすすめはありますか?

M:特に読書家というわけではないので詳しくないのですが、ヘルマン・ヘッセ作の小説『知と愛(Narziss und Goldmund)』は有名で、私が言うまでもないのですが、素晴らしいです。あと小説ではないですが、修道院の生活の体験談として、『修道院の断食:あなたの人生を豊かにする神秘の7日間 (修道院ライブラリー)』ベルンハルト・ミュラー著、創元社が面白いです。ドイツだけでなく世界的に有名な12世紀の修道女、聖ヒルデガルトについての本もいろいろ出ています。

映画といえば、『薔薇の名前』でしょうか。これはもちろんイタリア人作家ウンベルト・エーコ原作で、小説の舞台も北イタリアですが、映画のロケはドイツのエーベルバッハ修道院なんです。


N:はい、はい『薔薇の名前』。わかります、その感じ。そうかー それは知らなかった! 今、ググってみたらこの修道院ワインも買えるみたいですね。行ってみたい。

M:『大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院』も、舞台はフランスの修道院ですが、監督はドイツ人です。

N:なんと! あの映画は岩波ホールで見たけど、圧巻でした。途中客席のおじさんが寝てしまい、いびきがうるさかったけど(笑)圧倒されました。


M:上に挙げた『知と愛(Narziss und Goldmund)』は映画化され、今年ドイツで上映されました。日本では上映は未定のようですが、ぜひ公開してほしいです。


N:そうかー こういう世界観か。中世の修道院。なんか分かってきた。『ビールの魔術師』の世界をちょっとのぞいた感じがします。そうそう、修道院というと、男社会なイメージですが、この作品には女性が登場したりロマンス関係のネタはあるのでしょうか?

M:この小説の中ではあります()主人公が修道院を出て世俗社会に出て行くので。でもロマンスの要素はそれほど多くないです。

N:やはり… そうだと思った! で、この本、最後はハッピーエンドなのでしょうか? ネタバレしない程度に教えてください。

M:ハッピーエンドと言っていいかなと思います()

N:ところで、森本さんがドイツ人のどんなところが魅力的に感じますか? 私には勤勉な国という印象がありますけど、実際はどうなのかな。

M:ストレートで合理的、決断したら即実行、比較的ルールもきちんと守る、ようなところがよいと思います。仕事のやり取りもしやすいです。

N:最後に森本さんおすすめのドイツビール、そしてフードがあれば推薦してください! また日本国内でドイツビールやドイツ料理が楽しめる場所があったら教えてください。(結局そこにいきつく…)

M:ビールのおすすめは難しいですね()苦いのが苦手な人にはヴァイツェン(小麦)のビールをよく勧めます。苦みは抑えめでフルーティなフレーバーが特徴です。国産ビールを飲みなれている人にはピルスナーとかヘレスでしょうか。

フードは、日本では食べられないものもたくさんあるのが残念ですが、ドイツは豚肉をたくさん消費するので美味しい豚肉料理やソーセージ、ハムなどの加工品はおすすめです。チーズなど乳製品もおいしいのですが、これは日本では難しいですね。意外に思う人も多いかもしれませんが、ドイツ人はサラダもかなり食べまして、いろいろな食材を使ったサラダがあります。

東京でドイツ料理を楽しめるお店としては、
 ツム・アインホルン(六本木一丁目)←ここは私も行ったことある。Blog  Blog
 Tanne(代々木) 
 IngoBingo(経堂) 
 レッカーマウル(目白) 
などがあります。他にもビールバー、ドイツパン・菓子店、ソーセージ屋さんなどなど、全国各地にあります。紹介しきれなくてすみません。




写真はヴァイエンシュテファン修道院、現在のヴァイエンシュテファン醸造所

(c) die Bayerische Staatsbrauerei Weihenstephan



森本さん、興味深いお話をありがとうございました。それにしても、この本の出版が楽しみ。

この小説は、クラウドファウンディングの結果で、翻訳本が出るか出ないかが決定します。ですので皆さんの協力が必要です。実はオリジナルレシピのビールがつくコースもあったのだけど、これはソールドアウトしちゃったみたい。出版は2021年の冬以降とのことでだいぶ先ですが、出版お祝いイベントへの参加権もつくコースもあり。あと40%ほどで目標達成。ぜひ皆さん、ご協力ください。こちらでやってますよー





*この投稿に掲載した写真は森本さんにご提供いただきました。ありがとうございます。