河合隼雄『ケルトを巡る旅』を読みました


初めて読んだ。結構前に出た本で、しかもNHKのドキュメンタリーからの書籍化だという。ユング研究の大先生。ほんとに私ったら物を知らなすぎる。先生のことも、この本のことも全然知らなかったよ。

ドキュメンタリーは2004年制作、そして文庫化が2010年。私が購入したのは第4版で2017年に印刷されたもの。人気なんだね。先生は2007年に亡くなられている。中沢新一が帯を書いている。

ケルトのことを知るための第1冊として読むにはちょっと内容が偏りがあるかもしれない。でも分かりやすくて、すごく良い内容だった。そうか、ケルトってこういうことか… みたいな。現代を生きる私たちとケルトをつないでくれる本というか…

先生はユングの専門家で、ケルトの専門家ではない。でも臨床心理学の第1人者で、見本の神話や昔話を多く取り上げ、一方でケルトの専門家と呼んで間違いない鶴岡真弓先生はそこここにお名前が登場し謝辞が述べられている。

どうやらNHKのドキュメンタリーを撮影する前に鶴岡先生はここ河合先生に会われたようだ。

先生はユングを研究し、無意識の力を追求する中で神話や人間が持つ普通の考え方をさらに深掘りしたくなったのだそうだ。日本の神話を研究していたらケルトに行き着いた…と。

先生はこのドキュメンタリーの3年後に亡くなられたとあるから、かなりこの旅、そして本の執筆時には高齢で、口述筆記という形をとったようだ。なので学者さんの本にしては、ものすごく読みやすくかかれている。(というか、先生の他の本も読みやすいのかも、だけど)

イエーツやラフカディオ・ハーンが出てくるところはもちろんだが、心に残ったことをメモ。

日本にNatureという言葉が入ってくる時、日本人は訳に困ったのだという。日本でもケルトのように人間と自然は分けられるものではなかったから。

一方で英語圏の人々はNatureという言葉で、人間と自然を分けてきた。自然をコントロールすることで人間は強くなれる。言ってみれば、キリスト教的考え方だが、これは日本にはそもそもあっていないと先生は解く。なるほどね… 

確かにキリスト教はものすごく、キリスト教はここ数百年? 人間、主に欧米諸国の考え方を支配してきたのだけど、でも人類の歴史においては、それ以外の時間の方がずっとずっと長いのだ。

特に日本においては。日本にキリスト教が伝わってから何年だろう。1,500年代(戦国時代)からこっちか。そして欧米のような社会を作ろうとしてから数百年間こっちか。その間に取り入れられてきたアイディアだったのだけど、それはそもそも日本の社会にはあってなかったのだ、と。

今、ケルトに興味を持つ人が多いのも、人々がそういった不確定な、循環する、常に変化しているそんな価値観に無意識のうちに惹かれているからなのかも。

そして先生はイギリスへ向かい「現代のドルイド」たちに会うのであった。これは英国でドルイドの文化を学び実践している人たちで、彼らは「伝承者」であることを自覚し、独自の活動を行なっている。

そこには宗教といったものや戒律などもなく、儀式や教義などといったものもいっさいないのだという。とにかく自由にいくつかのグループが存在しているのだそう。

その後、先生はウイッチ(魔女)に会いに南へと向かう。そこで魔女のセラピーを受ける患者を見て「これは私たちがやっているセラピーにかなり近い」と高い評価を与えている。これも非常に面白い。

科学がめぐりめぐって辿り着いた療法は、実はすでに人間の間で行われていたものだったということか。結局人間って、新しいメソッドを発見しているようで、実はそうではないのかもしれない。

そしてそれらに関わっている人々が口を揃えていうこと「変化しないものは滅びる運命にある」ということ。

一方で自然に強く結びつきすぎると、科学という発想は生まれてこない。中世において人間と自然の立場は逆転した、と英国の学者の先生は語る。

かつて自然は巨大でミステリアスでコントロールできないものだった。それが人間の力の方が今は強くなり、現代においては自然を守らないといけなくなってきている、と。

日本とケルトに親和性があるのは鶴岡先生もよくお話をされていることだ。中心(ローマ)は固くかたまって動かない。でも周辺(西の辺境アイルランド、東の辺境日本)は響き合う。震える感性、そしてそれが共鳴する、と。

一方で、かつては宗教が強く、宗教が人々を救っていた。でも今は本や映画、音楽といったアートが人を救っているのだ、とも。

「日本は戦争に負け、経済的に欧米に追いつこうとした。でもそろそろ金儲けはひと休みして、コンサートくらい行った方がいい」と河合先生は言う。

科学技術への信頼を持ちながらも、「それがすべてだ」ち思った途端に不安になる。「それもある、これもある」というのが大事なのだ、と。

この本を読んだあとNHKの「100de名著」の「河合隼雄スペシャル」を拝見。日本の神話の中空構造とか、めちゃくちゃ面白い。確かにこれはケルトだわ…