ウォリスとシェーン『ニューヨークの夢』


シェーンとデュエットするウォリス・バード。「ニューヨークの夢」

 20年前くらいに亡くなっててもまったく驚かなかったポーグスのシェーン・マクガワンが亡くなった。追悼ブログを書きたいと思いつつ、ツアー中で、そんな余裕はまったくなく… そんなわけで今、書く。

私はポーグスの音楽はよく知らないのだけど、以前メアリー・ブラックと同じフェスティバル(ベルファーストだった)にポーグス出演することがあって、バックステージにやってきた彼があまりにヘロヘロなので、びっくりした記憶がある。正直とても怖くて話しかけられなかった。 

そこにテレビの人たちが取材にやってきて、インタビュー動画のシュートのためにシェーンの隣に座ったメアリーは、シェーンの膝に手を置いたら、氷のように冷たかったと話していた。

ポーグスのライブはアイルランドではシェーンが出るか出ないかの保障はないのだという。それでもお客は集まり、シェーンの代わりにバンドの演奏にあわせて歌う、歌う。で、シェーンは途中から登場したりするのだが、そうなると観客の熱気は最高潮に達するのだった。

メアリーとのベルファーストのフェスでもシェーンは来ないとバックステージでも言われていた。それでも途中から登場し、観客の興奮はMAXに。

マイクに捕まりヘロヘロと登場したシェーンだったが、歌いだすとすごい歌声で圧倒された。

そこにIRAのジェリー・アダムス議員が来て(当時はまだ急進的だったと思う)、バックステージでシェーンとの対談みたいな写真を撮影していた。シェーンったら、政治利用されちゃうよ…とわたしは思ったのだが。

その後、ブルームス・ホテルのロビーで誰かと待ち合わせしていた時に、シェーンが誰かと一緒にロビーに入ってきたのを目撃した記憶もある。その時も立っているのがやっとだった。車椅子だったかもしれない。それが20年以上前の話。

このウォリスとのクリップは大好きで、よく見ている。シェーンとシャロン・シャノンが共演した時、ウォリスがシャロンのゲストでやってきて、この歌を歌うことになったそうだ。

シェーンを心配そうにさりげなく気遣うウォリスの優しさがしみる。 ウォリスのお母さんはこの様子を目撃して「うちの娘がシェーンと歌ってる」と超感激したそうだ。2014年の話。

最後のダンスはウォリスは全然想像してなかったそうで、めっちゃ感激したと話している。共演の翌朝シェーンはウォリスに「君はカースティのことを思い出させてくれたよ、バード」と言ったそうだ。

すでにカースティ・マッコールは、確かボートか何かの事故で、そのだいぶ前に他界していた。

 

R.I.P.シェーン。奇しくもケルティック・クリスマスでの映画上映が、追悼上映になってしまった。今、この映画は配信でも見ることができる。