読んだよー 大作である。なんとアマゾンではこんなプレミア価格で売っている。PASSAGEでは普通の価格で売ってたよ。
中村とうようさん。私は直接お話したことはなかった。ただ私が尊敬し、かつお世話になっている男性ライターの多くが「とうようさん」を尊敬している。だから「とうようさん」のことは、悪くは言えない。わたしの中村とうようの認識はその程度だ。
1989年くらい。入社したばかりのキングレコードで、宣伝課長がやたら「とうようさん、とうようさん」とチヤホヤしていたこと。そして、その課長が「自分はとうようさんと話ができる数少ない人間だ」と社内で「とうようさんと仲良し」を誇示していたことを思い出す。
確かレコ大の審査員もされていたと思う。だからそのシーズンになると邦学部の人が、その課長のところにやってきたりして… なんかレコード会社って…(ため息)と思ったのだった。
そして、自分が独立してレーベルを始めてみるとと、ワールドミュージックのレーベルの皆さんが必死の思いでリリースしたあまり売れないCDに、「とうようさん」はマガジン誌面で酷い点数を血も涙もなくつけていた。そんな「とうようさん」には、意地悪なイメージしかない。
しかし運良くそんなマガジンのCD評で、ケルト音楽だけは松山晋也さんが担当し「とうようさん」の意地悪からは逃れることができていたのだった…本当にわたしはラッキーだった。
なので、「とうようさん」のイメージは、わたしの中では決して良くない。
とうようさんの自死よりも、私はあの頃ちょうど同時期に突然の事故で亡くなった若者の死に、がっくりきたことを記憶している。そっちの方が断然私達の世界では大きかった。そのくらいわたしは「とうようさん」と関係がない存在だった。
というわけでこの本。実は時々店長業務をしているPASSAGEで立ち読みした。PASSAGEでは棚主がパートタイム店長としょうしてレジを担当することができる。っていうか、土地代払っているのに、さらにバイトを無料でやらせちゃうんだから、すごいシステムだよね。
ま、でもそれをやると自分の棚だけではなく店内中央の平台がもらえるから、私みたいな店主にとっては悪い話ではない。しかもめちゃくちゃ忙しくないから、古書本を手にとって立ち読みしながら行う店頭業務は結構楽しかったりもする。
で、この本。
本として、ものすごくよく書けているのは手にとるようにわかる。なんといってもわかりやすい。
そして決して「とうようさん」をやたら絶賛するということではなく、ちゃんと距離を置いて、なるべくしっかり公平な記録として書いている。田中さん、素晴らしい仕事をされましたね。
とうようさんと小泉文夫さんのスタンスの違いなど、私もよくわからなかったけど、なるほどと思ったり、あれこれ納得したり。そして本を読み進めていて、ところどころで感じる、単に時代がよかったんだよな、という思いも去来する。レコード会社が力を持っていた時代。音楽業界にお金があった時代。
ちょっと泣いたのが湯川先生のくだり。とうようさん、れい子先生のこと好きだったんじゃないかな。巻頭のカラーページでは、いかめしい表情の写真が多い中で、ここでは笑顔の二人が写っている。
「とうようさん」はもちろん、私もちょうど「音楽ビジネス」が花咲いた時代に生きることができた一人だ。もちろん私はその底辺の、しかも終わりのころにやっとこさしがみついている感じだが、とうようさんはまさにそういった時代を謳歌したのだった。
そしてあのショッキングな最期を知るにつけ、いろいろ考える。自殺をすることは友達思いではない、最悪なことだと思ってきたが、自分で落とし前をつけるという、そのやり方にちょっと憧れるわたしがいるのも事実。
とはいえ、読んでてもつらいのは、老いの訪れと同時に明らかに作品の質が下っていくところだね。後輩にあんなふうに書かれてしまう、それでもやりたい仕事を続けていく悲しさは、田中さんの筆が冷静な分、余計ひしひしと感じた。
やっぱ年老いて、もうダメだと思ったら、そしてそれが可能ならば、早めに仕事からは手をひくことだ。そしてとうようさんが、武蔵野に自分の資料を寄付したことの顛末も、わたしが想像していたよりも、実情はかなり悲しかった。
こういう話は記録しておくべきだ思う反面、同時に加藤和彦さんの映画が話題になっているが、こういう時代を謳歌した人の人生の最後の方は「知られない」方がいいのではないかとも思ったりした。(加藤さんの映画は本当に彼が活躍した時代で終わっていると話に聞いている。自分では見ていない)
最期の方は知られないで、逆に派手に活躍した時代だけ覚えられているってのがもしかしたら理想なのかも。もちろんそれでは本としてはフェアではない、ということになるのだろうが。
でも田中さんはそれをしなかった。それが本を書く彼の著者としての生き様であり、そういう点でも心をゆさぶられずにはいられない本だった。そういう意味では残酷な本かもしれない。
と、なんか重いことを書いちゃったけれど、ページ数がすごいが、文章がとても読みやすいため、すいすい読める。とうようさんや、この時代のことを知らない人は、読んでみるのもいいのではないか。
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